仲間を救え! 公爵家潜入作戦始動!
ムギとマムートはしばし体を休めると、ピノを伴って夜明けを待たずに里を出た。
ウタロの町はいま立ち寄ると面倒に巻き込まれそうだったので、素知らぬふりで通過する。
イローネとの間にあるリンツェルで休憩を挟みつつ、妖犬の行方を探るため町で話を聞くことにした。
こういうのは、対人スキルがムギより信頼できるマムートの役割だ。耳と尻尾を隠して聞き込みに出かける彼を、ムギは陰ながら見守る。
マムートは話を聞けそうな人間を選んで話しかけていった。人好きのする青年に、町のひとの口も滑らかなようだ。
その雰囲気と見目の良さにつられるのか、若い娘たちは自らマムートに寄っていく。いつの間にやら、彼を中心にちょっとした人だかりができてしまった。
やがてマムートは、いくつかの情報を手に戻ってきた。
ムギの問いかける視線に、堅い表情で頷く。
「やはり公爵家の兵が通ったのは間違いないらしい。幌馬車に妖犬が積まれているのを見た、と証言してくれたものもいた」
「公爵様がどうして、そんなことをなさるのかな」
「それなんだが……。どうも公爵本人ではなく、ご子息がやったんではないかというんだ」
***
領民の証言①
「公爵閣下のご子息ローディス様は、たいそう妖獣がお好きなお方で、イローネの城には多くの妖獣がいるそうだよ」
領民の証言②
「珍しい妖獣が市場に出たとなれば、ご自分で買い付けに行くほど熱心だと聞いたよ」
領民の証言③
「イローネに住む兄は、獣たちの切なげな声をよく聞くそうでね。躾にはたいそう、お厳しいんじゃないかねぇ」
***
「それじゃあ、売買が目的というよりも、自分で飼うために妖犬さんたちを連れて行ったってこと?」
マムートの聞き込みをもとに、そう想像することはできたが、ムギには公爵令息ローディスの姿が思い浮かばない。ヴァルド公爵夫妻のモデルを両親に設定こそすれど、そこまでの背景は作り込んでいなかったので当然と言えば当然だ。
さらに――ムギの預かり知らない物語は、想像主の意志を置き去りにめくるめく展開する。
「それと、獣人の受け入れはイローネの役所で行われているらしい。ムギの予想通りだ。だが今はなにやら事情が変わって、公爵家の城で手続きを踏む必要があるんだそうだ。……運がよかったな」
マムートは不敵に笑うが、ムギはもしかしたら「幸運体質」が呼び寄せたのではないかと、どきりとしてしまった。
「俺は予定通り、獣人のふりをして潜入してみようと思う。それで、ムギ。お前も一緒に来てくれないか」
「え――」
「お前の力は、いざという時に頼りになるはずだ」
もふもふチャームのことを言っているのだろうが、ムギは全力でご遠慮願った。
「むむむ無理だよ! わたしなんかが一緒に行ったら、挙動不審で即お縄だよ!」
「俺が話を進めるから、ムギは隣で怯えているくらいでちょうどいい。だから頼む。なんとしても、みんなを助けたいんだ……」
尾を巻いて、黒目がちな目で見つめられたら、モブの立ち位置を守りに走りたいムギの良心はちくちくと痛む。
しかも、いい声いい顔いい体の三Kを前に、防御力はカンストしていてもイケメン耐性がないムギはノックアウト寸前だ。
「ムギ。力を貸してくれ」
「うう……、あなたのその真っ直ぐな行動力が時に憎いよ、マメタ……」
ムギの思いと裏腹に、公爵家潜入作戦は着々と決行へ向かっていく――。
イローネの都に着いて一日は、公爵家の居城の周囲の様子をうかがって過ごした。
獣人の保護は毎月二回の定められた日に、公爵自らが接見して手続きを踏むこととなっており、幸いにも翌日がその日だった。
そして来たる明朝、ムギとマムートは故郷を追われ流れ着いた憐れな獣人を装って、公爵家に助けを求めるはずだったのだが――。
