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順風満帆?


 森の緑がいっそう青々と繁り、射し込む光に夏の訪れを確信させる昼下がり、ムギはガイアスに連れられて麓の村を訪れていた。


『君のその力は秘匿したほうがいい』


 興奮した猪ですら、ムギを前に服従するのを目の当たりにしたガイアスは、そう言うと当初の予定を変更して山に留まった。

 それ以来、ムギに山暮らしの他、護身術の類を身につけさせるのに力を注いでいる。

 今日は、ムギの装備を揃えたいと、武具屋にやってきたのだった。


「妖犬用の装具はないのか。残念だな」

「ムギ様。こちらが強そうですの!」

「わわっ……危ないから離れて見ようねっ」


 展示された大剣のレプリカから、ワトゥマを引き剥がす。

 イミテーションとはいえ、ぎらりと光る(やいば)や、一振りで骨まで粉砕できそうな大鎚など、好奇心程度で手を伸ばすのは躊躇われる品が並ぶ。

 一生ご縁がないと思っていた店で、ムギは所在なげに小さくなっていた。


 ガイアスは、筋骨隆々とした中年の店主に、ムギ用の品をいくつか見繕ってもらう。時たま、冗談を交えて話す様子からするに、馴染みの店らしい。


「ムギ。こっちに来て、自分の手で確かめるんだ」


 カウンターに並べられたのは、投擲用の小刀に短弓、頭に珠のついた杖だ。武器に合わせた装備品も、それぞれ用意されている。


「君は見かけによらず力は強いが、反射神経が育っていないからな。相手との間合いを取れたほうが安心だろ?」


 ガイアスが言う「相手」とは「対人」が前提だ。

 ムギは、ガイアスが山に留まることを決めた日の言葉を思い出す。


『その力が獣人にまで及ぶなら、君を利用したいと思うやつは少なかずいるだろう』


 エンシェンティアは、獣人族が多数を占める世界だ。それらすべてを、一人の少女の意のままに操ることができるとしたら――。

 想像しただけで恐ろしく、ムギは引きこもり宣言を固くしたのだが、それだけでは頼りないとガイアスに身を守るすべを叩き込まれることになったのだ。


「ナイフと弓は……ちょっと怖いです」

「それなら杖がいいか?」

「こいつは見た目より軽いが丈夫で、おすすめだよ」


 店主は得意げに、杖を振ってみせる。錫杖に近い眺めの杖だが、振り下ろしは軽やかだ。


「うちの杖には魔法を増幅させるような力はないが、ちょっとやそっとじゃ折れないよ。剣戟だって跳ね返せる強度がある。加えて、この珠で殴ることもできるのさ」


 闇雲に振り回しても、それなりに攻防一体の戦いができるという。

 眉唾もので、ムギは苦笑しか返せない。

 するとムギの疑念を感じ取ったか、店主は厚い胸を大きく張った。


「田舎の店と侮るなかれ、お客さん。わたしの腕と目は確かだよ」


 目で頷くガイアスの横顔には、店主の自信を裏付ける信頼を寄せている様子が垣間見える。


「こいつが他より優れているのは、この珠さ。ここに魔法を練り込んでおけば、呪文を封じられたときでも、溜め込んだぶんの魔法を出せるんだ」

「いざってときに助かるだろ?」

「そうですね……」


 ムギが握ってみると、プラチナのグリップは驚くほど手に馴染み、見た目ほどの重量を感じなかった。蔓草のような彫金も、繊細な奥ゆかしさを演出していてムギの好みのデザインだ。

