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唯と紫音のお泊り会 

一挙三話更新の二話目です。



 俊明と留依に相談した次の日。



「……えっと、確かここで合ってるはず……」


 ゲーミングマンションの前で、紫音はARデバイスで投影された内容を確認しながら何度も視線を行き来させる。

 そこに表示された内容は、唯とのメッセージアプリでのやり取りだ。

 部屋番号とその部屋に行く為のパスワード……その二つを確認して、紫音は一つ深呼吸をする。


 恐る恐る自動ドアを通ってエントランスに入ると、入ってすぐの所に設置されていた端末に触れた。


≪部屋番号をお選びください≫


 紫音は迷うことなく唯の部屋の番号を入力し、続けてパスワードも入力する。すると、操作端末から電子キーが発行され、ARデバイスに一時的にインストールされた。

 ARデバイスによって視界に案内図が映り、それに従ってマンション内を移動する。


 そして移動する事数分。唯の部屋の前に立つと、インターホンを鳴らした。


『はーい。あ、紫音ちゃん!ちょっと待ってね、今鍵開けるから!』


 すると、すぐにぱたぱたと足音が聞こえてきて、玄関の扉が開かれた。

 紫音の姿を確認した唯は、満面の笑みで出迎える。


「いらっしゃい紫音ちゃん!」


「……ん。お邪魔します」


 紫音が口元を和らげると、唯は嬉しそうに紫音の手を取って中に招き入れた。



「それにしても、どうしたの?急に泊まりに来たいだなんて」


 紫音が一泊する為に持参してきた荷物を下ろしていると、唯が首を傾げながら問いかける。

 紫音は少しだけ頬を赤らめると、ぽつりと呟いた。


「……色々と、話したいなって。……仲を深めるためには、その人の人となりを知れってにぃに教わった。……だから、唯の家に泊まりに来たの」


「……そっか。うん、私も紫音ちゃんの事を知りたかったから、今日はいっぱい紫音ちゃんの事とライジン君の事について聞かせてもらうからね!」


 まさかそんな返答が返ってくるとは思っても無かった紫音の顔色がみるみる内に赤く染まっていく。

 紫音はぷく、とほんの少しだけ頬を膨らませると。


「……う、そ、それなら唯にも傭兵の事について聞く。……唯がなんで傭兵に惚れたのか知りたい」


「へっ!?あ、あー……うーん、そ、そうだよね……。私が一方的に聞くのは不公平だよね……うん。分かったよ」


 あはは……と笑いながら唯は頬を掻く。

 と、その時彼女は思い出したように「あ!」と声を上げる。


「あっちゃー、事前に聞くの忘れてた。えっと、紫音ちゃんってお芋って苦手?」


「……芋?別に、大丈夫だけど……」


「そっか、なら良かった。ちょっと待っててね」


 そう言って唯はぱたぱたとキッチンの方へと駆け出していく。

 首を傾げている紫音だったが、すぐに甘い香りが漂ってきた事に気付き、すんすんと鼻を動かす。


「……すいーとぽてと?」


「凄い、正解。よく分かったね!さっき作ったばっかりだから良かったら食べて!」


 唯はトレイに二人分のアイスコーヒーとスイートポテトが乗った皿を持ってくると、それをテーブルの上に乗せる。

 皿に盛られている、こんがりと焼けた黄金色のスイートポテトを見て、紫音は目を輝かせた。


「……ふぉぉ……凄い、これ、唯が作ったの?……有名なすいーつ店のじゃなくて?」


「うん。口に合うと良いけど……私的には良く出来たと思うから、食べてみて」


「……それじゃあ、遠慮なく。……いただきます」


 大の甘党である紫音にとって、スイーツとは至高の食べ物である。

 一口サイズに作られたそれを口元に運び、味わうように咀嚼する。

 ゆっくりと口を動かしている様子を唯が緊張した面持ちで眺めていると、紫音の目が見開く。


「……美味しい。……口当たりが良くて、濃厚。それでいてしっとり、なめらか……これなら、幾らでも食べられる。……見た目も中身も満点。……もしかして唯って、そっち系の仕事志望してる?」


