出会い02
泣きたくなるような安堵は、徐々に落ち着いていく。ウルティアとなら任務も上手くやれそうだと、出会って数分の彼女に対してカザムは漠然と感じていた。
改めてウルティアを見つめてみれば、格好はともかく、肩にかかるくらいの暗い亜麻色の髪は艶を帯び、緑の目はパッチリしていて整った顔をしている。母親がアルサールにいると言われてみれば、確かに西系の面影がある気がした。
「どうかされましたか?」
じっくり見すぎたようだ。ウルティアに尋ねられてカザムは慌てる。
「いやその、生まれはどこなのか気になって」
「生まれも育ちも西国です。こっちに来てまだ一年くらいなんですよ」
そうと聞いて彼は驚く。
「驚いた。流暢なナシェ語りだから、東の人かと」
「父がクリッサンサマムの狩人だったので」
「そうなんだ」
ウルティアが王都に馴染んでいることに納得しながらも、カザムは先ほど父親の話がなかったことを思い出していた。何となくだが、亡くなっているのかもしれないと彼は察する。それ以上この話題を掘り下げることはしなかった。
「さて。この四枚目の便箋はクラウスさんからハイトさんへのお手紙だそうです。彼のご指示に従うと、ハイトさんがこの任務を受けたくない場合にはお渡ししないことになっていますが、どうされますか?」
クラウスという名前を聞いて、カザムはギョッとする。
「ま、待ってくれ。クラウスって、まさかクラウス・ノッカー団長のことなんじゃ?」
「団長? 確かにクラウス・ノッカーと署名がありますが、クラウスさんってやっぱりお偉い方なんですか? この店の常連さんなんですが……」
「偉いも何も。彼は王宮狩護団の三団長のひとりだぞ?」
「……サンダンチョウ……」
団長の凄さをいまいち理解していないウルティアに気がつき、彼は唖然とする。だが、クリッサンサマムに来てまだ一年しか経っていないのならば、知らなくても仕方ないことなのかもしれない。
「王宮狩護団は九つの隊に分かれているんだ。隊をまとめるのが隊長。そして、その九つの隊を三つずつ束ねているのが団長だ。ノッカー団長は四、五番隊とオレのいる六番隊を管轄してる」
「……薄々気がついてはいましたが、そんなに凄い方だったんですか」
ははあ、とウルティアは感嘆のため息をもらす。彼女の余裕ある素振りとは打って変わって、カザムはさらに困惑させられていた。
(隊長でもないオレに、団長から直々に任務が下されるなんてことがあるのか?)
もしかしてこの任務は自分が思っているより、重要なものなのではないかという考えに至る。
彼が気難しい顔をしているのが分かったウルティアは、慌てて付け加えた。
「わたしの父がクラウスさんと知り合いで、彼には個人的にとても親切にしてもらっているんです。これもその延長なんだと思います。身辺警護とありますが、ここで危ない目にあったことはありませんし、『お目付役』と捉えてもらったほうが正しいかもしれません。なんだか、巻き込んでしまって申し訳ないです」
彼女は困ったように笑う。
「この手紙によるとハイトさんが断ったとしても、他の方が付くそうなので、そう気を負わず検討していただければと」
ウルティアはそう言って、自分で淹れてきた茶を飲んだ。
厄介払いだと思っていたのに、それには見合わない上官から与えられた任務。少し自分は卑屈にものを考えすぎていたのかもしれないと、カザムは気がつく。陰気な思考は一度頭の隅に追いやって、ウルティアに向き合う。
「オレはどんなことだろうと与えられた任務は遂行するつもりだよ。君のほうこそ、“オレみたい”なのが側にいることになるけど、嫌じゃない?」
最初に言われたことを聞くと、彼女は罰の悪い顔をする。
「正直に言ってしまうと、武人の方に苦手意識があって……。あ、嫌いな訳ではないんですよ。クラウスさんとも仲良くさせていただいてますし。これはわたしの気持ちの問題で。ハイトさんが仕事熱心で誠実な方だということは、このお手紙で熱く語られていたので疑うつもりはありません」
カザムは「え」と声を漏らす。
(一体、その手紙には何が書かれてるんだよ)
ノッカー団長は面倒見の良い人で、そこそこ実力があった自分にも一目おいてくれていることは自負していた。それでもまさかそんな風に自分を紹介するようなことをしてくれるとは、嬉しいを通り越して気恥ずかしい。
「さっきはあんな風に拒絶して、すみませんでした。決してあなたを嫌って言った事ではないんです」
「いや、謝らなくていいよ。嫌われていないなら、それでいいんだ」
改めて謝罪されてしまい、カザムはすぐに許しの言葉をかける。
「四枚目、読ませてもらってもいいか?」
「はい」
ウルティアはテーブルの上でスッとそれを滑らせた。一枚だけ別できっちり折られた未開封の便箋を開くと、そこに書かれていた文字は想像よりとても少ない。すらすらと目を滑らせる。
『私個人として、彼女のことは非常に気にかけている。お前を信用してウルティアのことを任せる。きちんと彼女のことを知れば、お前にとって必要なものも得られるだろう。
彼女の知識と技術は貴重なものだ。万が一を未然に防ぐため、六番隊カザム・ハイトにウルティア・ユーゴ専属の護衛任務を課す。
並行して市井の監視役となり、有用な情報を掴み次第、随時報告をすること。したがって、王宮狩護団としての身分は隠すことを命ずる』
間違いなく、クラウス・ノッカーの署名がされていた。さらに下に目を滑らせると、まだ何か書かれている。
『(追伸)もしウルティアに悪い虫が寄ってくるものならば、容赦なく排除してくれ』
ただならぬ思いを感じ取り、カザムは沈黙する。ウルティアとクラウスの間には、強い関係があるみたいだ。
彼は読み終えたそれを畳み直し、懐にある肩掛けバッグにしまう。任務を承諾したことを確認したウルティアが、にっこり笑った。
「改めて、これからよろしくお願いします。わたしのことはウルティアでも、ウルでも好きに呼んでください」
「こちらこそよろしく。オレのこともカザムでいいよ。身分は隠すことになっているから、気軽に接してくれると嬉しいかな。気になることがあればすぐ言ってほしい」
「わかりました」
気になることは沢山あるが、彼女を知る時間もまた沢山ありそうだ。緊急性もないようだし、焦ることはないとカザムは自分に言い聞かせる。
「さて。そうと決まれば準備をしないと」
「準備?」
「あ、一度本部に戻られますよね。うちには特に男性用のものとか置いてないので、必要なものは持参していただけると」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一体なんの話を?」
ウルティアが何を言い出したのか分からず、彼 は戸惑う。何か不味い予感がするのだが、気のせいだと思いたい。
「え? クラウスさんから、空いてる部屋にカザムさんを泊めて欲しいとありましたが?」
「は!?」
三枚目の最後のほうにきちんと書いてあると思いますよと言われ、カザムは慌てて手紙を読み返す。そういえば、「無期限」と書かれたあの一文に気を取られて、あろうことか最後までちゃんと目を通し切れていなかった。
(いやいや、冗談だろ!?)
