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二人目の器 -2-

「そういえば名前は何て言うんだ?」


 アカネが横に並ぶ少女に尋ねる。二人は並んで歩きながら、敷地内だと言うのにまだまだ長い校舎への道のりを歩いていた。


「あ、私ですか? いえ、私の名前なんてそんな不知火お姉さまのお耳に入れるほどでは」


 少女はなぜだか気まずそうに顔を下げる。それをアカネは面倒臭そうに一蹴した。


「なんだそれ、あたしが聞いてるんだから別にいいだろ」


 そう言われ、少女はしばし逡巡してからようやく口を開いた。


「……黒夜とばり、と申します」


「黒夜? どっかで聞いた名前だな」


 うーん、と首をかしげ唸るアカネに、とばりが「まあまあ」と。


「お姉さま、きっと気のせいですよ。それに私ごときの名前なんてすぐに忘れてくださって結構ですから、お気になさらずに」


 しかしアカネは喉まで出かかっている答えを無視することは出来なかった。尚も思い出そうと必死に頭をひねる。


「ああ思い出した、黒夜ってその名前──」


 アカネがぱっと顔を上げた、その時だった。

 空にぽっかりと穴が開いた。真っ黒な穴が。


「なんだ、あれは?」


 アカネたちの真上に突如出現したそれは、バチバチと火花のようなものを散らしながら上空に留まっている。


「何だか怖いですお姉さま」


 横にいたとばりはアカネの腕にしがみつき、恐る恐る空を見上げる。他の女子生徒もそれに気がついたようだが、物珍しげに眺めるばかりで恐怖の色は見られなかった。箱庭の中で守られ育てられてきたお嬢様にとって、何が自分にとって害をなす存在なのか、その判断を付けるのは難しかった。


