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7. ヴィルセント王国第三王子

※4、5、6話内容リュカ視点のお話になります。

「ははうえ、みずあびでもしたのですか?」


私が王宮に不信感を抱いたのは

服をきたまま全身を濡らした母と

庭で会った時だ。


「今日は少し暖かい陽気だったから。」


母は困ったように優しく微笑むが

私は訝しげに首を傾けた。


春先の王都はお世辞にも暖かい

とは言えない。

水浴びするなど風邪を引いても

おかしくはない。


それをきっかけに母の不思議な行動に疑問を抱く機会は日に日に増していく。


時には生ゴミにまみれた格好をしていたり、

髪が乱雑に切られていたり、

母に送られて来た手紙に

大量のムカデが入っていたり、


その手管は様々だったが、

それは徐々にエスカレートしていった。


おそらく後宮の女達の仕業だと

簡単に予想出来た。


その度に不信感は増していくが、

母はいつも決まって微笑んでその事を誤魔化すのだった。


北の遠国で生まれこの国、

ヴィルセント王国の

子爵貴族の養子に引き取られ、

その美しい白銀髪と橙の瞳という珍しい

容姿を国王に見初められ

国王に公妾として後宮に入り、

私を授かった。


この国の王は妾を多く取り、

妾の子供は通常王位継承権を得ることはできなかったが「光の騎士」であれば話は別だった。


私は妾である母の子でありながら第三王子として王位継承権を得ることができた。


母は国王のお気に入りの女性。

しかし子爵という後宮の妃としては低い爵位と美しい容姿、そして第三王子の出産は

他の女達の嫉妬心を遺憾なく刺激したのだ。


私が光の騎士などに生まれなければ

母はこのような目に合わなかったのに、

母は私を一度として責めた事はない。


嫉妬と憎悪、

醜くい念でぐちゃぐちゃになりながら

それでも一つの穢れも感じさせぬほど

母はいつも微笑んでいた。


美しい白銀髪を揺らしながら

輝くような橙の瞳を淑やかに細めて。


細めたガラスのような瞳に何を思うのか

時折怖くなるほど母は完璧な淑女だった。


しかしそれが強がりだとわかったのは

ある日の深夜、母が人目を盗んで

声を殺して泣いていたことに

気づいてからだ。


日を追うごとに完璧な淑女であり続けた母も

心なしか日に日に表情も硬くなり、

瞳の色も死んでいく。


ただ私や父である国王の前では

優しく気品に満ちた変わらない姿で

居続けた。


それがどうしようもなく歯がゆくて、

母の苦しみに寄り添えない自分の不甲斐なさと悔しさがいつも胸を劈いていた。


一言でいい、

弱音を吐いて欲しかった、

涙を見せて欲しかった。


苦しいと、辛いと

母の弱い心を受け止めたかった。


母の様子がおかしい事を

国王に報告しても、


「後宮では多少の僻みは仕方ない、

クリスティナが本当に苦しんでいたら

私に言うだろう」と、


そう言うばかりで

全く取り入ってはくれない。


自分の無力さと周りの

盲目さに吐き気がする。


権力に縛られた騎士達の護衛など一つもあてに出来ない。

あいつらは口先だけで

自分より爵位の高い相手のいいなりだ。


いつしか母の笑顔さえ見るのが苦しくなっていった。


なぜ母は私を頼らない...っ!

