6. 見習い騎士の初仕事(2)
「恐ろしいね..」
リュカが一通りの挨拶を終え、一息ついた時
私はポツリと呟いた。
リュカは怪しげに私を見たが直ぐに
表情が暗くなる。
「母上...っ」
その声の先を見ると
リュカと同じ白銀髪の美女が立っている。
儚げで繊細なその容姿に目を奪われていると
リュカが慌てて駆け寄った。
「どうして来たのです、
ここに来てはいけません!」
コソコソと声を潜めながら
リュカが母を引き止めているようだ。
「心配しないでリュカ、
息子の誕生日を祝わないなど
母親失格でしょう?
あら、あなたが噂のクロフォード家の方かしら?」
淡い水色の品あるドレスを身にまとった
女性がこちらに歩いてくる。
繊細で今にも消えそうなほどに
儚げな空気を纏う
優しげで気品に溢れた美しい人。
私の憧れのような女性
不意にそんなことを思った。
惚けながら見つめていると
女性の美しいオレンジサファイヤのような
瞳と目が合う。
「はじめまして、
今日からリュカ殿下の護衛をさせて頂いておりますルイ・クロフォードと申します。」
私は紳士の所作で挨拶をする。
女性は柔らかく目を細めて
淑やかに微笑む。
「はじめまして、私はクリスティナ。
リュカの母よ。
リュカのお友達として
呼ばれたのでしょう。
天邪鬼な子だけど根はとてもいい子なのよ。
どうか仲良くして差し上げてね」
鈴の音ような声が響くと
まるで空気が和らいでいくようだ。
リュカが狂うのも分かる気がする。
こんな素敵な母親が自殺してしまえば。
「はい、」
短く返事をすると軽く微笑みを浮かべた後
ふわりと踵を返した。
「どこへいくのですか?」
クリスティナはリュカの言葉に困ったような笑みを浮かべる。
「遅くなってしまったけれど
挨拶に行かなければならないでしょう」
「今からでも遅くはありません、
父上には体調が悪いのだと私から伝えておきますから」
リュカの焦りように少し疑念が残った私は二人の間に入る事にした。
「こういうのはどうですか?
私がクリスティナ様の護衛につきましょう。アーサー、少しだけいいですか?」
ちらりと後ろに控えるアーサーを見ると
おっけーと手で返事をした。
リュカは眉を潜め私を見る。
「何のつもり...?」
リュカの言葉ににこりと微笑む。
簡単なことだ。
「騎士になったらクリスティナ様のような姫君を守るのが夢だったから」
「まぁ、こんなかわいい
騎士さんなら大歓迎よ」
私の言葉にクリスティナは
クスクスと微笑む。
「母上の護衛ならすでについているけど」
リュカが怪訝げに目を細める。
「私がいた方がリュカ殿下が安心だろう?」
ふふっと笑って笑みを返す。
「何かあったら必ず報告する。
公妾同士の乱暴は
普通の騎士では止められないだろ」
私がリュカの耳元で囁くと目を丸くしてこちらを見る。
「へぇ、やっぱり君信頼できないな」
リュカは強気に微笑んでこちらを睨む。
「ありがとう、天邪鬼のリュカ殿下」
私はクリスティナの護衛を
務める事になった。
私の父の計らいで
私がクロフォードの人間であることを知る人物は少ない。
だからクリスティナの側で歩いていても
小さい騎士がちょこちょこついて来ているぐらいに思うだろう。
リュカは本日の主役だ、
クリスティナに目を配っている余裕はない。
今助けられるのは私だけだ。
「クリスティナ様、
どうして後宮のことを陛下に話されないのですか?」
二人で広間を歩いている時、
私は疑問に思っていたことを聞いてみる。
クリスティナは不安げに目を見開く。
「リュカから聞いたのかしら..
