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1. クロフォード公爵家の長男(女)

「おぎゃーーー!!おぎゃーーー!!」


赤ん坊の叫びとともに目が醒める


え?何これ?

悲鳴みたいな声しかでない..っ

身体が上手く動かないし、

これじゃ剣が触れないよ...っ


ん?待って私の手、

生まれたての赤ちゃんみたいじゃない?


まさか....嘘でしょ?

私....「産まれた」の?


どうやら私、死んだ直後に第二の人生が始まったみたいです。


そんな事を理解するのもつかの間

私を産んだと思われる、

綺麗なアイスブルーの瞳を悲痛に歪ませた

美女に剣を突き立てられた。


「何で......っ

どうして女なのよ!!!!!!!

ありえないわ....っ

ありえない、ありえない

ありえない、ありえない、

ありえない!!!!!!!!!

これでは陛下に誓った約束を...

違えてしまう!!!!」


え?何この人、

ひょっとしてヤバイ人なんじゃない?

幼気な赤ん坊を殺そうとするなんて!


私は叫ぶのをやめジッと彼女を見つめた。


ほら、

まぁ落ち着いて!

そんな物騒なものしまいなさいな


貴方は綺麗な人だし

赤子を殺して牢獄行きなんて人生ポシャる真似しちゃダメよ?


諭すように見つめると

カランとその手からナイフが

鈍い金属音を立てて地に弾む。

女は歪めた眉をさらに厳しく寄せ

逃げるように首を振った。


「どうしてそんな顔をするの..っ

やめてよ...そんな目で見ないで...っ!


まるで全て見透かしたような瞳、

私の醜い心を笑っているの...?

私だって貴方を殺したくないわっ

でもっそうしなければ...ならないのよっ!」


「エリーゼ、やめなさい。

全てあの狡悪な神官のお告げを信じた

私達が愚かだったのだ。

この子に何一つ罪はない、


見なさい、この聡明な瞳を。

刃物を向けられても泣きもしない。


きっとこの子なら隠し通してくれる筈だ、

私達クロフォード家の永遠の秘密となって生涯を遂げてくれると信じているよ」


「うぅ..っ貴方!その子を返して!

殺さなきゃ...っ殺さなきゃ爵位を守れない!

この子を殺して私も死ぬわ..!

難産で母子が死ぬのはよくある事..。

これは私達だけの問題じゃない、一族全ての存亡がかかっているのよ...貴方はそれを分かっていっているの?」


何やら修羅場が目の前で繰り広げられているが

ひとまず理解したことがいくつかある。

ここは外国のようだ。

でも日本語だ、どうしてだろう?


私はすらりとした高身長のこれまた整った

紫銀髪の男の人に

布に包まれ抱えられる。


薄紫の瞳が私を憐憫の瞳で覗くと

私も彼と同じ薄紫の

瞳をしていることが分かる。


「君はクロフォード家の“長男”

ルイ・クロフォードだ。

この国の英雄の勲章である公爵の地位を守る

騎士になるんだ。


女であることは私と妻とお前だけの秘密だ、

分かったね?」


男の瞳が一瞬ギラリと光った気がした。

どうやら私はとんでもない家に

生まれてきてしまったようだ。

女を偽って男として生きろって事?


冗談じゃないっ

私、来世は女の子らしく生きたいって言ったよね?!神様?!


でもこのままじゃ

私、殺さねかねないみたいだ。


この両親どちらも赤子を

見るような目してないし..

取り敢えず頷いておこう。


私は殺気立った男を真っ直ぐに見つめてコクリと頷いた。

その所作に男は瞠目するとふっと僅かに

瞳を細めた。


別室に寝かされた私は

ひとまず命を取り留めたことに安堵する。

二度目の人生のせいか

自分でもびっくりするほど落ち着いている。


なんだか窓の外から世界を見ているように

客観視出来てしまう。

しかしルイ・クロフォードってどこかで聞いた気がする....


ん?...ん?


待てよ..?

ルイ・クロフォードって沙耶が貸してくれた

乙女ゲームの攻略キャラじゃなかった???!


よりにもよってなんで

イケメンキャラに転生するの?

