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ユナの町の困りごと


 マムートが町長の遣いで町を出てから十日あまりの間に、ユナの町には異変が起きていた。

 収穫を迎えたカポルの畑を荒らされるようになったという。


「うちのカポルは品質の良さが自慢なんだ。毎年開かれる品評会でもいい成績を残して、公爵様に献上されたこともあるんだよ」


 畑のある裏山を振り返り、町長は頭を抱えた。


「収穫時期になると、悪い考えをする同業者が寄ってくるんだ。盗まれないように、若い衆を見張りに立てているし、頑張ってくれているんだけどね」


 夜の間に、間もなく完熟を迎えるカポルが次々に盗られていくらしい。

 ちょうど、若者たちが(くわ)を片手に、今日こそは――と意気込んで夜の番に向かうところだった。

 彼らをはばかり声を潜めて、町長が言うことには、いまだ犯人の姿を見たものは一人もいないという。


「それもおかしな話だな。物音や、影くらいは誰か見ていないのか? 人か獣かくらいわかるんじゃないか」

「やはりそう思うかね。そうなんだ。実はね……どうにも小賢しい泥棒で……」

「はっきり言えよ、親父。そいつはな、魔法を使って、俺たちを眠らせてくるんだ」


 若者の一人が話に割り込んできた。

 町長を親父と呼んで、軽い口をきく様子から息子と見受けられた。

 こめかみに浮いた青筋が、気の強そうな顔の印象をさらに深める気難しそうな青年だ。


「こんな卑怯なことをするのは、獣人に決まってる」

「ヤック、それは決めつけが過ぎると言っただろう」

「親父は甘い。妖しいと思ったら、芽から摘めばいいんだ」


 彼は、ふんと鼻を鳴らす。


「とりあえず、()()()は倉に入れといたぜ。これで今晩、盗っ人が出なかったら犯人はあいつらで決まりだ」

「ヤック! なんということを!」

「違ったらそれでいいだろ。町を守るためだ」


 英雄然とした態度で胸を張って、ヤックは裏山に入っていった。

 町長はうなだれて、大きく息を吐く。


「ちょっと前まで、獣人とも一緒に畑仕事をしていたのに……」


 くだんの食糧難のおり、友人のもとを訪ねて王都に行っていたヤックは、聖女の奇跡を目の当たりにし、すっかり心酔して帰ってきたという。

 その後に発表されたマリエルの手記の新事実を、この町で誰よりも早く受け入れたのも彼だったそうな。

 マムートは、しょんぼりと座り込んだ町長の背に鼻面を押し当てた。


「もし魔法で眠らされるというのなら、俺が対処できるかもしれない。町長、今晩の見張りに協力しよう」

「いいのかい?」

「ああ。もしカポル泥棒を捕まえられたら、来年こそは袋一杯くれると約束してくれ」

「ああ、恩に着るよ……!」


(えっ、えええええ!! マ、マメタったら! 正義感が強いところは推せるけど、そんなに簡単に引き受けちゃって大丈夫なの!?)


 ムギが戸惑っていると、町長と目が合った。さっきから妖犬の後ろに控えている少女が何者なのか、気になっている様子である。


「わ、わ、わ、わたしはこの子の……」


 生みの親とは言えない。言ったら、優しいマムートにすら「なんだこいつ」と蔑んだ目を向けられる――想像しただけでムギの目には涙が滲んでしまう。

 主人でも保護者でも友人でもない。ではなんと名乗ったら信頼を得られるだろうか。


「まっ、まめ……マムートくんの幸せを願うものなので、そのお手伝いを一緒にさせてください!」


 ムギは慌てるあまり、またも直球すぎる思いをぶつけてしまった。

 嘘はついていないし、善良な人間性は伝わったようだが、結果として町長からは「なに言ってんだこのひと」という顔をされることにはなった。


 ***


「おまえ、あんまり恥ずかしいこと言うなよ」

「ご、ごめんね……」

「まぁ……人間に好かれて、悪い気はしないけどな。おまえが俺のなにを、そんなに気に入ってくれたかは分からないが」


 照れ臭そうにしながらも、左右に振れる尻尾にムギは目も心も釘付けだ。


(な、撫でたい……もふもふしたい……。そう言えば「もふもふチャーム」はこういう時に発動されないのかな。そしたらマムートくんがごろーんってして、お腹を触らせてくれたりしないかなぁ)

