雨降って地固まって雷が落ちる。
ふわふわの綿菓子を思わせる真っ白い髪を、腰まで垂らした少女が、まん丸な目をぱちくりさせて立っていた。
黒目がちな瞳を縁取るのは、長く豊かなまつ毛だ。少女がゆっくり瞬きをすると、いかにも重たそうだ。
生まれたままの姿の自分を見下ろして、少女の瞳はきらきらと輝いた。頭のてっぺんについた耳と、髪の間から覗く尻尾を振って、歓喜の声を上げる。
「ワトゥマも、にに様のようになれましたの!」
とろけるように甘く、弾んだワトゥマの声が少女の口から放たれた。
驚き戸惑うムギに、この時を待っていたとばかりにワトゥマは抱きついた。並ぶと、ワトゥマのほうが少し背が大きい。
「わ、わたあめちゃんも、変化を覚えたの?」
「はい、ですの。力が湧いてきましたの!」
感情の昂りによって成長する、「わたあめ」の固有スキルが生きているのだろうと、作者であるムギは自分を納得させた。
それから改めて、目の前の少女を確かめる。
目が合うと、こてんと首を傾げる仕草に面影がある。
小さな顎に収まった花桃色の唇は、笑っているように上がった口角には愛らしさを、ぷっくりした下唇には艶っぽさを内包している。
すらりと伸びた手足はお人形さんのようで、ワトゥマの持つ柔らかな雰囲気と交ざりあうことで、糖度高めの〈ゆめかわ〉な美少女を顕現させていた。
真っ白な髪さえ、ムギには不思議とパステルカラーに見える。
綿菓子のような髪に隠れるように、膨らみかけの胸がちらりと覗いて、ムギは慌てて目をそらした。
「そ、そうだった!待ってね、いま服を作るから……」
「俺の服を貸すか? いま変化して脱……」
「い、いいから! マメタは犬のまま! ステイ!」
蜘蛛の仕立て屋さんをお呼びするにも、さてワトゥマにはなにが似合うだろうかとムギは腕を組む。
それこそ着せ替え人形のように、なんでも似合いそうで、あれもこれも試してみたいところだ。しかし今は肌を隠してやるのが最優先。でないと、ムギも目のやり場がなくて困る。
ここはやはり、兄妹おそろいで和風コスチュームにしようとイメージを固めた矢先、ワトゥマの艶やかな肌をシルクの布地が覆った。ムギの魔法ではない。
ワトゥマの背後に、いつのまにやらローディスがやってきていて、あられもない姿の少女に自らの薄手の上着を着せかけたのだった。
「まだいたのか」という言葉は、ムギもマムートもぎりぎりで呑み込んだ。
ローディスはムギを押しのけて、ワトゥマの前に跪く。よく確かめようと正面に回ったものの、やはり目のやり場に困るようで、ボタンを留めさせるように上着をかき合わせた。
「そなたはワトゥマで間違いないか」
「はい、ですの。ローディス坊ちゃま、約束を破ってごめんなさいですの」
神妙な顔で、彼は首を横に振った。
「そんなものもうどうでもいい。それよりも、僕は決めたぞ」
「どうなさいましたの?」
「ワトゥマにこの土地を譲ろう……。父にそう進言する」
「まぁ、いったいどうしてですの? 嬉しいけれど、できればムギ様にあげてほしいですの」
「えぇい、麦穂の乙女など知らぬ! よいか、ワトゥマ。これは僕からのささやかな贈り物だ。未来のヴァルド公爵夫人への」
きょとんと首を傾げるワトゥマの手を取り、ローディスは真剣な眼差しで唇を寄せた。
「僕と結婚しておくれ、ワトゥマ」
これには、さすがのナルスとヴィゴーも慌てふためいた。
妖獣と結婚など例がないうえ、そもそも子も望めないことから、公爵家存続のために彼らが反対するのも無理はない。
「ワトゥマ。返事は?」
「えぇとぉ……。や、ではないけですけどぉ」
ワトゥマなら、例によって「や」で済ませると思っていたマムートは飛び上がった。ムギも動揺するあまり、頭で練り上げたコスチュームのイメージが白無垢へ引きずられていく。
喜んでいるのはローディスだけだ。今にも横抱きにして、ハネムーンへ繰り出しそうな勢いさえ感じられる。
しかし、ワトゥマの返事にはまだ続きがあった。
「ローディス坊ちゃまのことは、嫌いではありませんけど、一番に好きな殿方ではございませんの」
「なにっ、すでに想い人がいるのか!?」
「そうではなくてぇ。ワトゥマはまだ、恋い焦がれるというものを知りませんの。まだまだ子供ですからぁ」
そう言って小首を傾げる仕草はもはや、男を籠絡するための熟練の技にも見える。
「ワトゥマをこんなにも想ってくださるローディス坊ちゃまのお気持ちに、嫌いではない……くらいのあやふやなお返事はしたくありませんの。ですから、ワトゥマがもう少し大人になるまで、待っていてくださいませですの」
ふわりと微笑むワトゥマが大人になる日は、そう遠くはなさそうだ。
かと言って、大人になっても返事がイエスとは限らないのだが、ローディスはそれで納得したようで、ゆっくり深く頷いた。
「承知した。僕はいつまででも待とう。その証に……麦穂の乙女よ!」
「はっ、はい!?」
すっくと立ち上がると、彼はムギに指を突きつけた。
「先の言葉通り、この地はワトゥマのものとする! 貴様は妖犬の主人として、ワトゥマが健やかに過ごせるよう、土地の管理に励むのだ!」
それは実質、ムギの定住を認めるということだ。
結果として、ワトゥマの存在なしには解決できなかったため、もろ手を上げて喜ぶわけにもいかなかったが、ムギは深々と頭を下げた。
「数々のご無礼を働きましたのに、寛大なお心でお許しくださり、ありがとうございます」
「はんっ! なにを言うか! 僕は貴様を許したつもりはないぞ!」
ワトゥマに見せるのとは、まるっきり逆の険しい顔で、ローディスは不敵に笑む。
「ヴァルド公爵家の財産を無断で踏みにじった罪、そしてこの僕を幾度となくこけにした罪、必ず償わせてやる。追って沙汰を出すゆえ、震えて待つがいい! はーっはっはっは!」
彼は颯爽とヴィゴーに跨ると、高笑いを木霊させながら山を下りていった。
なんとなく、下手な体罰よりも恐ろしい罰を与えられそうな予感に、ムギはぶるりと震える。
しかしまさかそれが、ムギが一番回避したい物語の結末へ続いていくことになるとは、露ほども思っていなかった。
二章二話 終わり
三話「書き換えられた物語」に続く。




