3. ルナリアナ侯爵家の三男
※2話の内容ジュール視点の話です。
「ジュール、貴方は私の宝よ
他の誰でもない、貴方にこのルナリアナ家を渡してみせるから」
母は口癖のように俺にそう言った。
今は亡き前妻を母は憎んでいる。
父に心酔し、前妻の子である
兄さん達さえ母は
前妻と同じだけ憎んでいた。
ルナリアナ家なんていらない
父は神官のお告げがあってお前が生まれてから母は変わってしまったと俺を責めた。
ルナリアナ家は優秀な騎士を代々輩出する
騎士の家柄だ。
そんな家柄の中で光の騎士を産んだことを
母は狂気的なまでに喜んでいた。
母は前妻を越したのだと幼い頃から
毎日のように俺に言い聞かせていた。
兄上達より俺が優れていると
その事で兄上達が傷ついていることも知っていたが俺にはどうすることもできなかった。
俺にできるのは剣術を磨くことだけだった。
光の騎士がどんなものだろうと関係ない。
俺の価値が光の騎士だけじゃないんだと
証明したかった。
そんな力無くても俺は己の実力だけで家族を守ってみせると、
そう毎日剣術を磨いてきた。
そうすれば兄上達もいつか認めてくれると信じていた。
セレン騎士団の入団が決まった頃、
クロフォード公爵家から
剣の稽古の相手を探していると言う
話が来た。
クロフォード公爵家も
俺と同じ光の騎士を産んだ噂は耳にしていたのでこの話をすぐに受けた。
光の騎士は俺にとって重荷でしかなかった。
そんな鉛の勲章のような出生を
ほかの者はどう感じているのか
気になったんだ。
彼に初めて会った時、
太陽のような少年だと思った。
神々しい白金の髪に
長い睫毛に大きなアメジストの瞳。
格式高いクロフォード公爵家の瞳だ。
「よろしく、ジュールせんせい
わたしのことはルイでかまわない、
シャクイとかきにせず、
きがるにせっしてよ
そんなことより、
せんせいのさしているけんを
みせてほしいな」
小さな体に幼い声、
だけど雰囲気だけは妙に落ち着いていて
アンバランスな少年だと思った。
稽古場で差している剣を見せると
キラキラ光る瞳で純白の愛剣を見ていた。
その瞳が初めて剣を貰った時の自分と重なって切ない気持ちになる。
ただ剣が好きだった。
剣を磨いていけば家族の歪みを治るのだと
馬鹿な考えを信じていた。
冴えるような薄紫の瞳に自分が映ると酷く鈍く感じて、一層自分が濁って見えた。
ひとまず軽い打ち込みで
剣術の面白さを知ってもらおうと
何気なくはじめた手合い。
だがそんな緩んだ気もあっという間に
張り詰めた。
この少年..何者なんだ?
一流の騎士は向かい合った瞬間にその強さがわかるというが、
彼から伝わるのはその気迫だ。
一風変わった剣の持ち方をしているが、
恐ろしく隙がなく間合いが測りにくい。
踏み出した先でどう
動いてくるのか分からない。
今までした手合いとは全く異質だった。
「いくぞ!」
その一言でぬるりと懐に入ってくる
その動きは驚くほど柔軟で
ワルツを踊っているかのように
洗練されていた。
その瞬間大蛇のような殺気が
木剣の影とともに走る
「!!?」
慌ててそれを剣で受けるが
電撃のような木剣の影がそのままするりと
脇を捉える、
刹那の無駄もない動きに動揺するも
すぐさまそれを避けるが
体勢がぐらりと崩れた
このままでは十中八九殺される。
一瞬の判断で素早く腹を突く
少年は驚いた様子で尻餅をついた
首元に剣をやると
「まいりました」
と告げる。
勝った
戦勝の喜びに浸るその瞬間はっとした。
俺は今誰と手合いをした。
相手は4歳の少年だぞ?!
ドクン...ドクン...
