最強の敵
「申し訳ありません、器の破壊に失敗したようです。魔王フレイアの魂は器に吸収されてしまいました」
兜と鎧を纏い剣を腰に携えた女性騎士が膝をついて玉座に向かい報告する。女性騎士は緊張しているのか、それとも目の前の主人から放たれる圧倒的な強さが持つオーラに恐怖しているのか、その足は震えていた。
「ああそう、まあいいわ」
冷淡で静かな声が聖堂のような広い空間に響く。玉座の上には、髪の白い一人の女性が座っていた。長い艶やかな髪をさらりと払い、薄いピンクの小さな唇を開く。
「別に期待はしていなかったし、問題ないわ。地球なんていう辺境の世界にいる限り私の邪魔にはならないでしょうし」
叱責を受けるものと思っていた女騎士は、その言葉に安心したのか強張った体は弛緩し小さく息が漏れる。
「では魔王の魂を持つあの二人はこのまま放置でよろしいのでしょうか」
「ええ、放っておきなさい。どうせ異世界へ移動する力も残っていないでしょうから何の脅威にもならないもの。けれど、そうね」
白い髪の女性はそこで言葉を区切り、ふっと小さな笑みをこぼした。
「もし、もしまた私の目の前に現れるようであれば、今度こそ私の力で魂ごと消し去ってあげるわ」
そう呟く主人の表情に、女性騎士は悪寒に背筋を震わせていた。彼女が口元に浮かべる微笑みとは対象に、その碧い瞳はあまりに冷たく見ているだけで凍死してしまいそうなほど恐ろしい気分だった。
「で、では私はこれで失礼いたします」
女性騎士は、目の前の相手が自分の主人でなければすぐにでもこの場を離れ逃げ出したかった。けれど主人に失礼がないようにと、はやる気持ちを抑えながら慎重に立ち上がる。
「ああ待ちなさい、そう急がなくてもいいでしょう」
立ち上がりかけで中腰のまま、女性騎士は動きをピタリと止める。
「どうせ最後なんだから、慌てることはないわ」
「あの、最後、と、言うのはどういう意味で……」
「あらあ、私の命令を何一つ完遂出来なかったというのに何の罰も無いと思っていたの?」
たらりと冷や汗が女性騎士の頬をつたう。主人の動きを警戒しながら、ゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。
「どうしたの手が震えているわよ。そんな弱虫だからあなたの騎士団は壊滅したのね、元騎士団長様。せっかく私が救って拾ってあげたのに歯向かうなんて、薄情者ね」
「ほざけ! 私の騎士団を、そして我々の国を壊滅まで追いやった張本人の癖に何が薄情か。お前さえいなければ、お前さえ我々の世界に来なければ私たち魔族は平和に暮らしていけたのに!」
女性騎士は頭の兜を脱ぎ捨て、角の生えた頭部を顕にした。片方の角は欠けており、紫の肌には深い傷が残っている。
「何を言っているの? せっかく魔王の圧政から解放してあげたというのに感謝の言葉一つないなんて、ひどい子ね。それに、私以外に統率者として相応しい人物はいないわ。いずれ全ての世界を統べるこの私に支配される喜びを噛み締めなさい。まあもっとも、あなたは今から死ぬのだけれどね」
「ふざけるな!! 私たちは魔王様の元で平和に暮らしてきたんだ! お前みたいなやつの下につくくらいなら死んだ方がマシだ!」
女性騎士は剣を抜くと、躊躇いもなく真っ直ぐに突進した。玉座に座る女性の首めがけ剣を振りかぶる。しかし、その切っ先は彼女の喉元直前でピタリと静止した。女性騎士がどれだけ力を入れても、それ以上は前に進まない。
「お前に私は殺せない。聖なる神の御加護が私を守ってくださっているからね」
氷のような碧い瞳が鈍く光る。
「死になさい -コールドアイズ-」
直後、女性騎士の体はだらりと床に倒れ事切れた。
「さて、まだまだやる事は残っているし頑張らないといけないわね。全ての世界を私の手で救ってあげなくちゃ。まったく、勇者も楽じゃないわね」