悪役令嬢カイアラ・ホルラテルラはツッコミを入れるしかない
わらわは、カイアラ・ホルラテルラ。
育成RPG、星と命のサクリファイスの登場人物であり……というかラスボスたる魔導伯令嬢である。
なかの人は、つい二ヶ月前まで、日本の大学生だったのだけれど……。
なぜこうなったのかはさっぱりだが、いまのわらわはカイアラである。
幸いにして、このシリーズの二作目たる星と命のサクリファイスが始まるまでには、まだ二年近くの猶予があった。
故に、まずはすでに物語が開始している第一作、花と絆のサクリファイスの悪役令嬢オルティナ・クリムを助けるため活動している。
主に毎週一回、三人の悪役令嬢で集い、お茶会を開いているのだ。
わらわのテレポート魔法にかかれば、遠く離れた国に住む者たちを集めることも至極容易である。
お茶会の場所は毎回変わるのだが、最近は帝都にあるオルティナの屋敷に集まることが多かった。
なぜ、といえばオルティナの権力を誇示するためである。
異国の令嬢と懇意で、しかもそれが貴重なテレポート魔法の使い手と湯水のようにお金を投資する者であるというのは彼女の権勢を維持する一助となるであろう……とマーシェラが考えたのだ。
わらわとしても、いずれ自分の問題を解決するために、彼女たちがしっかりと足場を確保してくれるのは望むところであった。
ぽかぽかとした陽気の初夏の庭園の東屋で、丸いテーブルに白いテーブルクロスを敷いて、三人で囲む。
今日はマーシェラが持ってきた最上級の紅茶と蜂蜜たっぷりのパウンドケーキで、優雅な午後を楽しむ。
執事たちは声が聞こえないくらい離れたところに待機させているし、わらわの魔法で声を遮断する結界を張ってあるから、話題に関して遠慮する必要はない。
「思うのですけれど、いっそ全てを捨てて逃げない? わたくし貴族のつき合いとか陰口の叩き合いとかもううんざりですわ」
オルティナがテーブルに突っ伏す勢いで顔を伏せる。
わらわはとっさに物を動かす魔法を使って、紅茶とケーキの皿を避けさせた。
マーシェラは素知らぬ顔で二個目のケーキをとりわけ、口に運んでいる。
「いざとなれば、逃亡も選択肢よ。オルティナもカイアラも、一騎当千の兵だもの。どこでも生きていけるでしょう。でも」
「でも?」
「あなたたち、ウォッシュレットのトイレなしで生きていける?」
「無理!」
わらわとオルティナは声を揃えて叫んだ。
ウォッシュレット、あれはいいものだ。
そしてこの世界でもっともウォッシュレットが発達しているのが、この帝都である。
なんでファンタジーな世界でこんなにもトイレが発達しているのだろう、とか考えない方がいいのだろう。
実際に発達しているし、わらわもみんなも嬉しい。
でもこのトイレ、設置に費用がかかるし管理もたいへんと聞く。
わらわたちがお金持ちの貴族令嬢だからこそ、こうした恩恵にあずかれているというわけだ。
毎日のお風呂だって、服だって、こうして食べている甘味やお茶だって、そう。
すべてを捨てて逃げたら、こんな贅沢は二度と味わえなくなる。
聞くところによると地方の町や村ではまだまだトイレなど汲み取り式があればいい方で、場所によっては豚の餌として野に放つところすら未だに健在であるという。
塩が高級品の土地もあって、そういうところでは家畜を殺して生の血を飲むことで塩分を補給するという。
風呂どころか一年中、水浴びすらしない部族もあるとか。
無理。
絶対にそんな生活、わらわたちには無理。
重ねていうけど、ほんとに無理無理無理。
ああ、文明って素晴らしい。
ああ、都会って素晴らしい。
なんちゃってファンタジーばんざい! ばんざーい! ばんざーい!
