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魔力の魔導書

俺は犯人を突き止めたといってギルド長トロージーを遺跡の中へ連れ出した。

しかし、これは完全に鎌をかけただけに過ぎないのである。


どういうことか説明しよう。

まずこの事件には不審な点が多くあげられる。

その一つはシャルロワに届いた手紙についてだ。

最初は冒険者の横領事件と書かれていたが、実際は国を揺るがすような大事件だった。

それにより、盗まれたであろう時間のネックレスは事件発生から三日もたっている。

問題なのは、このことを三日も放置していたことだった。

何か裏があるに違いない。

二つ目は遺跡の中の様子だ。

最初に入った時、すでにギルド長から情報を明かされていたシャルロワは危険な依頼であると分かっていたためすぐに引き返すことを選んだ。

なぜここまで早く引き返したのかというと、シャルロワはベテラン冒険者が遺跡の中に入って出てこないという異常な事態からすでに盗まれているだろうと見当は付けていたのだ。

彼女の探偵としての危機管理能力は確かなものである。

しかし、なぜわざわざシャルロワを使う必要があったんだろう。


ギルド長はまだ何か隠している。


「ギルド長、犯人が分かった。と言いましたがあれは嘘です。ギルド長はまだ何か隠していることがあるんじゃないですか?」


俺は暗い遺跡の中でそう言った。


「さっき話したことで全部です」

「……」


俺がなぜギルド長を不審に思ったのかというと、あのギルド長は妙に落ち着きすぎていた。

あの緊迫した空間で本当に落ち着いていたのはギルド長だけだろう。

優秀な冒険者が十五人消えている。

これだけでも緊急性は高いというのに。


「この足跡を見てください」

「これは冒険者の足跡でしょうか?」

「暗くてよく見えませんよね?」


副ギルド長がカンテラをもって床を照らしている。


「なかなかな人数が通ったため、一つ一つの足跡を識別できないみたいですね」

「その通りです」


俺は慎重に言葉を選びながら会話を進める。


「俺の見立てでは最初から盗まれていないと思うんです」

「どういうことですか?」

「とりあえず、このまま足跡をたどっていきましょう」


俺はまたコツコツと歩き始めた。

右へ曲がって、進んで、左へ行くと直線の道が見えた。

出口の先には緑の淡い光が見えている。


「無事につくことができましたよ」


何重もの魔法陣の中に置かれていたのはネックレスだった。

一番外側の魔法陣は機能しなくなっている。

俺が緑の魔法陣へと手を伸ばしてみる。


「どうやらこの先は魔法陣に守られていて近づけないようですね」


神々しい大聖堂のような場所を贅沢に使ってネックレスは守られていた。


「何をそんなに焦ったような顔をしているんですか?」

「何で…!」

「そういえば!、ここに来る途中で転移魔法陣があったような気がしますね。実はあれシャルロワに取り払ってもらったんですよ。」


程よい具合にギルド長ロージーの顔が引きつっている。


「正に神が見ているかのような神々しい場所では小細工が通用しないということですね。」


大聖堂を背にして俺は両手を挙げて演説をした。


「俺は最初来た時から不思議だったんですよ。このまま行けばネックレスの保管場所にたどり着くなら反対側の道にはいったいどんな意味があるのだろうと」


そう、反対側の通路にはこの場所に来させないためのある仕掛けが用意されたいた。

俺は、ギルド長の逃げ場をなくすように出口の前へ立ちふさがる。


「多田、あなたが探していたのはこれかしら?」


ちょうどいいタイミングで後ろの暗闇からシャルロワが姿を現した。

その手には見覚えのある魔法陣の書かれた本が握られていた。


「さすがは探偵だ!」

「助手が偉そうにするんじゃないわよ」


さっきまでの俺の不安定なテンションが落ち着いた。


「私が説明するわ、この本の表紙に書かれているのは魔法門、いわゆるこの装置の心臓みたいなもので、これがなければ装置は動かなくなる。この本から魔力が供給されていて天井に張り付いた転移魔法陣の下を通ると一番最初の道まで戻ってきてしまうわ。」