「下がってろとばり、何か来るぞ」


 しかしアカネは違った。今も嫌な気配を、そして敵意を穴の向こうからひしひしと肌で感じている。

 そしてその穴の放つ火花の激しさが最高潮に達したとき、ストン、と一人の男が穴の中から降り立った。


「ここが異世界ですか、何やら華やかな場所ですねえ」


 スーツのような格好をした男が周囲を見渡しながらのんびりと呟く。その姿は、まさに異形だった。男ではあるが、人間ではないことがはっきりと分かる。


「さて、器を探しに来たのですが一体どなたがそうなのでしょうか」


 男は爬虫類のような三白眼をギョロリと動かす。

 口を開くたびに細く長い舌が覗いた。


「ああ、匂いで分かりました。あたなですね」


 そう言って男はアカネに手を向ける。その肌は全身が茶褐色のウロコで覆われていた。


「おや、その後ろの方も似たような匂いがしますね。どちらが器でしょうか。ま、どちらも殺せば済むことでしょう」


 その物騒な発言にアカネは警戒心をさらに強める。それが本気だということは殺気で感じられていた。


「みんな逃げろ! すぐに校舎に逃げるんだ!!」


 アカネは叫ぶ。

 しかし状況をいまいち理解していないのか、お嬢様たちは困惑するだけでその場から動こうとはしなかった。


「私から逃げようとしても無駄ですよ。あなたたちのような弱小種族、いくら逃げようが抵抗しようが一瞬で殺せますから。さて、まずは弱そうな方からしとめましょうか」


 男がそう口にしてぱっと前に一歩踏み出したかと思った次の瞬間、その姿はすでに二人の手の届く距離にいた。


「きゃっ──」


 とばりが叫ぶ暇もなく、男の腕はもう彼女の細い喉元まで迫っている。


「っぶねえなァ!」


 パァン、と衝撃音が響く。


「ほう、人間にしては良い反応ですね」


 男の手が届く寸前、アカネはとばりを横へ突き飛ばし自らの拳でそれを受け止めていた。


「いきなり何しやがる」


「すいませんね、別にあなたたちに恨みはないのですが、器を壊して来いというのが私の受けた命令でして。なので大人しく死んでいただけると助かるのですが」


 態度や言葉使いこそは紳士的だが、だからこそその狂気じみた発言が余計に男の不気味さを増していた。

 アカネは男を睨みつけたままとばりに声をかける。


「おい、今すぐここから逃げろ。こいつはあたしが何とかする」


「そ、そんなお姉さまを置いていく訳には──」


「いいから行け!! 足手まといだ!」


 怒鳴られたとばりは心苦しそうに立ち上がり校舎へ向かって駆け出した。が、そう簡単には許されない。


「だから逃げても無駄だと言ったじゃないですか」


 男は柔和な笑みを浮かべたまま、左手をそっと持ち上げ静かに口を開いた。


「ファイア・アロー」


 その言葉の意味が分からずアカネは思考が停止する。それが攻撃だと気づいたときにはもう遅かった。


「あああああぁぁぁぁっ!!!!」


 炎の塊が矢のようにして男の手のひらから射出され、それはとばりの腕を貫いた。

 熱さと痛みに悶え、地面に転がるとばり。悲痛な叫び声が中庭に響く。

 それを目の当たりにした女子生徒たちは一斉に悲鳴を上げ右へ左へと、とにかくその場から離れようと慌てて駆け出した。


「やはり、人間という種族は脆いですねえ。弱く臆病だ」


 男はのんびりとした声でつぶやきながら地面でのたうち回るとばりを見つめる。


「ふざけんじゃねえぞテメエ!!」


 ぶわりと燃えるような赤い髪が舞い上がる。アカネは前に踏み出し男目掛けて拳を飛ばす。今まで何人もの不良をなぎ倒してきた自慢の右腕だった、が。


「遅いですねえ」


 男はよそ見をしたままアカネの拳を受け止めていた。


「さて、苦しませるのも可哀想ですし、あの子には死んでもらいますか」


 アカネの存在を無視するかのように、また左手を持ち上げ口を開く。


「ファイア──」


「させるかァ!!」


 同じ動きを見せた男にアカネはすぐに反応した。男の腕を払うように回し蹴りを放つ。それは硬いウロコによって弾かれダメージにはならなかったが、衝突によって男の腕がわずかにぶれた。炎の矢はとばりのすぐ横を通過して花壇を貫き、燃える花弁が中を舞う。


「ぜってえ許さねえ。これ以上お前の好きにはさせないからな。とばりもこの学校も、絶対にあたしが守る」


「そうですか、そう出来るといいですねえ」


 燃えるようなアカネの闘士に対し、男は依然として余裕の態度を崩さない。それが余計にアカネを逆上させた。


「くらえコラあァ!!」


 アカネは勢いをつけた右のストレートをまず放ち、それを防がれるとすぐに左からのフックを放つ。男がそれを一歩後ろに下がってかわすと、アカネは追いかけるように足を踏み出して脇腹を狙った回し蹴りを繰り出した。が、ヒットするもやはり硬いウロコによってダメージにはならない。であればと関節を狙って膝にローキックをぶつけようとするも、いとも簡単に足を掴まれ動きを封じられてしまう。


