異世界なら魔法が使えてもしょうがない
「ギルドからの依頼って何だったんだ?」
「冒険者が遺跡の調査やダンジョンに入った際にそこで見つけたアイテムを報告せずに勝手に持っていてしまったりする、いわゆる横領事件よ」
俺たちは事務所から反対の方向にあるとある遺跡に向かっていた。
シャルロワが依頼書を読み上げている。
「その場合、いったい誰が被害者なんだ?」
「それはもちろん遺跡の所有者よ」
「いったい何が盗まれたんですか?」
「もともとこの遺跡は、ダンジョンで見つかった貴重な魔道具を保管する場所だったの。強力すぎる魔道具っていうのは限られた人間にしか使えないものなんだけど、使えるかどうかも分からない割に欲しがる人間はたくさんいる」
「つまり、強い力が欲しい冒険者なんかが最初から盗む目的で依頼を受けたってことか」
「こういう依頼は実績のある冒険者に個別で依頼を出すものだから。すでに犯人は絞られているわ」
「それなら探偵に依頼することはないじゃないですか?」
「問題なのはその遺跡に潜った冒険者三チームが一人も戻ってこないってこと」
「つまり、全員がグルで盗みを働いた。もしくは、ほかのやつらを口封じのために殺したのかもしれない」
「魔物に襲わて死んだ可能性は…」
「ダンジョンと違って遺跡は人工物だからモンスターが出ることはないわ」
「それよりも、こんな危険な仕事大丈夫なのか?」
「別に私たちが戦う必要はないから大丈夫よ。犯人を捕まえるのは私の仕事じゃなくて、ほかの冒険者の仕事だから」
「なるほど、それにしても遺跡の場所はまだなのか?」
「いえ、ここよ」
墓標が立ち並ぶお墓だった。
「あそこの教会の壁に隠し扉があって、そこから中に入れるみたい。ちなみにこれは機密事項よ」
「ここで俺たちは何を手伝えばいい?」
「まずは遺跡の中に入って証拠を集めるから。そういえば美音は光の魔法が使えるのよね。使い方を教えてあげるからこっちへ来て」
魔法を使うところをこの目で見られる日が来るなんて。
「魔法っていうのはそんなに難しいものじゃないの。理屈としては自分の中に巡回している魔力を外に出すと魔力の性質によって違うエネルギーや物質に代わる。まずは手のひらを突き出して一か所に魔力を集めることで無理やりあふれさせる。これが一番簡単な魔法の使い方。」
「やってみます」
彼女の手に視線が集まる。
「眩し!」
ものすごく目がジンジンする。
シャルロワはすでに分かっていたかのように目をつむっていた。
よく見ようとして集中していた俺がばかだった。
「まるで目つぶしだな」
「最初はそんなもんだからしょうがないわよ。長い間魔力を一定量出し続けるにはかなりの訓練が必要だから。モンスターが出てきたときにはそれを使って逃げるといいわ」
「ちなみに俺は水魔法とか使えたりしないのか?」
「あなたの場合座学が必要になるから。必要になったら教えてあげてもいいわ」
「もしかしてお前、魔法使いの家系なのか?」
「そんなものどこで聞いたかわからないけど、そんなところよ」
意外だったな、こんなところに魔法が使えるやつがいたなんて。
それよりも驚いたことに原のやつ本当に手から光を出したぞ。
別の世界の人間でも魔法って使えたんだな。
「美音はここで光魔法を使う練習をして待っていて」
「待ってるだけでいいんですか?」
「光魔法は使えればそれなりに役に立つから」
「俺はお前と一緒に遺跡の中を調査すればいいんだな」
「後ろで背後に気を使ってくれていればそれでいいから」
「分かった」
原を外に置いて遺跡の中へ入っていった。
といっても、遺跡というからには神々しいものだと思っていたけど。
外観は協会の壁で中身は真っ暗な迷路のようだった。
「光魔法を使うわ」
「お前も光魔法が使えるんだな」
シャルロワのこぶしが光り始めた。
さっきのとは違い手をかざす必要もなく、いかにも使い慣れてそうな感じだ。