「ムギ。なんでお前は人間の姿のままなんだ」
決行直前になっても普段通りの少女の姿に、マムートはどこか不満な様子だ。
これには珍しく、ムギが強く反論する。
「いい、マメタ? 獣人さんはね、人間と違うことに意味があるの。獣の血が流れているからこその性格、嗜好、生き方があって然るべきで……それがなかったら、ちょっと毛深いだけの人間と変わらなくなっちゃう。そんなのわたし、許せないの」
「ム、ムギ……?」
「だからね。獣のマメタと違って、本当にただの、超一流の、ごくごぐ普通の、一介の人間に過ぎないわたしが、耳と尻尾を生やした程度で獣人さんになろうだなんて……、失礼もいいところだと思うんだ!」
鼻息荒く獣人リスペクトを語るムギに、マムートの懐でピノまで震える。
「わ、わかった……お前の意志を尊重しよう」
ムギの熱い早口に根負けし、マムートでさえそれ以上は強く言えなかった。
城の前ではムギたちの他、十余人の獣人が開門を待っていた。
やがて重厚な鉄扉が開き、城門の奥から公爵家の侍従と侍女が、従卒を伴って現れた。彼らは待ち構えていた獣人たちを一列に整え、城内へ招く。
てきぱきとした所作は形式的であるが、表情は柔らかく、獣人と対峙してなお物腰も穏やかだ。使用人の質は、主人の品格を表していると言っても過言ではない。
緊張した面持ちの獣人たちも、ヴァルド公爵の人柄に淡い希望を抱き始めた様子だった。
靴音を静かに吸い込む紫紺色の敷物が足元を彩る広間に、ムギたちは連れて行かれた。一人掛けの椅子が人数分用意されている。
侍従の一人が進み出て、恭しく一礼した。
「獣人の皆様、ようこそ心を奮い立たせ、扉を叩いてくださいました。公爵閣下より、厚くもてなすよう仰せつかっております。まずはこちらで、ごゆるりお過ごしください」
侍女らがワゴンカートで茶と菓子を運んでくる。
香り高い蜂蜜色の温かい茶と、花の焼き印が押された焼き菓子を一人一人に配っていく。
ムギの番になって、侍女がおやと首を傾げた。
「あなたは、人間のお嬢さんのようにお見受けしますが……」
「あっ、あの、その、えっと……」
「彼女は俺の妻になるんだ」
後ろで順番を待っていたマムートが、ムギを抱き寄せる。
「確かにこの娘は人間だが、俺のために故郷を失くしてまでついてきてくれた。彼女の心は獣人だ。俺ももう、彼女の支えなしに生きていけない。どうか引き裂かないでほしい」
マムートの腕にぎゅっと力が込められて、ムギはなんだが息がまともにできなくなってしまう。体温がぐんぐんと上がって、頭の中を得意の早口が駆け巡る。
(そ、そんなマメタっ……だめだよ! わたしとあなたは親子みたいな関係だし、本当のわたしはあなたよりも結構なお姉さんで……! それに、失恋死した身としては、新しい恋なんて考える元気もなくて――!)
ムギの脳内が大渋滞しているあいだに、マムートは公爵家の寛大なはからいで許しをもらい、婚約者を伴って席へ移る。
かちんこちんで静かだが、ムギの頭の中の早口は止まらない。
(マメタの恋か……考えたこともなかったなぁ。生存ルートへ繋げられるかもしれないこの世界でなら、マメタが育児に励む後日談まで書ける気がする……! でもそれはわたしとじゃなくて、妖犬の……そう、マルチーズの妖犬とかいいんじゃないかな!? 柴犬とマルチーズのカップル、いいと思うよ、マメタ!)
「なぁ、ムギ」
「はっ、はい!」
「多分また要らないことを考えているんだと思うが、嘘も方便という言葉は……人間も同じ意味で使うよな?」
潜めた声で囁かれ、ムギはさっきまでとは別の意味で真っ赤になる。マムートのほうが冷静で、ムギよりだいぶ大人だ。
ムギはこくこくとうなずきながら、恥ずかしさのあまり熱くなりすぎた頬を、膝にうずめて小さくなるより他なかった。




