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最強ヒーロー誕生

空に開いた穴は十数メートルほど広がるとピタリと止まった。あたりに不気味な静けさが走る。


『人の子よ、来るぞ。備えろ』


 カケルの脳内に、男の声が響いた。

 その瞬間だった。


 空に浮かぶ深淵の中から、巨大な一匹の生物が舞い降りてきた。あまりの巨体に、地面が、校舎が揺れる。恐怖に慄く叫び声が響く。

 その生き物は例えるなら、オークのような見目をしていた。全身が分厚い緑色の表皮に覆われ、目は鋭く黄色い。身に付けている物は薄汚れた腰布と棍棒のみ。開いた口からは鋭い牙が覗いていた。


「何だよこれ、現実、だよな?」


 カケルは呆然と見上げながら仮称オークを観察する。普通なら恐怖に慄き逃げ出すはずなのに、なぜだか妙に落ち着いている自分がいることに気づいていた。自身にとって、こいつが脅威だとは微塵も感じていなかった。


「き、きゃあああああああああ!!!!」


 震える悲鳴がカケルの耳をつんざく。どうやら逃げ遅れたのか、まだ中庭に女生徒が一人取り残されていた。女生徒は腰を抜かしその場から動けないようで、足元には大きな水溜りが出来ていた。それでも尚ずりずりと後退りしながらスカートの裾が乱れはだけることも気にせず何とか校舎内に逃げ込もうとしている。

 不幸なことに、その叫び声が良くなかった。校舎ほどの高さがあるオークは彼女の存在に気が付くと、何のためらいもなく右手に持っていた棍棒を地面に向かって振り下ろす。


「危な――」


 危ない、そう叫ぶ暇もなく彼女は棍棒の下敷きとなった。辺りに血と肉片が飛び散る。近くに行って確認しなくても分かる。彼女はもう、死んでいるだろう。

 次はお前の番だ、そう告げるようにオークがカケルを見下ろす。ゆっくりと棍棒が振り上げられる。


 逃げられない。


 カケルはすぐに悟った。人間の小さな足で走ったところで、あの大きな棍棒から逃げられるほどの距離は稼げない。であればどうする。戦うか。


 ……は? 戦う? どうやって?


 自分の中に自然と「戦う」という選択肢が出てきたのが自分自身不思議だった。どう見ても人間が勝てる相手ではない。逃げることもまず不可能だろう。けれど、カケルにとって戦うことがごく自然であり、当たり前のように勝てると思ってしまっていた。


「ちくしょう、もうどうにでもなれ! 来るなら来い!」


 こなったらやけくそだと、カケルは覚悟を決めた。棍棒の衝撃に備え構える。

 しかし、またさらなる異変が起きたのは巨木のような棍棒が振り下ろされる直前だった。空を切り裂く轟音が響いたかと思うと、一瞬遅れてオークの右腕に連続して爆発が起きた。その衝撃で棍棒の向き先がズレ、カケルから離れた位置に叩きつけられる。

 砂塵と爆風が舞う。

 何が起きたのか分からぬまま、舞い上がる砂埃が収まるのを待って目を開くと、数機の戦闘機と思われる飛行体が上空に見えた。戦闘機は隊列を組みながら空を走り、オークに向かって一斉に飛翔隊を発射する。それら全てがオークに着弾し、また爆風と砂塵が舞い上がった。近くにいたカケルはその熱から身を守りながらも様子を伺う。


「ウガアア、アアア!!」


 オークは叫びながら煩しげに腕をやみくもに振るう。それをダメージが効いている証拠だと判断したのか、隊列を組む戦闘機の群れがさらに幾度もの飛翔隊をオークへと打ち込んだ。まるで花火が目の前で爆発したかのような轟音が鳴り響く。そうして何度も何度も追撃が撃ち込まれ、一斉射撃が止んだころには辺り一面が爆煙で覆われていた。

 しばし、静寂が訪れる。


 終わった、のか?