「うう、じゃあわたくし、陰謀と暗躍の都から逃げるわけにはいかないのね……」
「とはいえ撤退は常に視野に入れましょう。特にオルティナ、あなたはもう本編のシナリオが進んでしまっているわ。主人公には会ったのでしょう?」
「めちゃくちゃいい子だったわあ。庶民育ちだけど元気でタフで健気なのよう。でもそんな子にわたくし、もう何度もいじわるしちゃったのよう」
おろろんと泣くオルティナ。
表情の変化が愉快な子だ。
いや、なかの人の年齢はわらわより上だし、オルティナ自身もわらわよりひとつ上の十六歳なのだけれど。
ちなみに悪役令嬢の年齢的にはマーシェラがいちばん上、今年で十七歳である。
物語開始時には十九歳。
この世界、この時代においては結婚適齢期をちょっと過ぎている。
まー、これには国の事情やら個人の事情やらでいろいろあったりするんだけど……そのへんは、別にいい。
重要なのはマーシェラには豊富な資金という武器があることだ。
わらわとオルティナはマーシェラのお金をてこにして状況打開を図る。
まずは、オルティナだ。
なにせ彼女のまわりは地雷だらけ、婚約者も地雷なら交友関係も地雷、使用人すらも地雷なのだから。
幸いにして、使用人については早期にマーシェラ資金を注入することである程度、信用を買い戻すことができたようだが……。
その使用人のひとりが、慌てた様子で庭に出てくる。
未だにオルティナにビビってる彼らが人払いしているというのにそれを無視するとなると……。
ふむ。
「オルティナ、お客さんが来たようですわ」
「ほへ?」
「ですから、その間抜け顔を引き締めなさい」
「は? 間抜け顔なんてしてないですしーっ」
してた、してたってば。
隣でマーシェラも激しくうなずいてるし。
なんでこの子、無駄なところで意地を張るかな。
で、屋敷の主が許可もしてないのにずかずか入ってきたやつがいるらしい。
この帝都における力関係で、そんなことができるヤツなんてほとんどいない。
ましてやオルティナに関わる人間関係でそんなヤツなんて……ひとりきりだ。
「ひぇっ、皇子様っ」
そこに立っていたのは、金髪碧眼で長身の痩せた青年だった。
怜悧なまなざしがわらわたちを射すくめる。
ギルラント帝国皇太子、アルハルト・なんとかかんとか・ギルラント。
なんとかかんとかの間にいっぱい単語が入るのだけれどよく覚えていない。
ゲームだと親しくなったヒロインにアルと呼ばせるのだけれど、もちろんそんなの、いまのわらわたちには関係ない。
とにかく彼こそが、花と絆のサクリファイスにおける攻略キャラのひとりでこの国の皇帝の長子、アルハルト殿下であった。
わらわは東屋のまわりに張った魔法を素早く解除して、立ち上がる。
マーシェラがそれに続いて席を立った。
なにせ相手は皇太子、次の皇帝なのだから、他国ではよんどころない姫君といえど座ったままでは礼儀にもとる。
そう、たとえこの場にいるのが彼の婚約者であるところのオルティナ・クリムといえど……。
いやこの時点で彼、完全にオルティナを見限ってるからなあ。
立場上、迂闊なことは口にしないし慎重に事態を見極めている最中のはずで……いや、でもじゃあ、なんでこんなタイミングでこの屋敷に来たんだ?
オルティナは顔を青くして硬直している。
彼女に、「このままだと皇太子に拷問塔に幽閉されて殺されるぞ」と脅したのはわらわなので、ちょっと自責の念を覚える。
きっといま、彼女は目の前の青年のことを死神かなにかとでも思っているに違いない。
その死神ならぬ皇太子は東屋から少し離れた庭の入り口で黙って突っ立っている。
なにか用があったんじゃないのか?
