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秋芳馨る  作者: 故
1/10

 そこは、風の強い町だった。

 公方様のお膝元、八百八町とも称される大江戸の事である。

 その昔は入り江が深く入り込んだ湿地であったのを、山を削り、湾を埋め立て築いた町だと伝わるが、それを聞かされたところで、日々の暮らしに追われる人々が、かつての姿に思いを馳せる事は稀であろう。ただ、風だけは海であった事を忘れぬとみえて、往来をきままに吹き抜けては土埃を舞い上げるのだ。

 今また一陣、風が駆け抜けた。

 音を立てて行くそれを、人々は眼を(またた)き、あるいはたもとで我が身を庇ってやり過ごしたが、乾いた道に刻まれる西田久右衛門清貞の足取りが風に怯む様子はなかった。

 江戸城日比谷御門に程近い、甲府上屋敷を出て来たところである。

 逸るその心には、早春の寒風も、煙るほどの塵埃も、何ほどの事とも感じられなかった。

 とうとう。

 やっと。

 そんな言葉が何度も胸に込み上げる。

 しかし清貞は、ともすれば溢れ出そうになるその思いを、その都度喉元でごくりと飲み込んだ。

 正直、心は浮き立っていた。小躍りしたくなるほどの足取りを努めて平静に運んでいるのは、ここが往来ゆえの嗜みの思いだけではなかった。

(いやいや。浮かれている場合ではないのだ)

 喜色が頬に立ち昇りそうになる度に、自らにそう言い聞かせては心のうちで小さく首を振る。

 この先のさまざまを思えば、懸念やら、気苦労やら、喜びとは間逆にある感情もまた多く脳裏をかすめ行く。

 それだけの大事である。

 万が一にもしくじれば、せっかくの好機をふいにするだけでなく、悪い方へと考え始めれば際限などない。思うだけで背筋が寒くなるそれらを回避するためにも、ここは気持ちを引き締めて全てを整えねばなるまい。

(とにもかくにも、まずは七太夫殿に)