 カケルは爆煙の向こうに見える影を確認しようと目をこらす。ゆらり、と何かが動くのを確かにカケルは目に捉えた。そして次の瞬間、一瞬にして煙は霧散した。


「ウゴアアアアアアア!!!!!」


 オークの咆哮、そして棍棒の一振りで爆煙が吹き飛ぶ。それは戦闘機から放たれた何発もの爆弾より強い衝撃だった。

 煙が晴れてあらわになったオークの体には傷一つなく、全くダメージを受けているようには見えない。

 オークは苛立たしげに空を舞う戦闘機に目をやると、その巨体からは想像も出来ぬほど軽々とした身のこなしで跳躍した。そして、空中で棍棒を横なぎにはらうと隊列丸ごと戦闘機を粉砕。

 ズシン、と着地の衝撃がまた地面と校舎を揺らす。

 今度こそお前の番だと、オークがカケルを睨んだ。横なぎの棍棒が、カケルを襲う。破壊された戦闘機や肉片となった女生徒が脳裏に蘇る。けれど、なぜだか確信があった。自分は大丈夫だと。

 カケルは衝撃に備え、防御の姿勢を取る。そして次の瞬間、ズドン、と鈍い衝撃音が空気を揺らした。


「――――――――なんとも、ない?」


 反射的につぶっていた目を開けると、オークが薙いだ棍棒はカケルの腕に触れたまま、ピタリと止まっている。そしてどうやら驚いているのはカケルだけではないらしい。オークは不思議そうに首をかしげ、もう一度、今度は棍棒を上空高く振り上げて真っ直ぐにカケルに向かって振り下ろした。派手な衝突音が響く。

 が、しかしと言うべきか、やはりと言うべきか、棍棒はカケルの腕によってその動きを止められていた。


「――なんともない? 衝撃はある、けど、痛くもかゆくもない」


 オークが手加減を加えているとは考えにくい。となれば、単純にオークの力よりもカケル自身の力の方が上回っているということ。カケルの脳裏には、先に自分の体内へと侵入してきた黒い塊の存在が浮かんでいた。あれが何か影響を及ぼしたに違いない、と。


「ウガアア! ガア! ウゴアアア!!」


 オークはやけくそ気味に棍棒を振り回すが、どれもこれもカケルの腕と拳によって弾かれる。カケル自身もなぜここまで体が機敏に動くのか分からなかったが、とにかく本能にしたがって体を動かし続けた。


「かかって来いよ化物! いくらでも俺が相手してやるぜ」


 もはや完全に調子に乗っていたカケルだったが、オークは物理攻撃が効かないと判断したのか次の攻撃に移ろうとしていた。大きな口が開かれ、そこに炎の塊が蓄えられていく。


 ――まずい。あれは腕じゃ防げない。


 直感で危険を感じ取ったカケルは直後に後ろへと跳躍した。したつもりだった。が、飛びすぎた。いや、飛びすぎたなんてレベルではない。たった少しと思った跳躍は、自分の背の高さを超え、木の高さも校舎の高さもオークの高さも悠々と超え、町が見渡せるほどはるか上空まで飛び上がってしまっていた。


