ぽんこつポンちゃんお引越し その一
お砂糖警報。
ポンの何気ない1日に起きた、日常変化のお話。
本編番外編【グレポン少女の独白】を読むと更に楽しめます(ダイマ)
その二は近日中に出します。
「ふぅ~、疲れたなぁ……」
身体を包み込み、沈み込むような柔らかさに身を預けながらポン―――紺野唯はため息を漏らした。
よいしょ、と呟いて第一回Aims日本大会の優勝賞品であるリクライニングチェアタイプのVR機器から身体を起こすと、彼女の亜麻色の髪がサラサラと流れた。
髪色は生まれついての物なのだが、染めていると勘違いされる事が多い。それでよく注意されるが、先天性のものであると伝えると平謝りされることが多く、非常に居心地が悪くなってしまうのだ。彼女自体は、逆に相手に謝らせてしまうのが申し訳なく思っていて、髪を黒色に染めようとは思ってはいるのだが、いまいち踏ん切りがつかないでいた。
グイっと身体を伸ばしてから彼女が時計の針を見ると、時刻は零時を指していた。一つあくびをしてから彼女は口元を薄く綻ばせる。
(また明日も傭兵君インするかな)
胸に抱く淡い恋心。ギュッと締め付けられるような、それでいてほのかに心地よい、そんな心情が彼女の中にあった。
もちろん、現実の顔を見たことも無ければ、年齢が幾つなのかも分かっていない。ただ分かっているのは学生であること。そして一緒にいて楽しい、ずっと一緒にゲームをしていたいと思える人間だという事。…どうしようもなく、彼に惚れていること。
カァ、と彼女のシミ一つない白雪のように透き通った頬が赤く染まる。ペチペチ、と頬を叩いてからしゃがみ込み、蹲った。
(いつか、会えたら良いな…)
出会い目的でゲームをしているわけではないのだが、彼との出会いが無ければ、Aimsというゲームをこれほどまでにプレイしていなかったし、こんなにゲームが上手くなることは無かった。そして、相棒を失った喪失感のままゲームを引退していたかもしれないのだ。
彼には感謝してもしきれないし、出来る事なら面と向かってお礼を言いたい。そして、現実でも友達になって、出来ればその先の関係にも…。
「~~~ッ!」
全身が熱くなるように羞恥心を感じて見悶えた後、彼女は立ち上がってベッドに身体を投げ出す。
(はぁ、まあ会える機会なんてないよね…)
彼はリアルよりもゲームを優先する人間だ。リアルで会おうと言っても拒否される可能性が高い。それどころか実質こっちが現実じゃね?とか言ってきそうだ。
「……ふふ」
でも、それでも。彼女はそんな彼に惚れてしまっている。外見ではない、その人の中身を見て付き合うかどうか決めると言い切った彼が、どうしようもなく素敵な人に思えたから。
彼女を取り囲む他の人達のように、綺麗な上辺だけ見て判断して近寄ってくるような軽薄な人ではないと知ってしまったから。
彼女の気持ちは、どんどん強くなっていくばかり。
「えへへ、べた惚れかぁ、えへへへ」
口元が思わずにやけてしまう。それを隠すようにそのまま枕に顔を埋めて足をじたばたする。
他人からの自分の評価をそのまま彼に伝えて、その女の子が目の前に現れたらどう思うか、という答えがそれだったのだ。ただ、気が合うかどうかという条件付きだけど。
「私も、頑張らないと」
枕から少しだけ顔を出してそう呟く。私の気持ちをストレートに彼にぶつけても、彼はきっと困惑してしまうだろう。だから、彼が私に振り向いてくれるように、気が合う女の子だって思ってくれるように努力し続けないと。そんなことを思いながら。
まあ、それ以前にリアルで出会えるかどうかなんだけどね、と笑いながら目を瞑ると、彼女の意識は徐々に微睡んでいった。
◇
朝。
窓から眩しい日差しが入り込み、その明るさに目を細めながら両腕を伸ばし、ふあぁと一つ可愛らしいあくびをする。目尻に溜まった涙をそっと拭い、まだふわふわしたようなどこか地に足付かない感覚でベッドから足を下ろすと、ゆっくりと立ち上がった。