とりあえず探りを入れるか……。
わらわとマーシェラは目くばせを交わし、礼儀に則って頭を下げると、自己紹介をした。
それぞれの国と家の名を告げると、皇太子はまばたきしたあと、ゆっくりうなずく。
「失礼した。わたしはアルハルト、こちらのオルティナ嬢の婚約者だ」
本来なら、わらわたちと皇太子がこんな風に気軽に自己紹介するなんてありえない。
非公式の場で、護衛も連れず、しかもオルティナが目の前にいるからこその会話だった。
それはわかったのだろう、オルティナが慌てて椅子を蹴り立ち上がると……よろめく。
慌てて、アルハルトが駆け寄り、その身を支えた。
オルティナがアルハルトを見上げ、ひっ、と押し殺した悲鳴をあげる。
おいおい、イケメンに抱き寄せられた婚約者のすることじゃないぞ。
幸いなのは、オルティナが全身を硬直させてしまったせいで強引に振りほどくような行動に出られないことだった。
彼女の武神のごとき身体能力はわらわたちがいちばんよく知っている。
アルハルト皇子もゲームではかなり優秀な騎馬アタッカーで、そこらの男なんてメじゃない力の持ち主なんだけど。
でもやっぱり、ラスボス令嬢とは格が違う。
この世界、男女の筋肉よりスキルや魔力によって身体能力を強化する度合いの方がはるかにおおきい。
オルティナくらいになると、前世の現代戦車すら剣で両断できるくらいの圧倒的なちからがある。
わらわの場合、そのブーストがほとんどなくて、結界魔法を破られたらあっけなく死ぬんだけど。
ちなみにマーシェラはゲームだと実際に戦わず手下をけしかけてくるだけだったので、いまのところそういったブーストがなさそう。
そのかわり彼女には莫大な金銭というアドバンテージがあるわけで……。
「大丈夫か、オルティナ」
アルハルト皇子がオルティナの耳もとで囁く。
ゲームではヘッドホンをつけた乙女たちを一撃で中毒にさせたイケメンボイスだ。
でもオルティナは、ひっひっふーひっひっふーと激しく息継ぎしているだけ。
「手を握られただけで出産かよ」
とっさに隠れて魔法を使い、わらわとマーシェラの声が皇子に届かないようにして呟いた。
乙女かよ。
乙女ゲーだったわ。
皇子の後ろでは、使用人たちが慌てた様子でこちらをみている。
いや、これは……観察されているのかな。
うーん、困ったなあ。
「妙ね」
こっちが魔法を使ったことに気づいたマーシェラが、口もとに手を当てて呟く。
あ、いつもの冷静沈着な、ちゃんと計画を考えてくれてるときの声だ。
「妙って?」
「皇子、本当にオルティナのこと心配しているみたいじゃない」
「あ、そうか。今ごろ主人公がうまく取り入ってるはずだし、皇子はあの子のこと見放してたはず」
ところが目の前の皇子ときたら、よろけたオルティナを真剣に心配している。
いやオルティナ、いまこそ深窓の令嬢みたいなことしてるけど実際は天才剣士で、普通にしてたらよろめいたりしないんだけど。
いちおう、設定的にはそういう令嬢らしくない側面、皇子に対して隠してたんだっけか……。
「オルティナ、君があちこちで、困った者の助けになっていると聞いた」
皇子がオルティナをまっすぐ見つめて、そんなことをいう。
うん? それってオルティナに集まってる貴族に金をばらまいたやつか?
たしかに、実家が名家だけど落ちぶれた輩ほどオルティナに集まってたのは事実なんだけど……。
あ、そういえば使用人にも金を配ってたな。
使用人経由で、いろいろ陳情が来てて……そいつらにも気前よくやってるんだっけか。
まあ、その金の出所はぜんぶ、わらわの横にいるマーシェラなんだけど。
んでもってその金を毎回運んでいるのは、わらわなんだけど。
わらわ、悪役令嬢を辞めても運送屋で食っていける気はする。
「わ、わ、わたくし……」
「わかっている。君が自分の功を誇る人間ではないことは」
そのイケメンアイは節穴かな?