父を頼らない...っ


弱さを殺し、

自ら孤立しようとする。


それを捉えようとしても

柔らかな笑みがそれを

するりとすり抜ける。


それが堪らなく寂しい、

これが母の優しさならば

それはあまりに残酷だ。

母を救えない己の弱さを罵倒してくれた方がどんなにましか。


きっと母がそれを理解することは

あり得ないだろう。

それほどまでに母の意思は固い。


反吐がでる、私は絶対に許さない。

母を傷つける公妾達。


権力に降り陵辱される母を知りながら

見て見ぬ振りをする護衛騎士も。


私のいう事を信じず、

母の変化に気づかない愚鈍な王も。


この王宮全てが憎らしい。


みんなみんな、許さない。

いつからか私はそんな事ばかり考えていた。


表面上は賢く優しい第三王子を演じながら

いつか必ずあの女達から母を救い、

女達や騎士達に報いを受けさせると

心に決めた。


そんなある日の午後、

あの子供と白薔薇の庭で

出会ったのは偶然だった。


クロフォード公爵家の一人息子。

母と父の愛情や容姿や剣術の才能に恵まれ

何不自由なく甘やかされて育ち

この世の理不尽とは無縁の子供。


汚れを知らない、傍若無人。

まさに“光の騎士”というわけか。


私を何も言わず呆然と見る

礼儀知らずな金髪の子供を見て嘆息する。


こういう人間が心底私は嫌いだ。

おまけに王家の血を思わせる薄い紫の瞳が

嫌悪を助長させる。


「ゆうびなかみにみほれておりました。

もうしわけありません、リュカでんか。


わたしはルイ・クロフォードともうします。

どうぞよろしくおねがいいたします」


私の皮肉に返した彼の言葉に瞠目する。

思った言葉とは全く違う返答に

困惑するがそれを表情に決して出さない。


私を見るルイ・クロフォードの瞳には

既視感があった。

それはこの王宮で私が

優しく穏やかな王子を演じる瞳と似ていた。


本心を隠し、他者を操作しようとする瞳。

白銀髪を褒めたのは、彼の意図か?


イメージとはあまりにかけ離れる

落ち着いた挨拶は幼いながらに立派な紳士の振る舞いだった。


クロフォード公爵は息子について語らないことで有名だったが、これがその答えか。


権力に胡座をかく連中は

優秀な人間を皆恐れる。


出る杭は打たれ、

それが幼ければ尚更のことだ。


ただでさえ光の騎士であるだけで注目を集める存在がこのような子供であれば

その存在は周りにとって脅威だろう。


私は彼に興味が湧いた。

依然として好意は抱いていないが

彼なら私と対等に話が出来るのではないかと思ったからだ。


王宮では天才少年と謳われ、

物心つく前から

年齢よりもだいぶ達観していた私は

同じ年代の人達とは全く話が合わなかった。


使える駒は大いに越したことはない。

彼は私の理想の駒になり得る存在だ。


私はルイ・クロフォードを王宮に呼ぶよう

取りはからった。

彼の周囲を調査させ、

彼がこの話を承諾し得る理由を探した。


王族の命令に逆らう貴族はいないが

嫌々来られては彼を絡操るのに支障が出る。


だから彼が新しく剣術の教師を探しているという情報を利用させて貰った。

王宮は優秀な騎士には事欠かかない。


母を救うための駒は王宮の人物以外が良い。

権力に染まったものはダメだ。

その点彼はまだ幼く、洗脳が効く。


それに剣術は既に並の騎士以上と噂されるほどの腕を持つという。

必ずこの機会に懐柔すべきだ。


ルイ君、君の働きを期待しているからね


ページとして王宮に入ることを承諾した手紙を見ながら私は心の中でそう呟いた。




誕生祭の数日前、

使用人の会話から不穏な噂を耳にした。


後宮の公妾の誰かが闇商売の者と繋がって何かしようとしているらしい。


いったい何を企んでいるのか。

狙いは母か?


