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異世界からの脅威に対応するための対策本部 -CATA-

そうして連れられるがままにやってきたのは、どこにでもありそうなビルのとある一室だった。室内には何台ものコンピュータが並び、職員と思しき人らがあれやこれや話しながら忙しげにキーボードに何かを打ち込んでいる。ディスプレイには世界地図やら謎の生き物やらが映されており、それらが何を意味しているのかカケルには分からなかった。


「ヘリの中でも簡単に説明したが、もう一度伝えておく」


 サングラスのおっさん、ロバートは室内に入るとグラサンを外し胸ポケットにしまいながら話を続ける。

 どこからどう見ても日本人なのだが、彼はここではロバートと呼ばれているようで、どうやらコードネームのようなものらしい。


「ここは我々が所属する組織、異世界からの脅威に対応するための対策本部で略してCATAと呼んでいる」


 英語が苦手なカケルには何を略してそうなったのかは分からないが、あえて聞くことでもないだろうと黙っておくことにした。


「我々CATAは地球に対する異世界からの脅威をいち早く察知し、それに対処することでこの世界の平和を維持することを目的としている。……分かっている、そんな話聞いたこともないし、異世界からの脅威なんて信じられないと言いたいんだろう」


 何も言ってはいないが、カケルの表情で察したのか、ロバートはニヤリと笑った。


「当たり前だ。それを知られないことも組織の大事な役目だからな。もし地球を侵略しようと襲ってくる敵の存在を知ったら人々はどうなる? 恐怖という名のパンデミックを起こすだろう。世界の終わりだ何だとパニックを起こし、自暴自棄に走る者が多数出ることは容易に想像できる。その結果、異世界人の侵略を待たずして人類は滅びるだろうな。だからこそ我々がその存在を完璧に秘匿させ、秘密裏に対処する必要があるんだ」


 ロバートがそこで一呼吸置いたのを見て、カケルは疑問に思ったことをそのまま口にした。


「でも学校中の人に見られてましたけど、大丈夫なんですか? 今ごろ動画とか拡散されまくってると思いますけど」


 と、その言葉にため息を吐いたのは白衣を着たポニーテールのお姉さん、ユイだった。こちらも本名かどうかは怪しい。


「そうなのよね。今までの被害はどれも小規模だったから、ほとんど人目につくことはなかったの。万が一見られたとしても都市伝説の類で済んだり、ハッキングでデジタルデータを消したりすることで対処出来てたんだけど……」


「しかし今回はもう手遅れだ。あんな大勢に見られ拡散されたのでは我々の手に負えん」


 そう引き継いだのはロバートで、言葉とは裏腹にマグカップ片手に余裕がありそうな態度で続ける。


「あれほど強大な脅威がこの地球上に現れたのは初めてのことだ。我々組織は脅威のレベルをEからA級までランク付けしているが、あれはその等級に当てはまらないほど規格外の反応を見せていた。ちなみにA級で地球滅亡レベルを示すんだがな」


「そ、そんなに強かったんですか、あの化物」


「ん? ああ、君が倒したあの化物はそうだな、B級程度だろう。それでも都市や国が壊滅するレベルの脅威だった。被害が無人戦闘機数機だけで済んだのは奇跡だったよ、助かった」


 ロバートのセリフに、カケルはどこか話が噛み合っていないような違和感を覚えた。


「ちょっと待ってください、あれがB級なら、さっきまで何の話をしてたんですか? 地球滅亡以上のやばいやつって、何のことです?」


 そう聞くと、すっとロバートはカケルのことを指差した。


「……え、俺、ですか?」


「ああ、そうだ。君のことだよ、黒夜カケルくん」


「は、え、なんで? 俺普通の人間ですけど」


 と、そこまで言って気がついた。このおっさんが言っているのは自分のことではない、と。

 カケルの表情で何を考えているか察したようで、ロバートが頷いた。


「そう、正確には君の中に眠るエネルギー体のことだよ。そのエネルギー体一つで地球を滅亡させることなど造作もないくらいの脅威を持っている。そんな物がなぜ君の中に大人しく収まっているのか不思議でならないがね」


 カケルは自身の脳内に響いていた声を思い出していた。自分は魔王だと名乗る男の声を。


「しかし、幸運にも君はそれを制御出来るようだ。場合によっては君ごと処分することも考慮に入れていたが、先の戦闘は見事だった」


 唐突に飛び出した物騒なワードにカケルは目を向いた。


「処分って、まさか俺ごと……」


 ロバートは黙ったまま、親指で首を切るジェスチャーだけで答えてくれた。あえて言葉にしなかったのは、一応のためらいがあったからだろうか。


「さて、話を戻そうか。ユイ、続きを頼む」


 話を引き取ったユイがカケルの前に歩み寄る。身長はカケルと同じくらいで、目線がまっすぐ合った。


「今まで組織は人目につかないよう異世界からの脅威に対処してきたんだけど、さすがに今回は誤魔化せない状態なの。このままだと人類は未曾有の大パニックに襲われることになるかもしれない。そこで、カケルくんに協力して欲しいことがあって」


 ユイはそこで言葉を区切って、カケルの両手を握り締めた。女性とまともに触れ合ったことがなかったカケルは、暖かく柔らかな未知なる感触に心臓が跳ね上がる。

 しかし、ユイが放つ次の言葉にさらにカケルは戸惑うこととなった。


「カケルくんには、この世界を救うヒーローとなって欲しいの」


 ……俺が、世界を救うヒーロー? 何を言ってるんだ?


