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新生活01

 


 仕事狩人。趣味は狩り。

 そんな性格のカザム・ハイトという男は、狩りに関係のない物をあまり持たない生活をしていた。昨日のうちに準備した荷物と、それによって一気に服が減ったクローゼットには自分でも少しばかり驚いたほどだ。

 今日着替える服を取り出すと、毎日のように着ていた隊服が二着並んでいるのを横目にクローゼットを閉める。

 窓からは朝の爽やかな日光が差し込み、味気のないひとり部屋を明るく照らしている。カザムは昨日新調したばかりの服に右腕だけ袖を通した。最後に、持ち運びやすいように柄を短くした槍ーー見た目だけだと短剣のようなそれを横向きにして腰につける。

 大きめのショルダーバッグにトランクを持つと、少し早いが出発だ。街で遅めの朝食を軽く食べてからウルティアの店を目指すつもりだった。


「カザム?」


 扉を開けるために一度置いたトランクを再び持ち直したカザムの背中に聞き慣れた声がかかり、彼は顔を上げる。


「アレン……」


 非常に驚いた戸惑った表情で歩み寄ってきたのは、アレン・ライオネル。カザムとは数年来の戦友だった。


「お前、まさか」

「辞めるわけじゃねーよ。まあ、狩りには行かせてもらえないけどな」


 今のカザムを見れば、ここを出て行くと誤解しても仕方ないことだろう。これからは裏方だとカザムが答えるのを聞いて、アレンが分かりやすくホッとする。普段口数の少ない彼だが、結構分かりやすい奴だとカザムは常々思っていた。



「東地区の店で世話になることになったんだ。当分は戻ってこない。あ、もしオレの部屋、開けることになったら荷物預かってくれね? そんなに量はないから」

「……それはいいが……。当分ってどれくらいになりそうなんだ?」

「オレにも分からない。期限未定の隠密兼護衛だってさ」

「そうか……」



 一応周囲に人がいないことを確認してからそう伝えると、アレンの眉間にしわが寄る。


「ノッカー団長からのご指名なんだ。心配しなくても、ちゃんとやるさ」

「別に。お前が仕事に手を抜けるほど器用な奴だとは思っていない」

「何だそれ?」


 カザムは苦笑した。


「……近くにいるなら、たまには飲みに付き合えよ」


 いつもは自分からアレンを飲みに誘うのに、珍しく彼からそんなことを言われて、カザムは面食らう。だが、人との付き合いに興味がない不器用な親友が、自分にそんな言葉をかけてくれたことは単純に嬉しかった。


「わかった。定期報告をしに来るし、落ち着いたら飲みに行こう。あ、誘ったんだから、お前の奢りな?」

「考えておく」


 冗談のつもりだったのだが、真面目に返されてカザムはまたまた驚かされる。

 そんなカザムを気にすることなく、アレンは取り出した懐中時計に目を落とした。


「そろそろ時間だ。またな」

「……あ、ああ。またな」


 戸惑いながらアレンの後ろ姿を見送り、カザムはハッと我に返る。


「オレも行かないと」


 ウルティアの口に合うかは分からないが、巷で女性に人気らしい菓子でも買って行こうと考えていたことを思い出す。昨日は高めの酒を買おうとしたのだが、一緒に住む女性相手に渡すのはいかがなものかと気がつき買うのをやめていた。

 床に置いたままだったトランクを持ち直すと、カザムは山の麓にある狩護団の寮を出た。大分住み慣れてきた寮の敷地を出てみると、何故だか心が騒めく。忘れ物でもしたかと寮を振り返ってみたが、結局自室に戻ることはしなかった。



 孤児だったカザム。彼に帰るべき家はない。







 ◆






 街の屋台で軽食を取ると、カザムは予定通り焼き菓子屋に寄った。甘い香りに誘われるようにして店先には人が並んでいる。ちなみに女性しかいない。

 看板を見てみると、ここはどうやらフィナンシェが売りらしい。並んでいる人たちにチラチラと顔を伺われるも、次には揺れる左袖に視線が移る。特に声をかけられることはなく、彼も飄々とした面持ちでフィナンシェを買うと、ウルティアの店へと向かう。