だが、妾達は今まで母を傷つける真似だけはしなかった。

あの女達は決定的な証拠を残さない。

身体に傷でも残せば国王は

不審に思うからだ。


だがいつ起こすのだろう。

大事であれば、私や国王の目を盗んで出来るタイミングだ。


深夜は父が頻繁に母の元へ通っているようなので厳しいだろう。


であれば誕生祭か、

護衛の騎士達を言いくるめ、

主催の私や父である国王の目を盗める絶好の機会だ。


であれば絶対に母を誕生祭に

行かせてはならない。

闇商売人は金さえ渡せば何でもやるような輩だ、何をされるか分からない。


私は母を誕生祭に出席しないように説得したが、体裁的に良くないと拒否された。


それでも私は我儘を通した。

不穏な噂の話や、私自身が不安だという気持ち全てを話し頼み込めば母は渋々承諾してくれた。


普段、私の願いなど聞き入れない父でも

宴中のみならば

母の部屋の警備の強化の承諾も

得られるだろう。

公妾の息のかかってない高位の騎士の護衛が得られればひとまず守れる。


そう思っていたのに、


「母上....っ」


誕生祭の日、遅れて母は来てしまった。

馬鹿な、どうして来たんだ..っ


私を訝しげに見るルイに目もくれず

母の元へ駆け寄った。


「心配しないでリュカ、

息子の誕生日を祝わないなど

母親失格でしょう?」


この人は自分が危険な目にあう可能性があるというのにまだこんな事を言っている。


母親失格でいい、

この場にいればどんな目にあうか分かったものではない。


相手は闇商売人なんだ、

それに主役の私は己の仕事を全うしなければいけない。母を見張る余裕がない。


どうすればいい


これほどに母の意思の硬さを

呪ったことは無い。

今まで約束を違えた事などなかったのに。

何故それを反故するのが今なんだ!


嫌な汗が頬を伝う。

母はここに置かせられない、

絶対に帰ってもらわなくては。



「こういうのはどうですか?

私がクリスティナ殿下の

護衛につきましょう」


突然ルイが私達の間にはいってそう言った。


は..?

この子供は何を言っているんだ?

何故護衛を申し出た?


「何のつもり...?」


私はルイの真意が分からず問う。


「騎士になったらクリスティナ様のような姫君を守るのが夢だったから」


気の抜けた返答に戸惑うが

それだけではない気がしてならない。


胸騒ぎがざわりと胸の奥で音を立てる。


「母上の護衛ならすでについているけど」


どうせ護衛などする気の無い連中だけど。

でも彼がそのようなこと知るはずもない。


「私がいた方がリュカ殿下が安心だろう?」


ルイが私に向かって笑みを浮かべた。

何を思って安心だというのだろう、

私の疑問は深まるばかりだ。


まさか、いや、そんなことあるはずない

不意に一つの予感が頭をよぎる。


その時ルイが私の耳元まで

顔を近づけてきた。


「何かあったら必ず報告する。

公妾同士の乱暴は

普通の騎士では止められないだろ」


胸のざわめきが音を立てて脈打ち出す。


ドクン....ドクン...


何故知っている?


