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出会い01

気分転換連載はじめました。

主人公が隻腕でハンディキャップに立ち向かう描写が多く出てきます。苦手な方はスルーしてください。

どうか温かい目でお読みくださいませ…




 〈聖女〉とは、神の導きによって異世界からこの世界にやって来る黒髪黒目に金色の肌をもつ女性のことを指す。

 古い文献によれば、彼女たちは神の御技とも称されるほどの治癒の力を例外なく神に与えられてこの世界に召喚されてきたそうだ。その人間離れした能力から「神の使徒」「神の化身」なんて呼ばれることもあり、どれが正解という訳でもなく、それらはきっとどれも正しい表現なのだろう。でも、まあ一番呼びやすいのは「聖女」で、ほとんどの人間がその存在をそう認識している。


 ただ、異世界人の彼女たちから「狩人と魔獣の世界」と称されたこの世界に、召喚された聖女が生きていたのは二百年も前の話。


 その神のナンタラとも呼ばれることがある聖女さまだって人間だ。彼女が生きていられる時間にも限りがある。

 時がくれば、万能な治癒の力に頼ることはできなくなり、人々は再び癒えないキズと共に生きることとなる——。






 ◆◆◆






 人を喰らう魔獣の脅威から、鎮守の森と清らかな大河に守られた東の大国・王都クリッサンサマムのとある一角。

 閑散とした住宅街にある人気のない細い通りを、ローブをまとった赤髪の青年が歩いていた。

 彼の名は、カザム・ハイト。今年で二十三歳になるこの国の王宮に仕える狩人だ。

 今は顔半分を筒状の布マスク(バフ)で覆っているため表情が分からないが、凛とした眉にオオカミの瞳は意志の強さを感じさせる。

 そんな彼の足取りはどこか重く、目的地に近づくにつれて何度も歩みは止まりかける。普段、仕事一筋なカザムには中々珍しい様子だった。


 ——だが、まあ、それもそのはずで。

 カザムがこれから望む任務は、要人警護と銘打ってはいるが、実際には厄介払いもいいところ。とある理由で使えなくなった自分は左遷されたも同然だとカザムは察していた。


(それでも、もらえる任務があるだけまだマシ……か……)


 ついに連棟の指定された扉の前へたどり着つくと、カザムは仕方なくマスクを下ろす。

 その下から現れたのは、誠実さのにじむ爽やかな顔つきだった。赤髪も短いからか、見目からは好青年らしさが漂っている。



「一体、何の店なんだ。ここ……」



 カザムは周囲を確認してみたが、全く情報を聞き出せるような人がいないことを悟り、諦めて扉と向かい合う。前もって知らされていなければ、そこが店だとは絶対に気が付かなかっただろう。それはどこからどう見ても誰かが住んでいる家にしか思えない。嫌がらせなのか、「とにかく行けばわかる」という上司からの一言だけでここを訪ねることになっていたカザムには不安しかなかった。



「……行くしかないか」



 ため息混じりに覚悟を決めると、唯一の目印である時計の針がデザインされた変わった形のドアノッカーに手を伸ばした。

 コンコンコンと乾いた音が辺りに響き、暫くするとゆっくりと扉が開く。



「はい。いらっしゃいま——」



 最初に彼を出迎えた声は若い女性の声。

 それから現れた作業服姿の亜麻色の髪をした娘は、カザムの顔を見上げた瞬間、緑色の瞳を見開いた。ものすごく驚いたようで、彼女はぴたりと動きを止めてしまう。



「こんにちは。〈王宮狩護団〉の」



 カザム・ハイトだ、と名乗ろうとした言葉はそこで止まる。なぜなら、今し方出てきた娘が全く聞く耳を持たない素振りで扉を閉めようとしたからだ。

 瞬発的に閉まりそうになる扉を右手で掴んだカザム。その行動は正解で、娘は扉を閉めたが最後彼を店に入れる気は一切なかった。



「ちょっと待って、オレは」

「な、何かの間違いだと思います。ここはわたしの住んでいる家です。店なんかじゃありません。お引き取り願います」

「いや、今絶対『いらっしゃいませ』って言おうとしたろ? オレは城からの使いで、店主のウルティア・ユーゴに会いに来たんだ。そう警戒しないで欲しい」

「お城? 嘘ですね。わたしのことを知っている人なら、あなたのような方は絶対寄越しません!」



 それを聞いたカザムには疑問符が浮かぶ。

 今の言い方からすると、どうやらこの店の店主である「ウルティア・ユーゴ(二十歳)」は目の前の彼女ということになりそうだ。となると彼女こそ王宮と何かしらの関係がある人物で、自分の護衛対象であるはず。それなのに「あなたのような方」という風に拒絶されてしまっては、任務に大きく影響が出る。