陛下はいつもお疲れなのよ、
後宮だけが陛下の癒しの場なの。
そんな場所で気を煩わせる
わけにはいかないわ」
「でもリュカ殿下は心配していますよ。
貴方には協力者が必要なのでは?」
「ふふっ、
リュカはいい友達を持ったみたいね。
この話はもう終わり、
心配してくれてありがとう、
小さな騎士さん」
クリスティナは周りを見渡し、
声をかける。
いつも美しく微笑みを絶やさない人
なのだろう。
さっきからチクチクとさす
周りの殺気も気づいている。
押しつぶされるほど苦しいなら
言わない方が拷問だ
彼女と同じくらい苦しんでる人間がすぐそばにいるのに、救われないのはいっそ罪だよ。
周りの騎士達も報告できないんだろう。
リュカが報告しても、
女同士の痴話喧嘩だと人蹴りだ。
小さな少年が喚こうと目もくれない。
それだけ5歳という年齢に力はない。
「クリスティナ様、
あちらで話しませんこと?」
焦げ茶髪のきつめの顔の女性が
クリスティナに話しかける。
クリスティナは微笑んで彼女についていく。
私もそのあとをついていく。
「あの子供は何ですの?」
「私の護衛の騎士ですわ」
「あら、陛下は貴方の護衛にページをつけるなんてさぞかし大切になさっているのね」
きつめの女性はほほほといかにも悪役お嬢様笑いをしている。
ここまでコッテコテだといっそ清々しい。
私は呆れながらテラスまでついていく。
テラスから出て城の裏まで招かれると、
鋭い視線が四方から浴びせられる。
遠くで見守っていたクリスティナの護衛はついて来ていないことに気づく。
ゾロゾロと女性が集まると
クリスティナを囲んだ。
そのうちの一人がこちらに来ると
鋭い眼差しを向ける。
「貴方新人のページかしら、
黙って見てなさいね、
どこの騎士さんか存じませんけど
私はイルザベータ侯爵の家の者ですのよ、
貴方にもこの意味お分かりでしょう?」
ピンクブロンドの髪に赤いドレスの女性が
私を見下ろす。
通常、この世界では公妾に着く護衛のページは暗黙の規則で伯爵以下がほとんどらしい。
そもそも公妾に専属で着くページ自体稀なのだが。
とにかく私は脅されているのだろう。
余計な真似はするなと、
何かしたらお前の家を潰すと
言っているのかな
いつも人目を盗んではこんなことをしているのか、このお嬢様達は。
リュカの前ではとても出来まい。
クリスティナは5人ほどの女性に囲まれ
そのうちの2人がクリスティナの両腕をがっちりと掴む。
「やめてください!!」
「いやよ!
貴方のその服、陛下の贈り物なんですってね、何よ自慢?
狡猾な女!か弱いフリして陛下に気に入られて嬉しいのかしら?」
「第3王子を生んだくらいでいい気にならないでくださらない?
今日も遅れて出席するなんて
マナーも知らない下品な女のくせに!」
一人の女がクリスティナのドレス
ビリビリに破く。
城の裏庭に、
布の避ける音と、罵詈雑言が響き渡る。
身体中に怒気と虫酸が駆け巡るが
私は拳に力を込めて耐える。
まだだ、今彼女を助けても
同じことが繰り返されるだけだ。
側室が6人も抜けているのに一人も護衛騎士がこないのは周知の事なのだろう。
知らないのは国王や爵位の高い騎士だけか。
爵位の低い騎士はこのご令嬢達に
手出しできない。
しかし、爵位の高い主力護衛が公妾の護衛をするわけもなくこうして出来た負のスパイラル。
彼女はこの腐った権力社会の餌食になってしまったんだ。
クリスティナは毅然とした態度で
周りを見据える。
こんな事慣れた事だというように
その顔を崩さない。
「貴方はいつも私達が何をしようと
そうやって人を馬鹿にした目で見てくるわね、まるで平気なフリをして。
でも 今回はどうかしら」
焦げ茶髪の女性が指を鳴らすと
茂みの中から屈強な男達が5人ほど現れる
容姿や服装を見るに
騎士崩れの闇商売人だろう
こういうキャラはゲームでもたまに登場する、金を積めば悪行でもなんでもこなす
騎士のプライドを失った連中。
「何を...しようとしているの?」
さすがのクリスティナも顔を引きつらせ
身を震えさせる。
「あんた達、この女ぐちゃぐちゃにしちゃってよ!もう子供なんて産めないようにね!」
クスクスと不快な女の笑い声が耳を擽る。
ひどい、ひどすぎる
ねぇ、もうさすがに我慢しなくていいよね。
ピキピキとこめかみに力がかかる。
最低だよ...最低すぎるよ...
こんなことゲームの中のクリスティナは本当にされてしまってたの..?
挙げ句の果てに自殺にまで追い込まれて..
一人で耐え抜いてきたの..?