「……おい、ムギ」

「はっ、はい!?」

「なんだか視線に狂気を感じる」


 無垢な黒目がスンッ……と細められて、ムギは一瞬で血の気が引いた。


「ごめんなさい!」


 気をつけないと、次は本当に想像では済まなさそうだ。



 ***



 町長宅で夕食をいただいてから畑に向かう運びとなった二人は、用意ができるまでの間、町をぶらついた。

 薄暗くなってきた町の中には、カポルの実をくり抜いて作ったランタンが掲げられている。

 南瓜のランタンの先入観から、ムギにどことなくハロウィンの街並みを思い起こさせた。


 ランタンの明かりが薄い町の隅っこには、高床式の倉庫が二つ並ぶ。そのうちの一つを農具を持った住民が囲んでいた。


「あそこに獣人が囚われているみたいだな。よし、少し話を聞いてみよう」

「えっ! マムートくん!?」


 メインキャラクターゆえの行動力か、マムートはムギにはできない選択もさらりと実行に移してしまう。

 あっという間に、ものものしい雰囲気の住民たちと打ち解けて、中の獣人と壁越しに会話できる状況にまで漕ぎ着けてしまった。


 倉の中には、兎の獣人六人家族が入れられていた。小さい子のすすり泣く声も漏れている。

 中から必死に無実を訴えているのは、家長の男性だ。泣いている子の祖父のようだ。

 マムートは声のするほうに向き直って、臆せず語りかけた。


「大丈夫だ、安心しろ。俺は今晩、見張りを手伝うことになった幼犬だ。カポル泥棒が出たとき、なにか変わったことはなかったか、気付いたことがあれば教えてほしいんだ」

「気付くもなにも……畑を荒らされるときは、決まってわしらも泥のように眠ってしまって。朝になって町の騒々しさで目が覚めるんだよ」

「わたしは寝付きが悪いのに、泥棒が出る夜だけぐっすり眠れるんです。おかしいでしょう?」


 子供をなだめていた若い女性の声があがった。

 ムギは首を傾げる。


「それはつまり……カポル泥棒の使う魔法が、町にまで影響している……ってことになるのかな?」

「そうです! 同じように眠らされているわたしたちに、畑を荒らせるわけがありません!」


 すると、倉を見張っていた男の一人が威圧的に肩をいからせて近付いてきた。


「そんなものは虚言だ、虚言。その一家以外、町で留守番してるものは誰も、魔法にかかったなんて言ってないんだからな。被害者ぶったって、駄目だぞ。獣人は卑怯で、人間から奪うことを楽しみにする生き物なんだと、レックスが証明したんだからな」

「本当なんだ! なぁ、あんな正史が出回るまでは、あんたもヤックさんも俺たちと一緒にカポルの苗を植えていたじゃないか。信じてくれよ!」

「なら、聖女様が嘘をついているって言うのか?」


 ムギも、獣人王レックスはそんな人物ではないと否定してやりたかったが、今はそれよりも怒声に怯えて泣いている子供のほうが気掛かりだった。

 壁の隙間から、そっと声をかける。


「だ、大丈夫だよ。悪者はすぐに捕まえるからね。……マムートくんが」


 ムギが畑に行くのは、マムートに危険が及ばないように見守るためで、人助けのためではない。そこの役割分担はきっちり強調しておいた。


「マムートくんはね、妖犬のお兄ちゃんだよ。見たことあるかな? ない? じゃあ会うのが楽しみだね。ご家族そろって、早くここから出られるように頑張るね……おもにマムートくんが」


 ちょっと変なことを言う人間に興味を持ったか、はたまた「もふもふチャーム」が発動しているのか、兎の子は涙を引っ込めた。

 鼻をすすりながら、一生懸命なにかを伝えようとしているので、ムギは壁に耳を押し当てた。


「あのね……歌だよ。泥棒が来る日は、女の子の歌声が聴こえるんだ」

「歌が――?」


 気になってもっと詳しく問おうとしたが、ちょうど同じタイミングで、町長の奥さんが客人たちを探している声が木霊して、潮時を告げられた。

 安心させるように声をかけて、ムギとマムートは倉をあとにした。


 食事を頂戴して、すっかり日の暮れた裏山へ二人で足を踏み入れた。

 道の端には暗がりを感知し、光を発するセンサーライトのような魔法植物が植え込まれていて、足を取られる心配はなかった。

 光に吸い寄せられる虫のように、灯りを辿ればカポルの畑にも難なく辿り着くことができた。


 畑はいっそう煌々とした灯りに照らされて、陽だまりの中に浮かぶようだ。

 林檎の木に、坊ちゃん南瓜が生っている――ムギの空想した幻想の農園だ。

 まだ少し黄緑色をした果実もあるなか、ほとんどが薄黄色く色づき始めている。今夜狙われるとしたら、このあたりだろうと若者たちは目ぼしい木の周りで警戒を強めていた。


「これだけ明るいところに盗みに入るのも、大胆だよな」

「そうだね。そのうえ、大人数を眠らせることができる魔法も使えるなんて……いったいどんな犯人なんだろう」


 畑から離れた町で兎の獣人一家だけが眠ってしまう理由、聴こえるという歌――。ムギは何か引っ掛かったが、いま思い出せることは何もなかった。


「まぁ、魔法攻撃なら、俺には効かないから安心しろ」


 マムートは、畑全体を見渡せる場所にゆったりと身を横たえる。落ち着いた態度が頼もしく、ムギもその隣に三角座りで腰を下ろした。


「町長さんにも言っていたけど、それって……?」

「俺には、父のように立派な妖犬として、主人の力になるという目標がある。それを叶えるまでは、鍛錬の一環として魔法の恩恵を受けないという誓いを立てているんだ」


 ムギは「鑑定眼」を通してマムートを眺めた。

 それは、ステータス欄外にスキルではなく、一種の状態異常として記されていた。


 マムートの誓いは、自身を対象とした魔法の効果を受け付けない代わりに、戦闘や鍛錬で得られる経験を増幅し成長率を上げるという――特殊なバフ効果を持っていた。

 魔法による身体強化や癒しの術の恩恵を受けられないマイナス要素はあるが、転じて魔法による攻撃も受けないという強力な防御でもある。


(そうだ。癒せないからマメタは助からなかった……ここでも、その設定は生きているんだ。気をつけないと……)


 何かあればマムートを連れて逃げることも視野に、ムギは自分に状態異常を防ぐ結界を張って、緊急事態に備えた。



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