4. 責任
王都へ着くと
豪奢な白塗りの美しい城が聳え建っている。
高く伸びた屋根は上品なシルエットを演出し、城の前の広大な庭には色とりどりのバラが植えられ、いくつもの噴水や彫刻があしらわれている。
海外旅行の経験もない私は
初めて見る本場の西洋の城に瞠目するが
ジュールの兄弟に処罰が下される状況下で
感動できるほどの神経は
持ち合わせていなかった。
同行したジュールと
そのまま客室へと通される。
「ジュールせんせいのあにうえたちは
どのようなしょばつが、くだされるのかな」
事情聴取に来る騎士を客室で待っている間
ボソリと呟く。
「兄上達の所属する騎士団は
国家が管轄する騎士団だ。
そこで賄賂や不当な取引があったとなれば
国家の不信に繋がるだろう。
潔癖な国王はこれを許さない。
見せしめに処刑が無難だが、
良くて無期限の軟禁処分というところだな。」
ジュールは顔を伏せ、
静かな口調で述べる。
淡々とした中に僅かな震えを感じて
冷静に振る舞おうとしているのだと察した。
処刑、そうだよね...。
ここは現代とは違う。
ゲーム内のルイ・クロフォードも
国王に楯突いたとして簡単に処刑されてしまったもの。
簡単に死刑が下されてしまう世界。
私は、背筋にぞわりと悪寒が走る。
だけどこの件を見過ごしてしまえば
さらに多くの被害者が出るんだ。
私の選択に後悔はない。
身体に重いものがずしりとのしかかる感覚。
父や母に男として生きることを承諾した時のようにまた私にのしかかる責任。
私は未来を知っている。
もちろんそれはゲームのストーリーであって
この世界の話とは少し違う。
だけど現状同じように流れているのだから
私の選択はこの世界の人達の運命を変えてしまうものなんだ。
その事をきちんと受け止める責任が
私にはある。
私の思いが顔に出てしまっていたのか
ジュールがそっと優しく肩に触れた。
「ルイ、俺の兄上達の事で責任を
感じることは一つもない。
君は正しい事をした。
君が事前に止めなければ、兄上達は母を殺した殺人鬼になっていただろう。
そして俺も..」
ジュールは努めて微笑みを崩さなかったが
琥珀の瞳は悲壮に駆られるように揺らいでいる。
私はあくまで事情は分かっていないという
態度を取ろうと思ったが、
ジュールの瞳が全て受け入れているように真っ直ぐに見据えているので
何も言えなかった。
騎士達が到着し、
私達は別れて個別に事情聴取を行った。
その後、王との謁見には
ジュールだけが呼ばれた。
私は4歳ということもあり、
父と合流し、王城でジュールを待った。
**********************
※ジュール視点になります。
「ジュール・ルナリアナ面をあげよ」
アデルバート国王の低く威厳のある声が
張り詰めた玉座の間に霧散する。
俺はゆっくりと顔を上げると目の前には
マーバイン兄上とフレディ兄上が
縄で手足をしっかりと縛られてた状態で
騎士に囲まれながらこちらを
怒気を含んだ瞳で見つめている。
その奥の高い段差の上から豪奢で荘厳な玉座から
国王が俺たちを見下ろしていた。
後ろには後から到着した、
父と母も跪き首を下げている。
「ジュール、此度は実の兄弟でありながら
王宮騎士の汚職並び不正な取引を隠さず報告したこと大義である。」
「勿体無きお言葉、恐悦至極にございます」
本当はこれまでのこと全て、
暴いたのはルイだが、
彼は頑なにその事を否定するので、
小さな少年の好奇心で開いた手紙が
偶然兄上達の汚職に関する書類で、
それを俺が報告したという事で纏まった。
「マーバイン・ルナリアナ、
フレディ・ルナリアナの処罰だが、
これまでの汚職の数々、
王宮騎士として国を裏切る行為であり
大変遺憾である。
そして私を欺く侮辱行為であり
お前達の母の暗殺も企てた容疑も加えれば
既に答えは出ておろう」
行き場のない悲愴と遣る瀬無さが
喉の奥を押し潰す。
兄の瞳の怒りの色が不意に
俺に助けを求めるように縋る色に変わった時
心の奥にしまっていた怒りまでもが
腹の中をえぐっていく。
兄上達が俺に助けを求めている。
俺を憎み、嫉妬にかられ、
俺により斬首の刑を言い渡され
最後は俺に助けを求めるのか。
俺に人生を授けた神は
俺にどうしろと言っているのか。
いや違う、全ては俺の行動の犯した結果だ。
この世界に神がいるとしたら、この状況は
俺の行いを咎めるものに過ぎない。
「しかし、ルナリアナ家の汚職を隠蔽せず
国に報告した功績を汲んで、
お前たちルナリアナ家の爵位の返上は
取りやめてやろう」
ふふっ
国王の言葉に後ろから
小さく微笑みを零す声が
聞こえる。
「陛下の寛大な措置に誠に感謝致します」
母が首を下げたままそう告げる。
その声があまりに歪で
ぐにゃりと視界が歪みそうになる。
全ては母の思い通りに行ったという事か。
今は亡き前妻を父は確かに愛していた。
しかし後妻である母のことも愛そうとしていた父を知らず劣等感と嫉妬にかられ
同じ思いを義理の子供に
させてしまった憐れな人。
この家族を崩壊させた張本人でありながら
その罪の重荷を最も感じていない愚かな人。
この人をどうにかしなかった責任が
俺にはある。
そしてその責任を取るのが今ではないのか?
