スローライフは楽しいけれど。
Oatmealの創作メモ
◇わたあめの固有スキル
「てんしょん・ぷりーず!」(=アテンション プリーズから)
感情の起伏によって、能力が大きく向上する。
負の感情でも、平常心との落差が大きいほど開花する能力も大きい→マメタを亡くし、失意と絶望に打ちひしがれながら、後に癒しの力を発現させる。
「ぷりーず」は「ぷりぃず」のほうが、わたあめちゃんらしくて可愛いかな?
鳥のさえずりが、夜の終わりを告げる。
ムギが目蓋を開く気配で、まず足元の黒柴が起き出した。
マムートは軽快に寝台を飛び降りると、小窓に引いたカーテン代わりの布を咥えて取っ払った。
誘い込まれた光に鼻先をくすぐられて、ムギの頭の上で枕になっていたサモエドのワトゥマが、ぷしゃんとくしゃみをした。
「おはようございますですの。ムギ様、にに様」
「おはよう、わたあめちゃん」
兄のように特別な呼び名を付けてほしいというワトゥマを、ムギはマメタ同様に〈わたあめ〉と呼んでいる。
三人はそれぞれ身繕いを整えると、眩しい朝日の下に出て大きく伸びをした。
ここは、妖犬の里の裏手にある山深い森だ。
人目を避けて暮らしたいというムギに、シェルマが教えてくれた場所だ。
街道へ出るにも、獣道を分け入って小一時間かけ、山を下りる必要がある。ここで生活を始めて一ヶ月になるが、人間が入ってきたことはない。
おかげでムギは誰に怯えることもなく、快適な引きこもり生活を送っていた。
今から、朝の日課である散歩の時間だ。
「準備はできたか?」
「はいですの」
「それじゃあ行ってきます」
マムートはつづらを、ワトゥマは樽を背負う。ムギは洗濯物の入ったカゴを手に、扉にかんぬきを掛けた。
拠点となるこの家は、〈蜘蛛の仕立て屋さん〉を応用した魔法〈キツツキの大工さん〉を使って建てた。ムギの控えめな性格を反映してか、寝起きするのに事足りる程度の小さな家だ。
ここから森の奥へ奥へと進んでいき、沢に着いたらそれぞれ役目がある。
ワトゥマは上流で水を汲み、ムギは下流で洗い物、マムートは魚やあたりの木の実をとって集めた。
重くなった荷物を持ち直して帰途へつく間にも、食べられそうなものや薪に使う小枝を各自調達する。この朝の散策は、日々を生きるために大切な日課であった。
(うーん! 充実してる! 生きてる、って感じがする)
ムギはこのひと月で、少し日焼けした。もとが色白というよりは不健康そうな生白さだったので、やっと人並みに健やかになったように見えた。
(でも……)
ムギは、うーんと伸びをして大きく肩を回した。
少しずつ蓄積した疲労が、睡眠だけでは解消しきれていない感じが、このところ顕著になっている。
その理由を特に意識していなかったムギだが、朝食に川魚の塩焼きを食べた後で、こんな一言がぽつりとこぼれた。
「じゅわっと脂の滴るお肉が食べたいな……」
そう口にした途端、頭の中に分厚いステーキ肉がでんと陣取った。鉄板の上で脂を跳ねさせながら豪快に焼ける音と、米が欲しくなる匂いが脳裏によぎる。
どうしても要り用のものがあれば街道に出て、行商人から調達もできるので、燻製肉などを買うことはできるが――。
(ハンバーグとか……焼肉が、無性に食べたい――!)