 あまりにもウルティアが一生懸命扉を閉めようとするので、カザムは致し方なく右手に力を込めて扉を開けた。


「うわっ」


 ドアノブを掴んだままだったウルティアは扉と一緒に、引っ張られて体勢を崩す。


「っと」


 思いの外、勢いよく彼女は胸に飛び込んで来た。亜麻色の髪が視界のすぐそこに揺れ、カザムは咄嗟にそれを受け止める。

 抱き留められてウルティアが何かに気がつきハッと彼を見上げたところで、カザムは言う。



「それでもオレは〈王宮狩護団〉の狩人なんだ。まずは話だけでも聞いてくれないか」



 困ったように眉を下げたカザムを見て、ウルティアは口をつぐんだ。気まずそうに目線を下げて彼から離れると、そこで初めてまともにふたりは向き合う。

 ウルティアはまだ困惑しているようだが、少し冷静になったようで「大変失礼致しました。どうぞお入りください」と頭を下げ、カザムを店にあげた。




 中に入ると正面に、大きく陣取る立派なカウンターが目につく。それはバーカウンターのようで、奥には大きな棚が見えた。ただ、その棚に並んでいるのは酒の瓶ではない。まるで薬屋のような小さな引き出しが沢山ついており、よく見てみればそれらは後付けされたものだと分かる。


(バーを改装したみたいだ)


 カザムはこじんまりとした店内を見回した。

 カウンター前のスペースには向き合うようにしてぎっしり書物が詰まった本棚が並んでいる。出入口がある壁とは反対側には、部屋を仕切るようにしてカーテンがかかっていた。何か見せ物でもやるために設けられた小さ目の舞台なのかもしれない。

 家具に木材が使われているせいか、照明が明るいからか。温かみのある室内で今は全くバーには見えない。

 どちらかというと喫茶店のような雰囲気が漂っているのだが、その店主が作業服つなぎを着ているのはおかしいだろう。

 彼はヒントを逃さないように、ゆっくり中へと進んだ。



「お好きな席にどうぞ。今、お茶を出します」

「ありがとう……」



 どうやらこの店には彼女しかいないらしい。カウンター奥にある扉から別室に入っていったウルティアを見送ると、カザムはひとつ息を吐いた。五つほど並んだ脚の長い椅子のひとつに腰かけ、彼はローブの下に隠れていたバッグから手紙を取り出す。

 ちなみに手紙の内容は詳しく聞かされていない。本当に訳の分からぬ任務を押し付けられてしまったものだ。何年ぶりかに、仕事が億劫に感じる。


(店内をみれば流石に何の店か分かると思ったんだけど……)


 そっとカウンターの内側を覗くと、そこは沢山の工具が並べられて作業台になっていた。確実にドリンクを作る場所ではなくなっている。

 相手の仕事すら分からないという前途多難な状況だが、カザムは課された任務をこなすだけだ。もしも今回の任務さえまともに出来ないと判断されれば、そう遠くない未来、自分は王宮狩護団を去ることになる。今はやるべきことをやるしかなかった。トレーにカップと茶菓子を並べて持ってきたウルティアを見て、カザムは思考を切り替える。



「どうぞ。それで、ご用件は?」



 礼を言いながら受け取ったカップからは、湯気が立ちのぼり良い香りがした。紅茶ではないようだが、一体なんの茶だろうかと考えつつも、カザムは口を開く。



「確認なんだけど、君がウルティア・ユーゴで間違いない?」

「はい。正真正銘、わたしが『修理屋』のウルティア・ユーゴです」


(修理屋?)



 聞き慣れない職が気になるが、彼もここで引くわけには行かないので強気に話を続ける。


「オレは〈王宮狩護団〉六番隊に所属しているカザム・ハイト。今日は君にこの手紙を届けに来たんだ。ここには護衛任務についての詳細が書かれているから、今確認して欲しい」


 机の上に置いておいた上質な紙でできた封筒をカザムは渡す。ウルティアは怪訝な顔だったが、封蝋の紋章を見てそれを開く。四枚にも及ぶ便箋に目を通す彼女は、表情の変化がそれは豊かだった。誰からの手紙か分かったからか、最初は穏やかな優しい顔だったのに、読み進めていくにつれて段々と眉間にシワが寄っていく。二枚目に差し掛かったあたりでは、「え!」と声を上げるものだから、様子を伺っていたカザムはとても内容が気になった。


「……それはずるいよ。こんなこと言われたら、断れないじゃないですか……」


 読み終えたウルティアはため息混じりに本音をこぼす。手紙から視線をあげると、彼女はカザムを見た。


「ひとつ伺っても?」

「オレに答えられることなら」


 カザムはこくりと頷く。


「ハイトさんには家族や、恋人、好きな人はいないのでしょうか?」


 予想の斜め上をいく質問に思考が停止したが、自分に答えられることなら答えると言った以上、嘘をつく訳にはいかない。彼は不思議に思いながらも、その質問の真意を尋ねることはせずにウルティアに答える。



