共闘
音速を超える速度で飛行することしばらく、異世界反応が検出されたとある国の熱帯雨林が見えてきた。すでに戦闘は始まっているようで、辺りは火の海と化している。
「おう、遅かったなカケル」
やはり先に到着していたのは不知火アカネだった。その燃えるような色の赤髪は遠くからでも見紛うことはない。彼女も授業中に呼び出されたようで白いブラウスに長めのプリーツスカートと学生服を着ていた。アカネは炎で形作られた剣を携え、その切っ先で今回の敵を指し示す。
「あれがユイさんから報告のあったA級の怪物だ」
視線の先にあったのは、何本もの触手を持つ巨大な食虫植物のような生き物だった。うねうねと動きてらてらと黒光りする太い幾本もの触手の真ん中に、口のような物が見える。
「恐らくあれがコアだ。しかし触手に守られてそこまで攻撃が届きそうもない」
アカネがそう解説している間にも、怪物は攻撃を仕掛けてきた。ねばついた数本の触手を伸ばし振り回す。それをアカネは巧みにかわしながら炎の斬撃でぶった切っていく。
「見ろ、切っても切ってもすぐにああやって再生していくんだ」
切られた触手の断面から、ぼこぼこと泡のようなものが溢れそれは次第に形を作りまた元の触手へと戻ってしまう。
「なるほど、つまりコアを破壊しない限り勝ち目はない、と」
「そういうことだ」
カケルの言葉にアカネが頷く。
試しにとカケルは全速力で接近を試みた。スキルを使って一気に加速する。
「頼むぞアダム!」
『闇魔法 -ダークソード-』
アダムの声が響く。この二ヶ月の間で下位から上位魔法までは詠唱さえ行えばカケル単独でも使えるようになっていた。しかし闇魔法はまだアダムによって行使する必要がある。
「でりゃあああああああ!!」
コア目掛けて一気に黒剣を振り下ろす。漆黒の一閃が怪物の本体を切り裂いた、かに見えたが。
ガキン、と鈍い音が響く。
「っち、ダメか」
しかし、それは触手によって阻まれてしまった。どうやら触手は硬度を自在に操れるようで、まるで鉄壁のように硬くなった触手がコア全体を覆い尽くし刃が本体に届くことはなかった。
「アカネの炎で燃やし尽くすことは出来ないのか?」
「もちろん試したさ。けど──」
アカネはそこで言葉を区切り、言うよりもやってみる方が早いと判断したのか手のひらを前にかざし攻撃の態勢に入った。
『炎魔法 -フレイムウェーブ-』
アカネが右手をひと薙ぎすると、濁流のような炎が怪物を包み込んだ。
「おお、すげえな。さすがに効いてるんじゃないのか」
しかしカケルの言葉にアカネは首を振る。
「見てろ」
炎がおさまると、黒い大きな塊がそこにはあった。一瞬カケルにはそれが怪物が焼け焦げた後のようにも見えたが、すぐにそうではないと分かった。その塊はすぐに元の色を取り戻し、またうねうねとした触手が動き出す。
「どうやら硬さだけでなく材質まで変えられるらしい。一体どうすりゃ勝てるんだあんなやつ」
アカネはいまいましげに吐き捨てる。
しかしカケルには気になる点が一つあった。
もし硬度も材質も自在に変えられるのなら、なんであの時──。
「ちょっと試したいことがある。下がっててくれ」
そう言ってカケルは触手にわずかに近づき、右手を前にかざした」
「下位魔法 -魔弾-」
魔力をエネルギーの塊としたものが弾丸のように射出される。それは威力も弱くどう考えても怪物のダメージになるようなものではなかった。案の定、触手に弾かれてしまう。
「そんな攻撃だと反撃を食らうだけだぞ!」
後ろからアカネが叫ぶ。
いや、それでいいんだ。
アカネが言った通り、怪物は触手を伸ばしてそれをムチのようにしならせながらカケル目掛けて振り下ろす。
「スキル -心眼-」
カケルはそれを横にそれてかわすと、黒剣でその触手を一刀両断した。しかし、やはり触手はすぐに復活してしまう。
