元公爵令嬢が襲来しました。
2019/06/11 誤字脱字の修正をしました。誤字脱字報告ありがとうございました。
商談だとやってきたのは、先日行方をくらましたご令嬢でした。
「はぁっ!?」
「あら、いやねぇ。腹芸の一つもできないんですの?」
彼女はそれはそれは優雅に白磁の茶器を持ち上げて目を眇める。
「羽振りは良さそうですわね。海向こうのライツ産をひとそろい」
とりあえず通した応接室を見回して、これ見よがしにため息をつく。
「バラバラすぎて悪趣味ですこと」
……生粋のお嬢様の目に叶うとおもっていないし。
大体、なんでここに来たし。
私、悪いことしましたっけ?
「ねぇ、はとこ。何しに来たの?」
「ええ、はとこの子、私自立することにしたんですの」
きらっきらの目で断言した。
本当にこの人どうにかして。
彼女と私の関係は遠い血縁だ。私のほうがソレの原泉に近い。
かつて、魔女、魔法使いと呼ばれたもの。
今では大体は己の血を知らず暮らしていた。目覚めた者たちを回収してそれとなく教育して各地にばらまく活動をしている。
どこから知ったのか彼女は私たちに接触し、それとなく便宜と支援をしてきた。いつか役に立つかもと笑った彼女は当時10才。
私たちはそれはもう戦慄した。
何をさせられるのだろうかと戦々恐々していたが、とくになにもなく私たちと文通していた。
暇つぶし、息抜き、愚痴、興味本位。
そういう八年ほど。
はとこなどと軽口をたたけるほどには仲が良くなったと思う。
こうも堂々と本拠地に乗り込んで来ることは今までなかった。
私が顔を合わせるのも実は三度目ほどだ。
昔から美少女だったが、迫力系美人に成長している。地味な装いが逆にまずい。ここまで良く無事で。
と思ったが、彼女はとても普通じゃなかった。ちょっかい出したヤツの心配が必要なほうだった。
そんな彼女がやる気になっている。
魂が抜けそうな気分だが、気を取り直して問う。
「説明をしていただけますか。レディ」
「あら、把握してるのではなくて?」
「脳筋が予想に反して婚約破棄なんてやらかして、カンカンになって出奔した」
本拠地の業種が業種なのでうわさ話はすぐに集まってくる。今回は情報操作のあとが感じられる。いつもよりも統制の取れた情報だった。
この目の前のお嬢様は公爵家のご令嬢で、次期騎士団長の婚約者だった。
それが他の女を作って、愛人にするのではなく妻にするので婚約破棄すると人目あるところでやったそうだ。
正直。頭悪い。
家同士の問題なんだから当主に言え。
とりあえず婚約は破棄したものの彼女は行方不明になってなぜか私の目の前にいる。
私たちはとても心配して、探し回っていた当人がこうもあっさり顔をみせると複雑な気持ちになる。
知ってて逃げ回って、不意打ちでやってくるところがイヤだ。
「ちょっと違いますわよ。二度と政略結婚なんてしてやるものですか。修道院もお断りなので、お父様と喧嘩して勘当してもらいましたわ」
確かに実家にいたらあっと言う間に次の縁談はきまりそうだ。
だから勘当してもらうって。
しかもなんだって、ここに。
「……ここが、娼館って知ってます?」
ここは娼館が乱立する地域の高級娼館の応接室だ。
色々あって私たちの本拠地となっている。
ここでは体だけの関係というよりは愛人契約に近い。場合によってはパーティーの同伴者になったり、観劇などの娯楽のお供をしたり、サロンに出入りしたりもする。
「存じてます。別に私が体を売る気になったわけではありませんよ?」
「雑用もしないでしょう?」
「出来ると思いますの? もし修道院行っても何も出来ない自信がありますのよ」
「でしょうね」
これで生粋のお嬢様ですものね。
庶民の日常的なアレコレができればさっさと別の国にでも逃げているだろう。誰かの世話がなければ生きていけないし、その知識が役に立つのはその階級だけのことだ。
「私が居た時点での情報、作法知識と引き替えにおいて欲しいの」
だめかしら?
そう言って首をかしげる仕草にギャップ萌えしそう。
……そうじゃない。大体、想定していた範囲内だ。用心棒にしてとか言い出さなくて良かった。
「戻ったら?」
しかし、心を鬼にして断る。私以外は喜んで迎えそうだからだ。
私としても教官として欲しいが、嫁入り前のご令嬢を置いておく場所ではないから断った体裁が欲しい。
主に彼女の実家対策に。
「戻るとしてもほとぼりが冷めるまではムリですわね。婚約者ぶん殴って泥棒猫と一緒に教会放り込んで、お金を積んで許可証もでっち上げましたから」
真相が思ったよりバイオレンスだった。
婚約者って次期騎士団長だったんじゃないかなぁとか、止めとして結婚させてきたんだよねとか突っ込みたい。
好意ではなく嫌がらせとして結婚させるとはどういうことかというと。
婚約期間をおかない結婚は子供が出来た場合くらいしかやらない。
しかも婚約破棄してすぐに結婚など本当に外聞が悪い。
これで喜ぶようではダメなんだけど、噂に聞く彼女の婚約者はちょっと考えが足りない。
だから、その足りない分を補う嫁を用意していたのだけど。
大人しく尻に敷かれて居れば彼女は大体のことを大目に見てくれただろうに。
「何をして婚約破棄なんてなったの?」
「別に私からはなにもしていませんよ。正直愛人くらいつくるのは普通です」
「本音のところは」
「何が悲しくて、興味のない男に嫉妬している風を装わねばいけないのよ。無駄だわ。
愛人ならいくらでも。と言ったら反射的に言われたようですね」
破棄させたかったのでは?
とはたぶん聞いてはいけない。それを指摘すれば全力で叩きのめされそうに思える。物理的に。
「仕方ないなぁ」
「いていいのかしら?」
「おばばの指示を聞いてくるよ。はとこの頼みだから」
「うん」
……幼い少女みたいな顔で言って。
「まずはあなたから教育し直しですわね。一応、私、商談としてここにいますのよ?」
地獄のような宣言に悲鳴をあげる日々が待ち受けていた。
相互の誤解があったことに気がつくのはちょっと先のことだった。
私。
男装した少女と思われていた。
遠い昔に前世の記憶があったような気がしないでもない。
ご令嬢については微妙な気持ち。
ご令嬢。
物理的に強いご令嬢。
それなりの教育をされてきたので表では元婚約者を立てていた。
文通やら支援はご令嬢らしくするのが苦手で勉強からの現実逃避の意味が強く、切羽詰まっているときほど熱心だった。