「あなたの力ごときでは他者を守るどころか自分の身すら守れませんよ」


 男はアカネの足を掴んだまま、その手を軽く振り回す。それだけでアカネの体はゆうに十数メートル吹き飛ばされた。


「ッガああ!!」


 硬いレンガに打ち付けられ全身に衝撃が走る。しかしアカネはすぐに立ち上がった。男がまた攻撃体勢に入るのが見えたからだった。


「ファイア──」


 間に合わない。

 どうあがいても男まで距離があり過ぎてその手を止めることは不可能だった。


「──アロー」


 だからアカネが向かった先は男ではなかった。


「っがあああああああっ!!」


 アカネは射線に飛び込み、男ととばりの間に自分自身の体で壁を作った。炎の矢がアカネの肩を貫く。


「不知火お姉さまっ!」


 とばりが叫ぶ。

 その姿を見た男は呆れたように首を振る。


「意地でも守るつもりですか、健気を通り越して哀れですよ」


「う、るせえよ。とばりには、指一本、触れさせねえからな」


 アカネは息を切らし肩を押さえながら、とばりを庇うようにして立ち上がる。


「そうですか。では、これでもまだそんな強気な事が言えますか?」


 男は左手を頭上に掲げると、それを楽しむようにゆっくりと口を開いた。


「ファイア・レインアロー」


 ゴッ、と炎の塊が男の手のひらから飛び出したかと思うと、それは天高く舞い上がった。


「なんだ、何をした!」


「今に分かりますよ。さあ、その健気さがいつまで続くか見ものですね」


 ニヤリと男が笑った次の瞬間、突如空から雨が降ってきた。それもただの雨ではない。炎の雨だ。矢のように鋭い炎が幾千も地面に向かって降り注ぐ。

 それらは四方八方に逃げ惑っていた女子生徒たちを容赦なく襲っていった。あちこちで悲鳴が上がり、気づけば辺りは一気に火の海と化していた。


「やめろおおおおおお!!!!」


 アカネは悲鳴にも似た叫びを上げながら男に向かって突進する。自分はどうなろうと構わない、せめて一人でも多く守りたい、そう思ってのやぶれかぶれの突撃だった。

 けれどその覚悟は簡単に一蹴されてしまう。


「ファイア・ボール」


 無感情につぶやく男の手から火の玉が射出される。全力で真っ直ぐに進むことしか考えていなかったアカネはそれをもろに腹に受け、一瞬でまた後ろへと吹き飛ばされ全身を打ちながら地面を転がる。燃焼によってブラウスは破損し、お腹の火傷が痛々しく顕になっていた。


「み、んな……、は、あたしが、守る……、から」


 それでも尚立ち上がろうとするが、アカネにはその力すら残っていなかった。

 絶望的な光景が、アカネの視界を覆い尽くす。あれだけ華やかで綺麗に整えられていた中庭は今や見る影もなかった。木々や花々は燃え散り、地面はえぐり取られ、一部の建物は崩壊している。なにより耐え難かったのが、地面に倒れる朋輩たちの姿だった。守りきれなかった悔しさが、涙となって頬から静かにこぼれ落ちる。


「終わり、ですかね。人間で遊ぶのもまあまあ楽しめましたよ。我々がこの世界を支配したあかつきには存分に人間をおもちゃにして差し上げましょう。さて、それではお終いにしましょうか」


 男はゆっくりと左手をかざす。その仕草と表情はまるでとっておきのデザートを前にしたかのようだった。

 あの男の下衆な笑みを歪めてやりたい、けれど歯を食いしばるほどそう願ってもアカネの身体は思うように動いてくれない。


もうダメだ。でもせめて。


 アカネは死を覚悟した。しかし、それは守ることを諦めた訳ではない。せめてとばり一人だけでも守ろうと、体をそばに寄せ庇うように抱きしめる。

 そうして、たっぷりと間を取って男は死の宣告を二人へ告げた。


「では死んでください。ファイア──」


 ぎゅっと目をつむり最後の瞬間をアカネは待つ。

 しかし、それが訪れることはなかった。代わりに聞こえてきたのは知らぬ男の声だった。


「黒魔法 -ダークハリケーン-」


 どこからともなく強烈な突風が吹き荒れる。何か禍々しい気配が横を通り過ぎて行ったのをアカネは肌で感じ取っていた。

 そして、静寂が訪れる。ゆっくりと目を開けると、さっきまでそこに立っていたはずの男は忽然と姿を消していた。何が起きたのか理解の追いつかないアカネととばりは、地面にへたり込んだままただ呆然とすることしか出来なかった。


「お姉さま、今のは一体……?」


 とばりが顔を上げて問いかけるが、アカネは小さく首を振る。


「上位魔法 -リストアエレメント-」


 また声が聞こえたと思った次の瞬間、さらに信じられない光景が目に飛び込んできた。火の海と化し荒れ果てた学校の全てが元通りになっていく。木々や花々は瑞々しく、芝生は青々と茂り、割れた噴水や建物も綺麗さっぱり修復されていった。

 そして、信じられない光景はまだ続く。


「上位魔法 -ヒーリングリザレクション-」


 その声と共に光の粒子が空から降り注ぎ、それに触れていったものは皆どんなにひどい怪我でさえ癒え、息をしていなかった者まで立ち上がれるほどに回復していった。アカネの傷も、とばりの傷も、まるで何事もなかったかのように綺麗な肌へと戻っている。


「誰が、いったい、何を」


 アカネが振り向くと、そこには一人の男が立っていた。学ランを着た、一見するとただの普通の男子高校生にしか見えない男だ。


 ……そうだ、あいつは。


「ヒーロー、ってやつなのかこれが」


 それは間違いなく、ネットで見た地球最強と言われるヒーロー、黒夜カケルの姿だった。


「あ、もしもしユイさんですか? 三箇所とも全て終わりました。……はい、はい、――――え!? S級ですか!? しかもここに!?」


 黒夜カケルはどこかに電話をかけ始めたと思ったら、何やら顔色を変えて慌てている。ヒーローなんてものはもっと人間味のない奴かとアカネは思っていたが、そうして見るとやはりただの男子高校生にしか見えない。