 ことさらに口を引き結び、武家者らしい厳つい体を装いながら、どこか気忙しい思いに追い立てられ、その足は自然と速くなって行った。


 清貞が目指す館の門をくぐったのは、昼下がりともいう時刻だった。

 館の(あるじ)は、申楽喜多流三世の七太夫宗能である。

 彼に教えを請う者達が盛んに稽古に励んでいるので、その館内(やかたうち)からは、鳴り物やら謡やらがいつも流れ響いていた。

「これは西田様。御無沙汰致しております」

 取次ぎに出た少年が、きちんと膝を揃えて清貞を迎えた。

「やあ、小秋(こあき)か。ほんに久方ぶりだの」

 見知った子である。その愛らしい様に頬を緩ませて、清貞は続けた。

「急に訪ねてしもうたのだが、七太夫殿は御在宅かな」

 その言葉に、心持ち首を傾げるようにして清貞を見上げていた小さな貌が、にこりと笑った。

「それは、折の良い事にございました」

 ちょうど戻ったところなのか、次の予定まで間があるのか、とにかく空振りにはならなかったようである。

「すぐにお伺いして参りましょう」

 美しい弧を描く大きな瞳で頷くと、まずはお通りくださいませと、アキは館の内へと清貞を促した。


 一度奥へと離れた小さな気配は、清貞が首筋の汗を拭っているうちに、再び障子の向こうへと膝をついた。

「お待たせを致しました」

 すっとそれを開けたアキは一度そこで手をつき、宗能の快諾を伝えた。

「ただ、少しばかりお時間を頂けますでしょうか?」

 急な訪問である。もっともな事だと清貞は、どこか申し訳なさそうなその表情に、慌てて手にあるてぬぐいを振った。

「いやいや、良いのだ。無論、待たせていただくつもりで参った」

 かまわぬ、かまわぬと、重ねて手を振り、出された湯呑を取り上げる。中は茶ではなく、良く冷えた井戸水だった。

 喉の渇きを覚えていた清貞は、ごくごくとそれを飲み干した。ようやく息を()いた心持ちである。

「もう一杯お持ちしましょう」

 そんな客人の様子に、早くも腰を上げようとする少年を、清貞は手を伸べ引き留めた。

「ああ、いや。そう気を遣わずと良い。これで一息着き申した」

「今日はいくらか陽射しが強うございますか」

「強いというほどの事はないがの」

 年明けの祝賀行事がひと通り終わり、ようやく春めいて来た頃である。

 とは言っても、まだ季節の移りきらぬ日々であり、往来を歩いていて汗ばむという陽気ではない。

 にもかかわらず、こうして汗を拭っている己に、我ながら浮足立っている事を自覚して、清貞は内心で苦笑を零した。

「……あの」

 そんな清貞に何を思ったのか、アキが口を開いた。

「どうしたね?」

 遠慮がちな様子に清貞が促すと、アキは一度閉ざしたそれを再び小さく開いた。

一清(かずきよ)さんは……」

「一清? 倅めがどうか……」

 一瞬清貞は、胸の内を見透かされた気がしてドキリとしたのだが、宗能にさえ話す前のそれをアキが知るはずもないのだ。

「ああ、一清か。いや大事ない。何やら治りきらずにぐずぐずしているだけで、そう悪いと言う事もないのだ。明日にでも稽古を再開しようと思っていたところでな」

 清貞の長子一清は、幼名を名乗っていた頃から七太夫宗能の元で申楽を学んでいた。

 清貞の仕える甲府家の主は申楽を愛好し、多少の心得があった清貞は、何かとお役を賜り目をかけてもらった。彼の家格からすれば大変な栄誉である。芸が身を助けた形であった。

 その世子も父以上の申楽好きであり、数年前に家督を継いでからも、主家では盛んに能会が催されている。

 その家風を思い、やがては主の御目に適う事を願って、清貞は名人と聞こえる七太夫宗能に息子を託したのである。

 ただ、父親の意気込みに反して一清は生来あまり丈夫ではなく、何かと稽古を休みがちだった。

 ここ数日も、寒の戻りに引いた風邪がなかなか癒えずに家でずるずると過ごしており、共に稽古をするアキは案じてくれていたのだろう。清貞の言葉に、ぱっとその貌を輝かせた。

