エピローグ 語られない冒険
グランゾール南東部の草原を、一台の馬車が進んでいる。秋空は青く澄み渡り、中天に在る太陽が、やや湿っぽい植生の大地を明るく照らしていた。涼しい風が吹く広々とした景色に小気味よい馬蹄の音が響く中、馬車に乗る旅人たちも快適な行程を寛ぎながら過ごしていた。
「まあ、俺も惜しいことをしたと思ってはいるんだよ」
幌を取り払った荷台には三人の男たちがいる。あぐらに頬杖をつきながら、ぼんやりと言ったのはジョウイである。
「でも、久しぶりに逢ったら子供になってたんだぜ。さすがに住む世界が違うと思ったわけ」
「いつまで言ってんだよ」
うんざりした様子でそれに応えたのはクーパーだ。彼は荷台にごろりと横たわり、景色を見るともなく眺めている。その傍らには、つい先日の過酷な戦をも潜り抜けた愛用の短槍が置かれていた。
「しかし惜しいっつったらお前らもだよなあ。戦争の英雄になったんだろ? 仕官でもすりゃ町の人間に尊敬されながら暮らせたのに。女よりよっぽど重大だぜ。死んでった仲間に対する義理ってヤツか?」
その言葉に、クーパーとティンが目線を交わす。傭兵団六人のうち、二人が戦で死に、もう二人はハートラッドで仕官の道を選んだ。しかし今いる二人は熱心な要請を辞退して、再び流浪の身となる道を選んだのだ。
「どうにも気乗りがしなかっただけだよ。深い意味はない」
「俺は人情家だからよ。大将を一人にするほど冷淡じゃねえ」
二人はそう言って肩をすくめた。もちろん、十数年ともに戦ってきた仲間を差し置いて堅実な暮らしに落ち着くのは憚られる、という気持ちもあるには違いない。しかしそれはきっと、わざわざ口に出すようなことではないのだ。
「野郎ども、町が見えたぞ」
御者台に乗ったハキムは、後ろで騒いでいる男たちに言った。
「おいハキム、こんだけ旅してきて、空振りだったじゃ済まねえぞ」
身を起こしたクーパーが、御者台までやってきて凄むふりをする。
「そりゃ保障はできんが、俺は確かにあそこでエメラルドを見たんだ」
「昔人食い族に捕まったってアレだろ? 本当かよ」
ジョウイが茶々を入れた。
「うるせえ。俺は雇い主だぞ。見つからなくてもカネは払うんだ。文句を言わずに荷物をまとめろ」
ハートラッドでオヴェリウスとの因縁に決着をつけたハキムは、リズ、トーヤ、エシカと別れ、次なる探索行の準備をはじめた。目的地はグランゾール南東の大森林。その場所には、底にエメラルドが敷き詰められた伝説の川があるという。
オヴェリウス討伐の報奨金で物資を買い込み、偶然連絡のついたジョウイと、クーパー、ティンを道連れにして、ハートラッドを旅立ったのがひと月近く前。今やその大森林は、馬車で三日の距離まで近づいている。
文明の光が及ばぬ暗い密林。闊歩する野獣、残忍な人食い部族。しかし危険があるということは、まだ見ぬ宝が残されている可能性も高いということだ。もし探索が成功すれば、得られるものは計り知れない。
ただそれまでには泥臭く、じめじめした、うんざりするような行程が待っていることだろう。目を瞠るような魔法の遺物や、世界全体を巻き込んだ陰謀、可憐な亡国の姫といった派手な要素は望むべくもない。
「三日ぶりにベッドで寝られるな」
だからこの旅は多分、物語になることはないだろう。ハキムはそんなことを考えながら、徐々に大きくなる町の輪郭を眺めた。




