その天才が堕ちるまで
唐突なクソ重シリアス
思えば詰まらない人生だったとしみじみ思う。
人生はいつだって神様が気まぐれに、ランダムロールで生まれながらの才能を分配するクソゲーである。その運ゲーによって人生における全ての優劣が決まってしまう。
どうやら神様はチートキャラを作りたかったようで、僕にあらゆる分野において、秀でた能力を持たせてしまった。大した努力もしていないのになんだって出来てしまうような、そんな能力を。
世間一般で、僕のような異端な人の事を『ギフテッド』と呼ぶらしい。
勉強に手を出せば全国模試で一位を取る頭脳を持ち合わせ。
音楽コンクール、美術コンクール、書道大会その他多くの大会やコンクールで最優秀賞を総ナメし。
果ては高校生で国際オリンピックに参加し、金メダルを取ってしまったり。
望んでいないのに、そんな優秀過ぎる能力を持って生まれてきてしまった。
身内と、見知らぬ誰かに期待され続けられて。その逆に、沢山の人間に嫉妬の言葉、視線を向けられ続けて。
僕は、ずっとそういう人生を歩んできた。
◇
鬱屈とした僕の心情を表すかのように、重たい雨の音が耳朶に打つ。
徐々に暗くなっていく町並みに、雨の音と車が走行する音、仕事終わりの喧騒とした会話の声が聞こえてくる。
そんな外界の音を塞ぐようにイヤホンを耳にする。パーカーのポケットに片手を突っ込み、もう片手に持つ傘に雨が打ち続ける。
通り過ぎていく車のテールランプをぼんやりと眺めながら、不健康な血の如く真っ赤に染まる信号の色が変わるのを待つ。
(こうしている時間が一番落ち着く)
何も僕を縛らない、自由な時間。
現在、僕は雑誌の取材に向かっている途中なので、実際には自由と言う訳ではないが、それでも僅かに与えられた自由な時間には変わりない。
あまりにも多忙過ぎる日々。僕はそんな日常がずっと続いていることにすっかり慣れてしまった。
慣れすぎてしまった故か。
(つまらないな)
本当につまらない。僕がやる事成す事全て上手くいってしまう。
生まれてこの方、挫折と言うものを経験したことが無い。どんな分野でもやればやるだけ技術は向上していくし、すぐに対等に戦える相手がいなくなってしまう。
何か、一つでも夢中になれる事に出会う事が出来れば良いんだけど、僕は飽き性だからきっと無理だろう。
視線を前へと向けると、不健康な血の色が、歩き出せとその色を変える。
色が変わると、隣に立ってARデバイスを操作していた女子高生らしき女の子が慌ただしく走っていった。同時に、その女の子の行方を阻まんと、速度を上げて迫り来るトラックが視界の端に映る。
(信号無視か)
僕はこれから起こり得るだろう出来事をなんとなく予感しながらも興味無さげに信号を渡り始める。
先ほど隣を走っていった女の子の悲鳴がイヤホン越しに聞こえてきた。早く逃げれば良いのにと思ったが、すぐ傍まで迫り来るトラックに恐怖で身動きが取れなくなったのだろう。
(……仕方ないな)
僕は軽く駆け出し、目の前で硬直してしまった少女の腕を引っ張ると、入れ替わるような形になる。
(……交通事故はまだ経験したことが無い。……この先に起きる未来は一体どんなものなのだろうか)
その瞬間、周りの景色がゆっくりと見えるようになった。雨すらも雫が見える程にゆっくりと重力の流れに従って地面へと落下を続ける。
これが俗に言うタキサイキア現象というやつだろうか。非常に……面白い現象だ。
(恐らく僕は死ぬだろう。それでもいい。終わりが見えない人生にはもう飽き飽きしていた)
入れ替わった少女が、驚きの表情でこちらを見つめる中、僕は突っ込んでくるトラックに笑顔を向けて。
ああ、これでやっと終われる。次はどうか―――。
何も持たざる者となって生まれますように。
◇
『次のニュースです。昨日、日本が誇る体操選手、新藤明人さんが○○県○○市の交差点で赤信号を無視した大型トラックに轢かれてしまいました。事故に居合わせた女性によってすぐに救急車が呼ばれ、意識不明の重体で○○病院へと搬送されました。少しでも遅ければ亡くなっていた可能性が高いとの事です』
『大型トラックに轢かれて生還するのは相当な奇跡ですね…。跳ね飛ばされた時に無意識化で受け身を取っていた可能性が高いとのことですが、にわかに信じられません』
