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守り、守られ、成長する。


「ムギ、おい、待て。待ってくれ」

「はっ……! ご、ごめん!」


 まだ本調子で走れないマムートが、それでも必死で追い縋ってきていることに気付き、ムギは街道を少し行ったところで足を止めた。

 マムートは肩で息をしながら、もつれる足を舐める。


「まったく、逃げ足は速いんだな」

「うう、ごめん……。あっ! そうだ、カポルっ……ちゃんともらえた?」


 まさか自分のせいで町長の不興を買ってしまいもらえなかったのではと、今更ながらムギは不安になった。

 だがマムートが咥えて引っ張ってきた袋の存在に気付き、ほっと胸を撫で下ろした。


「よ、よかった……」


 ムギはユナの町に何度も頭を下げた。


「ろくに挨拶もせず逃げてすみません。お夕食ごちそうさまでした。よそものが出しゃばって、すみません。今後カポルを買うときは、ユナ産を贔屓にいたしますので、どうか変なあだ名などは付けないでください。お願いします」

「お前なぁ。後からなんだかんだ考えるなら、もっと慎重に行動したらどうだ?」

「うぅっ……ごもっともです……」

「まぁ今回は、俺も自分を過信しすぎた。ムギがいなかったら、解決できなかったと思う。すっかりお前に助けられた、ありがとう」


 ムギはなにも言葉を返せなかった。

 魔法もスキルも女神にもらった力で、自分自身でどうにかしたことだとは思えなかったからだ。

 だが、ことあるごとにマムートの口からするりと出てくる「ありがとう」という言葉には、なにか教えられる気分がした。

 チートな転生など望んではいなかったが、少しでも獣人たちの誤解が解けたのだとしたら、女神に感謝してもいいかと思えるのだった。


 ***


 ユナの町を後にした二人は、妖犬の里を目指した。

 途中に大きな川があり、橋を渡るとウタロの町がある。その先のイローネには公爵がお住まいの城が居を構えているのだが、マムートが目指すのは橋を渡らず川沿いに続く道だ。


「人間の足なら、二日もあれば着く。今晩は野宿になるから、薪木になりそうな枝があったら拾っておくといいぞ。もっとも、ムギの逃げ足なら夜までに着くかもな」

「も、もう忘れて……」


 言われた通り、薪木を拾いながら、日が落ちる手前まで歩き続けた。

 馬に轢かれたり、野盗に襲われる恐れのある街道沿いは避けて、木立の並ぶ森の近くに野営を構えた。


 旅人の常備食であるコッシュル(堅焼きのパン)を、火のそばで軽く温めて、二人で半分こにする。

 他は、近くに自生していた木苺のような実をつまんだ程度だが、不思議と腹は満足してムギはゆったりと焚き火を眺めた。

 マムートはその間も、辺りを警戒してしゃんとお座りしている。


「ねぇ、マムートくん。今晩はわたしが周りに結界を張るから、ゆっくり休んでくれないかな?」

「だが」

「まだ、体がつらそうだよ? なにかあったら、すぐに起こすから。ね?」


 ムギがおいでおいでと手招くと、マムートは少し照れくさそうにそばに来た。他人の面倒を見るのは慣れているが、世話を焼かれるのは慣れていないようだ。


 寝藁代わりに落ち葉を敷き詰め、その上に毛布と背嚢を置いたのが今夜の寝床だ。

 木に背をもたせて座るムギの隣に、マムートは背中を丸めて横たわった。

 触れる太もものあたりがふんわりと暖かく、深まる闇の中で初めての野宿をするムギにとって、マムートの存在が心強い。

 ただそこにいてくれることに感謝をこめて、ムギはマムートの額をゆったりと撫でた。

 うとうととしていたマムートが、ムギの手のひらを舐めるように鼻先を押し付けた。


「ごめん。嫌ならやめるね」

「いや、悪くない」


 ムギの膝枕に顎を預け、マムートは再び目を細めると、ふうっと息を吐いた。


「……考えていたんだ」

「なにを?」

「自分の無力さのことをだ」


 ムギが撫でるのに促されるように、マムートはぽつりぽつりと口を開く。


「俺が妹みたいに、もっと大きな体だったら、ムギは怪我をせずに済んだはずだ」

「そんなこと」

「慰めなくていい。俺が未熟なのは事実なんだ。父のようになるために、もっと強くならなきゃな」


 ムギは自分がうっかりしていたせいで、マムートの自信を傷つけてしまったのだと思うと、あの瞬間がとても悔やまれてやるせなかった。


「マメタはちゃんと守ってくれたよ! あんなふうに自分を犠牲にするなんて、簡単にできない! すごく、すごく、かっこよかったよ!」


 ムギの力説に、マムートは黒々とした目をぱちくりさせる。


「だけど……、自分が守られる代わりに誰かが傷つくのを見て嬉しいひとはいないよ? マメタはもっと、自分の身を守れる強さを持つべきだよ」

「自分を……」

「そうだよ。妖犬は、ご主人様の武器でも防具でもないんだから。一緒に歩く仲間がいなくなったら、悲しいでしょう? ……な、なんて! ご主人様でもないのに語っちゃって、ごめんね……」

