大騒ぎ
そうしてまんまと煽りに乗せられたアダムはカケルへ力を貸してくれることとなり、カケルはCATAへ協力することを誓わされた。
「あの、でも協力って何すればいいんですか?」
「今は気にするな、必要になったら我々の方から呼び出す。それまでは普通に学校に通っていればいい」
宇宙最強のヒーローになれと言われた割には何とも締りのないスタートにいくらか釈然としなかったが、カケルは一つ役得を手に入れていた。
「これからは私がカケルくんのことサポートするから、よろしくね!」
それは大人のお姉さんによるマンツーマンのサポートだった。
「何かあったら、いつでも私に言ってね。お姉さんのこと頼りにしていいんだよ」
と可愛くウィンクまで決められた日にはたまったもんじゃない。
さらになんと連絡先もゲットし、カケルの数少ない友達リストに「ユイ」の文字が踊って見えた。
「それじゃあ、またね」
ユイに見送られながらカケルはビルを後にする。
「いや〜大人のお姉さん最高」
帰路につきながらひとりごちるカケルにアダムが呆れた声を漏らす。
『はあ、俺様の器がたかだか人間の女にほだされよって、情けない』
そういうお前はたかだか人間のおっさんに煽られまんまと乗せられたんだがな、とは思いつつも口にしなかった。そんなことを言ってしまえばどうなるか結果は目に見えている。
「それにしても俺がヒーローか、実感ないな。結局明日からも普通に学校に通うだけだし、なんかつまんねえな」
ふわあ、と一つあくびを漏らす。
しかしそうのんびり構えていられたのは、翌日登校するまでのことだった。
「やべ、寝坊した!」
昨夜、異例の出来事づくしで疲れていたカケルは目覚ましをかけることも忘れ泥のように眠りについていた。しかし1Kのアパートで一人暮らしをするカケルを起こしてくれる者はおらず、朝起きて寝ぼけ眼で見た時計の針で一気に目を覚ます。
カケルは朝食もスマホのチェックもスキップし、急いで支度を済ませると全速力で外に飛び出した。と同時に、そういえば、と体内に住む住人のことを思い出す。
「そうだ、アダムのスキルを使えば学校までひとっ飛びじゃん。なあアダム、力を貸してくれないか」
しかし返事はない。
「おい、アダム、頼むって。まじで時間がやばいんだよ」
焦るカケルとは裏腹に、返ってきたのは何とものんびりした声だった。
『…………眠い、あと五分待ってくれ』
ちくしょう、使い物にならねえなこいつ。
舌打ちを交えながら仕方なしにカケルは自分の足を使い人並みの全速力で学校まで向かう。
その道中、道ゆく人から奇異の視線を浴びていることにも気づかずに。
「ねえあれ、もしかして」
「え、やば、マジ?」
「うける、ほんとだ」
そんな声がすれ違いざまに飛び交う。しかし必死になって走っていたカケルの耳には届いておらず、注目を浴びていることにも気がついていなかった。
しかし学校が近づき人通りが増えてくると、さすがにカケルはその違和感に気がつき始めた。
なんか俺、見られてね?
周囲を見渡せば、同じく登校中の生徒らがスマホとカケルを交互に見比べながらなにやらヒソヒソと話しをしている。それに気持ち悪さを覚えながらも校舎へと入ると、さらに周囲の視線が増えていった。
「あいつがそうらしいよ」
「マジで? なんか普通なんだけど」
「いやでも私昨日見たもん、まじヤバかったよ」
もしかして昨日のことが噂になってるのか? にしても見られすぎじゃね?
