悪役令嬢マーシェラ・ノルノートの場合
ドルコス王国に広大な領地を持つノルノート公爵家は、危機に瀕していた。
わたくしマーシェラ・ノルノートの実家である。
第三作、育成タワーディフェンス、月と導きのサクリファイスが始まるまで、まだ二年近くあるはずだったのだが……。
隣の領地で平民たちが起こした決起は、最初こそ小さな火でしたがたちまち大きな炎となり、いまや周囲を焼き尽くしてノルノート家に迫りつつある。
いったい、どうしてこうなってしまったのか。
わたしはただ、せっかくこんな立場になったのだから現代知識チートで実家を富まし、二年後の本編開始前に少しでも有利な状態をつくりたいなと思っただけなのに。
相場で儲けて得たお金を自分のところに投資し、ついでに周囲の領主の脚を引っ張ってみただけなのに……。
その過程で、ちょっと貧民に革命思想を吹き込んでみたりしただけなのに……。
と悪役令嬢会議で愚痴ったところ、ジェットの速度でギルティといわれてしまった。
なぜ。
とりあえず、悪役令嬢のなかでも武力ナンバーワンであるオルティナから自立型人形の部隊から精鋭三十体ほどをカイアラのテレポートで送ってもらう。
自立型人形は一体で兵士百人に匹敵する戦闘能力と今の世に生きるヒトよりも高度な頭脳を持ち、特殊な例外を除き絶対に命令に逆らわない。
これで農民くずれの部隊が襲ってきても簡単に返り討ちにできるだろう。
悲しいことに、公爵領の兵士はあんまり質が良くないのだ。
お金はあっても信頼できる強力な兵士はなかなか集まらない。
オルティナと協力できて、本当によかった……。
「マーシェラ、おまえ、本当に行くのか」
他所に対しては強面のお父様が、肩を落として弱々しく引き留める。
わたし自ら領内の視察に赴くと告げたからだ。
ゲーム本編ではすでに死んでいる彼だけど、いまのところ娘を馬鹿可愛がりする小太りのおっさんである。
わたしだって、行きたくないけれど……。
ここで反乱の芽を摘んでおかないとヤバい。
三悪役令嬢会議で、満場一致、そう結論が出たのである。
「危険であろう。隣の領では下民どもが暴れているというし……」
「頼もしいお友達もいっしょですし」
「ああ……この間、いっていた他国の姫君か」
そう、今回の視察にはオルティナとカイアラも来てくれることになっている。
わたしだけじゃ心配といわれたからだ。
ついでに「マーシェラだけだと余計なことしそう」ともいわれた。
いや……そんなに余計なことはしないよ?
というか、懲りたからもうなにもしないよ……?
といったのだけれど、ふたりにジト目で睨まれてしまった。
「わらわ最近気づいたのですけれど。マーシェラ、冷静沈着なフリをして実はあまり深く考えないタイプだよね」
「そうそう、性癖もヤバいし。わたくし最初は見事にダマされましたわ」
ふたりの信頼が、欠片もない。
※
とある山村を、ならず者と化した隣領からの流民たちが襲っている。
革命によって畑と家畜を奪われた人々は食べる物すら満足になく、死ぬか奪うかの二択を迫られ、悲壮な決意のもとノルノート領のはずれの村を襲ったのである。
その数、百人以上。
対する村の男たちは、老人までかき集めても三十名と少し。
手に鍬や斧を持ち、こちらも悲壮な決意で暴徒に立ち向かおうとしていた。
そこに空から降り立つ悪役令嬢三人。
「な、なんだ! 空から女が降ってきた!」
「魔女だ! 魔女が来たぞ!」
「わらわを魔女とな? ……まあ、そうではあるが」
碧髪碧眼の魔導伯令嬢、カイアラが軽く右手を振る。
炎の壁が、村と流民たちの間にそそり立つ。
村人たちと流民たち、双方が悲鳴をあげる。
「やっぱり魔女だ!」
「ええい、わらわのことは聖女と呼ぶがよい! まだ候補ではあるが!」
「二年後、主人公に奪われる地位ですけどね」
「やかましいぞオルティナ! ほれ、さっさとやらぬか」
オルティナがため息をつき、剣を構えて流民たちの前に出る。
若い女がひとりで進み出てきたことで、暴徒がざわめく。
そもそもの目的のひとつが、これであった。
※
「オルティナ・クリムといえば」
三人集まってのお茶会で、わたしがふと、気づいたのだ。
「ラスボスで、めちゃくちゃ強い剣士よ。そのあたり、どうなの」
「マーシェラ、どう、って?」
わたしは無邪気に首をかしげるオルティナの碧い目を覗き込む。
オルティナが、少しひるんだようにのけぞる。
わたしは一拍置いて、その言葉を紡いだ。
「オルティナ。あなた、人を殺せる?」
