表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

悪役令嬢オルティナ・クリムの場合

 わたくし、オルティナ・クリムは女性向け育成シミュレーションRPG、花と絆のサクリファイスにおけるラスボスである。

 このゲームには五人の攻略キャラの男性が存在し、それぞれに攻略ルートがあるものの、そのいずれにおいてもラスボスに君臨するのが金髪碧眼の魔王たるオルティナ・クリムだ。


 傲岸不遜にして剣を持てば敵なしの天才。

 とあるフラグを立てないと傷ひとつつけられず、そのフラグ立てのためにはほぼ必ず生贄となるキャラが出る。

 そのうえ、彼女を守る軍団も他とは比較にならない理不尽パワーを持って立ちはだかってくる。


 で、主人公の率いる軍団に敗れたオルティナ・クリムはどの場合でも悲惨な末路を辿る。

 それこそ、わたくしの前世の記憶が蘇ったとき、ああいまこの瞬間に喉を突いて自殺したほうが楽かなーとか世を儚んだくらい。


 ちなみにオルティナ・クリムの婚約者である皇太子と本編の主人公が結ばれる、いわゆる皇太子ルートの場合、皇太子はオルティナ・クリムを拷問塔に閉じ込めて何年も責め苦を与えた末、魔物の餌にして殺す。

 かつての婚約者に対してひどい扱いだが、まあ物語のなかでオルティナのやってきたことを考えればそれくらいしないと民と皇太子自身の溜飲が下がらないというものなのだろう。

 そのオルティナの悪行というのは、物語開始直後、わたくしが前世の記憶を取り戻した時点でもすでにけっこうやらかしているものなので。


 ヤバい。

 端的にいって、現状はめちゃくちゃ悪い。

 このままだと、よくて吊るし首一直線である。


 軽いところだとギルラント帝国の辺境伯家としての地位を利用し、帝都の帝立学院でエリート貴族を中心とした一大派閥をつくって下級貴族、庶民出身の生徒を虐げたり。

 裏競売で古代の自立型人形を買い漁って私兵部隊をつくり、敵対貴族や一般人にけしかけてみたり。

 皇太子の婚約者としての立場を乱用して借金しまくり、贅沢品を買い漁ってみたり。


 代々の辺境伯家が管理してきた古王朝の秘宝を利用して、かーなり邪悪なたくらみをしていたり。

 ちなみにこの古王朝の秘宝ってやつがオルティナを傷ひとつつかない無敵化させるのだが、それには制約とか代償とかがあったりする。

 具体的には感情を失って人外化したりするので、わたくし絶対にやりたくないぞそんなの。


 民の評判も側近の評判も学院の生徒たちの評判も最悪である。

 そのうち皇帝にもその情報が入るだろうし、こりゃ皇太子との婚約も破談一直線間違いなしですわ……。

 次期皇帝の妻がこんなんじゃお先真っ暗、もしゲームでの内戦がなかったとしても、穏当にいって不慮の事故で亡くなること間違いなし。


 事態はすでに取り返しのつかないところまで行っている感じがある。

 こんなんどーせーと!