 武器というとどうしても恐ろしげな印象があったムギだが、その美しい造形にすっかり心を動かされた。


「決まりだな?」

「う……。はい……」


 現金な自分に恥ずかしくなりながら、ムギは財布を手にする。

 杖とホルダー、胸当てなど一式を包んだ店主は、品を寄越しこそすれ、算盤を弾くことはない。悪戯を楽しむように、白い歯を光らせる。


「お代なら、旦那からもういただいてるよ」

「えぇっ!?」


 隣を見上げるも、ガイアスの姿はすでにない。

 ムギは装備品を抱きかかえ、急いで店を出た。


 ***


 一歩表に出ると、高く昇った日がムギの肌をじりりと灼いた。

 そこへ、ふっと影が差す。隣に、マムートが獣人化して立っていた。


「ガイアスの匂いは近くにないな。この人混みのなか、どこへ行ったんだ」


 マムートは背伸びして通りの向こうまで見渡す。


 今日は、小麦の収穫を祝う村祭りの日。

 近隣の村々や親類縁者が集って、通りは大いに賑わっている。

 人々の波の中に、頭ひとつ抜きん出た黄金の髪は見当たらない。


「広場のほうへ行ってみますの」

「ワトゥマ。お前は出店が見たいだけだろう」

「うふふ、よいではないですか、にに様。お祭りは今日だけですの。ね、ムギ様? 行きましょー」


 言いながら、ワトゥマはもう歩き出している。やれやれと肩をすくめて手拭いをかぶるマムートに続いて、ムギも賑わう通りに繰り出した。


 民家の軒先には、ノルファリア国章を示す水色と白、それから緑色のリボン飾りが揺れる。

 髪に同じ色のリボンを巻いた村娘が、飾り用のリボンを配り歩いている。受け取った見物客らは、軒先の飾りとそれを編み合わせて、祈りを捧げた。

 麦穂に見立てた編み飾りに、豊穣の喜びと国の繁栄を祈るのだ。


「麦の祈りはお済みですか? お済みの方もそうでない方も、リボンをどうぞ!」


 配り終わらねば、娘たちも遊びに行けないのだろう。なかば押し付けられるようではあったが、ムギもリボンを受け取った。


「せっかくだから、結んでいくか?」

「にに様、羨ましいですの。ワトゥマも変化スキルが欲しいですの!」


 ワトゥマはもふもふの手を一生懸命伸ばすが、リボンにじゃれているようにしか見えない。


「わたあめちゃん、わたしと一緒に結ぼうか。じゃあ……マメタはこのへんでどうぞ。わたしはあっちのほうで、結んでくるね」

「なんでだ? 一緒に結べばいいだろう?」

「えっ、えっと、それはその……!」


 首を傾げる兄と対照的に、ワトゥマは訳知り顔でにやにやしている。

 ノルファリアの収穫祭で、リボン飾りを若い男女で結ぶのは、縁結びを祈願するという裏の《《設定》》がある場合がほとんどだ。

 マムートは妖犬だが、今は変化後――。二人でリボンを結ぶ姿が周囲にどう映るのかと考えたら、ムギは少々気恥ずかしくなってしまう。


「ほら、ムギ。早く結んで、ガイアスを探そう」

「うう。わかったよぉ……」


 日々の糧に感謝し五穀豊穣を祈り、そして願わくばマムートとワトゥマをはじめ――、この世界に生きる〈子供たち〉の幸せを願って、ムギはリボンを結んだ。


 ***



 リボン飾りは次第に結び合って、広場までの道を彩っていた。

 出店がひしめき合い、特に人でごった返している。そのなかに、ガイアスの姿があった。家禽の雛が売られている店を熱心に眺めている。


「ガイアスさん!」

「おお、ちょうどよかった。ムギ、君は鶏を飼う気はないのか? 卵が食えるぞ」


 その気があるなら、鶏小屋まで作ってやるとガイアス自身が乗り気だ。

 卵があったら食卓がさらに豊かになる。たいへん魅力的な誘いだが、ムギは頷けない。


「武具屋さんでのお支払いもまだです。おいくらですか」

「ああ、矢を買い足すついでだ。遠慮せず受け取ってくれ」

「ついでって、そんな……」


 矢よりも値が張ったであろうことは、楽観的に見積もっても明らかだ。そもそもムギには楽観視自体が難しいのだが――。


(失礼だけど、ガイアスさんにそこまで余裕があるかしら……。そうだ。もしかしたら、さっきのおじさんと後ろ暗い取引をしていて……わたしを担保にしているのかもしれない! まさかわたしに、え、え、え、えっちな気を起こすはずはないだろうから……そうだ、きっと試し斬りとか実験用の奴隷として売られるんだ……)


 頭を恐ろしい想像が駆け巡る。

 みるみる青ざめていくムギの顔色で、大方の想像がついたマムートは小さくため息をついた。


「ガイアス。ちゃんと理由(わけ)を話してやったほうがいい。じゃないと、あんたとんでもない悪党にされるぞ」

「なんだそりゃ……」


 なにをしたわけでもないのにムギにやたらと怯えられ、有り金すべて差し出されては、話さぬわけにもいかなさそうだ。


「服でもなんでも、いいものを身につけたら、背筋が伸びないか?」


 ムギは記憶を呼び起こして頷く。

 滅多にあることではなかったが、数少ない友人の結婚式にお呼ばれしたときなどは、服よりも靴に予算を割いた。すると背筋がしゃんと伸びて、普段の一割増しくらいは()()()()見える気がしたものだ。