「良かった。みんな心配していました。お知らせしてもよろしうございますか?」

「ああ。明日は必ず来させよう」

 実際、風邪だのなんだの言ってる場合では最早ない。尻を叩いてでも稽古に通わせるつもりである。

 にこりと今一度愛らしい笑みを零したその貌が、廊下の向こうへと向けられた。

「小秋、相手をしてくれていたか」

 場を開けて迎え入れる少年にそう声を掛けると、喜多流の当代はその身を客間へとくぐらせた。

「西田殿、お待たせを致しましたな」

 言うなり、すらりと腰を降ろす。

 その身のこなしは、何気ないものであっても、さすがに流れるようだった。

 名声はすでに高いが、歳はまだ三十の半ばである。彼は、数え十五で一流を任された、稀代の舞手だった。

「ああ、小秋。確かようかんが来ていたであろう。お勝に言うてな」

 宗能は下がろうとするアキを呼び止め、言った。

 どこか、いたずら子のような仕草である。

 少年はその様子にくすりと小さく零し、承知しましたと笑顔を残した。


「大きうなりましたな」

 遠ざかる気配を見送りながら、清貞は思わずそう呟いた。

「急に伸びて来ましたようで。幼いばかりだった顔つきも、だいぶ大人びて参りました」

 宗能は年かさの清貞を立てて、いつも丁寧な口をきいた。

 名人と持て囃されてもまるで奢る風もなく、どこか達観したような所もある人で、凡夫と自認する清貞からすれば、時折とらえどころがないとさえ感じる事がある。

 だが、ふと目を細めてみせたその顔は、およそ世の兄父と変わらぬものであった。

「もう小秋でもあるまい。なんぞ良い名を考えてやらねばと思案しております」

「このまま職分としてお育てに?」

「さて、それはあの子次第でしょうが、存外舞手より家政の方が向いているやもしれませぬな」

 宗能は数年前からアキに身の回りの事をさせている。その上での言葉なのだろう。

 しかし、家政を任せる気でいるとは随分見込んだものだと清貞は思った。

 そんな心情が顔に出たのか、宗能はふふと笑った。まあ見ていろと言わぬばかりである。

「それ、ようかんが参りましたぞ」

 そう言って促す先に声が掛かった。アキである。

 茶には師の所望する甘物も、きちんと添えられていた。

「お待たせ致しました」

「存外早かった。お勝は心良う切り分けてくれたか」

「はい」

 短く応えながら、少年はそれぞれにそれを供した。

「アキ、先にお勝に言い置いたであろう?」

 菓子を置いたところに瞳を覗きこまれ、少年はどぎまぎとした様子でそれを伏せた。

「あの……お勝さんは忙しいから……」

「うん。急に言われても、お勝が困ると思ったのだね」

「事前にわかっていれば、そのようにして下さいます」

 宗能はひとつ頷き、ようかんはまだあったかと尋ねた。

「では、お勝に残りは良いようにと伝えてくれ。小秋もちゃんと分けてもらうのだよ」

「はい。ありがとうございます」

 細い指をついて礼を述べると、清貞にも丁寧に頭を垂れ、アキは客間を下がって行った。

「……では、あの子は七太夫殿に言われるのを見越して、先に台所方へ頼んでおいたと?」

 清貞も女中頭のお勝の事は知っている。名前そのままに男勝りで、古参の弟子に対してもぽんぽんと物を言う、なかなかに手強い女中である。

 しかしお勝はアゴで人を遣うばかりの(かしら)ではなく、自らも実に良く働いた。人の倍体が動くので周りがもどかしい。そんな(たぐい)の女なのだ。

 加えて江戸育ちらしく、気が短くて口が悪い。仕事の最中に急な頼み事をすれば、怒鳴り声のひとつも覚悟しなければならなかった。

「私に言い付けられた用なのに割に合わない。たいていはそう思いましょう。お勝に腹を立てるか、あるいはそういうものだと割り切ってしまうか」

 しかし、アキは違った。どうすれば怒鳴られずに済むか、考えるようになったのである。

 この度のように事前に一言知らされているだけでも、その心情は和らぐものだ。

 ただ、アキは幼い頃からお勝にガミガミとやられて育った。清貞には当然の処世術のような気がしないでもなかった。

「まあ、私の甘好みを充分承知しているという事でしょうな」

 宗能は可笑(おか)しそうに笑うと、(くだん)の蒸しようかんを美味そうに食べ始めた。

 砂糖をふんだんに使った菓子は贅沢品である。清貞も、下され物として頂くくらいで、口に入る機会はそう多くなかった。

 太閤秀吉公に見出され、二代将軍秀忠公の庇護を受けて申楽の一流として成った喜多家は、歴史も浅く、他に比べれば確かに小さな流派に過ぎないが、当代の評判もあり、将軍家をはじめ諸大名との付き合いも少なくはない。祝いの月も過ぎたこの頃でも、こうした品は何かと舞い込んで来るのだろう。

 清貞は宗能にならって甘味を舌に楽しむと、茶器を取り上げそれを啜った。

 掌に伝わるぬくもりにふと思う。

(……そういえば、先には水を出してくれたのだったな)

 気にもしなかったが、季節を考えれば妙でもある。

(まさかな……)