「うおおおおおおおあああああ!! どうなってんだこれはああああ!!!?」


 跳躍の瞬間に、少し力み過ぎたかな、なんて思っていたがそんなもんじゃない。桁外れの跳躍力にカケルはパニックで手足をバタつかせることしかできなかった。

 そして、やがて上昇する運動エネルギーは重力によって相殺され、その立場が逆転する。つまり、後は自由落下するしかなかった。


「ああああああああ!!!!」


 それを隙と見たオークが炎の塊を口に蓄えたまま顔を上げる。もう、どこにも逃げ場はない。

 ゴォッ! と炎のブレスがカケルめがけ一直線に走った。


『俺様の力を貸してやろう』


 そんな声が聞こえたのは、その直後だった。


『右手をかざせ』


 訳も分からぬまま、一か八かカケルはその声に従って右手を飛来してくるブレスに向けてかざす。その瞬間、体の内から奇妙な力が湧いて出てくるのを全身で感じ取った。


『黒魔法 -ダークブレス-』


 直後、カケルの右手から黒い炎が螺旋を描きながら噴出された。それは竜巻のようにオークのブレスを飲み込み、いとも簡単に打ち消してしまった。


「す、すげえ。今の俺がやったのか!?」


 自らの力に興奮を覚えるカケルだったが、それも束の間、今自分が地面に向かって自由落下している事実をすぐに思い出した。


「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 雄叫びを上げながらなすすべなく地面に向かって一直線。もはや落下の衝撃は免れないと思ったその時だった。またもカケルの脳に声が響く。


『スキル -衝撃緩和-』


「……あれ、ぜんぜん痛くない?」


 地面に激突したはず。なのに、かすり傷一つなく、全く痛みを感じていなかった。


『さあ、反撃だ。器としてのお前の力、俺様に見せてみろ』


 脳内の声がカケルに語りかける。見上げれば、またもオークがブレスを吐き出そうと炎を蓄えていた。


「ちくしょう、よく分からないけどやってやるよ!」


 カケルはあえてオークへ向かって一直線に駆け出す。


『スキル -超加速-』


 カケルの体が瞬時に移動し、一気にオークとの距離が縮まる。放たれたブレスは頭上を過ぎ去った。

 しかしオークは攻撃の手を緩めない。左手の拳をカケル目掛けて一気に振り下ろす。巨体に似合わぬ弾丸のような速度で放たれたそれは、常人であれば動くことも出来なかっただろう。

 しかし――。


『スキル -心眼-』


 カケルの目にはそれがスローモーションに見えるほどゆっくりと動いていた。


『スキル -跳躍強化-』


 そして敵の攻撃を掻い潜ったカケルは、オークの足元から頭上まで一直線に上昇し


『黒魔法 -ダークソード-』


 カケルの右手から大量の黒い霧が放出されたかと思うと、それらは一本の剣のような形を為していった。黒く、鋭く、どこまでも伸びる長い剣がオークの頭上に向かって一気に振り下ろされる。


『スキル -斬撃-』


 鋭い黒剣の一閃が、オークの頭から足元までを一刀両断した。

 真っ二つに割れたオークの体が、血飛沫を上げながらズシンと倒れる。


「終わった、のか?」


 辺りには静寂が訪れ、そよ風が火照った頬を撫でる。

 オークは光の粒子となり、またも上空に現れた黒い穴へと吸い込まれ消えていった。


『合格だ、お前を俺様の器として認めよう』


 また、声が響く。


「一体何なんだこの声は、誰だ、どこにいるんだ!」


 カケルは喚きながら周囲を見渡す。が、当然誰もいない。なんとなく分かっていたが、まさか、と思いながらカケルは自分の胸に手を当てる。


「俺の中にいる、のか?」


『ご名答だ。お前の体を借りさせてもらっている。俺様に使われることを光栄に思うがいい』


「体を借りるってどういうことだ!? それに全然光栄じゃねえよ、見知らぬおっさんが俺の中に住んでるとか気持ち悪すぎるだろ!」


 カケルは何とか吐き出せないものかと、ぺっぺっと唾を吐いてみる。


『いやいや待て待て、俺様は世界中が恐れた最強の魔王なのだぞ。もっと敬意を払ってもらいたいんだがな』


 魔王? 何言ってんだこいつは?