「みなさん、ここは危険です! 今すぐ逃げてください!!」


 カケルは電話を切ると中庭に残っている女子生徒の向かってそう叫ぶ。先の電話と何か関係があるのだろうか。アカネは訝しみながらゆっくりと立ち上がった。

 そういえば、とアカネはとばりに目を向ける。やけに不自然にそわそわとしていた。


「大丈夫かとばり?」


「あ、はい気にしないでくださいお姉さま」


「なあ、黒夜って苗字もしかして──」


 アカネは気になっていたことを口にしようとするも、それはとばりによって遮られてしまう。


「さあ不知火お姉さま急ぎましょう! 何やらここはまだ危険なようですし、あの殿方の指示に従って、さあ」


 そう言ってとばりはこそこそと何かから隠れるようにその場を離れようとする。

 しかし、不意に現れた異変に二人は足を止めた。

 空が、赤い。

 まだ時間は朝で夕焼けにはあまりにも早すぎる。けれど青空だったはずの空は真っ赤に染まっていた。


 何かが来る。


 アカネの直感がそう告げる。

 その直後、まるで燃え盛る炎のような塊が突如として空に現れた。それは徐々に形を変え大きさを増し、やがてはアカネたちの頭上を覆ってしまう。まるで火の海が空に浮いているようだった。


「あれがS級か……」


 カケルのつぶやきが耳に入る。その意味は分からないが、あれがとてつもない脅威だということは肌で感じ取っていた。

 ジリジリと肌が焼けるような感覚を受けながら様子を伺っていると、どこからともなく女性の声が降ってきた。


『あら、器が三つも揃っているなんてラッキーね』


 まるで脳内に直接語りかけてくるようなその声は大人びた女性を想起させた。


『私は炎の魔王フレイア。訳あって魂の姿でこの世界にお邪魔させてもらってるんだけど、誰か私に体を貸してくれないかしら?』


 その声はとばりにもカケルにも聞こえているらしい。空を見上げ何かに耳を傾けているのが表情から分かった。けれど他の女子生徒には聞こえていないようで、ただ怯え震えている。


『ま、あなたたちに拒否権はないんだけどね。さて、どの子にしようかしら。……ああ、この男の子はすでに魂持ちね。それに、こっちの子は何だか不安定そうだし。……あら、この子いいじゃない。意思も闘士も強いし何より燃えるような魂が私にピッタリね」


 それが自分に向けられている言葉だとアカネは気づいていた。どこにも目がなくとも、自分の全てを見られているような気分だった。


『じゃあその体、いただくわね』


 ぶわりと、炎のような塊が動き出す。それは生き物のようにうねりうごめき、あっと気づいた瞬間にはすでにアカネの全身は真紅の霧に包まれていた。


「っがあああああアアアア!!!!」


 体や脳の内側を直接掻き回されるような感覚にアカネは耐えきれず地面に膝をつく。ぞるぞると何かが内側に進入してくる感覚をただ何も出来ず受け入れることしか出来なかった。

 全身が燃えるように熱い。まるで溶岩を全身の穴という穴から流し込まれているような感覚だった。脳も内臓も肉も骨も何もかもが内側からドロドロに溶けて無くなってしまう、そんな味わったことのない気持ち悪さ、痛み、熱、あらゆる苦痛がアカネを襲う。


『いい、いいわこの体、最高ね! 大丈夫よアカネ、私を受け入れなさい。あなたは最強の器になれるわ』


 尚も炎の霧の中で叫び続けるアカネに、フレイアと名乗る女性が優しく艶やかに語りかける。

 そしてその永遠にも思われた地獄は、数秒のうちに終わりを迎えた。


「はぁ、はぁ……。何だったんだ今のは?」


 アカネは息を切らしながらゆっくりと立ち上がる。自分の体に何が起きたのか、異変を確かめようと全身を見渡す。汗でびしょ濡れになっている身体には白いブラウスが肌にぴったりと張り付き、真っ赤な下着があらわになっていた。しかしそれ以外特に変わった様子はない。手も足も何もかも、健康体そのものだった。


「大丈夫ですか不知火お姉さま!?」


 とばりが心配そうに駆け寄る。


「あたしなら大丈夫だ。それよりとばりは──」


 怪我してないか、そう聞こうとした心配の言葉は甲高い叫び声によって飲み込まれた。


「きゃああーーー!!」


 どこからか女性の悲鳴が響く。慌てて首をめぐらせば、そこには消えたはずのウロコを持つ男と、一人の女子生徒の姿があった。男は女子生徒の首を背後から片手で掴み、もう片方の手のひらは頭部に向けられている。