 まだこの組織の存在すらにわかに信じ切れていないカケルにとって、簡単には受け入れがたい言葉だった。それを察してか、さらにユイは畳み掛ける。


「A級をも超える力を持ったあなたがいれば、私たちCATAにとって、そして全人類にとっても有益なことなの。異世界の存在が世の中の人たちにあばかれようとする今、あなたを世界最強のヒーロー、いえ、全宇宙最強のヒーローとして打ち出すことで人々は安心を得られるはず。だからお願い、そのためにも私たちに力を貸してちょうだい! この世界の平和を守るために!」


 熱量のこもった懇願に、ぐっと近づく距離。吐息がかかりそうなほどの近さで甘い香りが鼻腔をくすぐる。カケルは思わず首を縦に降りそうになったが、それに待ったをかける声があった。


『断る。俺様はそんなものに協力はしないぞ』


 それは脳内に響く、自称魔王の声だった。


「なんでだよ、いいだろヒーロー、かっこよくて」


 もうすっかりその気になっていたカケルは反論する。


「さっきだって協力してくれただろ。また俺に力を貸してくれよ」


『先の戦いではお前の器としての素質を試すために力を貸したまでにすぎん。それに俺様は魔王だ。俺様は誰の命令にも従わぬし、まして英雄になどなる訳が無いだろう』


「でも俺の体を借りるんだったら、お前の力を借りるくらいいいだろうが」


『む、確かに。いやしかしヒーローごっこなんぞに俺様の魔力を無駄遣いしたくはない』


「はあ、埒があかないな。こう魔王様がおっしゃっていますが、どうします?」


 ため息まじりにカケルが二人にそう問うが、ロバートもユイも可哀想な人を見るような目つきをしていた。


「君は一体誰と喋ってるんだ?」


「私たちストレスを与えすぎちゃったかしら」


 そこでようやく気がついた、二人にはこの脳内の声は聞こえていないのだと。


「違うんです、頭がおかしくなったとかじゃなくて、頭の中で声が聞こえてきて」


「分かったわ、分かったから少し休みましょう。コーヒーでも飲む?」


 お姉さんの大人な優しさが、余計にカケルを惨めな気持ちにさせる。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、自称魔王から提案が上がった。


『仕方ない、器よ。俺様の言葉をこの者らに代わりに伝えてくれないか。そうだな、まずは自己紹介といこうか。俺様は闇の魔王、名はアダムという』


 そこから始まったのは、アダムがこの世界に降り立つまでの経緯だった。それをカケルはかいつまんで説明する。

 元々は別の世界で最強の魔王として君臨し世界を支配していたが、ある日勇者を名乗る人物がアダムの前に現れたという。その勇者はとても強く、その世界で最強だったアダムですら敵わなかったらしい。そして勇者によって葬られる直前、アダムは魔法を使って魂を自らの肉体から切り離し、別の世界へと転移させることに成功した。その転移先がたまたまこの地球が存在する世界で、偶然見つけたカケルを魂の器として選び今に至るという。


「つまり、その魔王様とやらの力を借りないと君は何も出来ない訳か」


 そう言ってロバートは難しい顔をしながらコーヒーカップに口をつける。その表情からは明らかに失望の色が見て取れた。


「そうか、なら仕方ないな。君をヒーローにする作成は諦めよう」


「え、ちょ、いいんですか、そんなあっさり諦めて!?」


 そう慌てふためくのはユイで、感情を表すようにポニーテールが左右にゆらゆら揺れる。


「ああ、だって仕方ないじゃないか。まったくガッカリだよ、期待外れも良いところだな」


「そんな、俺のせいじゃ――」


 俺のせいじゃない、と理不尽な失望に対するカケルの言葉は続くロバートの声によって遮られた。


「そこの腰抜け魔王さんよ」


「は?」


『は?』


 カケルとアダムの声が重なった。


『俺様が腰抜け、だと?』


「ああそうだ、腰抜けだよ。最強を名乗る魔王ともあろう人が情けない。本当は異世界の敵と戦うのが怖いんだろう? どうせ自分の力に自信がないから、自分の力が劣ってると証明されたくないから力を貸そうとしない、そうだろ」


『ふざけるな、俺様は最強だ! 俺様が戦いを恐れる訳がない!』


 脳内で響く激昂に、ロバートはまるでアダムがどう返答しているのか分かりきっているかのように言葉を続ける。


「でも勇者とやらには負けたんだろ? 大方それがトラウマになってるんだろうな、可哀想に。だから諦めて他を探すよ。なあに、あんたの代わりくらいいくらでもいるさ」


『は、馬鹿なことを言うな。俺様の代わりなどいる訳がなかろう』


「もしそのご自慢の力に自信があると言うのなら、証明してみせて欲しいものだな」


『よかろう、納得がいくまでいくらでも証明してやろうじゃないか。さあ、今すぐにでも戦う相手を連れてくるがいい』


 やる気満々のアダムに対し、ゆったりとコーヒーカップに口を付けるロバートはふうと一息つくとカケルに向かってニヤリと笑った。


「で、魔王様はやる気になったか?」


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