「今日もいい天気だなぁ…」
窓から視線を戻した彼女はふらふらと彼女は歩き出し自室のドアを開ける。少し広い廊下に出ると彼女は階段を下りていき、真っすぐに風呂場へと向かっていった。
彼女は基本的に朝はすぐに目が覚めないタイプの人間だ。冷たいシャワーを浴びて意識を覚醒させてから身支度を整える。今日は父親が料理当番の日なので遅く起きて構わない日なので、彼女はゆっくりと衣服を脱ぐと、浴室へと足を向ける。
シャワーを手に取ると、もう一つ小さいあくび。タッチパネルに手を触れると、最初はゆっくりと冷水がシャワーから流れ出してくる。
「きゃっ」
眠気でぼーっとしていたのもあるが、頭から冷水を被ると小さい悲鳴を漏らした。
だが、それもすぐに慣れて頭の先からじんわりと浸透する心地よさに身を任せる。
「ふんふふふーん♪」
冷たさで意識が覚醒すると、彼女はシャワーを浴びながら鼻歌を歌いだす。彼女はこの朝のまったりできる時間がたまらなく好きなのだ。
日ごろからある自分をジロジロと見る好意の視線も、同年代の女子から向けられる遠慮のない嫉妬の目線も無く、ただ一人でゆっくり出来る時間。
シャワーと共に嫌な気持ちも一緒に洗い流しながら、彼女はタッチパネルに触れる。すると、シャワーの放水が止まり、雫が垂れる。
それを見て前にかかった髪を払うと、彼女は胸の前で両腕を持ってきて、ガッツポーズを作った。
「よし、今日も頑張るぞ!」
彼女のいつも通りの日常が始まる。
◇
「あれ、お母さん?珍しい、どうしたの?」
柔らかなタオルで髪を拭きながらリビングへと向かうと、プロゲーミングチーム【レディース】の一員である彼女の母親、紺野優菜がソファに座ってくつろいでいた。
基本的にゲームの練習で多忙なため、翌朝近くまでプレイしていることが多いので彼女がこの時間に目を覚ましているのは珍しかったのだ。
「あ、唯?ちょっと大事な話があるから来て」
いつも飄々としている彼女が珍しく真剣な声音で呼んでくるので、唯は首を傾げながら母親の近くへと歩み寄る。母親の隣へと腰を下ろすと、優菜は口を開いた。
「唯には引っ越してもらいます」
「ふえっ!?」
思わず変な声が漏れてしまった。いつも突拍子のない事を言い出すが、今日は一段と変な事を言い出したのだから仕方あるまい。
「え、え!?なんで急に!?え、学校は!?」
「引っ越しに応じて転校してもらいます。その転校先の理事長が知り合いだから無理言って転入試験受ける許可も貰いました!」
「えええ!?」
今日はエイプリルフールじゃないよね、と唯はARのデバイスから日付を確認するが、まったく違う。どうしたのかと思いながら優菜の方を再び見る。
「私が迷惑をかけているせいで唯も忙しいでしょ?だから一人伸び伸びと生活してほしいなって」
「そんなことないよ。料理を作るのも、家事するのも楽しいよ。…もしかして、何か企んだりしてる?」
「そ、そんなことないよー。ほら、花嫁修業的な物を兼ねて的な?」
「私昔から色々やってきたから一通りできるんだけど…。うーん、怪しいなぁ」
訝し気な目で母親を見つめると、彼女はその視線から逃げるように顔を背けた。
唯と同じく、亜麻色の髪を持つ彼女が髪を揺らしながら顔を戻すと、懐から何か取り出す。
「もう決定事項なので拒否権はありません。ほら、マンションのカードキーだってもう預かってるんだよ?」
「話が早すぎるよお母さん!?」
ほれほれーと言いながらカードキーを見せびらかす優菜。唯は慌てて手に取って確認してみるが、確かに本物だった。偽物にしては精巧に作られ過ぎている。
「というわけで今週末には引っ越しだからね。あ、引っ越しの次の日には編入試験だから。まあ唯なら楽々受かると思うけど」
「色々イベント盛り込みすぎだよぉ!」
頭の中身がパンクしそうなほどの情報過多に唯は思わず頭を抱えた。正直、一人暮らしだからと困ることなんて特にない。だが、急に引っ越し、それに転校なんて人生で滅多に無いイベントを急に告げられたのだから困惑してしまう。