「まさか天井に魔法陣が置かれているとは思いもしなかった。しかも、足跡を見るのに必死になって天井までは照らさなかったしな」


ネックレスも盗まれていない、この遺跡を守る仕組みもそのまま機能していた。


「あなたが冒険者を送り込んだというのは嘘だったんじゃないですか?」

「……」

「あなたは露骨に時間稼ぎをしすぎたんだ。これを見てください。一番外側の魔法陣は機能していないですね」


そこで、今まで何も言わなかった副長アルカ・デモンドが口を開いた。


「こうなってしまってはしょうがないですね。私がすべてのことを白状しましょう」

「お前!知っていたのか!」


さっきまで黙りこくっていたロージーがいきなり怒鳴り声をあげた。


「私はギルド長がこの遺跡に来て、魔法陣を解除しようとしていたのを知っていたんです」


この場の全員が食い入るようにデモンドを見つめている。

ロージーはまるで、裏切られたように。

シャルロワはじっくりと観察するように。

俺は、好奇心の目で見ていた。


「ここからは、私の推測も入りますが…半年ほど前からギルド長は何度もこの遺跡へ赴いていた。そもそも、この遺跡の場所を知っている人間は限られている。ギルド長は何とか一つ目の魔法陣を解除することに成功したんだと思います。」


ここまでは、俺もなんとなく予想していた。

ここに入った時、魔法陣が一つだけ発動していないのは目についた。


「二つ目の魔法陣は解除することができなかった。しかし、それまでに時間をかけすぎていたため、周りの職員から不審に思われ始めていた。」


シャルロワは今にも何か言いたそうにしているのをぐっとこらえている。


「自分の疑いを晴らそうと思ったんでしょう。そこで、こんなシナリオを考えました。誰かに時間のネックレスが盗まれようとしている。そういう名目で冒険者に依頼を出したことにすれば、もし、魔法陣が解除されていたとしても不審に思われないはずだと。冒険者に依頼を出す嘘の書類を証拠にしようとしたんです」


確かにそれは賢いように見えるが、選択として間違っている。


「冒険者が依頼の最中に死んでしまうことはよくあることです。しかし、魔法陣を解除した魔力痕を調べられればすぐにわかってしまう。そこで、この部屋までたどり着けないように転移の魔法陣を作って探偵にその存在を証明させようとしたんです。」


「つまり、探偵を使って『部屋にはたどり着けなかった』と証言させるのが目的だったのか」


「これ以降、遺跡に近づくのは危険だと認知させることで、証拠自体を閉じ込めようとしたのね」


言いたいことを言った後。

落ち着き払った静寂が訪れた。

しゃべってないのはギルド長、トロージーだけだ。


「あんたは未遂で終わっている。罪に問われるとしても、懲役刑が下る程度で済む」


こうして口を開かないままのギルド長をデモンドと俺が引きずるような形で連れて行った。

俺が探偵として犯人を逮捕するのは初めてだ。

気持ちがいいものではない、犯人は人生をあきらめたような顔をして引きずられているし、事件の解決を喜べるような空気ではなかった。

そんな風に喜べるとしたら、それは、事件を解決した時ではなく、人を救うことをできた時だけだろう。


「外は真っ暗だな」


外は小さくかけた月が見えるいい夜だった。

今日という一日が終わった、これは俺にとって異世界で過ごした日が増えるという意味だ。

周りには、緊急依頼と聞いて駆けつけてきた冒険者が墓の周りでたむろしている。


「犯人は捕まった‼緊急依頼はこれにて終了とする‼」


デモンドが周りの冒険者に対して一括した。

正にこれが威厳というものだろうか。

結局のところは大事なところをデモンドに取られてしまった。

身内の問題なのだから身内の間で解決するのが一番よかったのかもしれない。

それなら俺はこれ以上このことに対して口を出すことはない。

それにしても、これだけの数の冒険者が集まっているのは中々威圧感がある。

これが冒険者特有の雰囲気なのかもしれない。

戦う前の冒険者の目には覇気が宿っている。

デモンドの声を聞くと冒険者たちは撤退し始めた。

俺たちもその一団に混ざってギルドへ帰って行った。


「多田、あなたは今回、無駄に活躍したわね」

「それはどうも」

「どうして、あそこでギルド長が怪しいと思ったの?」

「それは、シャルロワの話を聞いた後少し表情が柔らかくなったからだ。あれは安心した顔だ」

「さすがは“元”探偵ね」

「俺は今回の事件が初めて解決した事件だったんだ。探偵をやっていたっていうのは、看板を立てていただけで、仕事をしたことがあったわけじゃなかった。依頼は一回だけされたけど断ってしまった」