生前、そんなに肉食というわけでもなかったムギだが、体がタンパク質と油分を必要としている合図だった。
「ムギ様、お肉が欲しいですの?」
「それなら狩りに出かけるか?」
妖犬たちは体を鍛えるために野山を駆け回り、野兎などを狩って食すこともあったので、この森にも小動物がいるのは知っていたが――。
「うぅん……でもねぇ、どう調理したらいいかわからないから」
魚はどうにかできるが、四つ足のものを捌いたことはない。
するとワトゥマが、当然のようにレクチャーしてくれた。
「まず喉笛にかぶりつきますの。そうして息の根を止めたら、好きなところからいただくですの」
「う、うん……。わたしも妖犬だったら、そうするよ……!」
だがムギは人間なので、そうはいかない。
「鳥くらいなら、なんとかできるかなぁ」
「鳥っ! 承知しましたの。ムギ様のために獲ってくるですの!」
ワトゥマは脇目も振らず、駆け出した。
「あっ、わたあめちゃん! ……行っちゃった」
「まったく、あいつめ。自由なのをいいことに」
マムートは、目に見えない首の枷を見下ろすように頭をねじった。そこにはムギとの間に繋がった、一本のリードがある。
これは主人と妖獣の信頼関係を示した絆の手綱だ。契約から日が浅いほどリードの長さは短く、妖獣は主人のそばを離れられない。
絆が深まるほどにリードは長くなり、やがてはリードなしで妖獣を使役できるようになる。それこそが、妖獣使いの腕の見せどころで真価であった。
ところがワトゥマは、もふもふチャームの影響で初めから、この枷が緩んでいた。
マムートがムギのそばを半径五メートルしか離れられないのに対して、ワトゥマはほぼほぼ自由に行動できるのだ。
(なんだか……マメタに信用されていないみたいで、この違いがたまに悲しくなるんだけど……)
マムートは濁りのない黒目でムギを見上げ、どうしたんだと問うように小首を傾げる。
目の上にある薄茶色の毛が、丸っこいがきりっとした眉のようで、凛々しい印象を与える顔つきだ。それが警戒心の強さの現れにも見える。
今はツンデレの「ツン」状態――そう思って、ムギは自分を慰めるのだった。
***
二人はワトゥマが帰ってくることを念頭に、家の周囲で採集に励んだ。
「見て、マメタ。ユカが実を付けたよ」
樫の大木に赤紫の蔓が巻き付いているのを、ムギは指差す。頭よりずっと高いところに、サンザシに似た小粒の実がびっしり生っている。
「少し前まで、花が咲いていたのにな」
「朝も、ぐっと暖かくなったもんね。マメタ、カゴを持ってきてくれる? 保存用に干しユカを作っておきたいの」
「わかった。少し待っていてくれ」
ユカの実は、赤い殻を剥くと薄皮に包まれた紫色の中身が出てくる。その味と食感は、デラウェア種の葡萄によく似ている。これももちろん、カポル同様にムギの創った果物だ。
ユカの白い小花を見つけたときから、ムギは干してパンを焼くときに混ぜてみたいと思っていた。
その日がやってきたことに、ムギの足も喜んで木肌に吸い寄せられる。
前世では木登りなんてしたことがない。それどころか、はんとう棒や雲梯も踏破できたことはなかった。
だが今なら、強化されたステータスのおかげで充分な腕力と脚力が約束されている。
(自分の暮らしを豊かにするために、いつもマメタたちに頼ってばかりじゃいけないもんね。よしっ、登ってみよう!)
ムギは幹に絡みついた蔦を伝うようにして、少しずつ上を目指した。
ところが――。握力、体力、脚力、どれも申し分ないはずなのだが、ユカの実がある高みになかなか届かない。
(木登りって……どうやるんだろう。うう、ステータスが優れていても、それを活かせるかどうかはやっぱり経験次第ってことかぁ……)
慣れないなりに、落下だけは避けようとしっかり幹を抱きしめた。
そこへ、カゴを咥えてマムートが戻ってきた。ユカの実に届かないまでも、身長より高いところにしがみついている主人を見て、仰天した。
「ムギ! なんでそんなところに!」
「きゃっ!」
大きな声に驚いて、ムギは手を滑らせる。
咄嗟に幹を挟む両脚に力を込めたが、木には呆気なく抱擁を拒まれてしまった。焦りと裏腹に、体は素直に重力への抵抗をやめて落ちていく。
