3人の悪役令嬢
悪役令嬢ものを書いてみたかった。
三千年の歴史を誇る古都エザーナ。
その王宮に近い貴族の邸宅で、絢爛豪華な舞踏会が今日も開催されていた。
大勢の貴族が集まる会場の一角。
豪奢なドレスをまとった三人の年若い令嬢が顔を合わせる。
その瞬間、彼女たちは互いの顔をまじまじと眺め、ほぼ同時にこう叫んだ。
「悪役令嬢!」
続いて、気を利かせたひとりが手鏡を取り出し己の顔を覗き込む。
その令嬢は卒倒しかけて、別のひとりが慌てて背を支えた。
令嬢たちはひとつの手鏡をかわるがわる覗き込み、そのたびに白目を剥く。
「一作目の悪役令嬢、オルティナ・クリム」
「二作目の悪役令嬢、カイアラ・ホルラテルラ」
「三作目の悪役令嬢、マーシェラ・ノルノート」
彼女たちは、互いに互いの名を呼んだ。
自己紹介されたわけではない、国元でその名を知っていたわけでもない。
ただ、その名は呼び起こされた記憶のなかに深く刻まれていたのだ。
「わたしたち、乙女ゲームの悪役令嬢に転生しちゃったの!?」
また三人、顔を声を揃えて叫ぶ。
そばで見ていた従者たちは、なんかこの人たち仲がいいなと思った。
話していることはよくわからないけれど。
※
それから。
三人の令嬢は顔を突き合わせて、ごしょごしょと話し始めた。
声をひそめているから、従者たちには何を話しているのかわからない。
どのみち彼ら彼女ら令嬢の付き人たちには発言する権利なんてないのだった。
余計なことをいって傲慢な令嬢たちの勘気に触れるのはゴメンである。
それにしても、いったいなにが彼女たちをこれほど親密に結びつけたのだろうか……?
そう、彼女たちはいずれも別の国から来た高位貴族の娘で、その共通点といえばいささか気位が高く、傲岸不遜な振る舞いが鼻につく者たちであることくらい。
それとて、異国の貴族の屋敷で、いわば「やらかす」ほど無知でも蒙昧でもなかった。
華やかなパーティを盛り上げる大人たちの邪魔をせずに異国の貴族と友誼を結ぶため、こうして国元から旅をしてきたのだ。
旅、といっても魔法業者によるテレポートサービスで、到着は一瞬だったのだけれど。
高いお金を払わないと使えないテレポートサービスを従者ごとポンと使ってしまうのだから、彼女たちの一族がいかに裕福か見て取れるというもの。
いまどき、貴族とは名ばかりで屋敷に水守りの魔法業者すら雇えない伯爵家だって珍しくはないのである。
貴族に仕える使用人にとって、屋敷のトイレがウォッシュレットかどうかは重要なのだった。
それは、さておき……。
※
「いまはおそらく、一作目が始まったばかりですわ」
しばしの情報交換ののち、銀髪紅眼の令嬢が冷たい笑顔で告げる。
彼女の名はマーシェラ・ノルノート。
ドルコス王国に広大な領地を持つノルノート公爵家の娘で、同国の王子の婚約者であるらしい。
「つ、つまり、わたくしの死刑宣告まで一年弱」
震える声でそういうのは、金髪碧眼の令嬢。
オルティナ・クリム。
飛ぶ鳥を落とす勢いのギルラント帝国の辺境伯令嬢で、同国皇太子の婚約者である。
「二作目、わらわの物語が始まるまで一年、三作目のマーシェラの物語が更に一年後ですわね」
腰に手を当て、貴族令嬢としてはいささかはしたない態度をとる残るひとり、碧髪碧眼の令嬢。
カイアラ・ホルラテルラ。
神聖グリフ魔導国の魔導伯令嬢で、同国でもっともすぐれた魔術の使い手、すなわち聖女候補である。
「期限はバラバラでも、わたくしたちが辿る道はこのままですと死刑か追放刑か、それとも不慮の事故か」
「ど、どういたしましょう。そもそも、どうにかなるものなのでしょうか」
「わからないわ。でも」
三人は顔を見合わせ、うなずきあう。
唐突にえらい仲良くなったなこいつら、と従者たちは思った。
怖いから口には出さないけれど。
「三人、力を合わせれば文殊の知恵という言葉があるわ」
「毛利ね。わたくしたちは兄弟ではないけれど」
「でも、同じ境遇よ。あとあれ、後世の創作らしいわよ」
令嬢たちは互いの手を重ね、えいえいえおーと気合を入れていた。
こいつらはしたない真似を、と従者たちは思ったけれど、見てみぬふりをした。
彼女たちの親に報告するのも面倒そうなのでヤメだヤメ。
※
第一作、育成SLG、花と絆のサクリファイスの悪役令嬢、オルティナ・クリム。
第二作、育成RPG、星と命のサクリファイスの悪役令嬢、カイアラ・ホルラテルラ。
第三作、育成タワーディフェンス、月と導きのサクリファイスの悪役令嬢、マーシェラ・ノルノート。
かくして、三人の悪役令嬢は同時に前世の記憶を蘇らせた。
彼女たちはこの先、破滅の運命に対してどう向き合い、どう対処していくのか。
ここは、とある女性向けゲームに似た世界。
ゲームの攻略サイトではジェットストリーム悪役令嬢と呼ばれた彼女たちに宿った「中の人」たちが懸命にもがく物語だ。
そこにあったのは、ただ生きたいという本能的な欲求であった。