「そんなのはどうでもいいけど、次は絶対に負けないわよ」

「俺はお前の助手なんだから、シャルロワに事件を解決してもらわないと困る」

「助手と書いて、あなたのことをライバルと呼ぶのよ」

「ライバルと呼ばれるからには絶対に負けないな」

「言ってなさい!」


ギルドに帰ると留守番していた原が、その後どうなったのか聞いてきた。

よほど事件の顛末が気になっていたらしい。


「結局犯人は誰だったんですか?」

「ギルド長だ」

「じゃあ、ギルド長が時間のネックレスっていうのを盗んだってことですよね!」

「そうじゃないんだけど…まあ、詳しいことは事務所に戻ってから話そう」


俺たちは後始末をデモンドに任せて事務所へ帰った。

実際にその現場に立ち会っていなかった原は、事件が解決したことを大いに喜んで足取り軽く歩いていたが、事件を読むのと関わるのではまったく意味が違ってくる。

事件を暴いて自分に伝わってくるのは、ギルド長から溢れた怒りや悲しみ、行き場を失った感情だった。


「あなたたちは住むところがないでしょうから、ちょうど余ってる部屋が二つあるし、そこに住めばいいわ」

「住み込みで働くなんて、ブラックな企業だな」

「そんなこと言うなら、部屋の収納の中に住んでもいいのよ?」


そんなことをしたら、俺の体は青く染まって、怪しい道具を提供するようになるかもしれないんだぞ!

こんなことを言っても、この世界ではだれも突っ込んでくれないのは悲しいことだ。

もしかしたら、原は突っ込んでくれるかもしれない。しかし、女の子にそんなことを言う勇気はない。


「とりあえず、この家の中を紹介するわ。原は私について来なさい」

「じゃあ俺は、来客用のソファーに座って待ってるから」

「あなたの部屋は二階に上がって一番遠い部屋よ」


俺は隔離されるみたいな言い方だな。

俺は眠たい目をこすりながらソファーに座って部屋の中をまじまじと見ていた。

二階から話し声が聞こえてくる。


「もうちょっと大きい声で話してくれれば何言ってるのかわかるんだけどな」


そういえば、原がご飯を作ってくれるんだっけ。

だれかと一緒に飯を食べるのはどれぐらいぶりだろうか。

そんなことを言い始めたら、誰かと一緒に外に出たのは数年ぶりだし、服を買いに行くなんて初めてかもしれない。

ついつい目をつぶってそんなことを真剣に考えてしまう。

前の世界の記憶では、俺がまるで別人だったようだ。

この世界で、俺はちょっとずつ自分という人間を理解してきた。

本当なら、もっと早く、子供のうちに通る道なのかもしれないけれど。

俺はまだ、大人になれていなかったんだ。


「この世界で、俺にはいったい何ができるんだろう」


「正道君?」

「今何か聞いたか?」

「なんか言ってたのは聞こえたけど?」

「じゃあ、それは幻聴だ。忘れないとこの先不幸な事件が起こる」

「そんな意識的に忘れられないんですけど」

「それは残念だな」


「美音!今日はさっそく何を作ってくれるの?」

「せっかく海の近くに住んでいるので、魚料理にしましょう」

「わたし、タコが嫌いだからそれ以外だったら何入れてもいいわよ」

「じゃあ、腕によりをかけて作りますね」

「人の作った料理が食べれるなんて…」

「あなた今まで何食べて生きてきたのよ」

「機械の味がする弁当」

「何それ?」


俺は泣く訳じゃないけど、それぐらい感動的なことだ。

これから始まる日常は、もしかしたら、今までで経験した中で一番楽しい明日なのかもしれない。


明日が今日より楽しいと考えながら生きられることは、素晴らしい。





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