“こうかいするまえに
つたえたいことはつたえたほうがいい”
あぁ、そうだねルイ。
「恐れながら陛下、
私事ですが、陛下にお伝えしたい事がございます」
意を決して言葉を放つ。
極めて冷静に、穏やかな口調で。
「ジュール・ルナリアナ、
このような場で私事など無礼にも程が」
「まぁ、良いではないか。
あの者は光の騎士、
この国の英雄となる存在だ。
そのものの話を聞いてみたい」
側で静観していた貴族の苦言を
国王が諌める。
俺はそのまま俺の家、
ルナリアナ家の実情について話した。
勤めて客観的に、
兄達は俺を呆然とした面持ちで見ていた。
刺すような視線を後ろから感じたが
俺は頑なに続けた。
兄達のした罪がこの話で軽くなるとは思わない。ただ、この事件の責任を全て兄達が背負って死ぬのはあまりに道理に反している。
それを母にも分かって欲しかった。
そしてそれを止められなかった俺も父も
この家全てにその責任がある事を伝えたかった。爵位の返上であれ吝かではない。
寧ろそうして欲しいくらいだ。
この家は権力と私欲に狂っている。
人を狂わせるくらいなら
そんなもの必要ない。
綺麗事だろうか。
だが後悔はない
「マーバイン兄上、フレディ兄上
俺は貴方達のような
本当の兄弟になりたかった。
今まで俺の存在が貴方達を傷つけたのだろうけどこれだけは言わせて欲しい、
すまなかった
俺が母上をもっと諌めておけば
兄上達がこんな罪を
犯すこともなかっただろう、
もちろん兄上達が犯した罪も、
犯そうとした罪も俺は許すことは出来ない、
兄上達自身も責任を取るべきだ
だが、兄上達だけに負わせる責任ではない。
俺は剣術だけにしか目を向けず
この歪んだ家族の実情から目を逸らしてきた
俺は兄上達と母との架け橋となりえた存在だったのに、だ。
俺はこの責任をずっと忘れない。
この命が尽きるまで悔い続けると誓う」
兄達の表情は混沌としていた。
あらゆる感情が同時に引き起こされて
どうしていいのか分からないのだろう。
俺は苦笑しながらまた頭を下げた。
沈黙が流れる。
母の歯ぎしりが後ろから聞こえる。
少しは分かってくれただろうか。
いや、今分かってくれなくても
これから伝えて行けばいい。
「....くっはっはっはっはっは!!
なるほど、面白い。気に入った!
光の騎士とは恐ろしいほど
潔癖な男なのだな。」
沈黙を破ったのは国王だった。
愉快げに笑う王に眉を
ひそめそうになるのを制す。
「ここで黙っておけば
お前達の爵位は守られ、
全ての罪はその兄弟へ着せられたというのに
それを良しとしないとは..っ
クククッ、ジュールよ、
お前は貴族につくづく向いていない男だな。だが、私はそういう奴が好きなのだ。」
「陛下!」
貴族の制する声など諸共しないのか
国王は玉座から立ち上がった。
マントをバサリと手で退けると
声高に俺を見下ろした。
「マーバイン、そしてフレディよ。
お前達にチャンスをやろう。
半年間の軟禁処分ののち、
再び騎士としてページからやり直せ。
また愚かな行為をした場合は
ルナリアナ家全ての人物に斬首刑を下す。
これで良いな?」
「陛下の寛大な処置に心から感謝致します」
「い、いやよ!むぐっ」
後ろから母の悲痛な叫びが聞こえたが
すぐに父が制した。
兄達は項垂れながらも
震えながら嗚咽を漏らしていた。
不意に安堵で足腰が緩むが
それを何とか耐えながら
この騒然とした空気が落ち着くのを待った。
**********************
ジュールを待つ間、
王宮の人に庭を案内してもらっていると
白薔薇のアーチをくぐる。
「すごい、なんだかここはおとぎばなしのせかいのようだね」
「ははっ、ルイはこういうものが好きなのか?だったら我が家にも薔薇を植えようか」
父のアンドレは先ほどまで
事件のことを聞かされ
不機嫌マックス状態だったが
散歩をしているうちに機嫌を取り戻してくれたようでほっとする。
「ここはリュカ殿下がお生まれになった時に植えられた白薔薇園になります。
なんでも殿下の髪の色から..」
リュカ殿下
私はその名前が出たあたりから
頭が真っ白になる。
今すぐ逃げ出したい衝動を抑えながら
この場所から立ち去らねばと
頭を高速回転させる。
リュカ・アインズワース
この国の第三王子。
そして私の宿敵。
そうです、
バットエンドで私を
公開処刑にまで蹴落とす影の立役者。
ゲーム上では犬猿の中で、
攻略キャラでは要注意人物ナンバー1。
...私は勝手に白の悪魔と呼んでいる。
「おや、おきゃくさん?