普通ヒロインや悪役の令嬢とか

女のキャラじゃないの??


てことは此処ってまさか....

『ドキドキ騎士(ナイト)とラブロマンス〜救国の聖女と5人の騎士〜』の世界なの..??


このゲームは沙耶が

「恋愛下手だしこのゲームでみやってみれば?騎士との恋愛ゲームだし剣道馬鹿の由来にぴったりじゃない?」と言われて借りたゲーム。

名前の通り異世界の5人の騎士と恋愛しつつ魔物から国を浄化して救っていくというゲームだ。


単純な私はこのゲームをやり込めば恋愛上手になれると勘違いしていたが

その効果は全くなかった。

だけど思わぬ所で功を奏したようだ。


まさかゲームの世界に入り込むなんて、

長い夢を見ているかもしれないけど。


でもやり込んだからわかる、

このゲーム攻略キャラ、

クセが強すぎて一人も愛せなかった!!

叩きのめしたくて仕方なかったのを覚えている。最終的に愚かな彼らを寛大な心で包み込み浄化させていく主人公が一番好きだと悟ったくらいだ。


特に厄介なのは

ルイ・クロフォード、私だ。

このゲームのメインヒーローで

公爵家の長男、

神のお告げで生まれただかで

両親の異常なほどの愛に溺れて育ったせいでとんでもないナルシストで自己中心的、

世界は自分中心に回っていると信じてやまない俺様なキャラクターだった。


そのくせ攻略が異常に難しく

一番ひどいのは利己的で愚かな性格の所為で王の怒りをかって処刑されるという

最悪なバッドエンドが待っている。


攻略対象としてあり得ないだろと

頭を抱えたのを覚えていが、

逆に言えば王家に逆らわず従順でいれば良いだけだ。


でも名前だけは一緒だが

ルイは確かに男だった、

体格も立派な青年だったし

それに溺愛なんて想像できない。

だって私殺されかけたし...。


私は同姓同名の別人なだけ..?

そんな筈ない..

私を殺そうとした母や

私に男として生きろと言った父は

ゲームのグラフィックととても似ている。

ゲームに登場した時より若い姿だったので気づかなかったが、思い返せば間違いない。


私の魂がルイに入ったことで

この世界を歪めてしまったのだろうか?

ともかく私は死にたくない!


死亡フラグを回避しつつこの家から抜け出してやろう!

そして女の子ライフを楽しむんだ!


今回は自分の気の向くままにそれが出来る。

だって私はヒロインでもなんでもなく攻略キャラ(♀)なんだから!