「ダメだ、いくらやっても埒があかない」
その様子を見ていたアカネが愚痴をこぼすが、カケルはにやりと笑ってみせる。
「やっぱりそうか、予想通りだ」
「どういうことだ?」
カケルの言葉にアカネが疑問符を頭に浮かべる。
「なんであいつは自由に材質も硬度も変えられるのに俺らの剣に切られたと思う。常に硬化しておけば防げるのに、あいつはそうしなかった。いや、出来なかったんだ。恐らく触手を伸ばしている間はそれが出来ないんだろう」
その証拠に、アカネとカケルが触手を切れたのは相手が攻撃の手を伸ばしてきたタイミングだけった。そのことにアカネも気がついたようでなるほどと頷く。
「つまり、どちらか一人がおとりになってあいつの攻撃を誘導し触手を伸ばしている間に、もう一人がコアを破壊することが出来るってことか」
「そういうことだ。それで、どっちがおとりになるかだが──」
「あたしが引き受ける。カケルが来る前にあいつの攻撃は散々見てたからな。見切る自信はある」
「分かった、よろしく頼む。くれぐれも無茶するなよ」
「ふんっ、あんなやつの攻撃あたしが本気を出すまでもないさ」
と、自信満々に笑みを浮かべるアカネだったが。
「うわあああ、やめろ、離せこいつ!」
おとりとなって怪物を挑発してから数秒後、幾本もの触手全てがアカネを襲い、油断していたアカネは対処が遅れまんまとその餌食になっていた。
「なんだこれネバネバするぞ。ちょ、服が、服が溶けてるんだがぁ!」
触手はアカネの両手、体、足先から太腿にかけて絡みつき、全身をまさぐりながらぬめぬめとした液体を分泌していた。アカネの白いブラウスと紺色のプリーツスカートは徐々に溶け始め、真っ赤な下着が見え隠れしている。
「見たら殺すぞカケル! いいか、絶対こっちを見るなよ!」
「そんなこと言われても、見なきゃ助けられないだろ」
と言いつつカケルはこれはこれで役得なのでは、とこの状況を楽しんでいた。
「うるさいっ! お前に助けてもらわなくてもこれくらいあたし一人で──、ってそこはダメ、ほんとにダメだからぁ!!」
アカネは嬌声にも似た叫び声を上げる。よほど触手の攻めが上手いのだろうか。
もはや下着すら消え失せ、触手がなければ間違いなく生まれたままの姿全てが見えていただろう。
さすがに可哀想になってきたカケルは今のうちにと怪物の本体に狙いを定める。
それに、今あいつを倒せば合法的に全裸が見られるっ!
「いくぞアダム!!」
『ふん、俺様は小娘の裸になど興味はない。自分の力で何とかしろ』
「それでも男かお前は! 仕方ない、成し遂げて見せるさ、それが男の意地だ」
アダムの意思により黒剣を失ったカケルは拳を握り締め怪物を見据える。いつも以上に集中力とやる気が増しているのを実感していた。
「スキル -超加速-」
ぱっ、と一瞬で怪物本体との間合いを詰める。全ての触手を伸ばし切っている今、本体は完全に無防備になっていた。
「スキル -跳躍強化-」
巨体を超えてカケルの体が空に舞う。相手のコア全体が見える位置までくると、カケル両手を構えてコアの真ん中に狙いを定めた。
「上位魔法 -炸裂魔弾-」
両の手のひらから放たれた魔力エネルギーの塊は、丸裸になった怪物のコアに着弾すると炸裂し本体全身を衝撃と斬撃が襲った。怪物は呻き声を上げながら力なく倒れ、やがては光の粒子となってあっけなく消滅いく。
「大丈夫かアカネ!」
カケルは急いでアカネのもとへ駆けつける。
心配するフリをして合法的に全裸を拝む、という完璧な作戦だった、はずなのだが。
「ああ大丈夫だ。この通り服は全て溶けてしまったけど外傷はない」
「あの、その周りの炎は……?」
「全裸のままいる訳にはいかないだろう、だからこれが服の代わりだ」
