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3.私の親友のアプローチは間違っているのではないかと、私は訝しんでいる。

今回は主人公ではなく、ヒロインの親友目線です


 年々、夏休みの期間が短くなっているのは気のせいだろうか。2学期が始まって暫く経ったが、いまだに夏休みが恋しい。

 でも、学校もエアコンの普及が進んでいるし、避暑目的の夏休みという点では、期間が短くなるのも当然なのかもしれない。

 だが、部室にはエアコンはない。部活後の熱を疎み、扇風機の前を取り合うようにしている部員を横目に、私達は着替えをしていた。


「言っちゃった! 咲良、どうしよう」

「……うん」

「あぁ。やりすぎだったかな? でも、チョーゼツ、チャンスだったし!」


 私の名前は神田咲良かんださくら。そして目の前のかわいい子は有馬奈緒ありまなお。テニス部に所属している。

 今は部活が終わり、部室で着替えながら話をしていた。

 奈緒とは高校からの仲だが、部活や1年の頃のクラスが一緒だったことから、すっかり仲良くなった。今では何でも話せる仲だ。


 そんな奈緒には中学の頃から好きな人がいる。あだ名はたぁ君。私も何度か話したことがあるけど、結構いい人。だから、私は奈緒の恋愛を応援したい。奈緒も好きな人に対して、色々アプローチを仕掛けているらしい。


 だが、奈緒の恋愛のアプローチ方法はどこかーーいや、だいぶ間違っている気がするのだ。


「やっと匂わせ大作戦が上手くいって! 意識してもらえた気がするんだ!」

「……よかったね」

「最初は偶然だったけど、恋愛テクニックってすごいね!」


 奈緒は恋愛の話が好きだ。聞くのもするのも。だから奈緒は、好きな人であるたぁ君の話をよくしていた。でも、どこかでたぁ君が『好きな人』から『付き合っている人』に変わった。これは奈緒が嘘をついたのではなく、コイバナ仲間の子達が勘違いしたことによって生まれた偶然の産物だ。

 すぐに訂正すればよかったのだ。しかし、奈緒は訂正しなかった。嘘でも恋人気分になれたことにハマってしまったからだ。

 こうやってたぁ君は、奈緒の彼氏(嘘)になってしまった。友人としては止めた方がよかったのかもしれないが、楽しそうな奈緒を止めることはできなかった。


 何を読んだのか知らないが、最近の奈緒は「好きな人に好きな人の話を聞かせ、意識させる」という恋愛テクニックを駆使し始めていた。つまり、好きな人であるたぁ君の前で、奈緒の彼氏(嘘)であるたぁ君の話をしたのだ。それが、この度上手くいったらしい。


 ……本当に上手くいっているのだろうか? 恋愛をしたことが無い私には難しい。

 というか、恋愛教本みたいなのって合っているのか?

 あと、好きな人の話を聞かせるならまぁわかるが、彼氏の話を聞かせるのは悪手ではなかろうか。だって、普通の倫理観を持つ人なら彼氏持ちに手を出そうとはしないだろう。

 もう、告白すればよくないのか?


 私がうんうんと悩んでいる間にも奈緒は「そろそろ次のステップに進まないとね」とかなんとか言っている。


「が、頑張ってね。その、応援している!」

「ありがと! 咲良!」


 私はおしゃべりな方だと思う。……脳内の中だけは。口にする前に、言葉はつっかえて消えていく。私は今日も友人への指摘をできずにいた。

 だって、こんなに楽しそうなのに言えない。たぁ君が、奈緒の恋心の暴走をかわいいと思ってくれる人だといいなぁ。


 着替えを終え、今日のカギ当番に声をかけて部室を後にする。

 しかし、投げやりになってしまったのがいけなかったのか。たぁ君任せになったことがダメだったのか。部室内で一旦終わったと思っていた奈緒のコイバナは続いた。しかも、私の歓迎しない方向性に。


「私、次のステップに向かうために、恋愛テクニック本買ったんだ!」

「へっ!?」

「今日は、それのどれを使おうか、咲良に相談したくて!」


 どうしてこの子は、恋愛経験のない私に相談してしまうんだろう。

 奈緒からの信頼が、今回ばかりは憎たらしい。

 私がポカンとしている間にも、奈緒はカバンから恋愛テクニック本とやらを取り出していた。それは私も聞いたことのある雑誌で、表紙にでかでかと「気になる彼をオトす技、20選」と書かれていた。


