連れ去られた妖犬たち
マムートに案内されて着いた集会所は、高台の拓けた土地にあった。ストーンヘンジを思わせる大きな石が並んでおり、無骨ながらも厳かで神秘的な雰囲気を漂わせている。
ここにも、妖犬たちの姿はなかった。
だが、他の場所と明らかに様子が違う。
「ムギ……どう思う」
「う、うん……初めてここに来たわたしの感想があてになるかは、わからないけど……。荒れてる、ように感じるかな……」
草は踏みならされ、泥の混じった足跡がたくさんついていた。それらは妖犬のものと人間のものとが入り乱れており、色や質の様々な毛玉も、たくさん落ちている。
「俺も、そう思う……。これは、狩られた痕かもしれない」
器用に使えるようになった指の先まで、悔しさが満ちてきて、マムートは拳を握りしめた。
「誰か――誰か残っていないか! マムートだ! ワトゥマ! 母さん! 返事をしてくれ……!」
「マメタ……」
逼迫した叫びがムギの胸を貫く。
どうか思いが通じるよう祈っていると、石柱群の奥から微かに声がした。
「マムート……? ああ、マムートが帰ってきた!」
「その声――ピノか!?」
「ああ、おいらピノだよ!」
「どこにいる?」
「ここだよ! ここ!」
石柱の一つから、内側で爪をかく音がする。
マムートはそれを軽く叩いて確かめた。
「これは……石に見せかけた土壁だ。待ってろ、いま出してやる」
「ごめんよ、おいら何もできなくて」
マムートは回し蹴りで石柱に一発お見舞いした。石であればマムートの脚が折れるところだが、予想通り土でできていたそれは、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
中から、クリーム色のチワワが一頭飛び出した。
「ピノ、無事か」
「ああ、おいらはなんともないよ。それよりマムート……本当にきみはマムートなのかい?」
「ああ、いろいろあってな。だが今は俺のことより、お前に聞きたい。いったいなにがあった?」
ピノはふるふると震えながら、三日前の出来事を話し始めた。
「公爵家の私兵が突然やって来て、みんなを連れて行っちゃったんだよ」
「公爵家? なんだってそんな方々が」
「わかんないよ。わかんないし、必死で抵抗したんだけど……最後はみんな、眠らされて連れて行かれたよ」
「そうか……。ピノはよく無事でいてくれたな、おかげで状況がわかった」
「ワトゥマだよ。ワトゥマが土壁を作って、おいらを隠してくれたんだ」
土の精霊と相性のいいわたあめならではの奇策に、ムギははっとした。
マムートも同じように感じたのか、妹を誇るように表情を和らげる。
「ごめんよ、おいらだけ助かって」
「なにを謝ることがあるんだ。ワトゥマはピノに里を託したんだ」
「だけどおいら、マムートみたいに強くない。怖がりで、みんなを追いかけることもできなかった」
ピノは小さな体を、これ以上ないほど縮こませた。そんな彼を、マムートは優しく撫でる。
「それでいいんだ。無闇に動いたところで、一人でできることには限りがある。ワトゥマはきっと、お前が残ることで、俺に知らせることができると信じていたんだ」
兄だからわかる――と、マムートの言葉は揺るぎない。
「お前の怖がりは慎重さの証だ。三日間、不安だったろう。よく堪えてくれたな。ありがとう」
「うっ……うううううっ」
ピノは大きな瞳から、大粒の涙を落とした。
ムギは、ちぎったコッシュルを手のひらに乗せ、小さな戦士を労った。
***
落ち着いたピノに、マムートはムギのことを含めて「おつかい」の一部始終を聞かせた。
怖い思いをしたばかりのピノは、人間のムギに全幅の信頼は寄せられないながらも、マムートが言うのなら……と仲間の救出に向けて協力関係を結ぶことを受け入れた。
石柱群の中で火を囲みながら、三人は妖犬奪還に向けて話し合う。
「そもそも、公爵家ともあろう方たちが、妖犬狩りなんてするだろうか」
「偽物じゃないかって? でも、おいらこの目で見たよ。あれは間違いなくヴァルド家の旗章だ。だいたい公爵家を騙るなんて、それこそ首が飛ぶよ」
妖犬狩りをする卑怯者に、そこまでの覚悟があるだろうか。ピノの疑念ももっともだ。
それにしても――とムギは悩ましく腕を組む。
マメタの物語にヴァルド公爵家が絡むことなどなかったので、どうしたらいいか皆目見当がつかない。転生者というイレギュラーな存在が介入したことによる弊害だろうか、とムギは不安を募らせる。
「ユナの町からここに来るまで、それらしき一団や足跡は見られなかった。そうなると……やはりイローネ方面に消えたと見るのが筋か?」
「おいらもそう思うよ。でも、いきなり仲間を返せって乗り込んでも返してくれないよね……。それどころか、おいらたちも捕まっちゃうよ」
ピノは小刻みに震える。
なにか手立てはないか……と妖犬二人の視線がムギへ向かう。人間の考えかたは人間に、といったところだろう。
「えっ、えっと……そうだ! たしか王家の方々は、獣人さんの保護に積極的だって言ってたよね? それを利用できないかな?」
「利用って、どうやって」
「えっと、たぶんそういうのって……いきなり王都に助けを求めるものではないでしょう? たいていお役人様とか領主様とか、窓口になるところがあるんじゃないかな」
ムギは現実的ではないと承知で、物語の中でならできそうなことを口にする。
「保護を求める獣人さんのふりをして、公爵家に忍び込めたりしないかなぁ……なんて」
「ムギ……お前、とんでもないことを言うな」
「さ、さすがにまずいよね……あはは」
「いや、使えるかもしれない。俺はまだ変化が解けないしな。おあつらえ向きじゃないか」
「ほ、本気なの!?」
家族と仲間を、なんとしてでも助けたいマムートの決意は固い。予想だにしない展開に、言い出しっぺのムギが一番驚くこととなった。