「はは、本当にな。だが気が楽になった。妖犬として大成できるよう、頑張るよ」


 それと……とマムートは付け加える。


「そのマメタ……っていうのは」

「あ……! ご、ごめん」

「知り合いって言ったか? そのほうが呼びやすいんなら、そう呼んでくれても構わないぞ」

「で、でも」

「ムギはノルファリアに誰も知り合いがいないんだろ? それは心細いんじゃないか? 親しんだ名前が近くにあれば、気も紛れるんじゃないかと思うんだが」


 器の広さが大盃級で、我が子ながらムギの中でマムートの株は上がりっぱなしだ。


「マメタ、ありがとう。わたし絶対にあなたを守るからね!」

「おい、今のでなんで俺がムギに守られる話になるんだよ」

「いいの、こっちの話!」


 ぎゅっと抱きしめると、迷惑そうに鼻を鳴らされた。その遠慮のなさも、ムギにはかけがえのない温もりだ。

 物語では摘んでしまった彼の未来を、この世界では絶対に失わせない――ムギは誓いを新たにした。


 マムートの寝息と心音に安らぎ、温もりを分け合ううちに、ムギにも眠気がやってきた。

 結界の効力に頼り、ほんの少し仮眠を取るつもりで瞼を閉じる。

 転生して三日、ここまで緊張の連続だった。ほんのニ、三十分のつもりが、ムギは結局そのまま朝まで眠ってしまった。



 ***



 目覚めたとき、ムギはそこが今まで寝起きしていたアパートだと錯覚した。

 白む瞼の向こうには、カーテンを透かした朝陽があって、一日の始まりを告げている。ムギを包む温もりは卓弥の腕と、二人で選んだアイスグレーの毛布だ。

 出勤準備を調えるぎりぎりまで、そこに丸まっているのがムギは好きだった。


 もう戻れない、大津麦のいた世界。戻れても、戻すことのできない卓弥との関係が、閉じた瞼から涙になってぽろりとこぼれる。

 転生して新しく作られた肉体が、卓弥の温もりを覚えているはずもないのに、どうしてそんな錯覚を抱いてしまったのか――ムギは虚しさを振り切るため、重たい瞼を開いた。


 ***


 いまや空想ではなくなった現実のエンシェンティアにて、ムギは小鳥の囀りと朝陽を受けて目を覚ました。

 白む空の眩しさに目をこすり、すっかり寝転んでしまっていた体をよじる。


「うぅん……お、重い……。マメタ?」


 動けないのは、マムートにのしかかられているからだと思って、ムギは仰向けのまま彼の背を軽く叩いた。

 ぺちぺち――と、肌と肌がぶつかるような音がする。


(ん――?)


 ふかふかの毛並みを撫でる感覚で、手を上下させるも、お目当ての感触は得られない。それどころか、張りのある筋肉を内包した人肌に触れるばかりだ。


(???)


 ムギはもう一度目をこすって、今度こそ大きく目を開けた。そしてますます混乱は深まっていく。


 ムギを包む温もりは、傍らでぐっすり眠る若者のものだった。

 あどけなさを残した青年の寝顔に、ムギは見覚えがない。


 目覚めたらいきなり、見ず知らずの異性に抱きしめられている――。それだけでも絶叫ものだったが、さらにムギを恐怖に陥れたのは、その若者が衣服をなにひとつ身につけていなかったからだ。

 密着した胸板とその他もろもろから伝わる人肌の温かさが生々しく、悪夢のような現実を突きつけられる。


「いやぁぁあ!!」


 あらん限りの声を張って、無我夢中で若者を引き剥がしムギは木立の奥へ逃げた。


「マメタ! マメタぁ!」


 パニックでなかば泣き叫びながら、マムートの存在を頼みにする。


「ムギ……? どうした?」


 (いら)えはすぐにあった。

 がさりと寝床を踏み締めて、マムートがムギを探してやって来る気配がする。


「マメタ! よかった……無事だね! ち、痴漢なの、痴漢がいるの!」


 寝ている間になにかされたのではないかと恐ろしくてたまらず、ムギは自分を抱きしめて震えた。

 うっかり寝てしまったことを後悔しても、どうにもならない。相手はムギの強力な結界を破れるほどの、手練れの痴漢だ。

 一刻も早く、マムートを連れてここを離れなければ――とムギは退路を探して周囲を見回す。


 ところが――だ。


 おかしなことに、結界は生きていた。

 どこにも綻びはなく、外敵に反応する様子もない。


「どこにも怪しい気配はないが……。怖い夢でも見たのか?」


 マムートも不思議そうに言いながら、木陰に隠れたムギを探し当ててやってくる。

 ほっとしたのも束の間、草木をかき分けて、ムギの背後から現れたのは謎の青年だ。


「きゃあああああ!!」

「うわっ!? どうした!」


 飛びすさるムギに、生肌の主張の強い肉体が迫る。


「いやぁ! 来ないで!」

「落ち着け、ムギ!」

「な、な、な、なんでわたしの名前を知っているんですか! なんなんですか、あなた! いや! あっち行って! いやー! マメター!!」

「本当にどうしたんだ、ムギ!? 俺ならここにいるだろう?」

「なに言って……」


 はた、とムギは言葉を飲み込んだ。

 いったいどうしたことか、青年の口からは確かにマムートの声がする。

 所々、白い毛束の混ざった黒髪の頭頂部には、注意深そうに動くふっくらとした犬耳が……。目のやり場に困る腰回りからは、くるりと巻いた尾が見え隠れしている。


「ほ、本当に……マメタなの!?」

「俺じゃなければなんだっていうんだ。寝ぼけているのか?」

「だ、だ、だって……」


 昨夜までの可愛いマムートはどこに行ったのか。ムギの足元にちょこんと座って見上げていたはずの柴犬が、今はムギより背丈のある青年に変わってしまったというのだ。

 ムギはわなわなと震え、爽やかな朝の空に悲痛な叫びを轟かせる。


「わ、わたしはあなたを、そんなイケメンに書いた(育てた)覚えはありません……!」








一章二話「失いたくない温もり」終

  三話「主従の契約」に続く





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― 新着の感想 ―
序盤の「自分が断っても次に話が行くだけ」「次の候補者が自分より適性があるとは限らない」という理由で、自己犠牲的に引き受ける展開は良いと思いました。
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