私は、生まれたての小さな手をきゅっと握りそう心に誓うのだった。


前世の記憶を丸々受け継ぐ私は

すくすくと成長しあっという間に1歳になった。


「ルイ坊っちゃま、

おはようございます」


「おはよう、あいしあ」


「相変わらず坊っちゃまは大変ご聡明であらせられますね」


ゆっくりだが歩けるようになり

まだまだ言葉は辿々しいが

言葉が通じるようになった。

私のお喋りを毎回手放しで喜んでくれるのは世話役のアリシアだ。


アリシアは父の信頼する家柄の人だそうで、

私の性別を知る3人目の人。私の乳母だ。


私の境遇もありこの邸から軟禁されている私をいつも可愛がってくれる優しい存在。


「はやく、けんがにぎいたいなー」


素振りももう1年もしていないせいで身体が鈍っている気がするし、

それに忘れないうちにゲームの情報を書き留めるために早く字が書けるようになりたいな


私がそんな事を思いながらポツリと呟くと

アリシアは私の身体をふわりと抱きしめた。

その身体は僅かに震えている気がして

小さな腕でアリシアの頬を撫でた。


「あいしあ?なかないで」


「申し訳ありません...っ

坊っちゃまがあまりに健気で..っ

そう焦らずとも良いのです。

坊っちゃまはこの家の大切な

ご子息なのですから」


感受性の豊かなアリシアは私に同情して

こうして時折涙を流す。


私が生まれてすぐに

父は私にアリシアを当てがった。

それから父がこの部屋にやって来る事は

一度もない。当然、母もだ。


私は一歳になるまでに

この両親について考えていた。

なぜ母は私を殺そうとしたのか、

そしてなぜこの部屋に私を軟禁させ一歩も外へ出すのを禁じるのか。


両親が私を突き放すのは寂しいが同時に安堵している自分がいる。


今の両親が愛情を持って迎えてくれても私は本当の意味で彼女達を親として受け入れられたか分からないからだ。


この世界で生まれて1年が経ったのにまだ現実を帯びてはいない。生まれてすぐに母を亡くし男手一つで育ててくれた父の顔が夢に出てくるたびに私は郷愁に焦がれる気持ちになる。


それに私は両親の殺意を知っている。

だけどこのままで良い筈がない。

両親にとっても、自分にとっても、

そしてこの家にとっても。


私はアリシアの涙を小さな手で

優しく拭き取る。

潤んだ瞳が私を捉えるとそこには輝くような白金の髪にアメジストのような淡い紫の瞳の赤子が映っている。


その瞳を細めて微笑んで見せると

アリシアの瞳からまた粒が溢れ出した。


「坊っちゃまはこんな時でも太陽のような微笑みをくださるのですね」


私を抱きしめるアリシアの

亜麻色の髪がさらりと私の頬にかかるのがくすぐったくて軽く首を振ると

アリシアはクスリと微笑み自分の髪を避けた。


「私の太陽に神の祝福があらん事を」


アリシアは耳元でそう呟くとペリドットのような黄緑の瞳柔らかく細めた。


この狭い世界で穏やかに過ごせているのは

きっとアリシアのおかげだ。

私にとっての太陽はアリシアの方だ。


アリシアの涙を見るたびに私は知らない内に救われていた。

私は怖かったんだ。急に知らない世界に飛ばされて、孤独になったような気がして。


アリシアは両親の私への仕打ちを自分の事のように泣いてくれているのだと思うけどなんでも良かったんだ。

私のために泣いてくれる人がこの世界にいる事が、

私にとって何よりの救いだった。


「ありがとう、あいしあ

だいすき」


今できる精一杯の感謝を私は伝えた。

もうこれ以上アリシアを悲しませるわけにはいかないよね。そう心の中で決心した。


2歳になった私は言葉も流暢になり、

もうすたすたと歩けるようになり、まだおぼつかないが走る事もできるようになった。

トイレで用を足せるようになると、部屋の軟禁も解かれ、屋敷の庭に出る事が出来るようになった。


「ありしあ、おねがいがあるんだ」


そして私は、一歩踏み出すことにした。




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「ははうえ?」


アリシアと屋敷の庭を散歩していると

金髪の後ろ姿を見かけた。

この時間に母の姿を見かけるというか噂を聞いていたのだ。


子供の時間感覚はかなり長い

もう何年も会ってないような懐かしさと

再び向けられるかもしれない殺意への恐怖を感じる。


朝日に照らされた母であるエリーゼは憂いを帯びて、

佇まいはまるで悲劇の女神のように美しかった。

エリーゼはこちらを向くなり幽霊でも見たかのように顔を歪ませ女神のような表情を一転させ、怒りの灯る鋭い眼差しでアリシアを見つめた。


「この時間は庭へ出すなと

伝えた筈よ」


「申し訳ありません、エリーゼ様」


「アリシアはわるくありません、

わたしがむりをいったのです、ははうえ。

にわにあさにだけさく、はながあると

おききしたものですから」


私がアリシアを庇うように立ちながら話すと

エリーゼは氷のような大きな瞳を溢れてしまいそうなほど大きく見開いた。


「ルイ..

随分...流暢に話すようになったのね..