『ふむ、信じていないようだな。よし、ではもう一つ俺様の力を見せてやろう。どれ、あの肉片に手を向けてみるがいい』


 自称魔王が言うのは、オークによって潰された女生徒の肉片のことだった。カケルとしては近づくのも気が向かなかったが、渋々手をむけてみる。するとまた、全身から不思議な力が湧くのを感じた。


『上位黒魔法  -リザレクション-』


すると、肉片だったものがみるみる人の形を為していき、やがては人の姿まで戻っていった。


「…………あれ、私、何を?」


 意識を取り戻した女生徒が地面にへたり込んだまま呆然と辺りを見回す。


 つまりこれって、そういうこと、だよな……?


 同じように呆然とするカケルの疑問に、体内の自称魔王が答えた。


『ああ、死者蘇生の魔法だ』


 確かに、確実に間違いなくひき肉と化していた物体が、何事もなかったかのように綺麗な体で動いている。

 ――そう、綺麗な体で。


「え、なんで、私、裸――――?」


 どうやら元に戻せるのは肉体のみらしく、細切れに破損した衣服はそのまま。つまり女生徒は綺麗な体を晒した全裸の状態で地面にへたり込んでいた。その事実に気づいた少女が両腕で体を隠し、顔を真っ赤にしながら涙を浮かべて悲鳴をあげる。


「ひ、ひゃああああああああ!! やだやだお願い見ないでえええええええええ!!!!」


 男の本能的には眼福だが、理性としては男たるもの紳士であれと直視を許さない。結果、カケルがとった行動はそのせめぎ合いの中で生まれたものだった。


「ほら、これ羽織なよ」


 制服の上着を女生徒に手渡しつつチラリと健康的な体躯を目に焼き付ける。紳士ポイントを稼ぎつつ本能的な欲求も満たす完璧なムーブだった。


『今使ったのは上位黒魔法だ。死んだ者を一度だけ生き返らせることが出来る。どうだ、これでもまだ俺様が魔王だと信じないか」


 そんなことより、と自称魔王が己の沽券を訴える。


「いや、それ以前に、今目の前で起こったことが信じられないんだが……」


『お前は俺様の器に選ばれたんだ。これくらいで驚くようじゃ困るな』


 器とはどういう意味なのか、なぜ自分が選ばれたのか。そもそもお前は一体何者なのか。

 しかしその疑問は空から聞こえてくる轟音によってかき消されてしまう。一機のヘリがプロペラ音を響かせながら校舎に向かって飛来してきていた。ヘリは学校の中庭へと着陸し、中から二人の大人が現れた。一人はサングラスをかけたおっさん、一人は白衣を着たポニーテールのお姉さん。


「君か、あの異世界生物を倒したのは」


 二人はカケルの元に歩み寄りながら、サングラスのおっさんが問いかける。


「異世界生物って、さっきのあの怪物のことですか? それならまあ、俺が倒したみたいですけど」


 倒したみたい、というのは未だに自分でも自分の成し遂げたことが信じられなかったからだ。


「よし、連れて行け。彼は我々の物だ」


 それを聞くと、グラサンのおっさんは横にいた白衣のお姉さんに命令した。

 あまりにも唐突で突拍子もない言葉に、カケルは言葉を失う。


「ごめんね、一緒に来てくれるかな?」


 お姉さんはカケルに向かって小首をかしげ、ポニーテールがふわりと揺れる。

 しかし、そんな可愛くお願いされたところで「いいとも!」となる訳がない。


「いやいや何言ってるんですか、行くってどこに、てか何で俺が」


 当たり前だが納得がいかないカケルは警戒心をあらわに一歩後ろへと下がる。

 するとおっさんが一歩前に出て、カケルに向かって右手を伸ばした。


「我々と一緒に来てくれ」


 サングラスをかけた怪しげな男が黒夜カケルに向かって手を伸ばす。


「君にはこの世界を救ってもらう義務がある」


 そう言われカケルは訳のわからぬままヘリに乗せられ、呆然とする半裸の女生徒と校舎の窓から顔を覗かせる全校生徒に見送られながら飛び立った。


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