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狩人ガイアス


 朝を迎え、いつになく重く感じる扉を、庭へと押し開く。

 ムギは小さく息を吐いた。


(夢じゃなかった……)


 息絶えたピポグリフが、でんと横たわっている――。

 朝になったら幻のように消えているかもしれないと、どこかで期待しないでもなかったが、死骸は他の獣に荒らされることもなく昨日と同じ状態で横たわったままだ。


 肉屋には解体を請け負ってくれるところもあるが、この巨体を麓まで運ぶのは骨が折れる。

 ここまで来てもらえるかも話をしてみないことにはわからないが、山を下りないことにはどうにもならない。

 手のひらに「ひと、ひと、ひと」のベタなおまじないをして、ムギは妖犬たちとともに出発した。



 ***


 歩き始めて三十分ほどしたところで、マムートが鼻をひくひくさせた。


「この辺、最近ヒトが入った匂いがするな」

「えっ……」

「匂いは一人分だ」

「大丈夫ですの、ムギ様。狩りをしに入ってきたひとですの」


 そう言うとワトゥマは、耳をぴんと立てて右手の方角へ鼻面を向けた。


「あっちで弓弦の音がしますの。あっちにおりますの」

「ええっ、わたあめちゃん! 待って!」


 避けるために警戒しているはずが、まさか自ら会いに行くことになるとは――。このときばかりはワトゥマの天真爛漫な積極性が、ムギには悪魔の所業にすら思えた。


 ワトゥマを追った先には、木々が鬱蒼と茂った道が切れて、少し拓けたところがあった。

 野兎が草を食んでいたりと、日の入る緑の原には、のどかな時間が揺蕩っている。

 それを切り裂くように、弓弦が弾ける音とともに一本の矢が飛んできた。正確な一矢は野兎の一羽を仕留め、他の兎たちを森の奥へと走らせた。


「すごいですの!」


 ワトゥマが射られた兎のほうへと走り出す。


「待て、ワトゥマ!」


 マムートの声が届くのと、ワトゥマの進行を阻むように二矢目が飛んでくるのは同時だった。

 大きな体は草地に突き立った矢の直前で急停止し、勢い余って転げた。くるりと前転するさまは、もふもふのボールにしか見えない。

 ワトゥマに駆け寄ろうとしたそのとき、奥の木立が揺れた。


「いきなり他人(ひと)の狩り場に入ってきて、獲物を横取りしようなんて、行儀の悪い犬だなぁ」


 樹影のわだかまりから、弓を手にした男が現れた。

 青々とした葉が鳴く。今まで匿っていた男が離れていくのを引き止めるかのようだ。


「あんたが飼い主か?」


 男は、ムギがすっぽり隠れてしまえるような長身と、がっしりとした体格で、それだけでも竦みあがらせる威圧感があった。

 暗がりから出た途端、降り注ぐ陽の光が男の髪に集まる。艶のある金髪はまばゆいほどに輝き、ムギの目を釘付けにした。


 ゆるめに束ねた長髪は、肩の力の抜けた洒落っ気を感じさせ、草木に紛れる地味な服装ですら、都会的な雰囲気を醸し出している。

 薔薇柘榴石ロードライトガーネットの輝きを宿した瞳は、鷹のように鋭い。狩りの邪魔をするものに照準を合わせ、見えない矢をつがえられているようだ。


 マムートが、ムギと男との間に立ち塞がる。唸り声こそあげないが、自分よりも何倍も大きい人間を相手に、主人を守ろうとする気迫が滲み出ていた。


「狩り場を(けが)したことを陳謝する。俺たちは通りがかっただけで、獲物を横取りするつもりなんてない、本当だ。ほら、ワトゥマも頭を下げるんだ」

「見事な弓の腕前に、はしゃぎすぎてしまいましたの。ごめんなさいですの」


 男は、ほう……と短い感嘆の息を吐く。


「驚いたな。二頭とも妖犬か。あんた……」

「はっ、はい!」

「ああ、若い娘さんに()()()もないな。すまん、すまん。お嬢ちゃん、妖獣使いか?」


 ()()と同年代と見える男に、嘲りでもなく年若く扱われるのは落ち着かない心持ちがして、ムギは大袈裟に否定した。


「お嬢ちゃんでも、テイマーでもありませんっ。師匠に見限られた落ちこぼれの魔法使いで……、この子たちはそんなわたしにでもついてきてくれる、大切な家族です」

「そうかい。まぁ、肩書きはなんでもいいさ。でもなぁ、お嬢ちゃ……あー……」


 否定されたものを口にするのは気が引けるのか、男はなんと呼んだものか迷ったようだ。


「俺はガイアスという。きみの名前は?」

「ム、ムギです……」


 見下ろす紅い視線に気圧されて、ムギは震える声を絞り出す。


「ムギは妖犬を連れ歩いて、どれくらいだ?」

「ひと月です」

「そうか。なら、まだ大丈夫だな」


 小首を傾げるムギに、ガイアスが身を乗り出す。

 大きな体が覆い被さってくるようで、ムギは恐怖を覚えて縮こまる。そうすると、ますます体格差が際立った。

 マムートは変化して主人を背中に庇い、ワトゥマは安心させるようにぴたりと寄り添った。


「ふうん……ひと月でこれだけ馴れているなら、いい関係が築けている証拠だ」

「あ、ありがとうございます」

「だからこそ、最初が肝心だぜ。従者の品格は、主人の器に左右される。いい犬にするも、駄犬と呼ばれるようにするも、君の向き合いかた次第だ」


 制止を聞かないようではだめだと釘を刺され、さすがのワトゥマも耳をしょげさせる。


「妖獣を従えているからには、躾はちゃんとしないとな?」

「はい……」

「おっと、少し説教くさかったか。すまん、すまん。俺も他者(ひと)からの受け売りだ」


 そう言うとガイアスは、気持ちのいい笑みを見せて身を退けた。


「俺はこの辺りをうろついているから、弓の音がしたら気をつけてくれ」

「本当にすみませんでした……」


 恥ずかしくて、逃げるようにムギはその場を後にする。それをマムートが追いかける一方で、ワトゥマが後ろをついてこない。


「おい、ワトゥマ。行くぞ」

「ムギ様に恥をかかせてしまいましたの。これはいけませんの。ワトゥマ、汚名を返上いたしますの!」

「お、おい!」


 ワトゥマは、仕留めた野兎を回収中のガイアスに駆け寄ると、お願いするように伏せをした。


「ガイアス様に折り入って、ご相談がございますですの」

「お、なんだなんだ」


 鬱陶しがるでもなく、珍生物でも見るかのように、ガイアスは膝を折る。


「ガイアス様は、猟師さんでいらっしゃいますの?」

「ああ、今はそれで食ってる」

「ワトゥマたち、大きな鳥を捕まえたけれど、どうしたらいいかわからず、困っておりますの。本職の御方がいらっしゃれば心強いですの。ぜひご教示くださいませですの!」


「ワトゥマ!」

「わたあめちゃん!?」


 ムギの役に立ちたい一心で、ワトゥマはスカウトを試みる。一周回ってバグったコミュニケーション能力に、ムギもマムートも大慌てだ。

 ガイアスは腹を抱えて笑った。


「なんだか変なやつらだな。いいぜ、今回だけ付き合ってやるよ」

「でもっ」

「でかい鳥っていうのも気になる。いったいなにを仕留めたんだ?」

「え、えっとぉ……」




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