ウブドの花が見たいなら鉢に植え替えて貴方の部屋へ飾れば良いわ。

もうこの時間に

ここへは来ないでちょうだい」


エリーゼは突き放すような言葉を吐き捨てるように紡ぐと踵を返した。


「ははうえは、このばしょでなにをなさっていたのですか?」


私が引き止めるとエリーゼは嘲笑にも似た笑みを浮かべた。


「神に祈っていたのよ、

私は神に見放されたの

だからあなたのような子が

生まれてしまったのだわ」


「それはわたしが”ちょうなん“でなければいけないこととかんけいがおありですか?」


エリーゼは私の言葉に硬直する。

しかしやがて嘆息して答えた。


「えぇ、そうよ

女では救国の聖女に仕える

光の騎士になれないからよ


神官様はお告げになったわ

あの日光の騎士になる男の子が生まれると


だから私は陛下と約束してしまった。

私の身に授かった子を必ずや

光の騎士に育て上げると


王族の約束を違える事はこの家の価値を落とすことになる。

クロフォードは長い間光の騎士を輩出してきた英雄の家系。

ただの公爵位ではないの。その家系が約束を謀ると言うことは築き上げて信頼を打ち砕く事と同義。

この公爵家の格を下げることは一族の死罪にも等しい事なのよ」


エリーゼは苦虫を噛み潰したような表情で告げた。


とても一歳の幼子に話すことではなかったが

エリーゼは既に自暴自棄になっているようだ。幸い話してくれたおかげでやっと殺されそうになった理由が分かった。


私は走ってエリーゼの手を握って

手の甲にキスを落とした。


「なっなんですの?」


困惑げに見つめるエリーゼに柔らかな微笑みを返す。


「ははうえ、わたしはかならず

ひかりのきし、とやらになってみせます

だからふあんにならないでくださいませ」


私は女だけど紛れもないルイ・クロフォードだ。

この先どうなるかなんて分からないけどこうなった以上なんとかやるしかない。


きょとんと目を丸くするエリーゼに

私はその笑みを深くする。


この人はどうやら私を本気で憎んでいるわけではなさそうだ、出来ることなら仲良くしたい。

だって曲がりなりにも実の母なんだもの。


「どうして...笑えるの..?

私は..っ貴方を殺そうとしたのよ」


ぼそりと溢れるように紡がれた言葉が耳に落ちてくる。

エリーゼを見るとひどく困惑げに

しかし傷ついたような顔をしていた。


私はその表情にどうしようもなく安堵した。

突き放されても平気だと思っていた。

それ故に、思わぬ表情を見せたエリーゼに

私は言葉を失った。


お母さん、傷ついてる、の..?

私を殺そうとした事を

後悔してくれるの..?


私の中のルイの感情がそうさせるのか、

涙がポロリと頬を伝ったのだ。


自分でもその涙に驚いている。

そうか、ルイ、

寂しかったんだね。

それはそうだ、だって私はまだ小さな子供なんだもん。


「ははうえ、

わたしはうれしいです。

ははうえは、わたしがおきらいでは..

ないのですね」


うまく微笑みを作る事が出来ずぎこちなくなってしまったがエリーゼは

更に顔を強張らせた。


「嫌ってなど...いないわ..」


そして私の身体をぎこちなく抱きしめる。


「嫌ってなどいないわ..っ


本当は貴方が生まれてくれて嬉しかった..っ

それが喜べない自分の境遇が憎くて

醜悪な選択を選んだ私が憎くて

貴方の顔が見れなかった...


貴方に恨まれている事を知るのが怖かった..


貴方が男に生まれてくれたらどんなに良かったか..っ

そんな事を毎日考えていた..っ


でもその度に貴方にそんな運命を押し付けてしまった自分がひどく醜く映って..っ

貴方に微笑んでもらう資格など

私にはないわ..


私は...最低な母親ですもの..っ」


エリーゼは堰を切ったように

悲痛に言葉を漏らした。


あぁ、

ルイが溺愛されていた愛は

本当のものだったんだね。


それだけできっとルイは救われたよ。

そして私も、きっと..。


私はエリーゼを小さな体で抱きしめ返す。

エリーゼはビクッと身体を強張らせたが

やがて項垂れるように身体を預けた。


「ははうえ、

どうかわたしを、さけないでください


おのれのきょうぐうを、おひとりで

せめないでください..


わたしもそれをともに、せおいます」


私の言葉にエリーゼは両手を顔に押し付けて泣いていた。

時折嗚咽を漏らすのを静かに見守りながら

朝日が私達をそっと照らしていた。

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