アカネの体を多い尽くすように炎が全身を包んでいた。その大胆な発想に関心はしたが、やはりガッカリ感は否めない。少しでも炎にゆらぎがないかと凝視していると、アカネがぽつりと呟いた。
「あ、あまり見ないでもらえるか。その、見えないだけで全裸であることには変わりはないし、そんなに見られると恥ずかしいんだが」
なるほど、これはこれでアリだな。
頬を赤く染め、恥ずかし気に俯くアカネを見てカケルは何か新たな性癖に目覚めそうになっていた。
「でもこのままじゃ帰れないし、どうしよカケル」
よほど恥ずかしいのか、普段強気なアカネが瞳をうるわせ上目遣いで顔を覗き込む。これもまた新たな性癖の扉を開きそうになっていが、カケルは理性でぐっと堪えた。
弱っている女の子に手を差し伸べるのはヒーローの役目だろう。
「ほら、俺のでよかったら着ろよ」
そう言ってカケルはシャツとズボンを脱ぎアカネに差し出す。
「あんまり良い気持ちはしないだろうけど、全裸よりはマシだろ。ほら、後ろ向いてるから着替えろよ」
カケルは服が燃えてしまわぬようにアカネから少し離れた位置に置いて言葉通りに後ろを向いた。
「あ、ありがと」
控えめな声と、衣擦れの音が背後から聞こえてくる。幾度も振り向きたい衝動にかられたが、男カケル、己はヒーローなのだと自分に言い聞かせ何とか煩悩を打ち消した。
「よし、そろそろ帰るか」
先の戦闘で被害を受けた植物などの自然を魔法で元に戻し、カケルはあらかた片付いたことを確認するとアカネの方に向き直りそう告げた。
「そうだな、早く帰って着替えたいし……」
どこか落ち着かない様子でシャツとスラックス姿のアカネがぼやく。男物のシャツを持ってしても抑えきれない胸囲の主張が目を引いた。
「そんなに俺の服が嫌なのか? こちとらパンツ一丁なんだが」
上着である学ランは早瀬に取られたままで、シャツとズボンをアカネに渡しているため、カケルは上半身裸のパンツ一枚と変態的な姿になっていた。
それに対しアカネは首を振り、俯きながら小さくつぶやく。
「下着、履いてないから、なんかこう、落ち着かないんだ。それに擦れるし」
どこが、とは言わないあたりが余計にカケルの想像力を膨らませる。
これは全裸よりもエロいかもしれない。我ながらナイスだ。
心の中でガッツポーズをかますカケル。その時だった、不意に着信音が鳴り響いたのは。
「ちょ、振動が、やめ──」
アカネはなぜか頬を赤らめながら慌ててポケットからスマホを取り出す。
「ほら、電話だ」
投げて寄越されたスマホをカケルは受け止めると、画面には「ユイ」の二文字が見えた。
「もしもし、どうしたんですか? A級ならすでに倒しましたよ。……はい、はい、はい!? 分かりました、なんとかしてみます」
カケルがスマホを切ると、ただならぬ様子を察したのかアカネが心配そうに口を開く。
「どうした、何かトラブルでもあったのか?」
「ああ、S級の異世界反応が現れたそうだ」
「S級、か。戦うのは初めてだな。それでどこに現れたって?」
「それが──」
一呼吸おいてカケルは続ける。
「今、俺らがいるこの場所らしい」
**
「異世界接続術式、完成しました!!」
うさぎのような耳を生やした少女の叫び声が岩肌の壁にこだまする。松明で照らされただけの薄暗い洞窟の中で、数十人の人影がひしめきあっていた。
「あとはどこの世界に接続するかを決めるだけですね」
長い耳を持ち真っ白な肌の、おっとりとした垂れ目の少女が思案顔でそうつぶやく。
「我々エルフとあなたたち獣人属が手を組んでようやく完成したこの術式。これで異世界から救世主となる者を呼び寄せることでこの世界はきっと救われる。まだ望みはある、みな諦めるんじゃないぞ」
杖をつき腰の曲がった老齢のエルフが洞窟に潜む人々にそう語りかける。皆その言葉に一様に頷き、彼ら彼女らの瞳には希望の光が宿っていた。
「敵襲! 敵襲です!!」
