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お互い様の何者同士


 主人に軽々しく触れるなど、ムギのチャームでもなければ本来、ヴィゴーとナルスの許すところではない。しかし彼らは黙し、地に伏しこそしないが、その場でそっと頭を下げた。

 隠れていたかったはずのムギも、驚きのあまり問いが転び出てしまう。


「お、お知り合い、ですか……?」

「ああ、学生時代の友人だ」

「僕は君を友だと思ったことなど、一度もないぞ!」

「つれないことを言うなよ。一緒に枕を並べて寝た仲じゃないか」

「えっ……」


 ムギのいけない嗜好とトラウマが、そわそわと腰を上げた。

「ただ寮が同室だっただけだ!!」

 現世での最期の言葉が再び頭を駆け巡り始めたところで、薔薇色の妄想はローディスの怒号によって吹き飛ばされた。


 いったいどんな学校に行ったら、公爵家の嫡男とルームメイトになることがあるのか。ガイアスの素性が、ムギは今更ながらに気になり出した。


「どちらの学生さんだったんですか?」

「フェルリッド学院だ」

「フェル……えぇっ……!?」


 フェルリッドと言えば、王都にある国立学院で、名家のご子息ご令嬢は軒並み通うと言われる由緒正しき名門校だ。


「わ、わたし……もしかして今まで、ガイアスさんに、とんだご無礼を……」

「おっと、妙な勘繰りで壁を作るのは、やめてくれ。家がでかいだけで、俺自身はぼんくら息子さ。なぁ、ローディスくん」


 常ならば、一言が二言になって返ってくるローディスの口が、固く結ばれる。

 そんな彼の肩を強く抱いたまま、ガイアスは山道へ歩を向けた。


「いかんいかん、すっかり時間を食っちまった。じゃあムギ。また夜にな」

「あ、あの……わたしの処罰について、ローディス様のお話をちゃんと伺いたいんですが……」

「さて、俺はこれから寝床の準備があるんだが……」


 耳のいいガイアスが、途端にムギの声だけ聞こえなくなってしまったらしい。わざとらしく、ローディスに絡む。


「なんだって? 君も手伝ってくれるのか。やはり持つべきものは友だなぁ。そうと決まれば、手を動かしながら旧交を温めようじゃないか」

「ぐぬぬぬぬ……」


 ムギにはどう頑張っても、二人が仲良しには見えなかった。ツンデレ受けとかそういう次元の話でもない。

 ガイアスの強引さを前にしたら、ローディスでさえ哀れに見えるから不思議だ。


(本当に……何者なんだろう――?)


 大きな背中は頼りがいがあって、安心感があるが、触れるのはまだ少し怖い――とムギは思いを改める。

 だが、その背が緑に消えて見えなくなるまで、目を離せなかった。




 ***



「いやいや、君のところの人間に話を聞いたときは、ムギ(獲物)を横取りされたもんだと思って、慌てたよ。なんのことはない、相変わらずのローディス坊ちゃんで安心したが……」


 話しながらも、ガイアスは作業の手を止めない。

 邪魔に伸びた草を刈り払うと、敷物を広げやすいように地面を均し、足で踏み固めた。

 ナルスとヴィゴーも、天幕の端と端を咥えて枝に引っかけるのを手伝う。

 ローディスにしたら、自分の配下が他に尽くすのは面白くない。それで、腕組みの姿勢を保ったまま、こめかみに青筋を立てている。

 もっとも、怒りの矛先は狼ではなく、ガイアスに向けられているのだが。


「ヴァルド家の坊ちゃんともあろうに、まったくなにをやっているのかね」

「それはこちらの台詞だ。ガイアスだと? それは馬術の教練で、君が乗り慣らしていた馬の名ではないか」

「ははっ、よく覚えていたな」


 天幕の紐を枝にくくりながら、()()()()は目を細める。


「気に入っているんだ。月毛の可愛いやつだった」


 くすんだ老竹(おいたけ)色の天幕に、木の葉の隙間を縫ってなお力強い、夏の()が踊る。

 駆け抜けていった眩しい日々を懐かしむように、彼は笑みをこぼした。

 しかしローディスの目に、同じ光は映らない。

 ガイアスの浮わついた笑みがわざとらしく見えて、苛立ちは募るばかりだ。


「ふざけるのも大概にしたまえ。リッシェル公爵閣下は君が王城を去ったと聞いて、最後に会ったご自身に責任を感じておられるのだぞ」


 リッシェル公爵家がヴァルド家へ使いを寄越したときの逼迫ぶりを語って聞かせるが、ガイアスはまるで他人事だ。


「そうかい。それはなんとも、あの方らしいことだ」

「だいたいにして、君のその姿はなんのつもりだ」

「似合うだろ? これほど動きやすいものはない」


 ガイアスは前髪を無造作にかき上げ、見せつけるように胸を張った。おちゃらけていてさえ、余りある美丈夫ぶりでさまになってしまう。


「僕が言いたいのは、そのような意味ではない! 名前とともに、誇りまで捨て去ったのか!」


 ローディスが声を荒らげた途端、ガイアスの瞳が西陽を弾いた。天幕の影の中で、紅い瞳が鋭く光る。


「失ったものはあれど、俺がこの手で捨てたものはなにひとつない」


 それまでよりも低く、重々しいガイアスの声に、ローディスは口を噤んだ。

 獣の縄張りに、知らずに踏み込んだような危うさをおぼえ、背中には冷たいものが伝う。

 ひりついた空気に、狼たちの整った毛皮もざわざわと逆立つ。しかしそれも、ガイアスが次に口を開くまでのわずかな間だった。


「そんなわけだ。俺は俺なりにやっているから心配ないと、閣下には伝えてくれたまえ」


 けろりと言い放って、ローディスの肩を叩く。


「それと――君が〈麦穂の乙女〉と呼ぶ少女だが。あまりちょっかいをかけてくれるな」

「はっ……、なぜ僕が君の頼みをきかねばならない。あの娘がなんだというのだ。まさか娶るつもりでもあるまいに」

「さあ、どうかな。彼女が何者なのか、答えを探しているところだ」


 だから邪魔をするな、と釘を刺して、ガイアスは天幕を張り終わらせた。




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