まるで、電球を握りしめて歩いてるみたいだ。
今思ったけどこんな狭いところに二人きりだと緊張するな。
亡霊か何かが出てきたら勢いに任せてこいつの手でも握ってやろう。
「おい、お前は怖くないのか」
「いざとなったら、攻撃する手段は持っているからあなたを置いて逃げるまでよ」
「手をつないでていいか」
「なぜ」
「お前を逃がさないためだ」
「いやよ」
おかしいな、異世界に来たら俺のことが大好きなヒロインがたくさん出てくるって聞いてたんだけど。
「曲がり角があるわね」
「そうだな、」
「右と左、この遺跡に入ったパーティーは三チーム。総勢十五人」
「それがどうしたんだ」
「なぜ、三つのパーティーに依頼を出したんだと思う?」
「何でだ?」
「そえれは、今回みたいな事件が起きないようお互いのことを見張らせるのよ」
「はあ…、つまりは誰が裏切るかわからないから。チームで別れて行動することはないって言いたいのか」
「そういうこと。そこで地面をよく見て頂戴。長い間使われていなかったから地面には埃がたまっている。そして右方向へ行って帰ってきた足跡がない。つまり右が正解のルートである可能性が高い」
「確かにそうだな」
「まずは右のルートから行ってみましょう」
「また戻ってくるのか」
「当たり前でしょ」
石の床が歩くたびにコツコツと音を鳴らしている。
「十五人ってさっき言ったよな?」
「そうだけど」
「実績のあるベテランの冒険者がこんな事件を起こすなんて珍しいんじゃないか」
「実際初めてだと思うわ」
「それを聞くと第三者の可能性が高くないか?」
「でも、ベテラン冒険者十五人を相手にして勝てるはずないじゃない」
「確かにそうだよな…じゃあ、こんな仮説を立ててみよう」
「いきなり何よ」
「これだけの数の足跡があると正確な人数が把握できない。もし俺たちと同じようにこうやって足跡をたどることで後ろからついてきたやつがいたとしたら」
「それだと帰ってくるときに鉢合わせるはずでしょ」
「足跡をつけて入ってきたんだから、自分の足跡がつくこともすでに分かってるはずだ。そこでさっきの足跡のなかった曲道。計画的に犯行に及んだとしたら通路の間に挟み撃ちにできるんじゃないか」
「確かにできないこともないかもしれないけど…」
「まあ、今のところ血痕の一つも残っていないんだから。それはないな」
「じゃあなんでわざわざ言ったのよ!」
「考えたことを言ってみただけだ」
デジャブのような曲がり角に差し掛かった。
「また曲がり角ね。」
「足跡は左に向かっているな」
「さっきから思ったんだがどうしてこいつらはこうも迷わずに進めてるんだ。」
「偶然運がよかったのかしら」
「それはないだろ」
「ねえ、何か気づくことがない?」
「とくに…は…そうか、普通だったら右と左に選択肢があった場合曲がり角でいったん立ち止まるはず。でもこの足跡には立ち止まった跡が全くないぞ、もし立ち止まったんだったら足跡が乱れるはずだ」
「これだとまるで私たちが誘導されていたみたいね」
「こういう現象に何か心当たりはないのか?」
「魔法だったらここまで複雑なことはできないはず」
もしここで、足跡のない方へ行ったらどうなるんだ。
「いったん引き返しましょう。もしかしたら、誰かが魔道具を使っているのかもしれない」
「魔道具にはそんな力があるのか?」
「なぜそこまで他の冒険者たちが魔道具を欲しがるのかというとね、もし魔道具が使えればほかの冒険者は全く持って太刀打ちできなくなるほど強い力を手に入れることができるの、例えば死人を生き返らせたり、時を止めたり、不老不死の能力を手に入れたりできる。魔道具よりも魔道具を使える人間に価値があるの」
「じゃあ魔道具を使えなくするにはどうすればいい」
「方法は一つしかない。魔道具を使ってるやつを殺す」
「どんな魔道具かわかるか?」