「落ち着きなさい、オルティナ。あなたが落ち着かないと、こちらまで慌ててしまうわ。わらわだって今しも全てを投げ出して踊り出したい気分なのよ」


 自室のベッドの上で足をばたばたさせて暴れていたら、枕元にとまった小鳥がそう情けない声で囀った。

 カイアラ・ホルラテルラの使い魔である。

 第二作、星と命のサクリファイスの悪役令嬢だ。


 オルティナと同時に前世の記憶を思い出したカイアラは、その場で即座に、同盟を提案してきた。

 三悪役令嬢同盟である。

 悪役令嬢の、悪役令嬢による、悪役令嬢のための同盟であった。


 いずれも近く悪役として死すべき運命にある三人の、その宿命を覆す。

 同盟の目的はそれで、しかし極めて困難なその使命のため、全員が知恵を絞る必要がある。

 先日のパーティでは、ひとまず魔法に長けたカイアラが各人に己の使い魔を預け、相互に連絡をとることが決まった。


 それから、半月あまり。

 情報の共有が進むにつれて、まず一作目にして最初に破滅が迫っているわたくし、すなわちオルティナ・クリムまわりの状況の悪さに、残りのふたりが慌てふためいていた。

 なによりも、一作目はあまりやりこんでいなかったわたくしが、仲間たちから得た前世の情報によって頭を抱えていた。


「この時点でもう皇太子がオルティナを見限ってるって、じゃあどうすればいいのよう」


 そりゃ、情けない声もあげたくなる。

 オルティナが親元を離れた学院でブイブイいわせることができているのも、皇太子の婚約者であるという圧倒的な後ろ盾があるからなのだ。

 それがゲーム開始直後にもう張り子の虎であると初手で知ってしまったこの絶望感たるや……。


 わたくしはお気に入りのペンギン抱き枕をぎゅっと抱きしめてベッドの上で暴れた。

 従者たちは部屋の外で待機させてある。

 騒音に違和感を覚えているかもしれないが、まあうちのお嬢さまは昔から暴れん坊だしきかん坊だし少しでも注意すると下手したら身の破滅だしで特になにもいって来ない。


 まあつまり、身のまわりの人からも見放されてるってことですね。

 素晴らしい、信用できる人材がゼロってことだ。

 こちらの方面でも詰んでる。


「いいこと探しをしましょう、オルティナ。わらわ今朝、茶柱が立っておりましたわ!」

「カイアラは励ましたいのか投げやりになっているのかはっきりしてーっ」

「だ、だって……わらわの身体は天才魔法使いでも、記憶を取り戻したわらわの心はただの大学生ですし……」


 カイアラのなかの人は、大学生のとき電車事故でこの異世界に転生したという。

 ちなみにわたくしは社会人三年生だったとき電車事故で異世界転生した。

 もうひとりの悪役令嬢であるマーシェラの転生経緯も、どうやら電車事故であったらしい。


 お互いの記憶を繋ぎ合わせた結果、どうやら同じ電車事故であることが判明している。

 いやー偶然なのか、運命なのか、それともなんかの存在の作為があるのか。

 作為だったとしても知ったこっちゃないけどね。


「オルティナの最大の強みは、多くの部下を抱えていることです」


 枕元にいるもう一匹の小鳥が、落ち着いた声で告げた。

 そのもうひとりの悪役令嬢、マーシェラ・ノルノートの声だ。

 どうやらこれまでのやりとりを彼女も聞いていた様子である。


「うちの部下、裏切り者ばっかりなのよう。しかも最近、どんどんこっちを見る目が冷たくなってるよう」

「そんな調子だから怪しまれてるんじゃない? わらわがいったように、外では胸を張って歩いてる? ビビってんじゃないわよ?」

「び、ビビってなんかないし!」


 嘘、ビビってる。

 使用人の顔を見てしまうと、こいつらわたくしを陥れようとしているんだ、と思ってしまってもうダメで、とても目を合わせられない。


「ですが、オルティナ。あなたの自立型人形は魂魄契約で拘束しているため、あなたを裏切らない。加えていうと、自立型人形の何体かは突き抜けた戦闘力を持っています。……まあ、隠し要素で主人公の仲間になるからなんですけど」

「人形にすら裏切られるってことじゃない! ぜんぜん安心要素じゃないわ!」

「主人公の仲間が自立型人形の契約を上書きする魔法を開発するのは物語の終盤で隠しフラグを立てないとダメ。それさえ阻止すれば安全です」


 マーシェラは相変わらず、冷静沈着だ。

 氷のような声、とも評される彼女の言葉を聞いていると、なんだかこっちの気持ちも落ち着いてくる。

 なんとなく、イケるような気がしてくる。


 彼女は生前、このゲームの攻略ウィキを隅々まで暗記していたのだという。

 それだけ、特に一作目を遊び込んだのであると。

 なんて頼もしいんだろう。


「あなたの部下と派閥の貴族たちですが、改めてカネをばらまいて忠誠心を買いましょう」

「うちにおカネなんてないわよ! この身は借金だらけって、この前わかったばかりじゃない!」

「わたしの方からまとまった金額を送りますわ。カイアラさん、お手数ですが、ご自慢のテレポートサービスをお願いいたしますね」


 ああ、マーシェラ、神!

 彼女の家は広大な領土を持っていて、その領土から入る収益のうちかなりの部分を彼女が利用できるらしいのだ。

 もっともそれには、別の弊害があるって話なのだけれど……。


 ともあれ、借金で首のまわらない現状、当座の資金さえあれば、まだ行動の幅も広がる。

 カネで解決できることはたくさんあるのだ。

 皇太子まわりとかはいくらカネを積んでもどうにもならない気がするけど……。


「その代わり、と言ってはなんですけれど」


 マーシェラが続ける。


「オルティナ、あなたの自立型人形、少しこちらに貸してくださらない?」

「へ? そんなことできるの? っていうかうちの人形たちをどう使うの?」

「わたしの国、もうすぐ革命が起きそうなのです」


 それ落ち着いてる場合じゃないいいいいいいいっ!