「孤児だから家族という家族はいないし、一応言っておくと結婚もしていない。オレは仕事を優先するからか恋人もいないし、今のところ好きな人もいない。……答えになってる?」

「はい。プライベートなことをズケズケと聞いてすみません。でも、その、非常に大事なことなので。ついでにわたしもお答えしておくと、家族は母親が西の大国アルサールに。ハイトさんと同じく恋人も好きな人もいません」



 彼女はそう言い終えると、手紙で何かの指示があったのか、覚悟を決めた様子で三枚目の便箋をカザムに手渡す。

 読んでみると、そこには今まで謎だった任務内容が書かれていた。最後まで目を通した彼は、何故ウルティアがあんな質問をしたのかを理解し、同時にこの任務が本当に厄介払いのためのもので、自分は狩団から見捨てられたのだと理解した。



「無期限の隠密行動及び要人の身辺警護……」



 王宮に仕える狩人には、要人警護の任務はよくあることだ。だがしかし、彼らの本質は狩人であり、魔獣を狩ることこそ生き甲斐で、また誇りだった。


(オレにはもう、その資格はないってことか……)


 カザムは顔を歪めて、左肩に視線をぶつける。

 今はローブで隠しているが、注意をしてみればそのことはすぐにわかる。右肩とは違い、左の肩にかかるゆったりとしたローブの袖は下に向かってストンと落ち、あるべき膨らみがない。




 カザム・ハイトは先の任務で左腕を失っていた。




 現存する〈最上級回復薬〉で一命はとりとめたものの、肩から大きく欠損してしまった利腕はもう戻ってこなかった。王宮狩護団のなかでも指折りの実力者だったカザムだが、一瞬でその輝かしい軌跡は絶たれてしまった。もう以前のように狩りはこなせない。

 正直、ウルティア・ユーゴという人物が脅威にさらされるような人間には見えなかった。本当に彼女が要人であるならば、こんな状態の自分を警護役につける訳がないだろう。



(こんなことになるくらいなら、あの時大義を果たして死ねれば——)



 不毛な考えが頭をよぎった時。



「生きていれば、聖女さまに治してもらえるかもしれません」



 まるで自分が考えていることを見透かされたような言葉がかかった。

 我に返ってウルティアを見れば、宝石のように神秘的な緑の瞳がこちらを真っ直ぐ見つめている。彼はその目に息を飲んだ。


 ーー可哀想に

 ーーよく頑張った

 ーー実力不足だろ

 ーー戦力外か……

 ーー何か力になれることがあれば言えよ

 ーーさっさと退団すればいいのに

 ーーお疲れ様でした。……後は任せて下さい


 それは今まで耳にした隻腕の自分に向けられた言葉の数々。色んな視線を受けるのも疲れたが、何より、それらを少しでも気にしてしまう自分にどうしようもない嫌気が差していた。

 命の危険を伴う仕事柄、それなりの覚悟はあったつもりだったが、実際のところは簡単に受け入れることができなかった。

 手紙に書いてあったのかは分からないが、きっとウルティアも自分が隻腕だと知って、今の発言をしたはずだ。下手をすると初対面の人相手に「いつ起こるかも分からないそんな話にすがれるか」と吐き出してしまったかもしれない。それをしなかった現在の彼は、オオカミの目を見開きウルティアの声を頭に反芻させていた。



「今、魔獣の活動は活発化しています。〈魔獣王の再誕〉の可能性が高いことをご存知では? もしそうであれば、この大陸のどこかに聖女さまが召喚されるはずです。だから、生きてさえいれば可能性はゼロではありません。今回の任務は、それまでの充電期間だと思えばいいと思いますよ」



 淡々と事実を語るウルティアからは、同情など微塵も感じない。それはカザム・ハイトという存在に向き合って与えられた、今までで一番現実的なアドバイスだった。


「ッ、」


 カザムは言葉に詰まった。自分でも名状できないような感情が胸にこみ上げてきて、ぐっと歯を食いしばる。何か返事をしなければと思ったが、彼が紡ぎ出せたのは「そっか」という一言と、泣き顔にも似た笑みだけだった。



 どうやら今日初めて会ったこの人がくれた言葉は、自分が一番欲していた言葉だったらしい。




書籍準備中の『軍人少女、皇立魔法学園に潜入することになりました。〜乙女ゲーム? そんなの聞いてませんけど?〜』に足りない糖分を、こちらの作品で提供させていただきます。


書き進めていたら思いの外話が膨らんでしまい、第二部の予定がありますが作者のモチベーション次第です……。(微ざまぁできるかなぁ……)



続きを読まれたい方は、

是非「ブックマーク」「評価」「感想」をお願いいたします!!



*本日はもう一話投稿します。


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