そのかみはもしかして
クロフォードこうしゃく?」
清流のような淑やかな声が聞こえ
ビクリと身体が跳ねる。
まさ..か、ね
振り向くと白薔薇のアーチの中で
ふわりと微笑む少女のような少年が立っている。年齢は同じくらい。
「こんにちは、わたしはリュカ。
きみはクロフォードこうしゃくのむすこかな?」
目と目がバッチリと合う。
ダイヤのような白銀の髪が風に揺れる。
私の瞳よりもずっと濃い紫の瞳は
青みがかっていて
タンザナイトのように艶美に煌めく。
あぁーーー!!
やっぱりか、、いや、
もうこの含み笑いでほぼ確定していたが、
せめて名乗らないでくれたら
私の胃も少しはマシだったのに..。
「おやおや、リュカ殿下
ご機嫌麗しゅうございます。
本日はお散歩ですかな」
「うん、きょうはいいてんきだからね
それにおもしろそうなことが
おきてるからようすみに、ね」
面白そうな、というのはジュールの一件のことだろうか、同じ4歳の癖にマセガキが。
こんな小さい頃から腹黒王子だったなんて。
ゲーム内の彼の性格を簡単に言えば
腹黒ヤンデレ王子だ。
聖女であるヒロインに
積極的に近づき求婚するが、
それも王位の為、
彼は第三王子でありながら政治の実権を握ろうとするとても狡猾なキャラだ。
バットエンドでは
二人は結婚し、王位継承権の頂点を得るが、
そこに愛はない。
彼に利用されたと分かってひたすらヒロインが後悔するというエンドで気分は悪いが
誰も死なない分マシかもしれない。
いかんせん地の性格が一番悪いと思う。
公妾である母が後宮で
いじめに遭い自殺する事で
性格の二面性がさらに深まることになる。
それ以降はいじめに気づかない王も
後宮の人々も王宮自体も嫌うようになり
彼のハングリー精神に火がついてしまう。
「ねぇ、ぼくのはなしがきこえないのかなぁ
こうしゃくけのちょうなんなのに、
アンドレこうしゃくもくろうするね」
リュカが笑みを浮かべて毒を吐いたことで
ハッとする。
ひとまず彼の機嫌を損ねてはいけない。
これは後々に響くことだ。
「ゆうびなかみにみほれておりました。
もうしわけありません、リュカでんか。
わたしはルイ・クロフォードともうします。
どうぞよろしくおねがいいたします」
私は最大限の礼を持って礼をする。
リュカは自分の髪に誇りを持っている。
何故なら白銀髪は母の色だからだ。
珍しい北の国の髪色。
褒めれば多少の機嫌は取れるだろう。
同時に嫌いなのは紫の瞳、王家の証。
クロフォード家は元々を辿れば
王家の血を受け継いでいるため
薄いが紫の瞳をしている。
それもリュカの気に触るのだ。
「へぇ、
ぼくのかみをほめてくれてありがとう。
ルイ、なまえはおぼえておくよ
それじゃ」
リュカは私の瞳を見据えるように
数秒見るとニコッと笑って去っていった。
覚えてくれなくていいんだけどな..
正直死にたくないし、関わりたくないよ。
そう思いながら胸を撫で下ろした。
「ルイ!ここにいたのか」
白薔薇園を抜けると
後ろからジュールが声をかけてきた。
「ジュールせんせい!
どう、だった..?」
言った後に後悔した。
無神経だったかな..
慌てて言葉を変えようとすると
ジュールはぎゅっと私を抱きしめた。
「あぁ、兄上達の処刑は免れた。
謹慎処分に騎士への復帰も約束してくれた」
「え?!ほ..ほんとうなのか?」
「あぁ、ルイのおかげだ」
珍しく興奮気味のジュールに
驚きつつあまりに軽い処分に
半信半疑になる。
こんな事普通はありえない。
多分、ジュールが何か言ったのだろう。
「わたしはなにもしてない
ジュールせんせいはすごいね..」
「先生なんて呼ぶな、
俺には不相応だ。
俺は君に教わってばかりなのに」
抱きしめた身体をはなすと
足がふらついているのが分かる。
私はジュールの手を取った。
「よかった...」
私もお腹の中で渦巻いていた蟠りが解れ
胸をなでおろす。
自分で暴いた悪事だけど
やはりそれで人が死ぬのは怖かった。
それが先生の兄弟であれば尚更だ。
「あぁ、本当に」
ジュールの同意の声も
気の抜けたように震えていて
声が霧散する頃には夕方になっていた。
※「ページ」とは小姓のことで見習い騎士のような意味合いで扱っています。




