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7 彼の話 10時20分から10時30分

 大地は公園の最寄り駅で降り、改札を抜けて地上に出ると真っ先に携帯の時計を確認した。10:20と表示されている。待ち合わせの時間の10分前という遅くもなく早くもない、ちょうどいい時間だった。今日は幸先がいいな、と思わずスキップしそうになるのをこらえて茶屋が見えるベンチに腰掛けた。美咲はまだ来ていない。


 だが、彼女は待ち合わせの時間までには必ず来るはずだ、と大地は確信していた。トークアプリ上でも「~~している」と入力する生真面目な彼女のことだ。それに、昨日は映画をとても楽しみにしていた。もしかしたらもう来ているのかもしれない、そう思って周りを見回したが、フリスビーを投げて犬と遊んでいる人や、七五三の袴や着物を着た子供たちとその親が神社のほうから出てくるぐらいで美咲らしき人影はどこにも見当たらなかった。


 20分程度なら遅刻しても問題はない。自分が寝坊したときのためにとっておいたマージンがこんな形で役に立つとは思いもしなかった。トーク履歴を見返そうかとも思ったが、そうしてにやにやしているところを彼女に見られなどしたら、間違いなくひかれるだろうからやめておいた。代わりに彼はベンチを離れ、スラックスのポケットに手を入れることで寒さをしのぎながら、近くの茶店へ向かった。


「おはよう、大地。ごめんなさい、遅刻しちゃったわ。わたしとしたことが寝坊してしまって」


 声が聞こえて、大地が振り返るとそこには美咲が立っていた。マフラーを巻き、グレーのブルゾンに下は膝が見えるほど短いスカートという暑いのか寒いのかよく分からない服装をしている。似合っていたが、そんなことを素直に口に出せるほど大地は女性慣れしていない。さすがに恥ずかしかった。


「おはよう、美咲。大丈夫、遅刻はしてないから。まだ10時25分だ」大地が答えると、美咲は相好を崩した。ゆっくりと歩いてきて大地のとなりに立ち、こちらを見上げて言う。「こんなところに立って、何を見てたの?」彼らには15cmほどの身長差があった。「ああ、ちょっとこの暖簾を見てたんだ」


『徳蔵茶屋』


 紺色の暖簾に白い字で大きく書かれているそれがこの店の名前だった。さらに、暖簾の左端には決して小さくはない大きさで「創業 明治6年」と記されている。大地はこの店が創業から何年たっているのか計算しようとしたが、美咲の方が速かった。

「まあ、創業149年なんてすごいわね」


「そうだね。次はここに来ようか」と大地はさりげなく次回のデートを打診してみる。美咲は大地のほうを見てにこやかにうなずいた。

「そうね。次はここに来ましょう」


 二人はどちらからともなく、黄色く彩られた歩道の上を映画館へ向かって歩き出していた。


「楽しみね。昨日はほとんど眠れなかったわ。まあ、そのせいで寝坊しちゃったわけだけれど」

「『君の名は。』の人だからね。俺も勝手に期待しちゃうなあ。他の作品だって、どれをとってもはずれがないしね」


 言いながら、大地は少し落ち込んでいた。どうやら彼女は本当に映画を楽しみにしていただけらしい。語弊は本当にただの語弊だったようだ。だが、現実の女子にツンデレを求めるのはさすがにおかしいよな、と彼はすぐに思い直した。


「ねえ、そのスカートだいぶ短いけど寒くないの?」先ほど初めて美咲の服装を見たときに思ったことがそのまま口をついて出てきた。

「寒いわよ。大地のスラックスとは違って、わたしのスカートにはポケットなんてものはないから」彼女の返答のトーンから、今のはまずかったか、と大地は慌ててフォローする言葉を探す。


 男性が女性に「髪切った?」と尋ねることさえセクハラ扱いされる時代に、「スカート短いけど、それ寒くないの?」と訊くことがセクハラにならないはずがなかった。

「あー、今のは別に性的な意味で言ったわけじゃないんだ。あくまでも美咲の体調が心配で」大地の弁解を遮って、美咲は大地のほうへ手を伸ばした。


「そうやって心配する暇があるんだったら、せめて手ぐらいは温めてくれてもいいんじゃないかしら?」

「あ、ああ、分かった」


 大地も美咲のほうへと手を伸ばし、彼女の手を握る。柔らかく、少ししっとりしていたが案の定冷えていた。大地はとなりの美咲へ一瞥を送る。ブルゾンにポケットがついているじゃないか、と突っ込むのはいくらなんでも無粋だということぐらい、男子校生活が長い彼にだって当然分かっていた。



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