 ちょうど時計台が見えたので、時刻を確認すれば現在九時十五分。少し急いだほうが良さそうだった。


「そういえば。修理屋って」


 ウルティアは自分のことを「修理屋」だと言っていた。ドアノッカーも時計の形をしていたので、時計の修理屋なのではないかと思い至る。使い捨て同然の時計が世に出回っているが、修理をしたい時計となると高級な時計が持ち寄られるはず。ノッカー団長が彼女の身を案じる理由にもなりそうだ。

 店についたらウルティアに確認してみようと思いながら、入り組んだ住宅地の石畳みでできた道を小走りに行く。

 そうして時計のドアノッカーを見つけると、彼は足を止めた。


(今更だけど。オレ、ここに住むのか……)


 壁のように立ち並ぶ三階建ての家屋のひとつ。

 考えてみれば、誰かと一緒に同じ屋根の下で生活するのは初めても同然。それも相手は護衛対象の女性ときた。中々ハードルが高そうだが、長く一緒になる可能性を考えると見栄を張ってもいられないだろう。困ったことに、ウルティアに面倒をかけてしまう不甲斐ない未来が簡単に想像できてしまう。


「……ま。なるようにしか、ならないか」


 追い出されたら、追い出された時に考えよう。

 前向きなのだか、後ろ向きなのだか分からない決意を胸に、彼はトランクを置くとドアノッカーに手を伸ばしそれを叩く。

 コンコンコン、と乾いた音が辺り一体に響くとすぐに扉は開かれた。



「おはようございます。カザムさん」



 作業服に変わりはないが、前回とは違って、快く挨拶して自分の名を呼んでくれるウルティアが顔を覗かせた。


「おはよう。今日からお世話になります」

「はい。こちらこそお世話になります」


 少しだけ畏った始まりの礼を交わしてから、カザムはトランクの上に載せたおいた紙袋を持ち、荷物を持ち直すと半日ぶりに店内へと足を踏み入れる。


「説明しながら、お部屋に案内しますね」

「お願いします」


 カザムはウルティアの後に続いた。



「ここは私の作業場と、お客様を迎える場所になっています。お気付きかもしれませんが、ここはもともと隠れ家的なバーを開こうとしていたところを改装しているので、こんな感じなんです。細かい部品とか、工具がたくさんあるのでカウンターの内側には入らないでもらえると」

「わかった。そっちには入らない」

「ありがとうございます」



 次にウルティアはカウンターの端にある開きっぱなしにされたスライド式の扉の向こうへとカザムを案内する。


「ここからは居住スペースです。一階はキッチンで、わたしはいつもそこに置いてあるテーブルでご飯を食べています」

「へぇ。思ったより広いんだな」


 店と同じ階にあるキッチンが、想像よりも広くてそう呟くと、ウルティアが強く首を縦に振った。



「そうなんです。ちょうどいいワケアリ物件があるからって、クラウスさんにお勧めしてもらったんですけど。まさかこんなに立派だとは思ってなくて。この広さが三階まであるんですよ?! これで、お家賃は大銀貨二枚。安すぎませんか?!」

「それは破格だな」

「そうですよね。クラウスさんがここを所有されているそうなんです。ご厚意に甘えすぎるのも申し訳ないと思って自分で調べた相場のお家賃を払ったんですけど、全部返されてしまって。今は結局、大銀貨二枚だけをお支払いしてます」



 ウルティアは困ったように眉根を寄せるも、ハッとして案内に戻る。



「この階段を上がって二階には、洗面所、お手洗い、お風呂があって、空いた空間はリビングになっています。三階には部屋が三つ。そのうちのひとつをカザムさんに使っていただければと」

「分かった。そうだ、これ。先に渡しておくよ」

「わぁ! これ、スターチ通りにあるお菓子屋さんじゃないですか! 気を遣わないでくれて良かったのに……。でも、すごく嬉しいです。ありがとうございます」



 ウルティアが興味津々で紙袋を覗くのを見て、少し遠かったが買ってきて良かったとカザムは思う。嬉しそうに「お茶のときに出しますね」と言いながら、彼女がささっとキッチンへ消えていくのを優しい眼差しで見送った。


「カザムさんも、甘いものがお好きなんですか?」


 戻って来たウルティアに尋ねられて、カザムは首を傾げる。

 出されれば何でも食べるし、気分が向いたら自分からも食べるが、甘いものの好き嫌いは考えたことがなかった。勿論美味しいものを食べたいとは思うが、他の食べ物についてもそんな感じで強いこだわりは特にない。