「それとね、オルティナ。アルさまに今度、合わせてくださらない?」

「マーシェラに? アル……皇太子殿下? うちの死亡フラグこと婚約者? なんで」

「わたしアルさまのファンだから……ぐへへ、冷たいお顔を拝みてぇ。アルさまに引っぱたかれてぇ」


 あ、こいつアカン性癖だ。



        ※



 マーシェラは第三作、月と導きのサクリファイスの登場人物だ。

 育成タワーディフェンスで、ソシャゲである。

 リアルマネーを湯水のように溶かしてガチャをまわすことでユニットを整える悪魔のゲームだ。


 わたくしも生前、この第三作で給料を溶かしまくった。

 ただ、忙しい社会人生活のなか、ストーリーの方はあまり見ていなかったりする。

 いつしかガチャることだけが目的となっていたのだ。


 ガチャは時間効率のいい娯楽だ、一瞬で数万を溶かしてストレスを解消できる。

 そんな名言を放ったのはいったい誰だっただろう。


 うちの上司だった気がするけど、その上司は一年間に365日ほど働く人で、去年過労死した。

 あのひともどこかの世界に転生したのだろうか。


 それ以来、うちの会社もちょっとは社員の労働環境に気をつけるようになって……。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 残業が減ったおかげであの時間の電車に乗ることになって事故で死んだわけだけど、そこはどうでもよくないけど、いい。


 その第三作が始まるのは時系列的にまだだいぶ先、二年後のことである。

 だから、あっちはしばらく大丈夫だと思っていたのだが……。


「わたしとしたことが、うっかりしておりました」

「なにがあったのよ、マーシェラ」

「時間はまだまだある故、有り余るお金を効率的に投資しようと思い立ちまして……」

「だからなにをやらかしたのよ、マーシェラ」


 カイアラ(の使い魔)の口調がどんどん厳しくなる。

 普段、冷静沈着なマーシェラの口調がどんどんいいわけがましくなる。

 わたくしも、ジト目でマーシェラの使い魔を睨む。


「わらわ怒らないから申してみよ」

「わたくしも怒らないですから」

「それ絶対、怒るやつでは?」


 しばしののち、マーシェラの使い魔が器用に両方の翼を持ち上げた。

 お手上げのポーズのつもりらしい。


「対立する貴族の領地にいる貧民の方々に、ちょろっと武器を渡してみたのですわ。そうしたら貧民に味方するSSRユニットが数名集まってしまって、あれよあれよという間に一大勢力に……」


 SSRユニットの名前をマーシェラがぼそぼそと呟く。

 ああ、そのイケメンたち、うちの廃課金軍団で主力だったわ。


「もしかしてマーシェラの国、超絶強い個人が在野で集まってて最大の地雷原なのでは……?」


 だってSSRユニット、毎月一体のペースで追加されてたし。

 現実となったこの世界では、無から人が湧いてくるわけじゃない。

 SSRさんは昔からどこかにいて、登場するまでの人生を生きていたのだ。


 ガチャゲー怖い……。

 やっぱ世の中、買い切りゲームですわ。

 わたくしの言葉に、カイアラとマーシェラの使い魔が固まる。


「マーシェラ、あなたのところのSSRユニット、間違っても他所の国に輸出しないでね」

「その前に隣の領地の革命がわたしの領地に輸出されないか戦々恐々ですわ」


 そりゃそうだ。

 下手な行動するとバタフライ効果でなにが起こるかわかったものじゃないんだな。

 なにかするにしても、気をつけないと。


「と、ともあれそういうことなら、マーシェラのところに自立型人形を送るのは了解。いっそうちで人形の傭兵団でもつくろうかしら」

「ご注意ください、オルティナ。本格的な軍団の整備は皇家や諸侯を刺激いたします。ゲームのオルティナの破滅も、彼女の台頭を危険視した諸侯が団結するところから坂道を転がり落ちるように状況が悪化していったのですから」


 マーシェラの忠告。

 その諸侯がオルティナを危険視するようになったきっかけは、ゲームの主人公の努力というか作戦によるものなんだけどね。


 まだ主人公とは本格的に絡んでないけど、ほんと気をつけないと……。

 気をつけても仕方ないかもしれないけど。


「だいいちわたくし、辺境伯令嬢って身分のせいで、迂闊に外に出ることもできないのよ」


 王都にある自分の屋敷のなかですら、使用人つきじゃないと廊下を歩くことができない。

 夜中にこっそりお菓子を食べることすら難しいのだ。

 いや、堂々と使用人に菓子を持ってこいって命令すればいいんだけど。


 使用人たちは、いっけんオルティナに忠実で、苦言を呈することも眉をひそめることもない。

 わたくしの勘気を恐れているのだ。

 でもわたくしは知っている。

 彼ら彼女らの大多数が密かに買収されていて、皇太子や敵対勢力の飼い犬になっているということを。


 おかげで第一作はSLGとして、敵の戦力や増援タイミングが事前にわかるという親切設計であった。

 理不尽な増援がないって最高だね!

 情報が筒抜けにされる側になってみると最悪だけどな!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