ぽんこつポンちゃんお引越し その二
あれぇ?近日中?
あれよあれよといわんばかりに事は進んでいった。
引っ越し、学校の転入試験、新生活の為の日常品購入etc...。
彼女の意志とは関係なく、両親(主に母親)の策略によって外堀を埋められてしまい、彼女はついに…。
「ついにここに来ちゃった…」
完全に家から追い出されてしまい、手元にあるのは財布とマンションのカードキー。
それだけを持って彼女は大きなタワーマンションの前に立ち尽くしていた。
「本当に、なんでお母さんはあんな突拍子もない事をいきなり言うかなぁ…?」
まあ、言われるがままに流された自分にも原因はあるけど、と力なく笑った唯は、そのままマンションの入り口に入っていった。
◇
ゲーミングマンション。
ここ数十年の技術革新は目まぐるしいもので、VR技術の発展と共にその分野にあやかろうと様々な会社が提携に身を乗り出したものだ。
かたや失敗、かたや成功を繰り返していく中、このゲーミングマンションはその成功例の中でも特に成功した例と言えよう。
まさにゲーマーによるゲーマーのためのマンションとも呼ばれるこの建物は、多くのVRゲーマーに愛用されている。
基地局をすぐ傍に完備、部屋は契約時に既に回線を敷かれていて、マンション契約者にしか提供していない独自の回線はラグというものを許さない。また、最新鋭の技術により電力の消費を極限まで抑え、日がな一日ダイブしっぱなしのプロゲーマーや廃ゲーマーにとってその恩恵はとても大きい。
だが、家賃は軽く20万円を超えてしまっているので、プロゲーマーでもない一介の女子高生が住むような場所とはとても思えない。
その事実を認識すると、唯はまた一つため息を吐く。
「うーん…いくらAimsの大会賞金があるとは言え、奮発しすぎじゃないかな…?」
自分のAimsの優勝賞金は、あまりにも高額であるが故に親に管理してもらっている。恐らくそこから算出してはいるのだろうけど、何故急にここに住まわそうと考えたのかは自分もよく分かっていない。
(大体お母さん、自分の家もかなり改造してゲーミングマンションには及ばないけどそれぐらいのスペックの部屋にしてるのに…)
そう思いながらも、唯は自室がある階までエレベーターに乗って向かう。
マンションの管理人にはつい先日挨拶を済ませてきた。管理人さんもどうやら廃ゲーマーらしく、インターホンを鳴らしても中々出てこなくて困ったものだ。
唯はくすりと微笑を浮かべると、自室のある階へと着く。
「挨拶回り…はまた後で良いか。もう少しで約束の時間だし。遅れたら傭兵君に怒られちゃうなぁ」
そう言いながらも自分の口角が上がっている事に気付き、苦笑する。楽しみに待っていたゲームの発売日で、それを好きな人とプレイできると知って、喜びが無いはずが無い。
カードキーで自室のロックされている鍵を解除し、中に入るとつい先日引っ越しを行った際に来た大層広い部屋が眼前に広がる。そのままARデバイスでパスワードを入力し、自室の空調関係とリンクさせると、クーラーを付ける。
≪ゲーミングマンション305号室とのリンクが完了いたしました。次回からは自動接続が可能になります≫
その文字列を眺めた後、空調が起動する音を聞いてひとしきり深いため息を吐く。真夏の日光はゲーマーにとって厳しい物だ。自宅から持ってきた人を駄目にするクッションに身を投げると、「あう~」と情けない声を漏らす。
「あぁ~駄目になりゅう…」
こんな情けない姿は人に見せられないなぁ、と唯は苦笑するとそのまま仰向けになってARデバイスを操作する。
「…わ!もうこんな時間!早くしないと…!」
無理矢理身体を起こし、自室の奥の方に設置してあるリクライニングチェアへと足を運ぶと、すぐに頭にデバイスを装着する。
そして、『フルダイブシステム・オンライン』と幾度呟いたか分からない言葉を呟くと、意識が遠のいていった。
◇
SBOから落ちて数分後。
最近は転入試験やら引っ越しやらで傭兵Aと一緒にゲームする機会が無かったので、非常に楽しいプレイになった。まあ、ゲームが楽しみすぎて性別が固定という思わぬトラップをすっかり忘れてはいたが、その代わりに彼を心底驚かす事が出来た。
いたずらが成功したような無邪気な笑みを浮かべると、部屋着から外出用の服へと着替えていく。このマンションの住人に挨拶に行こうと準備を進める。
「よし、まずは隣の部屋の人に挨拶に行こう!」
それが、どんな意味を持っているのかは、私はこの時全く想定もしていなかったのだ。
優しいベルの音が鳴り、部屋の住人を呼ぼうとする。管理人もそうだったが、このマンションの住人は恐らくゲームばかりしているだろうから中々出てこないだろう。
ゆっくり出てくるのを待ちながら、私はARデバイスを操作していても、中々出てこない。
「もしかして外出中だったのかな?」
一応、念の為、ともう一度インターホンを鳴らすと、部屋の入口に備え付けられているモニターが起動して声が聞こえてくる。
『どなたでしょう?』
…あれ?この声、どこかで聞いたことあるような…。いやでも、声が似ている人なんて、そこら中に居るからなぁ。多分気のせいなんだろう。
「先日お隣に引っ越してきた紺野です。ご挨拶をと思いまして」
変な印象を持たれてしまっては、今後顔を合わせた時に気まずくなるだろうからにこりと微笑む。その間、無言の時が流れ、若干居心地の悪さを覚えて身をたじろがせる。
幾ばくか時が流れ、向こうからの返答が聞こえてきたものは。
『………………………ポン?』
…今、この部屋の住人はなんて言った?pon?ぽん?ポン!?えっと、ちょっと!?な、なんで私のSBOでのPNを知ってるの!?