「“自分の香水を相手の私物にふりかける”ってのとか、私は良いと思うんだけど!」

「いや、奈緒は香水持ってないでしょ?」

「制汗剤とかで代用できないかな?」

「なるほど? ……でも、そのテクニックは社会人向けだと思うな、私。もっと、学生っぽいの無いかな?」

「そっかぁ……うーん。うん」


 奈緒はぺらぺらと本をめくりながら、良さげなテクニックを探っていく。もう、だいぶ暗くなっているが、見えるんだろうか。


「“胃袋をつかもう!” たぁ君は学食かコンビニだから、お弁当作ってこようかな?」

「それは……まだ、早いかもね。付き合ってからのテクニックなんじゃないかな」

「そっかな? それなら……“お願い事をしてみましょう! 人は助けた人のことを好意的に感じます”」

「あぁ! それいいね。じゃあ、勉強教えてもらう? たぁ君は頭いいもんね」

「んー。でも、それは前もしたしな……」

「何回してもいいんじゃい?」


 香水や弁当よりは、まだ勉強の方が失敗しなさそうだし無難だと思うのだが、奈緒は不服そうだ。……どうして、そうチャレンジングなんだ。そのチャレンジ精神で、もう告白しないか?

 恋する奈緒はめちゃくちゃかわいい。が、今の奈緒は暴走機関車なので、鈍行列車……いや、新幹線ぐらいになって欲しい。


 その後も駅に着くまで奈緒は恋愛テクニックを上げ続けた。

 秘密の共有、二者択一で質問する、……etc.

 中には私も興味深いと感じるようなものもあり、中々楽しかった。……でも、これを使う機会は、私にはないんだよなぁ。そう思うと心が死んだ。


 私たちは電車に乗り込む。3駅20分の私と違い、2時間近くの通学時間の奈緒は通学だけで大変そうだ。車なら1時間30分もかからないので、いつもは親御さんが迎えに来てくれるのが、今日は時間が合わなかったらしい。


 やがて恋愛テクニックの話は終わり、授業の話へと変わっていった。

 理系クラスに進級した私と、文系クラスに進級した奈緒は、2年になってクラスがわかれた。といってもおおむね授業内容は一緒であるので、情報交換を行う。


「古典で和歌の単元が始まったんだけどさ、中々面白いんだよね~。恋の歌とかドキドキしちゃうし」

「国語の授業って勉強っぽいところももちろんあるけど、映画とか見てる気分になることもあるよね」

「教科書の端に『思へども験おなしと……』って和歌があったんだけど、響きが素敵だなって思ったーーって、どうかした? 奈緒?」


 私が記憶に残った和歌について語っていると、急に奈緒が何かを思い悩むように視線をおとした。私の呼びかけにも奈緒は応答せず、ガタンガタンという電車の音だけが私の耳に流れてくる。

 どうにもならなかったので、私はじっと待っていたのだが、やがて私の降りる駅に着くというアナウンスが流れ始めた。


「奈緒? 私帰るよ?」

「……和歌。これだ!」

「奈緒~?」

「はっ! ごめん、咲良! ボーっとしてた。またね!」

「……うん、またね」


 何か嫌な予感がしたが、私はそのまま奈緒と別れた。



×   ×   ×



 それから数日後の朝。奈緒が恋愛テクニックに暴走しかけーー熱中していたこともすっかり忘れた私は、いつも通り暢気に登校していた。


 9月って文字面は秋なのに、熱くて嫌になるなと思いながら、校門をくぐる。


 2年の昇降口に向かうと、目の前には元クラスメイトの男の子。奈緒の好きな人であるたぁ君がいた。その手元にはライムグリーンの美しい手紙があった。

 ラブレター、だろうか。私は奈緒の好きな人であるたぁ君をどうこう思ったことは無いが、清潔感があって成績優秀な好青年なので、モテてもおかしくない。まぁ、奈緒からすれば、ライバルが増えて嫌かもしれない。

 私は親友のことも考えて、ここは情報収集しようと、たぁ君の様子を盗み見た。

 推定ラブレターをもらったはずのたぁ君は、嬉しがる様子も照れる様子もなく、困惑したようにラブレターを見つめていた。どうしたのだろう?