彼はこの場所に来たことは二度目だが、

後宮に足を踏み入れたことも無ければ、

私の母に出会ったのも

今日が初めてのはずだ。


どこでその情報を手に入れたのか。


彼は私同様子供らしくない部類に入ると思っていたけどここまで踏み込んだ内情を

手に入れた上で宮中へ入っていたとは思わなかった。


驚いてみればルイは確信めいた瞳で

こちらを見ていた。


必ず守ってみせる。


その顔はそう言っている気がして、

私は心の奥にジワリと広がる高揚を

隠しながらルイを見る。


彼なら何かやってくれる。


心の奥に不意にそんな思いが浮かび

私は動揺した。


今までこんな漠然的に誰かを

信頼するなど無かった。


私は彼に護衛を任せることにした。


すごいよ..ルイ君。

君は本当に理想の駒かもしれない。


そんな期待で胸が膨らむ。

だが油断は禁物だ。


雇われた闇商売人の数が分からない以上

彼が止められるか判断出来ない。


ルナリアナ侯爵の三男は騎士として

セレン騎士団に9歳で入団するという

異例の出世で一時期宮中を沸かせた

剣術の天才だ。


それに勝利したというのだから

護衛としては申し分無いはずだ。


私はルイと母に目を配りながら、

今日の主役として出席した貴族達と

言葉を交わした。


そして彼らが公妾の一人に声をかけられ動き出したのをきっかけに陛下を探した。


ドクリと脈が嫌な音を立てる

やはり今日何かを起こそうとしていることは

本当だったのか。


護衛のアーサーも説得に口添えしてくれ、

国王を母達のところへ

呼ぶことに成功した。


父を連れた私はいち早くその場に向かう。


父の説得に思いの外手間取ってしまった。

母は無事だろうか。

無事であってくれないと困る。


ルイの腕ならその場を食い止めるくらいならば出来るはず、国王に現場を見せる事が出来れば母を救う事ができる。


私は不安にかられながらルイ達を探す。

テラスを出たのならば恐らく行き先は

城裏のどこかだ。


私が現場に辿り着いた時、

その異様な光景に

目を疑った。


5人もの大きな身体の男達が

その場に転がり、

公妾の女達が猟師に首を掴まれた

うさぎのように怯えている。


母はその場にポカリと口を開けて呆然としていて、そのドレスはズタズタに引き裂かれていた。


母をかばうようにその場の中心にいたのは

小さな短剣をその手に握り、月の光に照らされた白金髪を雄美に揺らす少年だった。


「残念だけどもう終わりだ。


私はリュカ殿下の友人として

貴方達を許す事は出来ないよ。


こんな下衆な手段で女性を傷物にしようとしていたなんて陛下に知れたら

貴方達はもう此処にはいられないだろう。


言っておくけどこれは

最初の見せしめに過ぎないよ


これ以上クリスティナ殿下を傷つける者が

いたらクロフォード家が黙っていない。


貴方達の家柄は全て覚えておくからね」


彼が言った言葉はとても理性的だった。

私と同じ5歳の子供が言えるような言葉とはとても思えない脅し文句。


私は彼がいっそ恐ろしかった。


その背中がいつもより大きく感じられ

彼の真っ直ぐな声は侵し難く、

私ごときに絡操れる存在では無いような気持ちにさせる。


私の声に彼が気づき驚いたように

こちらを振り向く。


月光に揺らぐその瞳は

その紫を一層深く輝かせる。


その艶美な煌めきを

不意に美しいと思ってしまった。


彼の瞳に灯った色は

公爵の権力などではなかった。


誇り高い正義と優しさ、

穢れのない光の騎士とはこういう有りようをしているのかと思わせる。


初対面の彼の瞳を

私は自分と似ていると思った。


だけどそれは似ているようで真逆だった。


彼の理性の矛は他者のためにあり、

私の理性の矛は自己のためにあった。


胸のざわめきがまたジワリと広がる


彼が欲しい、

彼はこの国にとって大きな力になる。

こんな男を並の人間に渡せられない。


そう思わせるほどに

彼の強さは無垢で強大だ。


父が後ろからその厳格な声に怒りを震わせて

言葉を放った時、

私の時はようやく動き出した気がした。


母に向けられる憎悪に囚われ、

怒りに駆られる日々はいつしか私自身を縛っていた。


そのことに今ようやく気づく、


安堵の息を深く吐き

不意にルイを見ると

彼はふわりと穏やかに微笑んだ。


初めて向けられた本当の笑みに

ドキリと身体が跳ねる。


その笑みがあまりに

可憐な淑やかさを秘めていて困惑したが

それを感づかせないように顔を伏せた。


ルイに救われたのは

どうやら母だけではなかったようだ。


その笑みにつられて私は久しぶりに

笑みが溢れる。


憎悪で全てを陵辱した先に残るものは

虚しいものだ。


公妾達の行いから理解していたつもりだったはずが私は同じものに囚われていたのか。


怯えた瞳の公妾達があまりに間抜けで、

私が今まで思い悩んでいた事が

阿保らしくなるほどに拍子抜けする。


微笑んだ私を見た母が一筋涙をこぼすと

ようやく私達に朝が来るのだと実感する。


涙を流す母を優しく抱きしめると

嗚咽を漏らして肩を震わせる。


その姿に心底安堵し、

母につられて涙が出そうになるのを

必死にこらえた。


ルイの前では泣きたくない。

そんな子供のようなプライドが脳裏によぎり

私はクスリと苦笑した。

リュカ達観しすぎ(゜ω゜)って感じですね。


後宮の女性達の表現を公妾にしました。

紛らわしくて申し訳ないです。

よろしくお願いします。

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