オルティナの返事は「は、はぁ? 人くらい余裕で斬れますしぃ?」だった。
上擦った声を出すオルティナがかわいい。
ならば試すしかあるまい、ということになったのである。
ちなみに魔導伯令嬢たるカイアラは「わらわ、あんまり人を殺したくない」とのこと。
こちらは正直でよろしい。
無理もない、わたしたちは未だ、転生前の記憶に感情を引きずられている。
わたしが、ついつい隣領で革命を煽ってしまったように。
いきなりこの世界に放り出されたわたしたちの心は、未だこの世界の一般的な感性とのすり合わせが済んでいないのだ。
※
はたして、剣を持たせたオルティナは堂に入っていた。
でも。
背中を眺めるわたしとカイアラからは、彼女が震えているのがわかる。
それがみえない相対する流民たちは、オルティナが発する威容な圧力みたいなものを感じたようで……一歩、二歩と下がる。
暴徒ごときとは格が違うのだ、さすがラスボス。
いや、カイアラもラスボスだし、わたしもたぶんラスボス候補だ。
わたしが転生した時点ではまだ月導のサービス終了してなかったからなあ。
サービス終了間際ではあったんだけどね。
最後のイベントの告知が出ていて、そこにわたし、マーシェラの顔がドンと出ていた。
事前のストーリーから、悲惨な末路になることもわかっていた。
「来なさい」
オルティナが告げる。
落ち着いた声に聞こえただろう。
怯えを声に出さないのは、仮にも貴族の令嬢として鍛えられていたおかげなのだろうか。
「こ、こんなヤツ、俺は怖くねぇぞ」
暴徒の男が強がりをいって、斧を手に進み出る。
オルティナは剣を上段に構えてみせる。
彼女の基本スキルである、天才剣士である証、千波蹂陣の構え。
遠距離物理完全無効、物理耐性50パーセント、魔法耐性80パーセントである。
「しょせん、ただのガキじゃねえか。生意気そうなツラしやがって。よく見りゃ、友達もいなさそうな顔してやがる」
「は? い、いますしぃ! わたくし友達とかめっちゃいますしぃ!!」
オルティナが必死になっていい返す。
まさかの煽り耐性0パーセントかよ。
「嘘つけ、小娘が! 毎日ひとりで飯食ってんだろ!」
「ぶっ殺す!」
数歩離れたところにいた男の首が、次の瞬間には、宙を舞っていた。
オルティナが一瞬で間合いを詰めて、その剣で刎ねたのだ。
空中でくるくるまわる男の顔は、うすら笑いを浮かべたままだった。
きっと、自分が死んだことにも気づいてなかっただろう。
それほど見事な太刀筋だった。
首が地面に転がり、続いて流民の男の胴体がどさりと倒れ伏す。
「さあ」
オルティナが底冷えするような冷たい声で告げた。
「死にたい方から、どうぞ」
堰を切ったように流民たちがオルティナに殺到する。
オルティナは巧みに位置を変えながら、槍をかわし、棒を断ち切り、剣を弾き……次々と仕留めていく。
あっという間に、死体が積み重なる。
彼女ひとりが十人と少しを斬ったところで、流民の集団は逃げ出した。
わたしは、あっけにとられてその光景を眺めていたカイアラの肩に手を置く。
「お願い、カイアラ」
「わ、わかっておる」
はっとわれを取り戻したカイアラが、ごくりと唾を呑み込む。
右手を振った。
逃げる流民たちの中央付近で炎の渦が巻き起こり、悲鳴があがった。
「五人……十人は殺せたかしら」
「う、うむ。……ふう、やれるものだな」
「ええ、お疲れさま、カイアラ。……残りはあなたたちが仕留めなさい」
わたしは背後で呆然としていた村人たちに振り向き、そう告げる。
「わが名はマーシェラ、オルノート公爵家のマーシェラ。この地を治める父にかわり、あなたたちに命ずる。逃げる暴徒を殺し、憂いを断て。首ひとつにつき賞金を出そう」
オルティナは、剣でひとを殺す。
カイアラは、魔法でひとを殺す。
そしてこのとき、わたしがやるべきことこそ、これだった。
ひとに命じて、ひとを殺す。
敵対者をゴミのように排除する。
その命令をためらわずに発することが、悪役令嬢に必要なものであるとお茶会で決められた。
この流民たちが生まれた原因も、彼らがこの村に襲いかかったのも、わたしの軽率な行動が招いたものだ。
だから、わたしの命令でこれを刈り取る。
それが貴種たるものの責任だ。
わたしの命令で、村人たちが流民に襲いかかる。
虐殺の光景を、わたしはじっと眺めた。
吐き気と嫌悪をこらえ、ぎゅっと拳を握って。
これからわたしたちが生きていくとは、これを成し遂げ続けることなのだと、そう理解して。