 そう思ったが、お勝の一件を考え合わせれば、わざわざ冷たい水を運んで来たようでもあった。

「あの子が来て何年になりましたかな」

「……丸十三年。十四年目になりましたか。早いものにございますな」

 指を折ってそれを数えた宗能は、ふと宙へと視線を流し、ほんに大きくなったと誰に言うでもなく呟いた。


 今から十数年前の秋の夕暮れ。

 家路を急いでいた七太夫宗能の耳に届いたのは、紅に染まる風に融けるような、かぼそい赤子の泣き声だった。

 その日は晩秋とは思えぬ暖かな日であったが、陽が落ちれば気温は下がる。釣瓶落としの秋の斜陽は、すでに周囲に長い影を刻んでいた。

 このまま置けば助かるまい。

 秋色の大樹の下から、彼は赤子を拾い上げた。

 子を捜す者はおらぬか、(えにし)を知る者はないかと、宗能は人を介して方々捜したが、結局その身元は判らなかった。

 それでも幾月かは誰かの元で育った様子で、健康状態も悪くない。近所や門弟の女房衆の手も借りて、すくすくと赤子は育った。幸いな事に大きな病もせず、手の掛からぬ子であった。

 人手も足りるという事のない家である。下働きでもさせれば良いと、宗能は拾い子をそのまま置いた。

 秋に拾われたのでアキ。皆、小秋と呼んでいた。

 清貞も我が子を通わせるようになって出入りするうちに、あかぎれだらけの手をしたアキを何度か見かけた。例の拾われ子である事はじきに知れたが、初見は随分小さな子がいるなと思った。

 その子はやがて子方として舞台に立つようになった。

 この器量なので惜しいと思いましてな。

 宗能は冗談めかして笑ったが、確かに整った貌立ちの子供だった。

 申楽の子方は匙加減の難しい存在で、無論下手では話にならないが、上手さが鼻につくようでも煩わしい。子方にはどうしても衆目が集まるが、求められるのは演者個人ではなく演目の完成度なのだ。

 時にはひたすらじっと座っておらねばならず、幼い身には辛抱のいる事だが、観衆が公方様や諸大名である以上、子供だからと甘えた考えは許されぬ。その指導は当然厳しいものとなる。

 拾われ子として育ったアキは、幼い頃から己の立場をわきまえているかのような子供だった。聞き分けが良く、忍耐強く、教えられた事をきちんと理解して覚えるだけの知恵もある。何より、直面(ひためん)で舞台に立つ子方は容姿が良いに越した事はない。重宝された。

 舞台に係わるようになると、アキの手は子供らしいなめらかなそれに変わった。水仕事ではなく、裏方の雑事に追われるようになったのである。

 しかしそれは、申楽を学ぶ上で必要な役割であり、知識だった。アキの扱いはすでに、弟子達のそれと変わりなかった。

 さらに彼は師の身の回りも任されるようになり、その勤めぶりを宗能が高く評価している様子は、その言動からも窺い知れた。

(正式な養い子にとお考えかもしれぬ)

 宗能にはまだ子がない。

 彼自身も先代の高弟の子として生まれ、その才能を見込まれて養子に入った人で、喜多の血は引いていなかった。

 それを考えれば、血の繋がりのない子を迎えるのに抵抗はないようにも思える。

 ただ、彼は一流を背負う身である。悶着のひとつもなければ良いがと、案じるでもなく清貞は思った。

 

「して、西田殿。何かございましたかな?」

 言われて清貞は、はっと我に返った。

(人様の家の事をあれこれと……)

 そもそもが他家を心配出来るような立場ではないと自らを恥じ、清貞は改めて宗能へと向き直った。 

「そうでござった。七太夫殿、このように急におしかけて参りまして申し訳もござらぬ」

「いや、それはかまわぬのだが、何やら急がれている御様子と伺いましてな」

「小秋がそう言いましたか」

「はい。なんぞあったのではないかと、あの子も気をもんでいる風でして」

 それで宗能は早々に手を止めて、客の相手に出て来たのだろう。

 それにしてもと清貞は思った。

 取次に出て言葉を交わした僅かな間に、あの子はいったいどれだけの事を見て考えていたのだろうと。

 清貞は息せき切って駆け込んだわけでもなく、むしろ逸る心を押さえようと、努めてその振る舞いは平静だったはずである。

 それでもアキは常ならぬ清貞の気配を察し、師に取り次いだ。今しがた井戸から汲み上げたような(すが)しい水も、清貞が渇していると思って運んで来たのだろう。

(その才覚の半分でも我が子にあらば……)

