渚の恋愛事情
渚が何で唯に陥落しないかの理由が分かります。
「よーし三回目のお出かけイベント終わりィ!! 今回のお出かけも完璧だったな!! だが流石にまだ告白するには早いだろ!! 後もう二回ぐらいデートして確証を得られてから告白す……」
『ごめんなさい。私、もう待てないんです。……さようなら』
≪System Announce:水島優の連絡先を失いました≫
「なんでだぁぁぁあああああああ!?」
「いやこっちがなんでだって言いたいんだが? あんだけデートしておいて、しかもあれだけ好き好きオーラ振りまかれててなんで告白しないんだよ。そりゃ愛想も尽かされるわ」
「え!? あの子そんなアピールしてた!?」
「お前それガチで言ってるなら病院行こうな? 俺も付き合うからさ」
「ひっでぇ!? そこまで言う!?」
渚が天に向かって吠えると、呆れたようにため息を吐く雷人。
二人が今何をしているかと言うと──恋愛シミュレーションゲーム、所謂ギャルゲをプレイしていた。
◇
『ドキドキエブリデイ3』というゲームがある。
3という数字の通り、シリーズ三作目に当たるこのゲームは、元々人気のあった『ドキエブ(やり過ぎると沼るからドブとも呼ばれている)』シリーズの中でも特に人気を博したゲームであり、一時期雷人も自身のチャンネルで実況プレイ動画を投稿していたゲームだ。
過去のトラウマが原因で恋愛観を拗らせてしまっている渚の為にと(実際は紫音とのデートに対する腹いせも兼ねてだが)このゲームを譲り渡し、彼のプレイしている様子を眺めていたのだが……冒頭の有様だったのだ。
ドキエブ3の中でも人気の高い、水島優という少女が離れていくのを茫然と眺めながら、渚は頭を抱える。
「マジで分からねぇ……!! なんであれでダメなんだ……!?」
「あのな渚、水島ちゃんは攻略難易度的には一番簡単なんだぞ……? 他の女の子なら一回目のデート時点で振られててもおかしくなかったぞ」
「えっ!? 最高難易度じゃないのあの子!?」
雷人から衝撃の事実を聞かされた渚は頬を引き攣らせる。
本人は大真面目にプレイしているのだが、雷人は渚がプレイしている様子を眺めていて、終始苦笑いを浮かべざるを得なかった。
と言うのも、二択の選択肢の中で、殆どと言って良い程好感度の下がる方の選択肢を選んでいたのだ。最早わざとやっているんじゃないかと疑ってしまう程に悲惨な彼に、哀れみすら覚えていた。
攻略が失敗してしまったので、渚はタイトル画面に戻ると、先ほどまでプレイしていた自分の録画が記録されているファイルを展開する。
「くそ、さっきのプレイを見返してみるか……どこがいけなかったんだ……!?」
(これ紺野さんが見たらどう思うかな……)
雷人は内心そう思いながら、真剣に悩み始めた渚を見つめる。
過去に渚が『外見が女っぽいから』という理由でこっぴどく振られてしまった話は彼から笑い話として聞いたことがあるから知っていた。
だが、雷人の想像以上に渚はそのトラウマを引き摺っているようだ。
(異性との交流以前にゲームに傾倒し過ぎていたせいか……? いやそれにしては流石に不自然だよな……)
というのも、一応選択肢でも正解する時は正解しているのだ。
今渚が攻略中のキャラクター、『水島優』は明るく優しく、そして非常に分かりやすい性格をしているので、むしろ選択肢で正解出来ない方がおかしいキャラなのだが……。
『水島:その、私ちょっと寄りたい所があるんだよね。……だから、その』
「そうか! ならここで別れた方が良さそうだな! 俺が居たら邪魔だろうし!」
『水島:えっ……。う、うん。忙しかったよね、ごめんね! また明日!』
(……なんでそうなる!?)
一応渚に自力で攻略させたいので雷人は助言していないが、終始この調子なのだ。
今のイベントは放課後デートの流れだったのだが……彼はそんな事も露知らず、そのフラグを正面からへし折ってしまった。
鈍感にしては余りに拗らせている、そう思っている内に。
『水島:ねぇ、今度の土曜日、一緒に出かけない? 行きたい所があるんだ』
「オッケー。今度の土曜日ね。何時集合にする?」
『水島:やった! じゃあ、十時に水族館に集合ね! 遅刻厳禁だよ!』
「水族館に十時集合ね、了解。楽しみにしてる」
(……んん? なんでここは普通に対処出来ているんだ?)
今までの流れからすれば、「わりぃ、俺用事あっから!」とでも言いそうな場面で、スムーズな回答を行った渚に、雷人は思わず首を傾げる。
先ほどのイベントと、今回のイベント。二つのイベントの内容を脳内で反芻している内に、一つの答えに辿り着いた。
(……ああ、そう言う事か)
二つのイベントの違い、それは『きちんと思いを言葉にしたかどうか』である。
一つ目のイベントは、『寄りたい所があるんだけど、一緒に行ってくれないかな』という意味を込めた遠まわしなお願いだった。
二つ目のイベントは、『一緒に出掛けたい』と思いを口に出している。
恐らく……勘違いして酷い思いをしてしまったのが原因なのだろう。彼は基本的に異性に対する自己の評価が非常に低い。自分に向けられる好意も、「もし勘違いだったらどうしよう」「そんな訳があるはずが無い」というノイズが混じり、かき消されてしまっているのだ。
しかし、きちんと言葉にしている場合においては勘違いのしようがない為、受け入れる事が出来ているのだろう。
(……難儀な性格してるな)
今でこそ過去のトラウマを笑い話に出来てこそ居るものの、彼の根っこの部分に根付いてしまった自己肯定感の低さには間違いなくそれが起因している。
雷人の視点から見てみれば、紺野唯は100%日向渚に惚れている。だが、彼女は恐らくそういった言葉は呑み込んでしまうタイプの人間だ。渚も好き好きオーラ全快の彼女に気付く事が出来ず、ただの友人として接してしまっている。
過去のトラウマさえなければ、きっと今頃仲睦まじいカップルが誕生していただろうに。
(これから先、紺野さん苦労するだろうなぁ……。愛想尽かさなきゃ良いけど)
『好き』という感情を言葉に出来ない唯と、『好き』という感情を察する事が出来ない渚。
こう言ってしまうのも非常に心苦しい物なのだが……彼らの相性は悪いと言わざるを得ない。
せめて唯の方が自分の思いを口に出来ればスムーズに事が進むと思うのだが……。
(見てる方からしたらじれったいだけだから、さっさとくっついて欲しいんだよなぁ)
≪System Announce:水島優の連絡先を失いました≫
「なんでだぁあああああああああああああああ!?」
通算五度目の攻略に失敗し嘆く渚を見ながら、雷人はまた一つため息を吐くのだった。
だから『私も、村人君の事が大好きですよ?』の時に思わず硬直したんですね。
……そのあとすぐに『どっちでしょうね?』なんて言わなきゃ多分落ちてたのに、そういうとこだぞポン。
~数日掛けて攻略した彼の感想~
渚「なあ雷人、水島ちゃん良いな。素直だし凄く可愛い。嫁にしたい」
遊びに来ていた雷人「水島ちゃんは良いぞ(まあ性格紺野さんに似てるからお前に勧めたんだけど)」
傍で聞いていた唯「!?(洗っていた皿を落とす一秒前)」