カケルは何やら得体の知れない気持ち悪さを感じながら教室のドアをくぐる。するとクラスメイトがカケルの存在に気づいた瞬間、一斉に視線がカケルへと集まった。
「お、おはよ」
不意打ちをくらったカケルは柄にもなく挨拶をかましてみるが、誰一人返してくれる者はいない。みな、スマホを眺めながらのヒソヒソ話に戻っていった。しかしそんな中、唯一話しかけてくれたのはクラスの中でも目立つ存在で、コミュ力高めの女子、桜美月だった。
「黒夜くん、すごい噂になってるけど大丈夫? ニュース見たよ」
美月は心配半分、好奇心半分といった表情でカケルの顔を覗き込む。肩上で切り揃えられた茶髪のふんわりボブヘアがふわりと揺れる。
だれとでも分け隔てなく接することの出来る彼女は、カケルにとって唯一クラスで会話が出来る心のオアシスでもあった。
「ニュース? 何の話だ?」
「え、見てないの? てか自分のことなのに知らないんだ。ほら、これこれ」
そう言われて差し出されたスマホにはニュース記事が映し出されており、その見出しにはこう書かれていた。
『ついに異世界の存在が明らかに! 地球を救うのは一人の男子高校生!?』
その下に添付されている画像にはサングラスをかけたおっさん、ロバートの姿があった。
嫌な予感がする。
カケルははやる気持ちを抑えながら、続く記事の文章を読み進めていった。
『異世界の脅威に対する対策本部、略してCATAを名乗る謎の組織が今朝方、異世界の存在を認め、その事実を世界に向けて発信した。事の発端となったのは今SNSで話題となっている動画だ。その動画は某所にある高校に謎の巨大生物が降り立ち暴れ回るもので――』
要約すると、記事の内容は次のようなものだった。
巨大生物が暴れ回る動画は瞬く間に拡散され、初めはただのフェイク動画として楽しまれていたがそのあまりのリアルさに本物ではないかと噂されるようになっていった。そして今朝、CATAを名乗る組織が公にそれを本物の映像だと認め、謎の巨大生物は異世界からの侵略者だと発表する。CATAは異世界の存在を明らかにし、今後も異世界からの侵略に備える必要があると訴えた。
『CATA長官であるロバート氏はこう語る。「地球人類のみなさん、安心していただきたい。我々は異世界の脅威に対するプロであり、これまでも地球の平和を守ってきました。そしてこの度、さらに頼もしいことに一人の男が、いや一人のヒーローが立ち上がってくれたのです。彼は超人的な力を持ち、人智を超えた力をも操る。彼がいればどんな敵が現れようとも地球は安全でしょう。いわばスーパーヒーロー、英雄、救世主なのです」そんなロバート氏が語るヒーローは一体誰なのか、我々記者団に特別に明かしてくれた』
そこまで読んで、カケルは一瞬目眩を起こしそうになった。その下に添付されている画像に大きく写った人物が見えたからだった。
『なんとそのヒーローとは「黒夜カケル」という名の男子高校生だと言う』
スマホの画面にはでかでかとカケルの顔が映し出されていた。
何考えてんだあのおっさんは……。こんなの了承した覚えないぞ。何が普通に学校に通っていればいい、だ。こんなもんが拡散されたらどうなるか分かるだろうが!
「で、で、どうなの実際?」
グイと美月の体が近づく。
「ネットでは大多数が怪しいオカルト記事として扱ってるけど、私たちは昨日実際にあの怪獣が現れるの見ちゃったし、黒夜くんが戦ってるのも見ちゃったしさ。ね、黒夜くんってほんとにスーパーヒーローなの?」
美月のその質問を皮切りに、クラスメイトがわっとカケルの元へ押し寄せてきた。