 清貞は思い、詮ない事だと小さく首を振った。

「……よもや、御子息に何か?」

 宗能にとっても可愛い教え子である。彼は、アキと同じように一清を案じてくれていた。

「いやいや。確かに一清の事なのだが、具合がどうのという話ではございませんでな。また明日から厳しく仕込んでやってくだされ」

 清貞は慌てて手を振り、宗能に向って小さく頭を垂れた。

「実は、例の能会の件が決まりましてな」

「おお。決まりましたか」

 顎を引く。

 若葉の芽吹き始める頃に合わせ、家中の子息達を演者とした御能の会が予定されていた。

 そこで当主の目に止まれば、この先も御前に出る機会があるやもしれぬ。特に家格の低い者達にとっては、息子を売り込むまたとない好機だった。舞手となる限られた栄誉を巡っての綱引きは、当然苛烈を極めた。

「して、一清殿は」

「キリを任されてございます」

 この時ばかりは清貞も、誇らしい思いに胸を張った。もっとも晴れがましいその舞台を、我が息子が務めるのである。

 長子の一清はすでに十代の終わりを目前にしている。これ以上遅くて良いはずがない。先代に可愛がられた清貞の経歴が、漸く実を結んだ形であった。

「それはめでたい。いやぁ、おめでとうごさいまする」

 宗能も我が事のように喜んで、清貞を祝福してくれた。

「猩々を申し仕っております。どうか御指導をお願い致したく」

「晴れの日に相応しい演目にございますな。喜んでお引受けしましょう」

 宗能の快諾に、まずは及第と、清貞はほっと胸をなでおろした。

「叶いますれば、(みだれ)を御指南いただけませぬか」

「乱?」

 ふと、宗能の顔が曇った。

「倅には無理でしょうか?」

「御子息にはというより、そもそもが難曲でしてな」

 言うなり、宗能はうーんと腕を組んでしまった。

 猩々乱は(ならい)と呼ばれる特別な曲である。初演の際には(ひら)きとして扱われ、演者にとってもその節目として重要な意味を持つ。こうした形で教わる曲でないのは、清貞も承知の上での懇願だった。

「無理は重々承知なれど、そこを曲げてなんとかお願い出来ませぬか。あれには死ぬ気でやるよう、厳しく申し付けますゆえ」

 舞手の選考で劣勢を感じていた清貞は、乱ならばどうかと思わず口にしてしまった。これを逃せば息子の浮かぶ瀬はないやもしれぬ。焦りがあった。

 こういう事情の曲である。対抗馬であった年若い演者達から我もと名乗りを上げる者はなく、それを超える申し上げもなされなかった。

 話を耳にした当主は、さすがは西田久右衛門の息子と大いに喜ばれたそうで、そうなると、もはや引くにも引けない。なんとしてでも一清に猩々乱を舞わせねば、誇張ではなく家の存亡に係わりかねないのだ。

 父親の。いや、舞手としての清貞の目から見て、けっして一清の筋は悪くなかった。

 ただ、欲はない。

 人を惹きつけるようなきらめきがないのは、そのせいだと思っていた。

(自らの前途が懸かっているのだ。あれの心構えも変わるだろう)

 否、変わってもらわねば困ると清貞は思った。

「七太夫殿。この通りでござる」

 恥も外聞もかなぐり捨てて頭を下げる清貞を押しとどめ、ひとつ吐息をこぼした宗能は、まあやるだけやってみましょうかと、少々複雑な表情でその指導を受け入れた。

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