プロローグ
プロローグ
とある施設のとある部屋、数多の機械類と人で溢れる中、緊急事態を示すアラートがあらゆる機器、コンピュータから鳴り響いていた。
「緊急信号をキャッチしました! それも今までにない、とてつもなく強い反応です!!」
施設の職員と思しき女性が、ポニーテールを揺らしながらビープ音に負けじと叫ぶ。
誰もかれもが慌てふためき、この自体を把握しようと施設内を奔走していた。そんな中、唯一ゆったりとコーヒーを片手にPCのモニターを眺めていた男が女性の声に答える。
「そんなことは分かっている。今必要なのはそれをどう対処するかだ。今すぐ航空部隊を向かわせろ。それも最大戦力でだ。私も追ってヘリで現地へ向かう」
そう告げると男はマグカップを置き、胸ポケットから取り出したサングラスをかけながら部屋を飛び出した。
その部屋の扉にはこう書かれていた。
『異世界の脅威に対する対策本部 -CATA-』と。
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第一話:魔王の器
同日同時刻、よく晴れた日の朝、黒夜カケルはいつも通り学校の正門をくぐり、特に変わり映えのない一日を始めようとしていた。
カケルは別段特徴的な容姿でもなければ目立つような背格好もなく、同じように学生服を着用した生徒たちの中に紛れだらだらと中庭を歩いていた。
つまらない集団の中で、つまらない日常を過ごす。なんて退屈な人生なんだろうか。
ふと、心の中で自嘲的な笑みを漏らす。そのつまらない集団の中に自分も含まれていること、たかだか高校生の身分で人生を悟った気になっていること、それを分かっているからだった。
右を見ても左を見ても、何も変わらない。いつもと変わらない朝。黒夜カケルは退屈していた。ただの日常に、つまらない自分に、普通の人生に。自分が特別な人間だと思ってしまうのは思春期特有のそれだと分かっていてもなお、考えることは止められない。
自分には絶対に人と違う運命が待ち受けているはずだ、と。
ため息混じりに、空を見上げる。
「……なんだ、あれは?」
真っ青な空を期待していた視界には、まるで空に小さな穴を開けたような黒い塊が浮かんでいた。初めは目にゴミでも入っているのかと重いカケルは目を擦ってみたが、やはりそれは変わらぬ位置に存在する。
どうやら他の生徒たちもそれに気がついたようで、みな一様に空を見上げザワついている。物珍しさに写真や動画を撮る者、ただぼんやりと見つめる者、鳥の群れだ何だと予想する者、反応は三者三様だったが、徐々にそれは一つに収束していく。恐怖という感情に。
黒い塊は始め小さな点のように見えていたが、次第にそれは大きくなり、やがてそれが近づいてきているのだと分かると、一人、また一人と校舎に逃げ込む様にして駆け出していった。
そんな混乱の坩堝の中、カケルは空を見上げたまま立ち尽くし、それが空全体を覆い尽くすのを黙って眺めていた。もはや黒い塊は塊ではなく、空そのものとなっている。
『人の子らよ、我がこの地に降り立ったこと、幸運に思うが良い』
低い男の声が頭の中に響く。どこからともなく降ってきた声は、暗闇に満ちた上空からのものだとカケルは直感した。
『人の子らよ、我の器になれ。さすれば無限の力が得られよう』
間違いない、これは日常なんかじゃない。ようやく来たんだ、俺を特別にしてくれる何かが。
『そこの人間、人の子よ。お前は力を持つ覚悟があるか』
カケルは肌で、それが自分に向けられた言葉だと感じた。
「覚悟の有無なんてどうでもいい。俺を退屈な日常から抜け出してくれるなら何でもいいさ」
自然と言葉が口から溢れた。その直後、ぶわりと空が動く。
――何かが来る。
そう直感が告げた時だった、空を覆い尽くすほどの黒い塊が一点に収束したかと思うと、カケル目掛け凄まじい速度で落下してきた。そしてそれはまるでカケルを飲み込もうとするかのように体を包み込んでいく。
「なんだ、これ、俺の体内に侵入して、る? ――あ、がああああああああああああ!!!!」
カケルの叫びが中庭に響く。
自身の体を内側から掻き回されるような感覚がカケルを襲っていた。あまりの痛みに両手を降って抵抗するが霞を相手にするかのごとく手応えがない。やがて立つこともままならず、地面にうずくまりただ時が過ぎるのを待つことしかできなかった。
そして、やがて全ての黒い塊がカケルの体内に収まると、辺りの風景はまるで何事もなかったかのように日常を取り戻し、空は澄んだ青空に戻っていた。
「はぁ、はぁ……。あれ、なんとも、ない?」
カケルは息も絶え絶えになりながら何とか立ち上がりつつ、自身の体をまさぐり確かめてみる。しかし、特に変わった様子はなく、痛みも違和感も何もない。自身の身に一体何が起きたのか、体の動きを確かめてみるが特に異常は感じられなかった。
その時だった、誰かの叫び声が聞こえたのは。
「おい、また何か来るぞ!!」
校舎の方に逃げ込んだ生徒の誰かが空を指差しそう叫んでいた。
見上げれば、上空に黒い円形の影が広がっている。つまり、空に大きな穴が空いていた。
突如現れたその穴の向こう側に、カケルは自分の中の何かが反応しているのを感じとっていた。