「どんな力が使えるの?」
「異世界ってどんなところ? 行ったことある?」
「スーパーヒーローになるってどんな気持ち? 今までもずっと隠して戦ってきたの?」
「何か力使って見せてよ」
「CATAって何? どんな関係なの? ところであのロバートって人紹介してくれない、顔が好みなんだよねえ」
四方八方から飛び交ってくる質問とカメラのフラッシュ、シャッター音にカケルは目を回す。
しかしそんな中、一人座席で大人しくしている少女の姿がちらと目に入った。照れ臭そうに黒髪をいじりながら横目でこちらをチラチラと見つめている。
――ああ、昨日の全裸の。
クラスメイトと全く交流を持たないカケルは、そこでようやく昨日助けた女生徒が同じクラスだと気がついた。
けれどそんなことを気にする余裕がないほどカケルはクラスメイトにもみくちゃにされていた。さてどうしたものかと戸惑っているさなか、突如教室に男の怒声が響いた。
「オイコラ、ここに黒夜カケルってやつはいるか!?」
教室中がシンと一気に静まりかえる。全員の注目が声のする方向、教室の扉の方に集まった。
見れば眉毛の薄い坊主二人組の男子生徒がいかめしい顔つきで睨みをきかせている。シューズの色からするに上級生らしい。
「このクラスにいるのは分かってんだ。痛い目見たくなかったらさっさと出てこいや」
坊主のうちの一人が凄みながら怒声を飛ばす。
幸い、カケルはクラスメイトに囲まれ二人組からは見えない位置にいた。どうすべきかカケルが逡巡していると、クラス委員長でもある美月が二人の前に進み出る。不穏な空気を察しているようで、美月は委員長としての責務を感じているのかクラスメイトを守るように二人の前に立ちはだかった。
「ちょっと何ですかあなたたち!」
強気な態度を取っているが、強面の上級生に対峙する美月の足がわずかに震えているのが見えた。
「俺たちを知らねえのか? この学校の番長様だよ。何でもこのクラスに世界最強とか名乗って調子乗ってるやつがいるって聞いたから、いっちょシメてやろうと思ってな」
これまた厄介な事になってきたな……。面倒だから出来れば関わりたくないし、このまま見つからないようにして大人しく帰ってくれるといいけど。
そう思っていたカケルだったが。
「うちのクラスメイトにそんな乱暴なことはさせません。お帰りください」
美月が坊主二人組みに向かってしっしっと追い払うような仕草をしたときだった。
「調子に乗ってんじゃねえぞコラ、女は引っ込んでろ!」
それに激昂した坊主の一人が美月の肩を押し突き飛ばす。よほど強い力で押されたのか、バランスを崩し後ろに倒れる寸前だった。急いでカケルが受け止めなければ。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと」
美月が伏し目がちに小さく頭を下げる。
カケルは美月をかばうように前に出て、坊主二人組の前に対峙した。
「お前だな、黒夜カケルってやつは」
「見るからに弱そうなくせに、こいつがヒーロー? 笑えてくるぜ」
坊主はお互い顔を見合わせて下卑た笑いを漏らす。
「表に出ろ、面かせや」
顎でついて来いと坊主の一人が合図し、カケルはそれに従って二人の後を追う。
とっさに出ちまったけど、面倒なことに巻き込まれたな。まあいざとなればアダムの力があるし大丈夫か。おいアダム、今こそお前の出番だぞ。
そう脳内で呼びかけるも。
『すまん、もうあと五分寝かせてくれ……』
どうやら最強の魔王様は朝に弱いようで、あくびまじりの返答が返ってきた。
嘘だろおい、これはやばいんじゃないか……?
