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 指先に力をこめる。

 地面に向けた指先からは赤い炎が吹き出し、ロケットの如く朱莉の身体を一気に吹き飛ばした。


 視界には、すでに息絶えた土蜘蛛の横で驚愕の表情を浮かべる龍海の姿がある。


「朱莉!?」

「大丈夫です龍海さん! 今度は、私が……!」


 言い切れぬままみるみるうちに龍海の姿は遠のき、反対方向には懐古的な建物が並ぶ街風景が見えてくる。


 朱莉には、生まれながらに持つ特殊な能力があった。

 両の手に生える指先十本。

 込めた念に応じて、その指先から炎を出すことができる能力だ。


 このことは幼いときに死に別れた両親と、朱莉本人しか知らない。

 両親には、死に際にも強く強く言い含められていた。

 この力は決して人前で使ってはいけない。やむを得ず使うときは、貴方や大切なものを守るときだけにしなさい──と。


 今が、まさにそのときだ。


「いた!」


 空に打ち上がることで、どうにか先回りに成功したらしい。近づいてくる地面に再度火を噴き、朱莉はどうにか着地の衝撃を緩めた。


 足をつけた地面は、石畳の細道だった。

 周囲は家屋がまばらに立ちはじめた街境。これ以上先に進ませるわけにはいかない。


「おい、あんた、一体ここで何をしている!?」


 背後から複数人の気配が集まってくる。

 今の声はクロキチさんだろうか。ということは恐らくこの國の自警団のあやかしたちだ。振り返ることはせずに、朱莉はそう判じた。


「うわあ! 蜘蛛だ! 蜘蛛の大群が一斉に街になだれ込んで……!」

「総員、武器を持て!」

「おい嬢ちゃん! あんたはさっさと後ろのほうへ……!」


 先ほど踏み切ったときに左五本、着地の時に右一本。残り計四本。

 眼前には、焼けて困る家屋も草原もない。


「退きなさい子蜘蛛達!」


 できる。

 私にもきっと、誰かを守ることが。


「街には一歩も進ませません! 来る者は容赦なく──滅します!」


 先ほどの愛しい人の台詞を拝借した。自分自身を奮い立たせるために。

 朱莉は手首を左手で支え、右手をかざす。


 限界ぎりぎりまで近づいた蜘蛛たちの突撃を、赤い火炎の海で迎え撃った。





「調整が下手なんです。私」


 次に目を覚ましたとき、朱莉は自身にあてがわれた和室で床についていた。

 日中干しておいた布団はじんわり温かく、太陽の香りがする。


「一人で部屋に籠もる毎日だったもので、指先を灯すような小さな炎でしたら自由自在に操れます。逆にあそこまで大きな炎は、扱う機会がほとんどなかったもので……」

「だからこうして力を使い果たした挙げ句、こてんとぶっ倒れてしまいました──と。そういう申し開きか」

「はい……申し訳ございません……」


 素直に謝る朱莉に、龍海はため息を吐く。

 隠すつもりのない呆れ顔に罪悪感を募らせつつも、朱莉は秘かに幸福も感じていた。


 意識を取り戻したときに最初に目にしたのは、窓辺に寄り掛かる龍海の姿だった。

 窓枠に肘をかけ、黒い長髪をなびかせながら外を眺めている横顔。


 好きな人が自分の様子をみていてくれていた。

 そのことがたまらなく嬉しかったのだ。


「それであの、街の皆さまは?」

「あの時街を襲った子蜘蛛は、あんたの炎が全て払った。家屋も住民も被害は出ていない」

「そうでしたか。よかった……」


 直後に昏倒してしまったが、一応の役には立てたらしい。

 布団の上で安堵の息を吐いた朱莉を、龍海はしばらく無言で眺めていた。

 視線に気づき、朱莉が小さく首を傾げる。


「無茶をしすぎだ。あんたは」


 差し出された手の指先が、朱莉の額にそっと触れる。

 その小さな温もりに、胸が音を立てた。


「慣れない大きさの炎を無理に繰り出して、自分の身の危険は考えなかったのか」

「どうだったでしょうか……あの時は、ただこの街を守りたいと夢中でしたので」


 それに、と朱莉は付け加えた。


「クロキチさんから、龍海さんはずっとこの街を守ってきたのだと聞きました。ならば私もそれを守りたいと思ったんです。龍海さんが今まで命を賭してきた、大切なものを」

「……」

「もしかするとこの考え方も、どこか可笑しいでしょうか?」

「……いや。可笑しくはない」


 不安を抱き口にした質問に、龍海はふっと口元を綻ばせた。


「ただ、誰にもできることでもないだろう」

「え?」

「あんたは無鉄砲だが、勇敢だ」


 額に触れていた指先がそっと朱莉の前髪を避け、離れていく。

 その先に見た龍海は、今までで一番穏やかで優しい表情を浮かべていた。

 思いがけず向けられた微笑みに、頬がかあっと熱くなる。


「きょ、恐縮です……」

「まあ、結果としてあんたは身の潔白を証明できた。その命をかけて街と住民を守ったんだからな」


 事も無げに告げた龍海に、朱莉はぱちくりと目を瞬かせた。


「ふふ。やっぱり、龍海さんは優しいですね」

「どういう流れでそうなる?」

「龍海さんの足ならばあの時、とっくに街外れまで到着できていたのでしょう?」


 朱莉の指摘に龍海は無言で答えた。つまりは肯定だ。


「最初は私の行動を見極めて、敵味方を判別しようとされたのかと思いました。でも、私のためでもあったのですね。住民の疑念を払拭するための、またとない機会と踏んで」

「結果的にそうなっただけだ。あとはあんたの手柄だろう」

「ありがとうございます、龍海さん」


 相変わらず素っ気ない龍海に、朱莉は笑顔で礼を言う。

 再び窓の外を眺める龍海に倣い、朱莉も視線を移した。

 布団に横たわる朱莉からは、赤紫に染まった夕暮れ時の空が美しく映えている。


「外が暗くなってきましたね。もうすぐ日没でしょうか」

「ああ。だが、少々困ったことになっていてな」


 龍海の言葉に、朱莉が首を傾げる。


「あの土蜘蛛騒ぎの後処理だ。辺りに吹雪いた砂嵐の影響で、日ごろ住民が使っているたいまつの火が至極小さくなっている」

「たいまつの火、ですか」

「この國には電気がない。夜の暗闇を照らすのは、各家庭が持つランプや提灯の火だ。そしてそれらは毎日、街中央のたいまつから各々移して家に持ち帰る」


 つまりたいまつの火が弱っている今、家や街を照らす手立ては淡い月明かりのみ──ということか。

 しばらく思考を巡らせた朱莉は、がばりと布団をめくり上体を起こした。


「おい。あんたはまだ寝てろ」

「火が必要なんですよね? 龍海さん」

「……」


 失言だった、といわんばかりに龍海が眉間にしわを寄せた。

 しかし残念ながら、もう遅い。


「さっきも言いましたよね。私、小さな炎ならば自由自在に操ることができるんです」


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