「運命の指輪か、時間の首飾り。この二つのどちらか、でも幸いだったわね、私があそこで違和感に気づけて。私たちはここで立ち止まることが出来ている。くずくずしてないで早くここから出ましょう。私には策があるから」
ここでさりげなく手を握ってひぱってやろうと思ったら、光の魔法を使っている方の手は熱を発しているらしく火傷するところだった。
せっかく俺は吊り橋効果でドキドキしていたのに。
「二人とも出てくるのが早かったですね、何か手掛かりは見つかりましたか」
「この依頼はいったん破棄することにするわ」
「おい、どうしてだよ。策があるって言ったじゃないか!」
「策はあるけど、私一人だけではもうどうにもできない。二人ともいったんギルドに戻るわよ。」
俺たちは遺跡から飛び出した速度のままギルドへ向かった。
そして、なんとも意外なことが分かったのだかが、この中で一番足が遅いのは俺だ。
そういえば、カードを作った時に素早さが優れているとかなんとか言われていたな。
シャルロワは俺よりも小さいくせにまったくもって足が速い。
俺が息を切らしながらギルドまで走った。
「マリー。一大事よ。トロジーさんを呼んで」
「分かったわ」
「いったい今から何をする気なんだ⁉」
「ギルドの支部長と話をして緊急の依頼を出してもらう。そもそも、魔道具の中でも最上位である「理の魔道具」を使うことは有無を言わさず死罪になるほどの重罪。それに協力した人間も同じぐらい重い罪が下ることになる。つまり、ここの冒険者全総力を挙げて、これからそいつを倒しに行く」
マリーさんがカウンター奥の階段から急いで降りてきた。
「三人とも四階の部長の部屋まで来て」
どうやら俺たちはお偉いさんと話すことになりそうだ。
建物の四階は一階の少し生活感のある酒場とは違って物凄くきれいなつくりになっていた。
「あなたたちには先に話しておくことがあるわ。最初あなたたちに噓をついていた。これはそもそも横領事件なんかじゃなかったのよ。詳しい話はこの先でするわ」
ドアを開けると二人の男とマリーさんがいた。
「始めまして、わたくしギルド長のトロジー・ステイスと申します。隣にいるのは副長のアルカ・デモンドです」
「俺は多田正道です」
「私は原美音です」
「あまり時間がないので、急いで話を進めさせていただきます。ことの発端は“理の魔道具”の一つ、時間の首飾りの保管場所が何者かに暴かれたことでした。それに緊急性を感じた私は早急に三つのパーティーに緊急で依頼を出しました。この三チームは最も信頼できる冒険者です。しかし、魔道具の護衛に行った冒険者は戻ってきていない。そこで、私が信頼しているシャルロワさんに依頼を出したのです。手紙で詳しいことをかけなかったので遅れてしまいましたが、本当だったら直接依頼しに行くべきでした。」
つまり、シャルロワは最初から危険を知っていたから原をあそこに待機させていたのか。
もしかして、俺を捨て駒に使おうとしてたんじゃないか。
「そんなことは今となってはどうでもいいことです。今すぐにでも冒険者たちを使ってあの場所を包囲してください。なぜかは分からないが犯人はあそこに閉じこもっている」
「安心してください。ほかの職員がすでに冒険者に対して声をかけ始めています」
シャルロワよりこのおっさんのほうが落ち着いている。
「ちょっと待ってください。」
「どうかしましたか?」
「おかしくないですか?そもそも、本当に犯人は魔道具を使っているのでしょうか?魔道具が使えれば他の冒険者など比べ物にならないほどの力を手に入れることができる。そうですよね」
「そうです」
「もしそれが本当なら三日も犯人は何をしているんですかね?トロジーさん。少し確かめたいことがあるので一緒に遺跡の中へ行きましょう。誰が盗んだのか分かりましたから」
ここで少しヒントを出すとすれば、足跡の向きだ。