「あ、そうだ、唯が好きな子とはどうなの最近?」
「え、えっ!?え、いや、その、え!?話の流れが分からないんだけど!?」
脈絡が無さ過ぎる!と、とことんマイペースな母親の言葉に思わず顔を赤くしながら問い詰めると、彼女はカラカラと笑う。
「いや、何となく気になってさ。で、実際の所は?」
「…進展してません」
唯が顔を俯かせて呟くと、優菜は深々とため息を吐いた。
「はぁー、駄目ねえ!!とことん父親似だ!!私はもうちょっとアタックしたわよ?リアルで会えないかーって言ってオフ会開いて誘惑しまくったのよ?」
「優菜、あんまりその話は…」
優菜がそう言うと、朝食を用意した唯の父親、紺野大樹が丁度こちらに来ていた。慌てたように言う大樹に対し、優菜はまたしてもカラカラ笑う。
「唯も見てくれは本当私似で可愛いんだからもっと自信持ちなって。アピールすれば簡単に落ちるって。唯の話だと朴念仁っぽい子だって知ってるけどそんな子ほど大体むっつりなんだから」
「優菜…やめて、本当にやめて」
羞恥に顔を赤らめて顔を覆い隠す大樹。父も昔、朴念仁だったらしいのだが母の猛攻に耐え切れずに陥落したらしい。
「あと唯に必要なのは胸部装甲ね。そこに厚みがあるとないとではアピールポイントに差が出るわ。…なんでかしらね、私の子なのにあんまり成長してないのは」
「びっ、Bはあるから!!最近なったから!!もうAじゃないもん!」
「ははは、私はDあるんだぞ?もう少しでEだし、肩こりが酷いんだぞぅ?」
「あのー二人とも、朝からそういう話は…」
大樹が憂鬱そうに二人の間に入る。唯は顔を真っ赤にしながら自身の胸に手を触れて…落ち込んだ。
「あはは、あんまりグダグダしてると他の人が取っていくかもしれないから早めに落としなさいよー」
「余計なお世話だよっ!」
母親の言葉に唯は立ち上がってテーブルの方へと向かい、椅子に座ってから朝食のトーストを頬張る。サクサクとトーストの感触を楽しみながら、流し目でソファでくつろぐ母を見る。
「はぁ、もう。関係ない話はやめてよ」
「関係あるんだけどなー」
ん?と気になるような言葉を呟いた優菜に対し、唯が首を傾げるが、優菜は首を振って笑みを作った。
「何でもない。多分引っ越せば分かると思うからお楽しみに」
「いやな予感しかしないんだけど…」
「きっと唯も気に入ると思うけどなー」
ニヤニヤする母親の視線を煩わしく思い、視線を正面へと向ける。
これからやってくる苦労を思いながら、彼女はまた一つため息を吐いた。
ここでポンちゃんがなんでグレポン丸って名前になったのかという由来を。
彼女はAimsのチュートリアルを進めている最中に、主人公の過去からストーリーに繋がる追想のムービーに入った事を良い事に、彼女は攻略サイトを見始めます。オフラインよりも対人戦を楽しみにしていた彼女は、対人戦の環境の武器の強さを確認していました。
「アサルトライフル◎…。サブマシンガン〇…」
そう呟きながら、ムービーは進行していきます。そして渚君のプロローグ同様、QTEのようにムービーから急に主人公の身体に憑依した時に呟いた言葉が、
「グレポン〇(グレポン丸)…」
と言ってしまったのです。一応、確認の言葉が聞かれますが、全く気付いていなかった彼女は慌てて「は、はい!」と言ってしまったが運のツキ。彼女はグレポン丸としてプレイすることになります。
この突発性のプレイヤーネーム決めはさすがに不評で、あとで運営からプレイヤーネーム変更アイテムを配布されましたが、結局彼女は特に名前を決めていなかったのでこのままプレイして、現在に至ります。最初からグレネードランチャーを使おうと思ってたんじゃないんだよ。でも、そんな彼女の元に最強のグレネードランチャーが来たのもまた運命。
きっと攻略サイトがグレネードランチャー◯と書いてあったらグレネードランチャー丸になっていた事でしょう。