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師を得る


 ***



「――俺はてっきり、若い娘にありがちな大袈裟な話だと思ったんだが……」


 ワトゥマに住処まで案内されたガイアスは、ムギを呆れ顔で振り返る。


「本当にヒポグリフとはな……。ここいらに出ると聞いて、俺も狙っていたんだが先を越されたか」

「す、すみません……」

「それで? こいつは、どうするつもりで仕留めた?」


 食肉、素材として加工、自家用、売買用――狩りの目的は様々だ。用途によって、困りごとの種類も変わってくるだろうとガイアスは問うている。

 ムギは恥ずかしくて、とても小さな声で答えた。


「お、お肉が……食べたくて……。小鳥なら捌けるかと思ったんですけど……」


 もはや鳥ですらない。


「思っていたより大物で……」

「手に負えなくなったってわけか」


 ガイアスは呆れた様子で鼻を鳴らす。


「結論から言うとな、こいつはもう食肉にはならない。すぐに血抜きして内臓を出さないと、臭みが回ってとても食えたもんじゃなくなるんだ」

「そ、そうなんですか……」


 食せたとしてもどこか躊躇いがあったムギは、胸を撫で下ろす。だがそれはそれでヒポグリフに申し訳なくて、そっと手を合わせた。


「さて、そいつは食えないとわかったが、どうする?」

「どう……?」


 ガイアスは辺りをぐるりと見回す。

 小さな家、(むしろ)に並べられ日干しを待つばかりのユカの実、木々に綱を渡して干された洗濯物――。目の隅に捉えた衣類の数で、人間がムギしかいないのは明らかだ。


「こんな山奥にいるくらいだ。普通の娘よりは肝が据わっているんだろうが……。君はちゃんと、それに見合う備えをしてきたか?」


 ガイアスは自分のこめかみのあたりを、指先でとんとんと叩く。


「狩りの心得は? 獲物の特性、利用価値は?」

「あの、えっと……」

「食えなければ、仕留めて終わりか? それなら、こいつはなんのために、君に命を差し出したんだ?」


 急に問い詰められて、ムギはまた縮こまる。

 小さなため息が頭上から落ちてきた。


「山暮らしは気ままでいいとか、うわべばかりに夢を見て、なんの覚悟もなしに移住する奴も多いんだよな」


 浅はかだと突きつけられたようで、ムギは顔を上げられない。

 主人公の窮地を察したワトゥマが、自分が勝手にやったことだと口を挟みかけるも、マムートはそれを制した。

 今はそうすべきでないと、妹を諭す。

 ガイアスは腰の矢筒から矢を一本引き抜き、ムギの視線の落ちるほうへ差し出した。


「この矢尻、君にはどう見える? 大きいか、小さいか?」


 よく研かれた鉄製の矢尻だ。山状の尖った先端から、裾にかけては少し平たく打たれている。大きさはムギの小指ほどだ。


「小さく、見えます」

「ああ。それでも、生命(いのち)を奪うには十分だ。だから俺には、小さいが黄金(きん)より重く感じられる」


 ムギが顔を上げると、再び鋭さを宿した紅い瞳がそこにあった。それは獲物との距離感を定める目――彼にとってムギが利となるか害となるか、見極めようとしている目だ。

 差し出された矢を受け取って、その重さをムギは噛み締める。


「ガイアスさん」


 声が――、指先が震える。


「わ、わたしは訳あって、ここで暮らすと決めました。詳しくは言えませんが……」


 視界の端にマムートを捉えて、ムギは大きく息を吸う。意を決して、腹に力を入れた。


「この暮らしを手放したくありません。ガイアスさんの知識と経験を、わたしにお貸しくださいませんか?」


 ガイアスの口の端に、微かに笑みが浮かぶ。

 瞳からは、射抜くような紅い光が消えた。


「俺の講義代は高いぞ?」

「わ、わたしに支払えるものか、ご参考までに……」


 涙目のムギの頭に、大きな手のひらが降りてくる。それは思いのほか温かく、ゆったりとムギの不安を包むように上下した。


「そうさなあ。解体と汎用性の手解きをするとして――、このヒポグリフから採れる素材を丸ごといただこうか」


 ガイアスの目算によると、食肉分の価値を除いても、日本円にして数十万は下らないという。

 現時点で金銭に執着はなく、むしろ大金を持つほうが恐ろしいと感じているムギに迷いはない。


「よろしくお願いします!」


 そのあまりの潔さに、ガイアスのほうが面食らった様子で、しまいには吹き出した。

 そうしてムギはガイアスの手解きのもと、ヒポグリフの解体に真正面から向き合うこととなった。


 どこをどう断つべきか――、ガイアスは言葉で説きつつ、ナイフは初めからムギに握らせた。

 実践は、ガイアスがムギの手を取って行った。

 皮を断ち、肉を切り、骨に触れる感触が、刃先から伝わってくる。初めての感覚に怯え、ムギの手は震えてしまった。


「迷うなよ。切り口が揺らげば、値打ちにも影響するぞ」

「は、はいっ……」

「それとも……、震えているのは怖いからじゃなくて、こっちのせいか?」


 ガイアスはムギの手を握り直して、悪戯に喉の奥で笑った。

 ムギは緊張のあまり失念していたが、ぴたりと後ろから抱え込むような、かなり密着した体勢である。


「ガイアスさんっ、手元が狂います……!」

「ははっ」


 マムートとワトゥマに励まされながら、ムギは一日を費やして、どうにか最後までやり通した。

 ヒポグリフの上体部分からは羽毛と骨を、馬の下半身からは毛と皮を採取した。

 また、人間用の食肉にはならないが、妖獣の飼料としてなら買い求めるものもいるとして、肉も切り分けて取っておいた。


 すべてをやり終えた時には、すっかり手指がこわばって、どっと疲れが襲ってきた。

 それでも、その手に残った痺れは確かな達成感をムギに残した。

 逃がさないよう大事に握り込み、ムギはほっと息をついた。


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