異世界で探偵になる
俺は心の中で探偵という立場を嫌っていた。
事件を終わらせるのは警察で、解決へ導くのは弁護士で、探偵は何をするのだろうか?
答えが一つだけある。
それはこの仕事はあってもなくても誰も困らないということだ。
探偵をやるきっかけになったのは親父がぼろいビルを残して死んだからだ。
そこにはもともと探偵事務所があった。
しかし、探偵がろくに儲かるはずもなく。
自然と消滅してしまったのだ。そんな空き室を見て、探偵をしようと思った。
それ以外に何も理由はない。ただ心のどこかで憧れていたのだ。
「つかれた」
最近はこれが口癖になっている。
今日は雨が降っていて客が来ないのは目に見えているので。
事務所のパソコンでゲームをしている。
「そういえばここ1年誰も客が来てねーなー」
父親の遺産で確かに俺の人生は安泰かもしれないが。
ここまで来たらニートと言われても文句は言えなくなってきたな。
だってよく考えてみろよ。
探偵なんかやってる割には金だけはあるわけだし。
なんせ俺の職業は皆憧れの探偵だ。
ちょっとしたの階に下りればコンビニがあって。
理想郷みたいな場所じゃないか。
他人には探偵をやってるんですよって、ちょっとだけいい顔もできるわけだし。
ガチャ
「すいません、今日はやっていますか?」
「うっえーと……」
髪は肩より長くて後ろにリボンをつけている
身長は平均ぐらいかな。
なんとなく仕事をしたくない気分だったのに。
まあ、来られてしまった以上しょうがない。
「どうぞこちらへおかけください。いまお茶を持ってきますね」
「ありがとう」
いったい何の仕事だろうか。
せめて、ねこがいなくなっちゃったのとか、
そんなのにしてほしい。
「ところで、何の依頼ですか」
「あの…三番道路失踪事件って知ってますか?」
「………」
「ある横断歩道を渡った人が失踪しているらしいんです」
「見たんですよ」
「消えるところを」
「お願いだから確かめてほしいんです」
この場合解決するというのが単純じゃない。
この人は自分が見たことで気になってしまってしょうがないんだろう。
しかし、うわさを流したのがだれなのかを突き止めればいいのか、
または、消えた人を探せばいいのか。
なぜそう見えてしまったのかが気になるのだろう。
「申し遅れました。多田正道と言います。」
「私は 原 美音です」
「早速ですいませんが、その横断歩道に案内してもらえますか」
オンライン対戦のゲームを途中で切らなければならなかった。
罪悪感だ。
何としてもこのどうでもいい事件を終わらせなければ。
こういう時に限って調子が良かったんだ。
くそっ
「どうかしましたか?」
「いえ、行きましょうか」
「ここです」
なんていえばいいのだろうか。
思ったより現場は近かった。
そんなレベルじゃない。
うちの目の前の横断歩道だ。
「実は人が消えたのを見てからやっぱりこの近くを通るときにどうしても気になってしまって」
「通るたびに見つめていたら後ろの方に探偵事務所の看板が出ていたので」
こんなだれも目にとめないようなところにある探偵事務所に入ってきた理由がようやくわかった。
そんなことよりここはコンビニの前の横断歩道だし人通りもそこそこあるはずだ。
こんなところで人が消えることがあるのだろうか。
家の前だから知っているが。
ここは人通りがあるといってもボタン式の信号で一日に十数人通るくらいだし。
車通りもそんなに多くはない。
「わかりました。事務所から監視しておきますので」
「何か進展がありましたら連絡させていただきますので。」
「よろしくお願いします」
にしてもずいぶん早く終わったな。
まずお茶を入れて、話を聞いて、事務所を出て、家の前の横断歩道を渡らずに一回眺めただけだ。
怖いわけじゃないけどなかなか渡る気にはなれないな。
Go○gleで三番道路失踪事件で検索っと
まあ本当にこんな事件があるのかどうかも疑わしいしな。
でも実際ない方が困る。最初からなければ解決しようがないし。
賃金は出来高制だからな。
客の望む結果が出せなかったらボランティアになっちまう。
おっと
どうやらネットニュースになってるみたいだな。
どれどれ…
三年前の記事だな。っていうことは俺が来る前の話か。
そりゃ知らなくて当たり前か。
横断歩道で車にはねられた男性が行方不明。
コンビニの監視カメラの映像からだとコンビニ側から見て向こう側に飛ばされてそれからカメラには映っていない。
簡単にまとめるとこんなところか。
ちなみにこれはもう一度言うが三年前の記事だ。
信じていなかったから特に聞いていなかったけれど。
もうちょっとちゃんと聞いておくべきだった。
にしてもこの記事には近くに人がいたなんてことは書いていないし。
そんな前のことを相談してくるとは思えない。
まずはこの記事を第一の事件として大雑把に推理すると車で引いた後にそのまま遺体を持ち去ったっていうのが妥当だろうか。
そして第二の事件これをよく考えると。
記事になってるわけでもなく事件を確認したのは一人の女性のみ。
ここまでくると事件が起きたとすらいえない。