ゲームのオルティナは……ああ、そういえば自尊心は高かったしとりまきが褒めるのは放置してたけど、本人からなにかいうタイプではなかったか。
勝手に褒めてくれるから、その必要がなかった、ともいう。
それはそれとして白鳥のように水面下で努力するタイプでもあった。
実家が火の車なのにあちこちで金を使っていたのも、その一環ではあるのだろう。
いくら天才とはいえ、あれだけの剣の腕だって、努力なしには不可能だ。
と、皇子がこちらを向いた。
「彼女が変わったのは、おふたりのおかげなのだろうね。エザーナで出会ったと聞いた」
「あ、ええ、はい」
慌ててこっちの声が向こうに行かない魔法を消し、返答する。
エザーナでわらわたちが初めて出会ったことまでご存じですかい。
いやまあ、オルティナの使用人の誰かが流したんだろうけど。
………。
そうか、オルティナの使用人は、誰よりも早く、オルティナが変わったことに気づいた。
当然、その情報は寝がえり先と共有される。
そして、オルティナともっとも利害関係を共有していて、いつ切り捨てるか慎重な判断を迫られている相手は……目の前の皇子である。
この唐突な来訪の意味がわかってしまった。
わざとなんだ。
わらわとマーシェラを自分の目で確かめるために、大胆不敵にも、わざわざお茶会の日を狙ってきたんだ。
鋭い目がわらわを射抜く。
わらわは、精一杯の虚勢で微笑んでみせる。
緊張で喉がカラカラに乾いた。
かたわらのマーシェラが……あ、じゅるって涎を拭いたぞこいつ。
そういえば1だと皇子押しとか前に言ってたな。
わらわたち三人でいちばん、1にのめり込んでいたのはこいつだったわ。
でもまずい、その本性は隠せ。
「アルさまに拷問されてぇ」
やめろ性癖を声に出すな。
「は?」
あまりにも異常な言葉に皇子がフリーズする。
わらわと、あとようやく再起動したオルティナが、慌ててごまかした。
マーシェラは実家の仕事で疲れていてこのお茶会は慰労のため、と言ったところ「そうか……それはすまなかったな」と皇子、素直に帰ってくれた。
さっきの言葉は聞かなかったことにしてくれるみたいだ。
あ、あぶねえ……セーフ! 圧倒的セーフ!
セーフ……なのかなあ。
「とりあえず、わらわたちが向こうの危険視するようなことはしてないって、わかってもらえたみたい」
「危険視……?」
ようやくひと心地ついたオルティナが乙女らしさの欠片もなく紅茶をがぶ飲みしたあと、首をかしげる。
あ、わかってなかったんかい。
「売国奴」
「は? わたくしめっちゃこの国好きですが? 主にウォッシュレットの技術」
そこかい。
あと秒速で中腰になって喧嘩買うのはやめろ。
「オルティナ、腐っても辺境伯の娘でしょ。辺境伯が他国の貴族と結託して怪しいことしてんじゃないか、って一抹の疑いがあったんだと思う」
「もちろん知ってましたわ」
わらわと、こちらも正気に戻ったマーシェラがジト目で睨む。
不器用な口笛を吹くのはやめろ。
「他国から金を引っ張ってきて、カイアラなんていう魔法の達人が頻繁にテレポートしてきているんだから、当然の疑念よね」
「前途多難なのはわかったわ」
オルティナは、ため息をつく。
「あと、次からマーシェラは絶対、皇子と合わせない。っていうかこっちの攻略キャラと合わせたくない」
「どうして! わたしもイケメンで癒されたい! 乙女的に!」
「乙女は拷問されたいとかいわないので」
ほんそれ。
※
かくして。
わらわたちのお茶会は、それからも定期的に開催されることになる。
もちろんそれ以外でも使い魔を通して連絡をとりあい、ことあれば協力して対応することになるのだが……。
いや、でもほんとにこれで大丈夫なのか?
悪役令嬢がつるんだことで、余計に災禍を招くんじゃないか?
不安しかない……。
書きたいことは書いた! 終わり!