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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少年探偵団ごっこ

作者: 佐久間零式改




 夕暮れが閑静な住宅街をじわりじわりと浸食していた。


 東京都のベッドタウンであるからなのか、住宅街を一歩外れると、まだまだ自然は残されている。


 開発途中のまま放置されている小さな山へと続くコンクリートの道があるものの、長い年月整備されておらず、道はヒビだらけだった。


 僕はそんな道を駆け足で登っていた。


 その先にある山には僕の『秘密基地』があると同時に、僕が結成した少年探偵団の拠点でもある。


 そこは少年探偵団の特殊な空間だ。


 そこにいて、事件についてあれこれ考えているだけで特別な気分になれる。


 その気分というのは当然ながら『名探偵』といったものだ。


 道路は途中で途切れていて、そこから先は山道になり、そこをある程度進んだところにある、手入れが全然なされていない分かれ道があって、その獣道みたいな道を進むと秘密基地がある。


 元々は民家だったらしいけど、数十年くらい誰も住んでいないのか、いつでも崩れ落ちてもおかしくはないボロ小屋だ。


 そこが少年探偵団の秘密基地だ。


 ドアだけはまだ健在ながらも立て付けは当然悪くて、開けるのに一苦労する。


 そのドアを開けると、中にこもっていた鼻を覆わんばかりの臭気がむわっと漂ってくると同時に羽虫などが出て来た。


 中で大量発生している虫を逃がすためにも、僕はドアを開けたままにして中へと入っていく。


 床は当然腐っていて、穴が所々空いているので、秘密基地として使えるのは土間だけだ。


 その土間は元々は炊事などをする場所であったようで結構広くて、何人か集まっても大丈夫な広さだ。


 僕がその土間に踏み込んで家中を見回す。


「……待った?」


 土間ではなく、家の奥の方に人影があった。


 あれは少年探偵団の一員だけど、名前を教えてはもらっていない『名無しくん』だ。


 彼はかたくなに自分の名前を口にしてくれない頑固者だ。


 だから、僕は『名無しくん』と読んでいるし、そう呼ばれても名無しくんは嫌がったりはしない。


 名無しくんは奥の方で壊れたタンスの上に腰掛けていて、土間の方に身体を向けている。


「そこ、危なくない?」


 そう訊ねても、名無しくんは答えてもくれない。


 名無しくんは少年探偵団に関する事以外には答えてはくれないみたいだ。


「何か面白い事件起こらないかな? あ、でも、起こっているよね、きっと」


 返事はなかった。


「ちぇっ、付き合いの悪い奴」


 僕は思い出したように、


「まあ、いいや。何か少年探偵団向きの事件が起こるといいんだけど。ああ、でも、こういうのは『ふきんしん』っていうのかな?」


 考え事でもしているのか、名無しくんは押し黙っている。


「もういいや。君がまだいる事が分かったし。事件があったら、一緒に推理しようね」


 僕は夜が近づいてきている事を察知して、そう言うなり秘密基地を飛び出して、来た道を引き返して、自宅へと急いだ。




           * * *




 朝はニュースを見るのが、僕の家の習慣だった。


 僕としては朝放映しているアニメなどを見たいのだけど、親がそれを許してはくれなかった。


 そのためなのか、クラスでの話題に乗れないことがあって、仲間はずれにされている気分を味わうことがあって嫌だったりする。


 でも、この日ほどその習慣で良かったと思った事はなかった。


 食事をしながら、面白くもないニュースが流れていた中、僕の興味を引く、こんなニュースが流れてきたのだ。


『東京都○×市で、三好あきらくん(6)が14日午前から行方不明になり、警察などが捜索を続けている。本日、16日午前になっても見つかっていない。○×署によると、あきらくんは14日から母親と一緒に○×市■■町の曽祖父宅に帰省していた。同日午後、遊びに行くと言って祖父宅を出ていった以来、行方が掴めていない』


 14日と言えば、2日前だ。


 しかも、○×市は僕が住んでいる市で、しかも、■■町と言えば隣町だ。


 これが事件じゃないかな?