「動かないでください。もし少しでも動けばこの子の頭が吹き飛びますよ」


「ちくしょう、仕留め損ねてたか。おい、その子を離せ!」


 カケルが男に向かって叫ぶ。けれど人質の身を案じているのか、その場を動こうとはしなかった。


「まあ落ち着いてください。私は私の仕事を全う出来ればそれでいいんです。その女の命さえ奪えれば」


 男の視線はアカネに向けられている。


「交渉しませんか? もしあなたが今ここで自害してくれれば、この子の命は助けましょう」


「この下衆野郎め、そんなもん受ける訳ないだろうが! 俺が相手になってやるから、かかってきやがれ!」


「おっと動かないでくださいよ、この子の命がどうなってもいいんですか」


 ちっ、とカケルから舌打ちが飛ぶ。

 そんな中、アカネは妙に冷静だった。怒りはある、憎しみもある、けれど慌てることも焦ることもない。まるで心の中には青白い炎が灯されているようだった。熱く燃えているが、落ち着いている。


 勝てる。分かる、今のあたしなら勝てる。あの子を守れる。


 その確信がアカネにはあった。なぜだか理由は分からない。けれど、あの真紅の霧に包まれ体がそれを受け入れてから、アカネの体の中で何か明確な変化が起こっているのを感じ取っていた。


『さあアカネ、器としての力を見せてちょうだい』


 声が聞こえる。

 それが何なのか、何を意味するのか、まだアカネには分からなかった。けれど一つだけ分かることがある。


「あいつをぶっ殺せばいいんだな」


 つぶやいたその直後。

 ほんのわずか、一瞬の出来事だった。


『炎魔法 -火の斬撃-』


 男の首が、ぽとり、と地面に転がる。その断面は焼け焦げ固まっており、血も流れずまるで人形の首が取れたかのようだった。そのあまりにも現実離れした出来事に、その場にいたものは言葉を失う。


「大丈夫か、怪我してないか」


 アカネは捕らえられていた少女に向かって手を伸ばす。そこでようやく、少女はアカネの姿がすぐ傍にあることに気がついた。

 はたから見ていた人には、アカネが消えてまた別の場所に現れたように見えていた。けれど実際は違う。あまりの速さに誰も動きを視認出来なかっただけで、その証拠にアカネが通った道筋には焼け焦げた跡が残っている。


「は、はい。助けていただきありがとうございます、不知火お姉さま」


 わっ、と周囲の女性生徒から歓声が上がる。


「さすが私たちのヒーローですわ」


「ええ、さすがお姉さまです」


 そんな称賛の声が飛び交っていた。


「いや、あたしは何も……」


 アカネは静かに拳を握りしめる。


 あたしは何も出来なかった。


 彼がいなければあの惨状から救うことは出来なかった、と。

 ちらりとカケルの方に目をやれば、何やらとばりと言い争いをしている。


「お、とばりじゃん久しぶりー、元気してたか?」


「話しかけんなこのクソ兄貴が! 兄貴のせいで私がどんだけ迷惑受けてるか分かってんの!?」


「はあ、なんだよ。久々の再会なのに何だその言い方は。一体俺が何したって言うんだよ」


「あんたが悪目立ちするから同じ苗字の私まで目立っちゃうの! 珍しい苗字だからすぐ兄妹だってバレるし、そのせいで色々聞かれるしで迷惑してんの! 私はおしとやかなお嬢様キャラでやっていきたいのに兄貴のせいで私までオカルトまがいの力が使えるんじゃないかって変な尾ひれがついた噂まで流れてるんだからね」


「知らねえよ。だいたいお前、お嬢様なんて柄じゃないだろ」


「はあ!? 兄貴だってヒーローなんて柄じゃないクソ陰キャの癖に調子乗っちゃってるじゃん」


 ぎゃーぎゃーと喚き合う二人の姿にアカネは思わず口元を綻ばせる。

 けれど、そんな平和でにぎやかな喧騒は、空から降ってくるけたたましいプロペラ音によってかき消されていった。一機のヘリが中庭へ降り立ち、中からサングラスをかけた男と白衣を着た女性が現れた。二人とも銃器で武装しているのが目に入り、アカネは警戒態勢に入る。


「あの子が新たなS級の持ち主か」


「はい、そのようです」


 二人は軽くやり取りを交わすと、サングラスの男は銃器を腰に仕舞い右手をアカネに差し出した。


「我々と一緒に来てくれ。君にはこの世界を救ってもらう義務がある」


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