そんな中、悲痛な声で叫びながら洞窟へ入ってくる獣人族の男の姿があった。オオカミのような鋭い耳を持った男は息を切らせ汗をたらしながら慌てた様子で老齢のエルフのもとへ急ぐ。
「勇者の遣いがもうすぐそこまで来ています! 今すぐここから逃げないと!」
半ば錯乱状態で訴える男に、老齢のエルフはまずは落ち着くようたしなめながら詳しい情報を聞いた。
「ここが見つかるまで後どのくらいだ。それと、そやつは我々の戦力で対抗出来そうな相手か」
「いえ、我々残存勢力が束になってかかっても時間稼ぎすら出来ないでしょう。それほど強大な力を感じます。やつが来るまでもうあと五分と持ちません。今すぐ逃げないと全滅は免れませんよ!」
「ロロップ、術式の起動から完了までにどれくらい時間はかかる?」
老齢のエルフに問われたうさ耳の少女は少しの間を置いて厳しい表情で答えた。
「だぶん、数分はかかると思います」
「そうか、では今すぐ術式を起動せよ」
「ですが長老さま、どこの世界に繋げるべきかまだ議論が済んでいません!」
ロロップと呼ばれた少女は叫ぶ。
「もはや選り好みしている時間はない。どこでも良いから強力な魔力反応を示す世界に繋げるのじゃ。そこから先は運頼み、現れた異世界人が敵となるか味方となるか、我々の世界を救ってくれる救世主となるかは祈るしかあるまい」
「――――分かりました、やってみます」
そう答えたのはおっとり垂れ目のエルフだった。
「頼んだぞエレナ」
老齢のエルフは少女に向かって頷くと、その場にいる全員を見渡して声を上げた。
「聞いてくれ皆よ。ロロップとエレナが術式を起動している間、我々は少しでも敵を足止めするのじゃ。きっとこれが最後の戦いになる。魔王様が勇者一行に敗れてしまった今、この世界を守れるのは我々しかいない。どんなに相手の力が強大であろうと、決して諦めず戦い抜いてくれ。きっと、いや必ず、どこかの世界の英雄が、この世界を救ってくれると信じて」
「術式、起動開始しました!」
ロロップが叫ぶ。
「では皆よ、術式が完了するまで何とかここを持ち堪えてくれ。武運を祈る」
そうして洞窟にこもっていた獣人属とエルフの戦士たちは外へと飛び出した。雄叫びを上げ、己を鼓舞し、必ず勝って帰ると信じながら。
しかし、数分後には声一つ残らず、洞窟に帰ってくる者は一人もいなかった。
「お願い、助けて、誰か助けてよ……」
ロロップの瞳から溢れる涙が頬をつたい、ぽたりと術式の上にこぼれ落ちた。
***
「恐らくあれがS級の反応だろうな」
空を見上げカケルがつぶやく。そこには黒い円形の穴が空に浮かんでいた。
「ああそうだろうな。でも何でだ、いくら待っても何も出てこないじゃないか」
アカネの言う通り、その穴が開いてからしばらく時間が経っているのだが、待てど暮らせど一向に穴の向こうから何かが現れる気配がない。試しに一度魔弾を穴に向かって放ってみたが、それは穴に吸い込まれるだけで何の効果もなかった。
その時だった、奇妙な声が聞こえてきたのは。
『助けて。お願い、誰か助けに来てください」
二人は顔を見合わせる。
「今のって」
「ああ、穴の中から聞こえてきたな」
改めて空を見上げると、また少女のか細い声が降ってきた
『お願い、助けて』
その痛ましく切実な声は、まるで二人に呼び掛けているだった。
カケルとアカネは再び顔を見合わせ頷く。お互い考えていることは同じようだ。
「困っている人を助けるのがヒーロー、だろ」
カケルの言葉に、アカネは好戦的な笑みを浮かべて同意する。
「そうだな」
意思の確認が取れたところで二人は魔法を使い穴へと向かって上昇する。
「あっちは異世界か」
「ま、どんなやつが現れようとあたしたちの敵じゃないさ」
お互い顔を見つめて笑いあい、一気に加速すると異世界へと繋がる穴へ飛び込んだ。