黙って歩くことしばし、三人は校舎裏に立っていた。
「さて、さっさと調子乗ってる一年坊主をシメますか」
「だな」
ニタニタと笑いながら二人は周囲に見せつけるようにしてアップを始める。
見渡せばカケルのクラスメイトや騒ぎを聞きつけた他のクラス、学年の生徒たちが見物に来ていた。
「おいお前、見たぞニュースの映像。あんな作り物の動画作ってまで目立ちたいかなあ。陰キャは陰キャらしく影で大人しくしとけよ」
「おいみんな、こいつが世界を救うヒーローだってよ笑えるだろ。ヒョロガリの癖に地球最強だって調子乗ってんだぜ。そんな調子ぶっこいてるこいつを、今から俺らがシメちゃいまーす」
「あれ、じゃあもし俺らがこいつに勝ったら俺らが地球最強ってことじゃね?」
「だべ、俺らヒーローなれんじゃん。超うけるんですけどー」
坊主二人組は周囲に自分たちのことをアピールしたいのだろう、わざとらしい大声でやり取りを交わす。その間にどんどんとギャラリーも増えていった。
おい、マジで頼むぞアダム。いい加減起きてくれないと世界の平和どころか俺の学校生活すら守れなくなるからな。
『それくらい自分でなんとかしろ。俺様は眠いんだ』
しかしアダムからはすげない返事が返ってくるだけで、その後何度脳内で呼び掛けてもうんともすんとも反応しなくなってしまった。
さあてどうする、最悪土下座で許してもらうか。
諦めモードに入り天を仰ぐ。すがすがしいまでに青い空がカケルを見下ろしていた。
しかし男カケル、これだけのギャラリーを前にしてそんなみっともないマネは出来ないと心の内で首を横に振る。それに、美月に手を出した奴らだ、一発くらいはお返ししてやりたい、という気持ちが少なからずあった。
「よっし、それじゃあさっそく公開処刑始めたいと思いまーす!」
「一発で倒れるんじゃねえぞ、少しくらい楽しませてくれよな地球最強のヒーローさんよお」
そう言って坊主のうち一人がニタニタと笑いながら、勢いをつけてカケル目掛け拳を振りかぶる。
ええいままよ、なるようになれ。
もうやけっぱちのカケルは顔面で拳を受け止めるくらいの覚悟で目をつむった。そしてその直後、ぽん、と柔らかな衝撃が頬に走った。
ん? 何だ今の?
カケルは恐る恐るまぶたを持ち上げると、目の前に眉をひそめる坊主頭の姿がまず見えた。
「は、はは。手加減しすぎちまったかな」
乾いた笑いを漏らす自称学校の番長の拳は、確実にカケルの頬を捉えていた。全体重を乗せた重い拳だ。しかし、カケルはそれを受けても吹っ飛ぶどころか顔すら一ミリも動いていなかった。
「あれ、ぜんぜん痛くない? なんで?」
首をかしげ坊主頭を見つめるカケル。それはカケルにとっては純粋な疑問だったのだが、どうやら番長様には煽りに聞こえたようで顔を真っ赤にして激昂する。
「はあ? お前がヒョロすぎるから死なねえように手加減してやっただけだよ! 今度は本気で行くからな!」
そう言って坊主頭はさらに二発、三発と顔面や腹に拳を打ち込んでいく。しかしそのどれもがカケルにとっては何のダメージにもならなかった。
「ほんとにまったく痛くない、なんでだ」
またもカケルの口から純粋な疑問が漏れる。周りからはクスクスと小さな笑いが起こり始めていた。
「強がってんじゃねえぞコラ!! あんまナメてっと本気でぶっ殺すからな!!」
当初の予定とは違う形で周囲からの注目を集め始めた坊主頭は耳まで真っ赤になり、まるで茹でダコのようになっていた。
「おいおい、ふざけてるんだったら俺がやるぞ」
それを見かねてか、もう一人の番長である坊主頭が前に出る。
「いっとくが、俺は最初から本気でいくからな。俺は今まで何人も病院送りにしてきた。覚悟しろよ、ただの怪我じゃすまねえからな」
うらあ! と威勢の良い声を上げながら坊主頭は拳を振り上げカケルの鼻っ面目掛けて叩き込む。さらに間髪入れずに鳩尾に連打、フィニッシュに派手な回し蹴りを脇腹におみまいする。
しかし、と言うべきかやはりと言うべきか。カケルはその場から一歩も動くことなく微動だにしていなかった。
「俺が強くなったのか? それともこいつらが弱すぎるだけなのか?」
ぽろりとまたそんな本音が漏れてしまう。ドッと周囲から笑いが湧いた。
「くそが調子こいてんじゃねえぞ! マジで殺す、マジでぶっ殺すかんな!!」
茹でダコの坊主頭は相当キレているようで、見境を無くしたのか鼻息を荒くしながらポケットから折り畳みナイフを取り出した。
「うおおおらああああああ!! 死ねえええええええ!!」
坊主頭は雄叫びを上げながらナイフを振り上げる。カケルはこれはさすがにやばいのではと一瞬焦るが、昨日の怪物に比べればなんて事のない小物だと気づいた瞬間、妙な落ち着きを取り戻した。