「あはは……普通に趣味でお菓子作りしてるだけだよ。でもそう言ってもらえて嬉しいな」


「趣味のレベルじゃない……これはプロ……プロの犯行……」


 紫音が感激した様子でスイートポテトを次から次へと口に運ぶのを見て、唯は安堵のため息を吐いた。


「おかわりもあるから遠慮なく言ってね。持ち帰りたかったらタッパーで渡すからね」


「……あふたーふぉろーも完璧。……唯の嫁力やっぱり高い」


「そ、そうかな!?えへへ……」


 紫音に褒められて、頬を緩めてはにかむ唯。

 その後しばらくおやつタイムを楽しんでから、唯がこほんとわざとらしく咳払いする。


「……じゃあ、私から話すね。長くなるけど、良いかな?」


「……うん、聞かせて。唯の話」


 アイスコーヒーを口に運んでから、唯は話し始める。


「傭兵君……渚君と初めて喋ったのは、Aimsを始めてしばらく経ってからだったんだ。私の愛銃、【ギャラルホルン】を手違いで売っちゃってね、それをたまたまマーケットで買ったのが渚君だったの。それで、私は愛銃を売ってしまった事に気付いたのは次の日だったんだ。勿論取り戻そうと躍起になってたんだけど結局駄目で……Aimsを引退しようとしたんだ」


 唯がアイスコーヒーが入っていたマグカップを置くと、懐かしむように目を細める。


「それで、マーケット前で呆けていた時に声を掛けたのが渚君だったの。凄いんだよ、マーケットの購入履歴から私の名前を見て、以前対戦した時に負けたプレイヤーだって気付いたんだって。それで誤売却の線を疑って、それで張り込みながら探し出したんだって。ふふっ、執念だよね」


「……それも凄いけど、傭兵ってあいつ確か昔からプロ以外の対戦戦績勝率8割行ってたはず。……やっぱりポンって昔から凄かったんだね」


「へ!?い、いや、たまたまだよ、たまたま!その頃エクストラポーチが実装したばかりだったし、【花火】に対する認識が甘かったからってのもあってだと思うよ!」


 突然の紫音からの賛辞に、唯は手をブンブン振りながら否定する。

 だが、紫音は柔らかい表情でくすりと笑う。


「……ううん、それは唯の腕が良いから。それは間違いないよ。……そうでなければ、公式試合でプロを【花火】っていう安直な戦法で倒せない。……グレランを装備してる時点で大体察せるから、対策も容易い。……唯は凄い」


「う、え、えっと……えへへ、ありがとう。紫音ちゃんにそう言ってもらえるなんて思わなかったから……素直に受け取るね。ありがとう」


 照れを隠すように紫音から視線を逸らす唯。

 手をぱたぱたと扇ぎ、顔の熱を引かせてから。


「えっとね、続きなんだけど……それで渚君は私に【ギャラルホルン】を返す代わりに、1on1をしてくれって言われてね。たったそれだけの事で返してもらえるのかって当時の私は思ったんだけど……渚君って、意外と負けず嫌いだからさ。今となっては納得かなって思えるんだ」


「……確かに。初めて対戦した時ももうワンマッチ、もうワンマッチ!ってせがまれた」


「あはは、渚君らしいね」


 紫音の言葉を想像してみて、唯は口元に手を当てながら上品に笑った。


「それで、本気で戦ったけど、案の定負けちゃったんだ。でね、その後に渚君から良かったらフレンドにならないか?って言われてね。元々お姉ちゃんに誘われてAimsを始めたんだけど……でも、知り合い以外のフレンドは居なかったから、初めての知り合い以外のフレンドが渚君なんだ」


 ぎゅ、と胸に手を添えながら大切な思い出を噛み締めるように唯は言葉を続ける。


「凄く、嬉しかったの。……私ね、Aimsではあんなごつい見た目でしょ?だから、あんまり一緒にプレイしてくれる人が居なくてね……。純粋に、見た目に囚われずに接してくれたのは渚君が初めてで。私のプレイに対して何度も褒めてくれたし、立ち回りとか、戦術とか、色んなアドバイスもしてくれた。そして、公式大会に出る時に渚君から一緒のチームとして出てみないかって言われた時、本当に嬉しくてね。リアルの私を知らない人でも、私を頼ってくれる人が居るって思えたら、なんだか涙が出てきちゃって」