「おー、おはよっす! ……って、どうしたんだ? え、もしかして、ラブレター!?」

「ラブレター、なのか? 俺の名前も送ってきたやつの名前もないから、中身を見たんだがーー」

「これは、和歌? 短歌? 川柳?」

「まぁ、その手の奴だよな……うん」


 和歌ってなんだ? いや、和歌は分かるけど。それだけが書かれているラブレター?


 後から登校してきたたぁ君の友人が、他の生徒の邪魔にならない様に端に寄りながら、ライムグリーンの便せんを覗き見る。私も中身が気になったので、さりげなく彼らに近づく。足元が気になる振りをして2人の横にしゃがみこんだ。


「『気づくかな あなたの優しさ 私の熱 反する心 ふと願う今』……?」

「これだけ書いてあって、その、俺宛かもわからないし……怖くなって」

「これで、靴箱間違ってたら気まずいよな」

「あと、なんかどっかのクラスの古典の課題かもしれないし」

「なんで、課題を靴箱いれるんだよ。そこはラブレターだと思うけど」


 たぁ君は、謎の和歌ラブレターにめちゃくちゃビビっている。

 いや、でも私も怖いと思う。恐怖の手紙の可能性もまだある。

 たぁ君って、奈緒もだけど、愛情表現が変わった子に好かれやすいのかもしれない。彼のどこが引き付けているのだろう。


 まだまだ和歌の考察を続ける2人を置いて、私は教室へ向かう。

 それにしても、和歌のラブレターか。宛名が無いことはひとまず置いておいて、中々エモいのかもしれない。


 『気づくかな あなたの優しさ 私の熱 反する心 ふと願う今』


 あなたの優しさに周りは気づいているのだろうか。でも、あなたの優しさが周りにバレて欲しくない。あなたの優しさを好きになった私の恋心を気付いて欲しい。いや、気が付いて欲しくない。反する祈りを私は持っています。……そんな感じの意味だろうか。

 和歌はよくわからないが、中々素敵だ。

 この和歌の送り主は自分の名前もたぁ君の名前も書かなかった。その行動とこの歌は重なっているようにも感じる。いや、でも突然の和歌は受け取った方からしたら、怖いか。


 気づいて欲しいようで気付いてほしくない。恋の駆け引き。和歌。


 この和歌を書いて、ラブレターとしてたぁ君の靴箱に入れたのは誰だろう?

 引っ込み思案な黒髪の背の低い女の子のイメージが、何となく脳内に浮かび上がる。


 色々と考えていると、教室へ着く。教室は昨日と変わりなくーーしかし、私の机の上には何かが置いてあった。

 それは、……ライムグリーンの便箋。

 さっき見たぞ。私はこれをさっき見た。

 恐る恐るその便箋と手に取ると、隣の席の男子が声をかけてきた。


「神田おはよ~。それ、さっき有馬さんがおいて行ったよ。なんか、『かわいい便せん見つけたから、おすそ分け♡』だって」

「へ、へぇ。教えてくれてありがとう、高橋君。……あ、おはよう」


 あまりの衝撃に、私はノリのいい男子の女声(※奈緒の真似)(※全然似ていない)もスルーしてしまった。しかし、そんなノリの良い彼は、私のそっけない態度にも気にした様子もなく、「はいは~い」と言って友人たちの輪に消えていった。


 犯人は、見つかった。奈緒だ。奈緒があの和歌を送ったんだ。愛しのたぁ君に。

 私はライムグリーンを眺めながら、頬を引きつらせる。


 真っ黒で艶を持つ髪。朱い唇。白い肌が、夏が終わった今は健康的な小麦色になっている。たぁ君の話をすると、奈緒の顔は真っ赤に染まる。

 恋する乙女はかわいらしい。


 でも、恋愛テクニックだけは、何か間違っている気がするんだ。親友よ。


お読みいただきありがとうございました。

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