優しさの果実カポル
Oatmealの創作メモ
『妖犬』
魔法を扱えるなど、特殊なスキルを持った獣を妖獣と呼ぶ。
妖獣のうち犬の姿をしたもの。
主従の契約を結び、心に決めた主人に仕えることは妖犬にとっての誉れであり、妖獣の中では極めて従順で友好的。
古来より他種族との関わりが深い個体。
精霊の作った繭に、番同士で魔力を注ぐことにより次代の妖犬(子)が生まれる。受け継がれるのは魔力の性質のみ、外見的な特徴は繭に由来するため遺伝しない。
(兄マメタが柴犬、妹わたあめがサモエドでも両親は同じ番同士。エンシェンティアではなんの不思議もないこと)
人工的な繁殖は不可能。
年齢の重ねかたは人間と同等なため、普通の犬より幼犬期が長い。その間に精霊との親和性を高め、言葉や知能、スキルを育てていると考えられている。
(マメタは19歳)
冒険者のパートナーとしても重宝される妖獣であるため、売買を目的とした妖犬狩りと呼ばれる略奪行為が横行し、滅ぼされた里もある。
カポル農家のあるリーヴェ地方を目指して、ムギとマムートはモルノから南西に進んだ。
妖犬の足なら、ひとっ飛びで駆け抜けられる距離も、マムートはムギに足並みを揃えて歩く。
「ごめんね。わたしに合わせていたら、ワトゥマちゃんを待たせちゃうよね」
ムギも本気を出せば、チートなステータスのおかげでそれなりの速度を出せるはずだが、余程のことがない限り隠しておいたほうが無難と判断し、黙っていた。
「いい。俺もいずれ妖犬として、主人を持ちたいと思っている。人間に合わせるのも鍛錬の一つだ。あいつも話せばわかるやつだから、心配するな」
妖犬は古来より、獣人や人間に仕え、使役されることで真価を発揮できると言われている。
マムートの父も、冒険者の主人とともに世界中を旅していた。
(お父さんみたいな立派な妖犬になりたくて、マメタとわたあめちゃんは里を旅立つんだよね……)
その冒険の途中で、彼は妹を守って散ってしまう。
執筆当時、「絶対に死なないと予想されるキャラクターが退場する」というのが、一種のトレンドであった。
Oatmealこと大津麦も、その流れを取り入れてみた。結果として、マメタのエピソードは通常より閲覧数も増えたが、ムギはどこか納得していない部分があった。
(マメタの死に、意義はあったのかな……)
物語の中では、兄の死により覚醒したわたあめの癒しの力が、その後のエピソード「不治の病の王妃」に繋がるようになっていた。
だが死なせる必要があったのか、という自分への問いにムギは胸を張って頷くことができない。
「どうした? 疲れたか?」
「う、ううん! 平気だよ! ごめんね」
生身の彼を見ていると尚更、疑問と後悔にムギは苛まれるのだった。
***
リーヴェ地方に近づくにつれ、季節が進んだように暖かな風が吹いた。
早蒔きの麦は、刈り入れを待つばかりにこうべを垂れている。
「カポルの実も、よく生っているかな?」
「ああ。今年は出来がいいらしい。俺が最初にユナを訪れたときは、まだ収穫には早くてな。実りを待って譲ってもらう代わりに、モルノの先のレンドルまで届け物を頼まれたんだ」
「おつかいのおつかいだね」
まるでスローライフゲームのクエストのようではないか、とムギはほのぼのとした気分で表情を和らげた。
この先のユナの町で待っているカポルは、薄橙色の坊ちゃん南瓜に似た見た目をした果実だ。
硬い皮の内側には、マンゴーのようにねっとりとした果肉が詰まっていて、まろやかな口当たりと、すっきりとした甘さが特徴だ。
蒸して食べると、また一味違う食感を楽しめる……ムギの創った幻想の食べ物である。
「ワトゥマちゃんはカポルが好きなの?」
「ああ。だが今回は、自分が食べるばかりではないと思うんだ」
「えっと、どういうこと……かな?」