「気に入ったものなら、なおのことやる気も出るだろ?」

「そうですけど……。それとお支払いの件と、どう繋がるんですか」

「早いとこ、師匠()がいなくてもよくなるように、頑張ってくれってことだよ」

「そ、それなら尚更、自分で払わなくちゃだめです」

「君も頑固だな。どうしても気が済まないんなら……」


 ガイアスは広場をぐるりと見回す。

 小麦の香ばしい香りを漂わせる焼き物の出店が多いが、腸詰めや燻製、新鮮な野菜なども常より安い祭り価格で提供されている。


「今日は稽古をつけるつもりはないが、夕飯に誘ってくれてもいいんだぜ?」


 指導の代価がすっかり手料理で落ち着いているのと同様に、それで手を打つというのだ。おまけに、これ以上は取り合うつもりはないという顔で笑う。

 この上うだうだ言っているほうが、礼を欠くというものだ。


 ガイアスもたいがい頑固だと、ムギは思った。

 それに、ムギが本当に知りたいのは、彼がどうしてここまでしてくれるのかということなのだ。

 だがそれを突き詰める勇気が、ムギにはまだ少し足りない。


「……ありがとうございます。今夜はご馳走をうんと作りますから、ぜ、ぜひいらしてくださいませ……。で、でも! ここのお支払いまではさせませんからねっ」

「ああ、それでいい」

「あの、それと……なんですが」


 買ってもらったばかりの杖を、包みの上から抱きしめると、手にしたときよりも重く感じた。


「わたしのことは、褒めて伸ばそうとしないでほしいんです。できていないこと、だめな部分ははっきり教えてください」

「それは構わんが、意外だな。君みたいにおどおどした娘が、そんなことを言うとは思わなかった」

「自分に……自信がないんです」


 自信がないからこそ褒めて伸ばすのではないのかと、ガイアスの顔に書いてある。ムギは力なく首を振った。


「褒められると、疑いたくなるんです。もっと期待されているんじゃないか、なにか裏があるんじゃないか……って」

「警戒心は買ってやる。だがなぁ……、そんなんで君は生きにくくないのか」


 この問いにムギは躊躇なく頷いた。しかし――。


「だけど……この子たちが……」


 足元のワトゥマと、見上げるところにあるマムートの頭をふわりとひと撫でする。


「そんな不甲斐ないわたしでも、そばにいてくれるから……。なんとか自分に見切りを付けずに、踏ん張っていられるんです。この子たちのために、強くなりたいんです」

「ほーう。それなら本当に遠慮しないぞ? 後で泣いても、逃がしてやらんからな。覚悟しろよ」


 ぎらぎらと、紅い(まなこ)が燃え盛る。ムギはこの目が少し怖い。なんだか、すべてを見透かされてしまいそうな気になるのだ。

 途端に腰が引け気味になるムギの肩を、ガイアスの大きな手が抱き寄せた。今からすでに、逃亡を阻止しようとでも言うかのようだ。

 すると小さく唸り声がして、あいだにマムートが割って入った。


「おい、あまりムギにちょっかいを掛けるな。匂いが濁る」

「お。なんだなんだ。ご主人様を取られそうで寂しくなったか?」

「そうじゃない。俺はあんたをムギの師としては認めているが、ムギを軽んじるのは許さないぞ」

「ヤキモチですの。にに様はヤキモチを焼いておりますの!」

「だから、そうじゃない! ああ、まったく……!」


 妹にすっかり話の腰を折られてしまったマムートは、とりあえず軟派な危険人物から大事な主人を引き剥がした。


「ほら、ムギ! 買うものを買って、早く帰るぞ!」

「う、うんっ、わかった、わかったら手を離して……。それか犬の姿に戻って……」

「駄目だ。手を離したら、お前は絶対迷子になる」

「な、ならないよっ」

「いや、君なら間違いなくなるだろうな。どうだ? 師匠(センセイ)と腕でも組むか?」

「組んだら噛む」「組みません!」


 そんな彼らを、ワトゥマはやけに楽しそうに見つめた。



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