こいつら.....絶対許さない。
男達の下衆な笑い声が夜の闇に溶けていく。
「可愛がってやるから安心しな、」
「いや!や、やめてください!!」
男達がクリスティナに触れようとする
下衆どもが、その女性はあんたらが触れていい相手じゃない!
一瞬でいい、こんな3流以下の騎士に負けるわけない。
私は持っている短剣を刹那の間に抜き、
男達の元まで走る。
「だめ!逃げてルイ!!!!」
大柄な男達が私に気づく、
私は素早く相手の懐に滑り込む
男達が私を捉えようと体を屈めた瞬間を狙って的確に急所を電光石火の如く峰打ちする。
小さな子供でも撃ち方を工夫すれば
大柄の男を倒すこともできるのよ!
月明かりに照らされた銀の刃が
線を描く。
剣の峰が鈍く肉を打つ音と
男の呻き声が響き渡る
私は女だ、
非力な身で男相手にどう立ち会うか
いつも研究していた。
そんな事を考えながら銀の線がキラリと剣に変わる時5人の男達は横たわっていた。
「悪魔....」
どこからかポツリとそんな声が聞こえた。
鬼だとか悪魔だとか
なんで私に付けられる名前は
そんななの..
私は小さく息をつく
がさと一人の女が足を動かす
「あ、逃げ出さないでよ
貴方達の顔、私はちゃんと覚えているからね」
私は逃げようとする女性を睨むと
化石のように固まった。
状況が理解できていないのか
国王の公妾達は呆然とその様子を見ている。
公妾の中の二人は腰が引けて震えている。
「貴方、こんな事してどうなるかわかっているのでしょうね」
ピンクブロンドの女性が震えた声で喚く。
「イルザベータ侯爵だっけ..?
思い出したよ、でも残念だな。
私の家は君の商家のお得意様だったのに、
きっと父上は悲しむだろうな」
「あら、私の家は高級品を多く扱う貿易業よ
頻繁に取引をする相手なんて公爵家ばかり..」
私はニコリと微笑んだ。
その微笑みにピンクブロンドに女性は
がくんと腰が抜ける。
「.....え?....まさか
...うそよそんなことあるはずない...っ」
「忘れたの?
父上と私は良く似てると評判なんだけど」
ふわりと柔らかな風が舞い
月明かりに照らされた紫の瞳が
妖艶に煌めく。
「その瞳.....
貴方まさかクロフォード家の....っ!?」
「残念だけどもう終わりだ。
私はリュカ殿下の友人として
貴方達を許す事は出来ないよ。
こんな下衆な手段で女性を傷物にしようとしていたなんて陛下に知れたら
貴方達はもう此処にはいられないだろう。
言っておくけどこれは
最初の見せしめに過ぎないよ
これ以上クリスティナ殿下を傷つける者が
いたらクロフォード家が黙っていない。
貴方達の家柄は全て覚えておくからね」
私の声があたりを凍らせる。
私は5歳の小さな子供だ。
だけどビジネスを引っ張り出せば話は別だ。
権力がものをいう世界で
振りかざせるものがある事に感謝しなければいけない。
それはとても虚しい事だけど
これで守りたい人が守れるなら
どんな武器だって私は振わなければ。
「ねぇ、大きな男の人がたくさん倒れてるけど...何やってるの?
楽しい事なら私も混ぜてよ」
凍りついた空気に
ひやりと刺すような声が響く。
ハッと後ろを向くとリュカが立っていた。
「イルザベータ侯爵、ヴィルセント辺境伯
リチャード伯爵、マークス侯爵
最後にカルティエッタ伯爵、
......ちゃんと覚えた?ルイ君」
「なんで、リュカ殿下がこんな所に?」
「言っただろう?
君のことは信じてないって」
「リュカ...どうして」
「母上、無事で何よりです」
リュカは不敵に微笑み後ろを見る。
「陛....下....」
零れ落ちた私の言葉に
周囲の女性達はビクリと身体が跳ねた。
ゆっくりと地を踏みしめて歩いてきたのは
紛れも無いアデルバート国王だった。
「お前達には失望した。
まさか本当にこのような事が
行われていたなど。
許されるとは思っておらぬな」
地を這うような低い声に
公妾達の顔が蒼白になる。
公妾達の行き場のない悲鳴が王城に響き渡る。
私はその声がただ虚しく解けていくのを
ただただ見守った。
思ったより長くなっちゃいました。