胸が嫌な音で追い立てる。
馬鹿な、手合いのはじまりから終わりまで
少しの油断も許さなかった。
こんな事並みの騎士ではありえない。
それに俺はこの少年に
手合いの途中負けていた。
二撃目の脇を貫く一太刀。
同じ体格であれば俺の負けだ。
脇の急所を突かれ死んでいた。
4歳の少年に剣戟で殺されていた。
「いいしあいをありがとう、
ジュールせんせい」
微笑むと少女のように可憐なその少年はからは先ほどの迫力など消えていた。
分からない、彼が理解できない。
手合いの終えた今、
目の前にいる小さな少年は、
まるで子ウサギの皮を被った
飛龍のように感じる。
これが、光の騎士。
その一言で納得してしまった俺は
母に毒されてしまっているのだろう。
俺は自分の身の程を知った。
光の騎士とはこんな化け物揃いなのだろうか。そうであればもっと努力が必要だ。
母の期待がなんだ、
兄弟の嫉妬がなんだ、
俺はとんでもなく烏滸がましい人間だった。
母の過度な優遇に嫌悪していながら
心の中で自分は特別だと自惚れていた。
だが、本物の特別を前にすれば
俺なんて霞むほどの存在だった。
そう思うと心が軽くなっていくのを感じた。
剣を磨こう
悔しい、
もっと高みに登りたい、
彼に勝ちたい。
再び曇りのない瞳で真っ直ぐ思えたように
感じて俺は泣きそうなほどに
救われた気がした。
目の前の小さな騎士がそれを教えてくれた。
その後も彼には驚かされぱなしだった。
「ぼく、おてがみだいすきなんだ」
少年が作ったようなあどけない笑みを浮かべて俺に差し出した封筒に書かれていた事は
俺に着せようとした汚職の数々だった。
終いには近い未来に母の毒殺を企て俺に罪を着せようとする文章まで見つけてしまう。
兄弟がここまでしてしまったのは
俺の責任が大きい。
母には兄達を刺激するなと
伝えていたがもっとはっきり言うべきだった
兄達がここまで憎しみを抱えていたことも気がつかなかった。
「ルイ、君は何者なんだ?」
王都へ向かう馬車の中、
俺はずっと聞きたかった事をルイに聞いた。
「なにものって...
わたしはルイ・クロフォード。
クロフォードコウシャクけのちょうなんで
あなたの、けんのけいこのせいとだよ」
「俺はそんな事を聞いているんじゃないと
分かっているだろう?
いや、違うな、何を4歳の少年に聞いているんだ俺は..っ」
彼は4歳の少年だ。
それは分かっている。
いや、それが分からないから聞いているのだろうか。
混乱する俺を見つめる
彼の表情がひどく大人びて感じて
ドキリと心臓が跳ねた。
その表情に浮かされたのか
俺はルイに礼を言った後、
愚痴をこぼしてしまった。
俺の磨いた剣がこの家を壊したと、
ただ彼がどう返すのか少し気になった。
「わたしのいえも、そうだったよ」
「え?」
彼の返答は同意だった。
彼の家の様子を見る限り
そんな風には見えなかったが
世話役のアリシアという使用人が
アンドレ公爵とルイを見るとき
不意に泣きそうな
笑みを浮かべていたのを思い出し、
何かあったのだということだけは
予想できた。
「こうかいするまえに
つたえたいことはつたえたほうがいい」
彼は思ったままの気持ちを家族に伝えるように俺に言った。
その顔がまるで自分は出来なかったと悔いているように見えて気になったが聞かないでおいた。
思えば俺は剣を磨くだけで
家族を救えると思っていた。
それが違うならば
兄達が捕らえられた今できる事があるならば
俺の気持ちを伝えることなのかも知れない。
俺は母の憎悪の的となった
兄を憐れんでいたと同時に羨ましかった。
マーバイン兄上とフレディ兄上は仲が良く
俺とは形だけの兄弟だった。
欲しいものを持っている兄弟に嫉妬していたのは俺の方だったのかもしれない。
その気持ちが剣への思いを歪めていたんだ。
せめて剣だけは兄上達に勝たねば
この虚しさは救われないと
母が愛した光の騎士も
兄上が憎んだ後妻の子も
俺ではない気がして
俺はこの家族のみている視界に
どこにもいない気がしていた
「そう、..だな..俺も。
兄上達や母上には言いたくても
言えなかったこと、沢山ある」
そう呟くと、
ルイはホッとしたように微笑んだ。
彼は俺の不安が分かっていたんだろうか。
不思議な少年
大人びた表情も
俺の気持ちを見透かしたような瞳も
少女のような笑顔も
幼い声も
全て彼なのか
吸い込まれそうなほど美しい。
薄紫の瞳が細められ
品の良い小さな唇が弧を描く。
優しく微笑んだその表情に
癒されながら
少しだけ鼓動が早くなっているのを感じた。
多分王都が近づいているせいだと
俺は適当にごまかした。