あ、なんか大丈夫な気がする。
カケルは避けようともせず、棒立ちのままナイフによる斬撃を真正面から受けた。
バキン、と何かが割れる音が響く。
「う、うそだろ、ありえねえって。化物かよこいつ……」
カランと音を鳴らして地面に落下したのは、割れたナイフの破片だった。
場が一気に静まりかえる。
あ、やっぱ大丈夫だった。
カケルはのんびりと切られたはずの腕を確認する。肌には当たり前のように傷一ついていない。
「で、どうする。続けるか?」
呆然と立ち尽くす坊主二人に声をかける。茹でダコだった男は、今や真っ青になっていた。
「う、うるせえ! こちとら番長名乗ってんだ。売ったケンカくらい最後までやったらあ!!」
茹でダコあらため海坊主となった男は維持なのかプライドなのかやけくそなのか、それでもまだ戦う気でいるらしい。もう一人の坊主頭も構えを取って戦う姿勢を見せている。
「そうか、じゃあ次は俺からいかせてもらうぜ」
そう言ってカケルがぱっと前に踏み出したときだった。
『やめとけ、死人が出るぞ』
アダムの声が脳内に響いた。
『今のお前がぶん殴ったら一発で顔面が吹き飛ぶ』
ええ……、そんなグロテスクな展開望んでないんですけど。てか急に現れやがってさっさと起きろよなこのやろう。
『まあまあ、俺様とっておきのスキルを貸してやるから落ち着け。拳を構えろ器よ』
カケルは釈然としないまま、アダムに言われた通り拳を構える。
『スキル -超超最弱パンチ-』
バスン、とカケルの拳が前に出る。それをもろに受けた海坊主は数メートル後ろに吹っ飛んだ。
『スキル -超超最弱キック-』
しゅっ、とカケルの足が宙を切る。それを受けたのはもう一人の坊主頭で、これもまた同じように数メートル吹き飛ばされ地面に転がされる。
「なるほど、そんなスキルもあるのか。人間相手には便利だな」
言いながら、体の感覚を確かめるようにカケルは手足を動かす。
「さて、それじゃあ安心してたっぷり殴られたお返しといきますか」
『スキル -超超最弱顔面連打-』
『スキル -超超激弱回し蹴り-』
『スキル -赤ちゃん並みのパンチ-』
『スキル -そよ風レベルのビンタ-』
スキル、スキル、スキル、スキル。
気がつけば、顔面をボコボコに腫らした坊主頭二人組が出来上がっていた。周囲は若干引き気味だったがカケルはそれに気づいておらず、色んなスキルを試しているうちに楽しくなってしまっていた。
「ふう、こんなもんかな」
一通りのスキルを試し満足したカケルはパッパと手を払いながら地面に寝転がる二人を見下ろす。
「番長様だっけ、さすがにもう降参だろ」
そう言葉を投げかけると、二人は立ち上がってカケルをじっと睨みつける。
おいおい、まだやる気かよ。さすがに少し疲れたぞ。
カケルはうんざりする気持を抑えつつまた構えを取るが、その直後二人が取った行動は意外なものだった。
「俺たちをあんたの舎弟にしてくれ!!」
「頼む!!」
坊主二人はガバと地面に伏して、日本の最上位謝罪である伝統的なポーズ、土下座の形を取ってカケルに向かってそう叫んだ。
「………………は?」
先の態度とはあまりにも違いすぎて何を言っているのか理解できないでいるカケルに、二人組は顔を上げて真剣な表情を見せる。
「俺たちは地元じゃ負け知らずでケンカじゃ誰にも負けないと思ってた。だからこそこの学校で番長張って名実共にそれを証明してきてたんだ。この学校を守るのは俺らだってな」
「けど、あんたにコテンパンにやられて分かったよ。調子に乗ってたのは俺たちだった。井の中の蛙だったよ。こんな強えやつがいるとは思わなかった」
「俺たちは負けた。それは事実だ。だから今日からあんたがこの学校の番長だ、よろしく頼む」
「そんで俺たちをあんたの舎弟にしてくれ。あんたの下で修行してもっと強くなりてえんだ」
頼む、とまた二人は頭を下げる。
ええ、普通に嫌なんですけど……。
ただでさえ厄介ごとに巻き込まれているというのに、学校の番長に舎弟なんてこれ以上さらに面倒な事は出来れば避けて通りたかった。しかしカケルの気持ちとは裏腹に周囲から期待の眼差しが集まっているのも感じていた。
「あの、まずは頭上げてもらえませんか?」
「いや、あんたがオーケー出してくれるまで俺たちはここから動かねえし頭も上げねえ」
元番長のプライドなのか、その意思は固そうで頭を下げたまま微動だにしない。それを見た周囲のギャラリーからぽつぽつと称賛と期待の声が集まってくる。
「あの番長、意外と良いやつだったのかもな」
「これが男同士の絆か、熱い展開見せてもらったよ」
「地球最強のヒーローが番長やってくれるならこの学校も安心だね」
あれ、これ俺詰んでね? 完全に俺が承諾する流れじゃね?