「里には、脚を悪くした母がいるんだが、近頃、古傷が痛むようでな。カポルは母の好物でもあるから、食べて元気になってほしいんだと思う」
母のために、おつかいクエストに出かける妖犬の兄妹の姿を想像し、ムギは胸をきゅっと掴まれるような温かさを募らせた。
「たくさん持って帰って、お母さんにもワトゥマちゃんにも、笑顔になってもらいたいね」
「そうだな。ほら、関所を越えて少し行ったら、目的のユナの町だ。頑張れ」
リットンとリーヴェを結ぶ街道に、いかめしい石造りの関所が顔を見せた。
鋭い視線と口を真一文字に結んだ衛兵たちの姿に、異分子のムギは尻込みしてしまう。
しかし、関所を抜けるには通行証を見せるか、通行料を支払えばよかったので、身分証のないムギでも難なく通ることができた。
ひとまず、ほっと胸を撫で下ろした。
関所の先からは、リーヴェ地方ヴァルド公爵領となる。
ヴァルド公爵家は代々、王佐を多数輩出している、ノルファリア王族の教育係とも言われる家系だ。
マメタの物語にヴァルド公爵が登場することはないが、ムギは少々頭が痛いことを思い出した。
マメタの時代、エンシェンティア後期のヴァルド公爵夫妻の漠然としたイメージを、実の両親にしたことだ。
記憶に蓋をしようとしていたのに、公爵と聞いただけで死の直前の出来事が眼前にちらつく。
(ムギの心は汚れました。ヴァルド公爵家のことを考えようとすると、もう……『堅物公爵は年若い侍従の直球の愛を拒めない』的な泥沼不倫物語しか浮かんできません……)
「おーい。置いていくぞ」
癖でプロットを切っていると、いつのまにかマムートとの距離が開いていた。
ムギは頭を小突いて、要らぬ心配を締め出した。マメタの物語に寄り添っている限り、公爵家と関わる心配など、万が一にもないのだから。
※※※
豊かな実りの麦畑を眺めながら歩を進め、予定通り日没前にはユナの町に辿り着いた。
マムートの案内で、ユナの町長宅へ向かう。
庭先で鶏に餌を撒いていた壮年の男性が、妖犬の姿に気付いて片手をあげた。この町の町長で、マムートにおつかいを頼んだのも彼のようだ。
「おお、おかえり。無事でなによりだ。レンドルの姉は元気にしておったかね?」
「ああ。手紙を預かってきた」
マムートは背中にくくった布包みを、体ごと差し出した。町長は手紙を受け取ると、マムートの額から背中を力強く撫でつけた。
「ご苦労だったね。今晩は泊まっていくといい」
「助かる。だがその前に、約束のカポルの実を見せてもらってもいいか?」
報酬の確認を忘れないマムートの用心深さに、ムギは感心した。見た目から、ひとを疑うことを知らなさそうだと思われがちだが、本質は冷静で頼れる兄貴分なのだ。
ムギが、マメタらしさをどこか誇らしい思いで見つめる一方で、問われた町長の顔色は曇り始めた。
町長は腕組みをして、うーんと低く唸る。
「カポルね……ちゃんと採ってあるよ。でもねぇ……」
急に歯切れ悪くなり、額に滲む汗を拭った。
「予定よりちょっと数が少なくなってもいいかね?」
「どれくらいだ?」
「袋一杯だったところを……三分のいち」
マムートも、ううんと首を傾げて唸る。
「それは、俺もちょっと困るな。家族が里で楽しみに待っているんだ」
「すまないね。事情が変わってしまって」
町長の顔には、妖犬をたばかろうという悪どさは感じられない。それどころか、代わりのものであがなえないかと、交渉を切り出す誠意すら見せた。
「なにか、のっぴきならない事情があるみたいだな。俺で力になれそうなら、話してみてくれないか?」
「しかし……追加のカポルは出せないよ?」
「気にするな、それとこれとは話が別だ」
どの世界も、もふもふにはひとを和ませる力があるのか、町長はほっと息をついて話し始めた。