突然消えたとして騒がれないのは自殺願望がある人間くらいだ。
少ない会話から察すると。
車にひかれたなんてことは何も言っていなかったから突然消えたといえるだろう。
第一の事件がなければただの勘違いだといえるけど。
何で初めにあの人は三番道路失踪事件の名前を出してからこのことを語ったんだろうか。
まるで初めから最初の事件と関係があると確信していたようだ。
あの人は第一の事件について何か知っているんじゃないか…
zzz
「はぁ、考えてたらそのまま寝ちゃったな」
夕方になっていた
いつもの日課通り下のコンビニで夕飯を調達する。
ちなみに三食全部コンビニだ。
もうここまで来たら人知れずに孤独死することは決まったようなものだから
今更健康なんて気にしない。
そのおかげか。20代にして少し不健康になってきた気がする。
いつも通り入ってきた常連の俺に顔見知りの店長が挨拶してくる。
「いらっしゃいませー」
適当にパンを三つ選んでレジに持っていく。
「店長、そういえば今日仕事が入ったんだよなー」
この店長も、年を取って不健康そうだ。
「お前ニートじゃなかったのかよ」
「探偵事務所って書いてあるだろ」
「そんなことよりも、その依頼された事件の事件現場がこの先の横断歩道なんだよ」
「それで質問なんだけど、三年前に交通事故がここの前であったらしいんだけどなんか知らない?」
「警察に防犯カメラとかありませんか。って言われたけどなぁ」
「でもそれって、何も映ってなかったんだろ」
「まあ、そおらしいな」
「まだそのデータって持ってないの?」
「カードごと警察に渡しちゃったからもうないよ」
「そうか、じゃあ大した情報はなさそうだな」
「そうだ、今バイト足りてないんだけど働かないか」
「やらないよ」
「まあ、お前家でバイトしてた時三週間でやめたもんな」
ここでバイトしてたのは、だいぶ前だよな。
そういえばここのコンビニによく来てたひともしかしたら、今回依頼に来た人じゃなかったか。
人が消えたのを見てから気になっていたといっていたけれど。
コンビニでバイトしていたのは、一年以上前の話だから…
いったいいつから来てるんだ?
「なあ、このコンビニによく来る女の人とかいないか。」
「ああいるよ」
「一週間に一回ぐらい買いに来るけど」
「いつ頃から買いに来るようになったんだ」
「その警察が来た時あたりから来るようになったよ」
「なんで」
「そんなの知るわけないだろ」
「そもそもお前は仮にも探偵やってんだから、そのぐらい自分で推理すればいいだろうが」
じゃあやっぱり事件は最初っから一つしか起きていなかったのか。
それだと、また同じことを考えないといけなくなる。
「じゃあ結局事件について進展とかないの?」
「まあ、あの後何も聞かなくなったな」
「それってつまりまだ解決してないってことだよな」
実際にひいたやつだって防犯カメラの映像だけじゃ証拠にならないだろうし。
よく考えたらそれって、事件とは言えないんじゃないのか。
だって、被害者は居ないわけだから。
でも引いた犯人は乗っていた車もばれているわけだし。
すぐにつかまっただろう…
「あぁ… つまりそういうことか」
俺の家庭環境に母親はいなかった。
つまり父親だけだというわけだ。
その父親はかなり成功していてお金があって。
俺と兄はしっかりとした教育を受けてきた。
次男だったから基本的には兄を見本にして過ごしていればいいわけだから。
そう思うと兄よりかは負担が少なかったような気がする。
結局のところなんとなく決まったところに収まるように過ごしてきた。
ある日父がこう言っていた。
「お前は兄を超えようとはしていない」
突然だった。
最初は少し苛立たしい気持ちがあったが。
俺もその意見に異論はなかった。
別に超えようとは思わなかった。
兄がいるおかげで少しは楽な気持ちで過ごすことができたし。
何よりも罪悪感がなかった。
俺は大学受験をするときには。
兄より一つ下を志望した。
これが当時の誰にとっても当たり障りのない生き方だった。
迷惑をかけないというより
目につかないように。
大学を卒業するころに父が亡くなった。
突然だったが。
常に働き詰めていたから当然だろう。
父の死を知ったときにそう思った。
しかし、その時から自分の意人生について考える時が突然来たことを知った。
兄は、父の事業を継いで。
俺は失踪した。
俺は全く違う人間として生きてみたかったのだ。
言ってしまえば。
新しい人生を新しい場所でやり直してみたかったから。
しかし、今までの人生に文句はなかった。
もう大体のことはわかった。
消えた人間がどこに行ったのか以外は。
もう一度記事を確認しよう。
被害者を引いたのは水色の軽自動車。
目撃者はなし。唯一の証拠はコンビニの監視カメラ。
そして、今日コンビニの前には水色の軽自動車が止まっていた。
つまりこの事件の本当の依頼は
「消えてしまった被害者を探してほしい。」
という加害者からの依頼だということだ。
明日事務所に来てください。聞きたいことがあります。
送り先 原美音
なんだか一日で事件が解決したような気がする。
いや、明日から始まるのか。