この場を上手く切り抜ける道も上手い言い訳も見つからず、カケルは諦めたようにため息を一つ吐いた。
「はあ、分かった、やるよ。やればいんだろ、番長ってやつを」
その言葉にわぁっと周囲から歓声が上がる。
「でも舎弟はやめてくれ。そんなもん引き受けたところで何の責任も取れん」
修行をつけてくれと言われたところで、カケルは自力で強くなった訳ではない。だからこればかりはどうしようもなかった。
「じゃあ俺らが勝手に舎弟になるから、あんたは、いやアニキは気にせずにいてくれ」
そう言われたところで気にならない訳がないが、どうせここで断っても押し問答になるだけだろうと諦めた。
「改めて自己紹介されてくれ。俺は三年の番頭ってもんだ。よろしく頼んますアニキ」
「俺は三年の長田っす。これから世話になりやすアニキ」
こうしてカケルは本人の意思とは関係なしに晴れて学校の番長となり二人の舎弟を手に入れた。
その後カケルは好奇や羨望の眼差しを受けつつ教室に戻り、美月やクラスメイトから熱烈な歓迎という名の質問攻めを受けたあと、ぼんやりと授業を受けながらアダムへと疑問に思っていたことを脳内で投げかけてみた。
なあ、何で俺はあいつらの攻撃が一切効かなかったんだ。アダムのスキルや魔法を使ってなかったのに。
『俺様の魂が入った時点で、お前の体には俺様の肉体の記憶も一緒に入り込んだんだ。昨日異世界の化物と戦ったときも攻撃は効いていなかっただろう。その理由がそれだ」
そういえば、と思い出す。あの時は何が何やらで混乱の中夢中で体を動かしていたが、言われてみれば確かにオークの打撃は痛みすら感じなかったし体の動きも人間のそれではなかった。
『だから俺様が力を貸すこともあるまいと思ってあえて黙っておったのだ。もしあそこで逃げ出すようであれば、器として失格と判断していたぞ』
そんなこと言って、ほんとはただ眠かっただけじゃないのか?
『い、いや、そんなことはない。俺様は最強なのだ、睡魔にだって負けん』
ほんとうか? まあいいや。ところで肉体の記憶ってのは具体的にどういうものなんだよ。
『俺様の持つ肉体の強度や身体能力がお前に受け継がれるのだ。まあ俺様本来の体と比べれば到底力は劣るがな』
つまりスキルや魔法がなくても、超人的な力は使えるって訳か。
『そうだ。まあ俺様の真の力には劣るがな』
はいはい、すごいすごい。
カケルは魔王様のご機嫌を取りつつ教室の隅に視線を移す。何となく誰かから見られているような気がしていた。そのとき一瞬だが昨日助けた女生徒と目が合った。彼女は視線がぶつかったことに気がつくとすぐにそっぽを向き知らぬ顔で黒板を見つめる。
そういえば、はやく上着返してくれないかなあ。
そんなことをぼんやりと考えながら、カケルはまどろみの中に沈んでいった。