「……うん」


「その時彼は当然困惑してたんだけど、私でも良いんですか?って聞いたら、『むしろお前以上に適任なメンバーが思いつかない』って言ってくれて。嬉しかったなぁ……。そうしていく内に、次第に渚君の人となりが見えてきてね、知らず知らずの内に好きになっていったんだ」


「……そっか」


 幸せそうに微笑む唯の顔を見て、紫音も思わず口元を緩める。


「……で、私が渚君に恋してるんだって気付けたキッカケがあってね。ある日、夢を見たの」


「……夢?」


「そう、夢。私が、Aimsをプレイしている事をリアルの皆に知られて遠ざかっていく、そんな夢。渚君は、一友人としての『グレポン丸』を好きになってくれたけど、中身はただの中学生の女の子。血生臭い世界を好んでプレイしている変な女の子って思われたら、渚君も私と一緒にゲームしたくなくなるんじゃないかって思ったんだ」


「……」


「だから、渚君に直接聞いてみたんだ。ちょっと言い方はぼかしたんだけど、自分自身の事を。それに対して、渚君は『趣味の一つや二つ、誰にでもある。俺はそんな外面で判断するような薄っぺらな人間じゃない。ちゃんとその人の内面を見て判断する』って言ってね。私、目から鱗だったなぁ……。そう考える人も居るんだって、びっくりしたの。でも、そういう趣味を持ってても良いんだって思わせてくれて、少し救われたんだ」


 唯は胸に手を添えたまま、ゆっくりと目を閉じる。


「……そう言い切った彼の事が凄く眩しく見えて、どうしようもなくこの人の事が好きなんだって気付いてしまって。それが、私の初恋で、今もずっと続いている私の恋なんだ。……ごめんね、長々と話しちゃって」


「ううん……凄く、良く伝わった。……傭兵が、人たらしだという事も」


「え!?そ、そんなことないよ!?」


 紫音がにやにやしながらそう言うと、唯は慌てて立ち上がって抗議する。


「ふふ、冗談。……そっか、それなら納得。……とっても素敵な恋だと思う、応援するよ。……で、実際の傭兵と会ってみて、どんな印象を持った?」


「……え、えっと……その。リアルで実際に話してみても対応が以前とまったく変わらなかったのが個人的に凄く嬉しかったなぁ……。それに、私の事を気遣ってくれて、紳士的だなって思ったかな」


「……うん、傭兵は意外と気配り上手だからね。……他には何かある?」


「他にはかぁ……えっと、半ば強引に押しかける形でご飯とかご馳走してるんですけど、必ず美味しいって言ってくれますし、本当に美味しそうに食べてくれるんです。そんな彼の幸せそうな顔を見て、私も思わず顔が緩んじゃいがちで……」


 その光景を思い出しているのか、ポワポワした表情の唯に対して、紫音は頷くと。


「……幸せそうで何より。……うん、本当にお似合い。傭兵が唯以外の女に目を向けたら……しばく」


「……紫音ちゃんがそれ言っちゃう?」


 唯はにやりと悪戯めいた笑みを浮かべると、紫音はうぐ、と言葉を詰まらせる。


「……その節は大変ご迷惑をお掛けしました」


 そんな紫音の様子を見た唯はふふっと笑いながら。


「冗談だよ。でも、羨ましいなぁって思っちゃったのは本音かな。ライジン君を交えて三人で外でカフェに行ったりとかはしてたけど、二人きりで外で遊んだ事は無いから。……高望みだって、分かってるけどね」


 少し寂しそうな表情で唯がそう言ったので、紫音はすぐに頭を振って。


「ううん。唯が誘えば絶対傭兵は断らない。……美少女との二人きりデートを断る奴は男じゃない」


「そ、そうかな!?……なら、今度誘ってみようかな」


「うん、そうすると良い。きっと傭兵も喜ぶから」


 よし、と意気込む唯を微笑ましい視線で眺める紫音。

 話が一段落した所で、唯は姿勢を正して。


「じゃあ次は紫音ちゃんの番。ライジン君の事、聞かせてくれるかな?」


「……ん。私にとって、ライジンは『ヒーロー』なの」


 紫音はゆっくりと、過去について語り始める――――。

次回、紫音の過去編。

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