 少年探偵団がこの事件を解決したら、きっとみんなから褒められるに決まっている。


 よし、今日の学校が終わった後、この事件について調べてみよう。


 僕の少年探偵団ならば、きっと解決へと導けるはずだ。





           * * *





 学校が終わるなり、僕はこの市の地図を持って、少年探偵団の拠点へと向かった。


 学校からは遠いけど、それは仕方がない事だった。


 そして、秘密基地へと行き、ドアを開ける。


 ここの臭いは好きじゃないし、虫が発生しているのもなんだか嫌だ。


 廃屋になってから年月が経ちすぎたせいで、もうその辺りはどうしようもない事になっているのかもしれない。


 僕は中へと入り、土間のところで立ち止まり、名無しくんがいるかどうか確かめるように家の奥を見た。


 名無しくんは僕の事をずっと待っていたとばかりにタンスの上に座っている。


 やはりそこが名無しくんの特等席なんだろう。


「事件だよ! 名無しくん!」


 少年探偵団の出番が来たとばかりにそう叫ぶも、名無しくんはなんら反応しなかった。


 もしかしたら、僕が来る前にこの行方不明事件の真相を解いてしまっているから、僕に乗ってこないのかもしれない。


「君には真相が分かっているというの?」


 僕がそう問いただしても、名無しくんは沈黙を貫いていた。


 それが答えだと言いたげに。


「ならば、僕が解くしかないって事か」


 僕は土間にこの市の地図を広げる。


 そして、僕の住む△○町と、三好あきらくんがいた■■町とを円で囲んだ。


 円はあまり大きくはなくて、二つの町をしらみつぶしに探す事もできそうだ。


 だが、そんな事をやっていては、警察などが先に見つけてしまうかもしれない。


「二つの町の距離はそれほどない。場合によっては、この町に迷い込んでいる可能性とかあるかな?」


 答え合わせをするように名無しくんを見やると、首を縦に振ったような見えた。


「これが正解と。じゃあ、次はどこに行ったかの答え合わせか」


 さすがにこれは僕にも分からない。


 腕を組んで、うんうん唸ってみても、答えは出なかった。


「ヒントとかないの? ヒントとかは」


 名無しくんを見つめてみても、答えは返ってこなかった。


 どうやら自分で探さないといけないらしい。


「分からないよ、こんなの!」


 じっくりと考えてみたり、ちょっとした妄想をしてみたりしたけど、答えがどうしても出てこない。


「小さい子は先にしか進めない」


 僕は顔を上げて、名無しくんを見やった。


「小さい子は進む事しかできないの?」


 名無しくんは返答をくれはしなかった。


「つまりはいなくなった場所から先にしか進んでいないって事か」


 タンス椅子探偵と化している名無しくん、君はなんて聡明なんだ。


「その通りだ」


 僕は食い入るように地図を見つめる。


「よし!」


 広げていた地図を畳むなり、僕はぎゅっと握った。


 地図とにらめっこしていても、子供を見つけることは決してできない。


 たどり着いていそうな場所をしらみつぶしに当たってみるのが一番なのかもしれない。


「じゃ、探しに行ってくる。捜査は足が基本だよね!」


 僕は秘密基地を出て、駆け足で山を下りて家を目指した。





           * * *





 あれから二日が経って、土曜日になったというのに、僕は家でゴロゴロしていた。


「非日常が日常に戻っちゃうと退屈だなぁ……」


 事件が解決してしまったので、退屈な日々がまた始まったのだ。


 昨日、秘密基地に行こうとしたら、警官やら報道陣やらが詰めかけていたので、行くに行けなくなっていたんだ。


「あんなに早く見つかっちゃうなんてなぁ、つまんないよなぁ……」


 高校をサボるときに利用していたあの廃屋で子供の死体を見つけたのは、14日の夕方頃だ。


 その死体はおそらくは三好あきらくんで、あきらくんは家に上がり込み、腐っていた床を踏み抜いてしまったようだ。


 床が抜けたものだから、そのまま地面に倒れてしまったみたいではあった。


 床か柱を固定していた五寸釘がそこにはあって、不幸にもその釘に頭から突っ込んでしまったようで、僕が見つけた時には頭が串刺しになっていて、もう死んでいた。


 あのままにしておくのは可哀想かなと思って、釘を抜いてやり、壊れかけのタンスの上に座らせてやった。


 死後硬直はまだ始まっていなかったので、僕が来るほんの少し前に絶命したのかもしれない。


 タンスに乗せた死体を見ていたら、僕は閃いたんだ。


 隠れ家に死体があるんだから、この非日常を楽しんでみようかと思ったんだ。


 死体のあの子供と少年探偵団を結成したのは、非日常の遊びの延長のようなものだ。


 一人で推理するのはつまんなかったので、死体の三好あきらくんに声をかけてみたり、独り言に独り言を返してみたりしたんだ。


 でも、そんな一人芝居は退屈過ぎてすぐに家に帰りたくなったんだけど。


「それにしても、死体ってすぐに腐るんだなぁ」


 一日で死臭があそこまで酷くなるとは思わなかったし、ハエなのか虫が大量発生するとは考えてもみなかった。


「……ああ、そうだ」


 日常に戻ってしまったのならば、その日常を非日常にしてしまえばいいんじゃないかな。


 また死体と一緒にしたりして……さ?


 死臭が鼻がもげそうなほどの悪臭だったけど、慣れてしまえば香しかったし、あの空気を吸い続けるのも悪くはないかな。


 そうだね。


 悪くはないよね?


 幸いな事に今日は土曜日だし、ゆっくりと探そう……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。短編ならではのどんでん返しというか、「実はこうだったのか!」が見事に書かれていました。
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