何をどうすればそんな話になるんだと、彼は食い入るように文字を追う。だが、そこには確かに「店に居住すること」と書いてあり、彼は本気で自分の目を疑った。ついに頭がおかしくなって幻覚でもみているのかと、一度目をそらして変わった味のする茶をすすり、気を落ち着かせてから再び書類に目を落とす。
「……幻覚じゃ、ない……」
そこには変わらぬ文字の配置が鎮座しているだけだった。カザムの様子を前から見ていたウルティアはフッと息を漏らして笑う。
「そんなに驚かなくても。シェアハウスだと思えば別に気にすることはないと思いますよ」
「いや、おかしいだろ!? 君以外にここに住んでいる人がいるのか?」
「いえ。一人暮らしですよ。ここ思ったより広くて、ちょっと寂しいなと思ってたところなので嬉しいです」
つまりカザムがここで生活することになれば、それは男女の同居になってしまう。
「嬉しいって……。君、男と一緒に住む意味分かってる?」
「勿論分かっていますよ。誓ってカザムさんを襲うようなことはしないので、ご安心ください。あ! もし不安なら、部屋に鍵をつけましょうか」
「違う、そうじゃない……」
見かけによらず、とんでもないことを言う人だ。カザムは思わず突っ込んでしまうが、ウルティアに彼が言いたいことは伝わらない。
「普通の鍵では、開けられる可能性がありますよね。では、精霊石で結界を張るというのはどうでしょう?」
(何でこの人、自分が襲う側と仮定して話を進めてるんだよ……?)
普通、力の差を考えれば、男が警戒される側だろう。そんな風には見えなかったのだが、彼女は自分から攻めるタイプなのかと複雑な気持ちになった。
「えっと……」
カザムが何と答えれば良いのかと言葉を濁すと、ふたりの間に少しの沈黙が流れる。彼はほんのわずかな時間ウルティアから目をそらすと、ふと視線を元に戻す。そして「一度この件は本部で確認をさせて欲しい」と言おうとし、開いた口を——再び閉じた。
(え……?)
再度見たウルティアの様子に、鼓動がドキリとひとつ大きく音を立てる。
先ほどまで飄々と話を進めていた彼女は、みるみるうちに顔を真っ赤にして口をぎゅっと噛み締めていた。それはまるでじわじわとやってくる恥ずかしさを堪えているような、そんな表情だ。
「すみませんっ、こんなこと言う女、普通に引きますよね! あ、あの、本当に嫌なら無理しなくて平気だと思います! でも、その、毎日ここに来るなら、いっそのこと最初からここに住んだほうが色々便利じゃないのかなーと。ここはお城から遠いから、通勤時間も短くなりますし。それに側にいてもらえるなら、一緒に食事をしたいな、とか。あっ。でも、ずっと仕事相手と顔を合わせるなんて疲れちゃいますよね。うわ、そんなの嫌ですよね。すみません、えっと……」
沈黙を嫌うかのように饒舌になるウルティアにカザムはキョトンとしていた。目を泳がせながら話す彼女は、次第に自信がなくなっていくのが分かる。
「そのっ、気が利かなくてすみませんッ!」
最後、居た堪れなくなったウルティアが叫ぶように謝った。
「あっ。お茶が冷めてしまいましたね。今、新しいものを淹れてきます!」
「いや、これで構わ——」
その場を逃げ出すようにして奥の部屋に消えていってしまったウルティア。亜麻色の髪からちらりと見えた耳まで赤くなっていた。
その様子からして、きっとウルティアは自分に気を遣わせないために、あんなことを言っていたのだと彼は理解する。せっかくの気遣いを自分がまともに受けてしまったせいで、彼女はあんな風に赤くなっていたのだろう。その慌てふためき方からして、到底ウルティアが襲ってくるようなタイプではないであろうことをカザムは察する。
(——は? そんなの可愛いすぎるだろ?)
仕事一筋狩人カザム・ハイトの中で、何かが芽生えた瞬間であった。
……ということで。
本作は、カザムがウルティアに惚れ込む話です。
「続きが気になる!」という方は、是非ご評価お願いします!