「そうだな。嫌いじゃないよ。甘い物はたまに食べたくなる」

「良かった。わたしスイーツが大好きで。自分でも作るんですけどつい作りすぎちゃうから、良ければたまに食べてくださいね」


 悪戯っぽく笑うウルティア。

 だが、カザムは思う。


(いや。この人が出してくれるものなら、たまにじゃなくても全部食べる)


 彼、カザム・ハイトは、仕事に一生懸命な真面目が取り柄の青年である。

 その大事な仕事相手であるウルティアに抱いた好感度の良さは、本人の知らないところで徐々に形を変え始めていた。



「上に案内しますね。ここで靴は脱いでください」


 ダイニングの奥にある階段を登る前に、ウルティアは履いていた靴を脱ぎ、スリッパへと履き替えた。どうやらそこがここが玄関の代わりらしい。寮ではいつでも動けるよう室内でも土足だったので、うっかり靴を脱ぎ忘れないようにしなくてはならない。カザムも同じく靴を脱ぐと、いつの間にかトランクがウルティアの手に移っていた。


「悪い。重いだろ。代るよ」

「いえ。これくらい平気ですよ。むしろ思ったより軽くてびっくりしています。武器とか、重いものが入っているのかなと思っていたので」


 重さを物ともせず、トランクを片手にウルティアは階段を登って行ってしまうから、カザムは申し訳なく思いつつ後ろをついて行く。

 二階、三階、とひとりで住むには確かに広すぎるように感じる家を案内してもらい、最後にウルティアの隣の部屋ーーカザムが寝起きすることになる部屋の扉が開かれる。

 照明なしでも窓からの日差しでとても明るい部屋には、ベッドにクローゼット、机と椅子も置いてあり、とても昨日今日で準備したものには思えなかった。



「前住んでいた方が家具を残して行ってくださったので、部屋はこんな感じです。ちょっと古くなってたり、合わなかったりしたものは、今度買いに行きましょうね」


(……一緒に行ってくれるつもりなのか?)



 言葉の綾なのか、本心なのか。ウルティアの発言を聞くたびにカザムは反応してしまう。彼女の側にいることに慣れるには時間が必要みたいだ。


「ここにあるものは好きに使ってください」

「ありがとう。こんなに充実した部屋をもらっていいのか?」

「勿論。私はちょっと掃除したくらいですから」


 ウルティアはそう言いながら、中まで入るとトランクを置いた。


「さてと。わたしは一階でちょっと作業をしますが、今日は定休日でお客さんは来ないはずなので、遠慮なく分からないことがあったら聞いてくださいね」

「分かった。片付けが終わったら顔を出すよ」

「はい」


 部屋に残されたカザムは、とりあえず肩から荷物を下ろす。部屋の家具や収納を確認すると、荷を広げてそれをしまった。

 ひと段落すると、彼はベッドに腰かける。ここに住むのだということが、少しずつ現実味を帯びていた。よくよく考えてみれば、遠征で外泊することは何度もあっても、誰かの家に泊まったことはゼロとは言わないがあまり経験にない。食事、洗濯、入浴、掃除……家事一般をどのようにこなしていくべきなのか、考えあぐねる。


「そういえば。結局、部屋の鍵とか結界石の話はどうなったんだ?」


 彼女が読んだクラウスの手紙に何と書いてあったのかは今でも謎のままだが、それのお陰でウルティアが最初に見せたような警戒心を向けることはない。男と一緒に住むのに警戒心がないというのも問題があると思うのだが、こちらには彼女を傷つける気などさらさらないので、やり易くはある。


「……それは後回しでもいいか。それより店の周りの治安を確認しないとな」


 カザムは立ち上がると窓の外を覗く。少し傾斜のある場所に建っているようで、店の入り口とは反対側の景色にはクリッサンサマムを守るラセン河が見えた。壁のように家屋が立ち並ぶ道は人通りも少なく、薄暗いので心配だったのだが、この景色にはいい意味で期待を裏切られる。きっとこの部屋が三階でなければ、こんな風に都を見下ろすことはできなかっただろう。

 ふと、仕事で王宮に行く時には山を登るので、都の景色など見る機会はいくらでもあっただろうに、こうして景色を見ることはなかったことに気がつく。カザムは感慨に浸かりながらしばらく景色を眺めると、そっと窓から離れるのだった。







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