一難去ってまた一難
Oatmealの創作メモ
「耳と尻尾があるだけのファッション獣人にしない」
「獣人たるもの獣のさがを誇るべし」
「妖犬は獣人さんとは差別化して犬の姿を大切に。マスコットキャラを務められる存在感を意識して描写する」
「俺もムギに育てられた覚えはないんだが」
「言葉のあやだよ! いったいなにがどうして、あなたはそんなことになってしまったの!?」
妖犬がヒト型になれてしまったら、獣人と分けた意味がなくなるではないか、とムギの嘆きは大きい。
だが当のマムートは、自分に起きた異変に気付いていない様子だ。ムギに差し出された手鏡を覗いて初めて、己の様変わりした風貌に驚きを示した。
それでも彼は冷静で、少しのあいだ腕組みで考えると、あっさり結論を見出した。
「ポーラと一戦まじえた経験で、新しいスキルが目覚めたみたいだ」
「スキルなのね? 成長してそうなったわけじゃないんだね?」
ほっとしながら鑑定眼で覗いてみる――たいへん目のやり場に困る状況に、視界に割り込む文字列がかすみをかけてくれるのが、ムギにとっては天の助けのようだ。
なるほど確かに、カポルの畑で見たときにはなかったスキル、「変化(獣人スタイル)」が追加されている。
マムートは少年の名残りを感じさせる笑みを浮かべて、逞しい両腕を振り上げた。
「獣人の手足があれば、攻守の幅も広がるな」
「でも一旦、いつもの妖犬スタイルに戻ってほしいな!」
わくわくとするマムートには申し訳ないが、ムギは地に這いつくばらんばかりに懇願した。
いい声、いい顔、いい体の三つのKは、動悸、顔の火照り、目を開けられないなどの状態異常を引き起こす。
「そうだな。変化の使い方にも慣れたいし、やってみる。……ん? 戻れない……どうやるんだ、これ」
「えええっ!」
「仕方ない。そのうち戻れることを願って、今は一先ず里を目指そう」
そう言うとマムートは、すっくと立ち上がる。
「だ、だ、だ、だめっ! お願いだから、お座りして! 服っ……服を着ないと、いくら獣人さんでも捕まる世界だったと思うよ!」
無料RPGアプリの初期アバターだって最低限の布は支給されているというのに、これはなんたる仕打ちかとムギは朝から変な汗をかいてしまった。
作中で、マリエルが舞踏会で着るドレスを作った魔法があったので、それを使うことにした。
「〈蜘蛛の仕立て屋さん〉」
どんな色、素材の糸も自在に生み出せる蜘蛛が、体にぴったりの服を仕立ててくれる魔法だ。
マムートの魔法耐性を考慮し、ムギはだいたいのサイズを指定して、テーラー風の紳士然とした蜘蛛に男性用の衣服を一式お願いした。すぐにお針子風の小蜘蛛も現れて、あっという間に形が出来上がっていく。
(動きやすい格好がいいかな。柴犬だから和のテイストの装束もいいよね……うーん)
デザインは魔法使いのイメージに左右される。
そうして出来上がった服を身につけたマムートは、まるで和風の乙女ゲームに登場する攻略対象のような存在感を放っている。ムギは思わず目眩を覚えた。
「うっ……! ま、眩しい……」
「大丈夫か、ムギ?」
「だだだ大丈夫! 大丈夫だから顔を覗き込まないで!」
「そ、そうか。この姿ではなにか不都合があるんだな?」
訳もわからず叱られて、マムートはしゅんと尻尾を萎れさせる。ムギは申し訳なく思うものの、昨夜のように「おいで」とは呼びかけられない。
早く可愛い柴犬に戻ってくれることを、心の中で強く念じるばかりだ。
そうしてムギが恥じらうほどに、特殊体質「乙女の恥じらい」により運気は上昇しているのだが、絶賛動揺中のムギの知るところではなかった。
***
妖犬の里は、街道が切れた先にある。次第に、ごろごろとした石が剥き出しになった道を行く。
足場の悪さに遅れを取るムギに、マムートが手を差し伸べた。躊躇いがちに重ねられたムギの手を力強く引いて、マムートは嬉しそうに尻尾を振る。
凛々しい目元が柔らかく細められると、笑顔に少年の名残りが垣間見えた。
(カポルの入った袋を担ぎ上げたときも、そんな顔をしていたなぁ)
マムートにしたら、両手を器用に使えることが相当新鮮らしい。
そんなところに妖犬の可愛らしさを見出しては、ムギはどうしても黒柴の姿が恋しくなってしまう。
妖犬の里に行けば、さすがに戻る方法もわかるだろうと淡い期待を抱きながら、ムギはせっせと足を動かした。
しばらく行くと、不意にマムートが道の途中でぴたりと止まった。
何かを探すようにしゃがんで、道に転がる石や泥の様子を確かめる。
「どうかした?」
「この辺りは滅多に人が通らないんだが……見てくれ」
馴染みのない匂いと足跡が残っている、とマムートが示す辺りには、大きな靴跡がいくつも認められた。
「妖犬の力を借りたい冒険者の人でも来たのかな?」
「いや、それなら里に直接こなくても、ギルドのほうに仲介所がある。ムギ。少し急いでもいいか? 嫌な予感がする……」
マムートの横顔に焦りの色が浮かぶ。
もしや……と危ぶむ理由はムギにもわかる。
妖犬は他の妖獣に比べて馴らしやすく、冒険者のパートナーに重宝されるため、密売のために彼らを狩る不届者が少なからずいるからだ。
道に少しずつ勾配がついてきて、辺りの景色はどんどんと岩山の様相を呈してきた。
日が落ちてからも、二人は里を目指して歩き続けた。妖犬のマムートはともかく、ムギでは足元が覚束ないので、光の球を周囲に浮かべて移動する。
「着いた。ここが俺の里だ」
やがてマムートがそう口にした場所は、一見すると他と何も変わり映えのない岩山だった。
しかしよく見てみれば、岩と岩の隙間に犬の足跡があり、奥の空間はゆったりとした寝床になっていたりと、生活の痕跡が見受けられる。
マムート曰く、ここには三十頭ほどの妖犬が暮らしているそうだ。
「それにしては……静かだね」
「おぉい! ワトゥマ、みんな! 俺だ、マムートが帰ったぞ!」
岩に月明かりが揺れるばかりで、マムートの望む声は返ってこない。
「みんな、ぐっすり眠ってる……なんてことは――ない、よね」
「ああ……。この先に集会に使う広場がある。もしかしたら何かあって、そっちにいるのかもしれない」
「い、行ってみよう……!」
胸騒ぎを抱えながら、二人は里のさらに奥へと駆け出した。