『しかし、地面に身体を打ち付けたときに頭を強打したとの事で…。脳になんらかのダメージが残っている可能性があるとのこと。病院からの回答は、ほぼ間違いなく身体に障害が残るでしょう、とのことでした」
『どちらにせよ、この事故の影響で日本の体操業界は大きく揺らいだと言っても過言ではないでしょう。…次のニュースです』
ピッ。
指で触れると手前に表示されている画面に映し出された映像が途切れる。
僕―――新藤明人は一つため息を吐くと、ぼんやりとした意識で真っ白な病室の天井を眺めた。
(なんで生きているんだ、僕は)
結論から言おう。僕は生き残ってしまった。大型トラックに轢かれてしまったというのに。どうやら、僕はよほど神のお気に入りという事らしい。
だが、生き残ってしまった代わりに、思わぬ成果を得る事が出来た。
もぞり、とベッドの上で身体を動かして、冷え切っている下半身の感覚に口元を動かす。
(足を両方とも動かす事が出来ない)
自分の意思で足を動かす事が出来なくなっていた。それは、人生で初めての経験。
じわじわとその感覚を咀嚼すると、僕は思わず歓喜の笑みを浮かべる。
「これが、初めての挫折…!これが無能感…!!なるほど、出来ないというのはこういう感覚だったのか…!!」
僕はそのまま狂ったように笑いが止まらなくなった。
生まれてから直ぐに芸事やらなにやら色々やらされ、出来ない事が無かった僕は、やる事だけどんどん増やされていき、僕の能力を自慢げに周囲に知らしめる親の面子を保つために媚びへつらい、周囲の人間たちに愛想を振りまく日々。
今、この時点を持ってして、僕は無能になり下がった。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふ」
ざまあみやがれ。散々金を投資し、僕を育成してきた教育馬鹿。これからの日本の体操業界を背負っていくと認識していた他人任せ極まりない見知らぬ他人。全てが水の泡だ。
「……はぁ、面白い……」
ひとしきり笑うと、僕はぷつりと糸が切れた人形のように動かなくなる。この世から急速に色が褪せていくような感覚を覚えて、短く息を吐いた。
「――――つまらないな」
足を動かせなくなったことによる絶望的なまでの無力感。出来ないという事に対しての面白さはすぐに無くなってしまった。
何も出来なくなったのなら、いっその事……。
「――――ん?」
死んでしまおうか、と思ったその時、部屋の中心にあったテレビの画面が付き、世間一般で言うアニメと呼ばれる映像が映り込んだ。どうやら、病室に居る他の人物が共有テレビの電源を入れたらしい。
途端、病室に似つかわしくない大音量の音声が響き渡り、頬を引きつらせる。
「そこのぼうや、音量を下げてくれないかい?」
「えー、お兄ちゃん起きたと思ったらなんかニュース見て笑ってるから怖いんだもん」
諭すように言ってみるが、少年は唇を突き出して眉根を寄せた。
仕方がないので布団に潜ろうとしたところで、そのアニメの繊細な絵柄に目を惹かれ、もう一度身体を起こしてじっとその映像を眺める。
「ぼうや、このアニメはどんな内容なんだい?」
「ヒーローが悪い奴を倒す話!」
なるほど、簡潔で分かりやすい説明だ。
だが、映像を見続けている内にだんだんと気付いていく。設定、世界観がしっかりしていて、『ヒーローが悪い奴を倒す話』という説明では説明しきれない程内容が重く、深い。
(なるほど、娯楽か)
親からは不必要な物として取り上げられていた要素。
つまらない、くだらないと一蹴されてそう思い込まされてきた。
だが実際に見てみると……中々に興味深い。
(資金はある、今から漁ってみるのも面白いかもしれないな……)
幸いな事に今までの人生での輝かしい功績のお陰で金はいくらでもある。
そう言えばテレビの広告で見かけたが、アニメ見放題のサービスがあったな、そこから色々と見てみるか。
◇
――――これは、『厨二』という男が生まれる一ヵ月前の話である。
厨二のポリシーは『完璧以外は無能である』です。
何かしら欠如した時点で、厨二の中では自身の事を無能と評価しています。