体勢の差はあれど、日本で迎えた最期の瞬間が唐突にフラッシュバックして、ムギの意識は〈大津麦〉に戻っていた。魔法の存在しない世界の、平凡な一般市民にだ――。
地面に叩きつけられたらどうなるか、想像することもできないまま、体は落ちていく。
「ムギ!」
マムートは風を切り、落下地点に滑り込んだ。
姿は変化スキルによって、瞬時に獣人へと変わる。この一ヶ月で変化をものにしたマムートは、その時々で上手に姿を使い分けた――なお、一度身につけた衣服は装備品として記憶されるらしく、裸身で顕現したのは後にも先にも初回だけだ。
「――っ!」
マムートは逞しい腕で、しっかりと主人を受け止めた。
ムギは何が起きたのか理解が追いつかない様子で、目を白黒させている。動転してはいるが、ひとまず無傷で救えた。マムートは安堵の大きな息を吐く。
しかし、腕のなかのムギを見つめる目は厳しい。眉間に皺が寄っている。
「お前ってやつは……。待っていろ、と言っただろう!」
「ご、ごめん……」
怒られるのを恐れると、礼より先に弁明が口から出てしまう。
「二人に頼ってばかりじゃなくて、自分でできることを増やしたいと思ったんだけど……」
落胆を隠せず、しょんぼりとした様子のムギに、マムートは少し語気を和らげた。
「すまない、責めるつもりはないんだ。お前が頑張り屋なのはわかっているぞ? だが次からは、一人のときに試そうと思わないでくれ」
「うぅ……肝に銘じます」
「立てるか? 俺が登ってユカを落とすから、ムギはカゴで受けるんだぞ」
「はい……」
慣れた様子で手足を使い、マムートはあっという間に赤い実を落とし始めた。
これではどちらが主人の器か怪しい。
だからこそ、木登りくらいできるようにならなければ――と思いなら、ムギはいっぱいになったカゴを抱きしめた。
***
カゴを空けて、小さな山となったユカの実を選別する。二人して殻を剥き、虫食いのないものだけ残した。
黙々と作業を続け、山が半分ほどになる頃には、日が高く昇っていたが、ワトゥマはまだ戻ってこない。
「遅いな」
さすがに心配になった二人が腰を上げた、まさにそのとき――。
「ムギ様ぁ、にに様ぁ」
噂をすればなんとやら。普段通りの甘い声を弾ませて、ワトゥマが戻ってきた。
「大収穫ですの!」
少しばかり舌足らずなのは、狩った獲物を咥えて運んできたからだ。
大収穫――その成果を主人に見せようと、ワトゥマは誇らしげだ。翼の付け根をしっかり咥え、仕留めた鳥を引きずってくる。
「え――、えっ……うそ……まさか……そんな」
天を見上げて瞳孔を開くは鷲の頭。前足のかぎ爪はセイレーンのそれと比べものにならないほど大きく、獰猛そうだ。
そして翼よりも下の、ワトゥマよりずっと大きな下肢はなにやら普通の鳥の姿とは違っている。
ムギは何度も目をこするが、どこからどう見ても馬の脚と尾が生えているようにしか見えない。
「ヒ、ヒポグリフ――!?」
「大きいですの! これでムギ様も、元気になれますの?」
かの名作ファンタジーにも出てくるお馴染みの空想生物を目にしていることに、ムギは戸惑いを隠せない。
(これって……鳥!? 鳥なの!?)
褒めてほしそうに尻尾を振っているワトゥマを無碍にはできず、ムギは苦笑しながらもたくさん撫でてやる。
「ありがとう。一人で大変だったでしょう? わたあめちゃんが、無事に帰ってきてくれたことが嬉しいよ」
「ムギ様のためなら、ワトゥマぐんぐん力がみなぎるですの。もう一羽獲ってきますの!」
「ままま待って! そんなに食べきれないから!(いや、食べるのこれ? 食べられるの、わたし!?)」
とりあえず包丁片手にピポグリフの骸と睨み合ってみたが、どこから手をつけたらいいかさっぱりわからない。
「すまないな、ムギ。ワトゥマには後で厳しく言っておく」
「大丈夫だよ。びっくりはしたけど……。それよりこの子……わたしには捌けそうにもないなぁ」
「明日、人里に下りて肉屋にでも行ってみるか?」
「それしかないよねぇ……」
気は進まないが、このまま置いていても腐るだけだ。背に腹はかえられず、ムギは一ヶ月ぶりに人間に会う覚悟を決める。その晩は緊張のあまり、ろくに眠れなかった。