「……………………えっ」
困惑してしまい、私の口から次いで出てきたのはそんな短い返答だった。平静を装うにも、顔から笑顔が落ちる事は無く、そのままの状態で固まってしまった。
どうしよう、と迷っていると、すぐにその部屋の扉が開かれてその部屋の住人が顔を覗かせる。
「あ、すいません。出るのが遅れて……」
そこから顔をのぞかせたのは、歳が同じぐらいの女の子と見間違えてしまうような整った顔立ちをしている男の子だった。声を聞かなければ間違いなく女の子と勘違いしていたことだろう。私は心を落ち着かせてから。
「いえ、こちらこそ突然すいません」
よし、大丈夫。変じゃなかったよね?と思っていると、部屋の住人は私の顔をまじまじと見つめてくるので、何か変だったかなぁと思わず顔を赤面してしまう。
「あ、あの…そんなマジマジとみられると……あ、あう…」
どうにもこうしてマジマジと見られてしまうのには慣れない。同級生から幾度となく視線を向けられてはいたが、こうして間近で見られる機会など滅多にないので顔を思わず背けてしまう。
すると、焦ったのか部屋の住人は手を胸の前に持ってきて掌を振りながら申し訳ない、と呟いた。そして、優しい声音で彼は。
「すみません、ええっと紺野さん?何か困ったことがあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます……あ、これつまらないものですが……」
「わざわざすいません、ありがたく受け取らせていただきます」
私が手に持っていた粗品を渡すと、彼はお辞儀をして丁寧に受け取ってくれる。
優しそうな人がお隣さんで良かったぁ、と安心し、今度はこちらが顔をよく見てみると、とある事に気付いて固まってしまう。
…あれ?なんかこの人、傭兵君のアバターに似ていない?
確か彼はこんな顔立ちのアバターでプレイしていたし、リアルでの彼は女っぽい外見の自分にコンプレックスを持っていると言っていた。
それに、SBOやAimsでの私のPNの愛称…。何故知っているのかと理由を察していくうちにだんだんとパズルのピースが嵌っていく感覚に陥る。
『あ、そうだ、唯が好きな子とはどうなの最近?』
『関係あるんだけどなー』
ふと、脳裏に先日母親が呟いていた言葉を思い出し、思わず震え上がる。
まさか、でも、そんな、だって―――!?
リアルでの彼の所在をどうやって知ったのかとか、冷静ならそんな事を考えていたかもしれないが、困惑しきっていた私にそんな思考は無かった。
半ば確信を持ちつつも、もし彼が傭兵Aならば知っているであろう言葉を投げかける。
「え、いやいや!そんなまさか。……あの、突然変なことをお聞きしますがVRゲームとかしていらっしゃいますか?」
「ええ、それはもうがっつりと」
ピクリと頬が引きつるのを感じた。ま、まあここはゲーミングマンション。VRゲームをやっていてもなんらおかしくない。
「……Aimsというゲームはご存知ですか?」
「ご存知も何も日本チャンプ」
ピクピク。待って、この時点でもう確信と言っても過言ではない。
「SBOのチュートリアルエリアに?」
「3時間」
ピクピクピクピク。
「私の名前は?」
「グレポン丸」
私の名前を見事言い当てられてしまい、私はただただ引き攣った笑みで彼を見る事しかできなかった。
「あなたの名前は?」
「いつも芋芋あなたの背後で覗き見変態傭兵Aですっ☆」
「うわああああああああああやっぱり傭兵君だああああああああ!!??」
思わず大声を上げてしまう。長い間、恋心を抱き続けていた相手が、いざ目の前に居ると自覚した時、私の心は限界を迎えてしまった。
心臓がバクバクと動き続けて止まない中、彼は慌てたように私を宥めてくる。
「えーと、紺野さんだとちょっと堅苦しかったりする?ポンって呼んだ方がいい?」
「なんでそんな順応性高いんですか!?ええと、どうしましょうか…」
そんな暴れ狂う私の内心を余所に、彼は努めて冷静に言うので驚いてしまう。
そして、次の言葉が私の心をさらに揺さぶるものであった。
「迷惑じゃ無ければうちにいったん上がるか?玄関先だと立ちっぱなしでつらいだろ?」
――――――お母さん、私、今日死ぬかもしれません。
もうちっとだけ続くんじゃ。