26. 告白(1)
「それで?
約束通り説明してくれるよね?ルイ君」
今は王都へ向かう馬車の中。
この数日で乱雑な髪を整え身支度を済ませ、
ようやく帰る手筈が整った。
すでに私の発見は王都中に伝わっているようで、
セレネの屋敷まで記者が卒倒していた時は驚いた。
まるでマスコミから逃げる芸能人みたいで..。
この世界の光の騎士の存在の大きさを
私は改めて実感した。
馬車の中は殿下と
護衛についた私の二人きり。
「君は目を開けながら寝る事が出来るんだね」
リュカの高圧的な声に
私はハッとしてリュカを見る。
「ごめん..殿下、
説明、だよね?」
いずれ国王にも報告しなくちゃいけないし
神様の事を内密にして
どう報告するか考えなくちゃ。
「私もよくわからず気づいたらパール様の元にいて、話を聞いたら3年間眠っていたらしいんだ。
気がついたのは最近の事で..」
リュカは私の瞳を冴えるような深い紫の瞳で
真っ直ぐに見つめると嘆息する。
「嘘は言っていないようだね。
つまり現状、
パール様の報告を待つしかないってことか。
私はてっきり君が神官と組んで
何かをしようとしているかと思ったんだけど」
リュカの言葉に私はギクリと肩を震わせる。
目ざといリュカはその反応に眉を寄せた。
「まさか図星?」
何かをしようとしているのは
神官じゃなくて神様だけど..
公爵令嬢の暗殺なんて
言えたもんじゃないし..
「神官と組もうなんて考えてないよ」
「じゃあ何かしようとしてはいるんだ?」
リュカはふっと広角をあげると、
私の思考を探るように瞳を細める。
「ルイ君、王都では君と神官が同時に
見つかった事から君が神の寵愛を受けた存在だと
噂されているらしい。この意味が分かる?」
神の寵愛?
神にしか従わない神官が私と共にいたことを世間では神の意志だとくみ取ったんだろう。
魔女を恐れるこの国は信仰がとても厚い。
聖女や光の騎士が力を持つように神の寵愛は権力になりうる。
「まさか陛下は私を疑っているのか?」
リュカは含んだような笑みを深めると
首を横に振る。
「父上はクロフォード家を信用している。
君の家はこの王宮に最も近く長い歴史の中で
信頼を深めて来た。
だが、王宮の一部の貴族は
君の事をよく思わないだろう。
国になんの報告もなく
神官と共に消えた君を」
王宮に不審を買えば
あのゲームのルイのように
斬首されかねない..。
顔を青くする私に
リュカは声色を優しくする。
「安心して、君の言った事に嘘がないなら
疑いはいずれ晴れる。
君が王宮に謀反をかけるような人間じゃない事は
私も理解しているつもりだよ」
「殿下、ありがとう」
私はリュカに微笑みかける。
リュカはぼんやりと私の顔を見つめると
ハッとして咳払いする。
「それで君はこれからどうするの?
セレン騎士に戻るの?」
私はぎこちなく微笑んで首を傾ける。
「騎士団の人達には特に
沢山迷惑をかけてしまったから..
受け入れてもらえるか正直分からない。
今は陛下の下す沙汰を待つよ」
「そう、もし居場所がないなら
私の護衛騎士に指名してあげる。
アルトもいるし、
今の君には信頼の置ける人間が必要でしょ?」
「それはありがたいけど殿下はいいの?
私が何かしようとしてるって疑っているんだろう?」
リュカはふっと優しく微笑む。
「君が何かを隠しているのはページの頃から気づいているつもりだよ。
いつ話してくれるのか
私は待っているんだけど」
私は目を丸くしてリュカを見ると
リュカはおかしげにふふっと笑う。
「今はその反応が面白いから
聞かないであげるけど、
この様子だと分かるのも時間の問題かもね」
リュカがそういうと馬車は王都の大門をくぐる。
王都は変わらず華美な装飾の建物が並び
上品な服装の人々が賑やかに行き交い、
街の至る所で何かが書かれた紙がまかれ、
紙吹雪のように舞い散っている。
リュカは呆れたように息を吐き出すと
馬車の扉をノックする。
馬車の扉が開くと従者が紙を一枚リュカに渡した。
「この調子だと君は暫く無闇に
外には出ない方が良さそうだ」
リュカは紙を一瞥すると
ひらりとそれを私に差し出す。
見せられた紙は、
私の帰還を祝う吉報にようだ。
国中を騒がせた
私を皆は神の愛子だと歓迎してくれる。
でもそれとは裏腹に
神様の願いが頭をよぎった。
それでも..
私は、私の守りたいものを守る為に
剣を取ると決心したんだ。
それは神様の言われた通りに
する事とは違う。
私の信じるべきは何なのか
この目で見た後で考えよう。
私はそう決意を新たにすると
従者の開いた馬車の扉から足を踏み降ろす。
懐かしい王城は高く聳えたち、
足元を吹き抜ける冷たい風が
厳かに私を歓迎した。
*****
「ルイ・クロフォード、良く戻った。
暫くの休養の後、
セレン騎士団に戻るように」
玉座の前で私はきょとりとする。
もっと質問攻めにされると思っていた私は
思わず硬直したまま言葉が出ない。
「よいな?」
「は!」
ひとまず何とか返事をして玉座から出るが
頭にはハテナマークが増えていくばかりだ。
父に会うため王城の廊下を歩いていると
鮮やかなオレンジの髪の青年を見つけて呼び止める。
「アレックス!久しぶりだな」
アレックスは私の声に振り向くと
目が飛び出そうなほど見開いてこちらに走ってくる。
「ルイ!!?お前っ.....本物か?」
「あぁ、心配かけてすまない」
アレックスは俯く私を見ると
私の背をポンと叩いて
ニカッと朗らかに微笑んだ。
「無事で良かったな、ルイ!
お前あの時瀕死でさ、
それで姿消しただろ?
光の騎士は死ぬと死体が残らないんじゃないかって
勘ぐる奴まで現れたんだぞ」
「それ本当か?
でも、レンフッド団長には
合わす顔がないよ..。
責任負わさせてしまっただろうし」
私の言葉にアレックスは困ったように微笑む。
「まぁ、俺達の勝手に付き合わせた結果
あぁなっちまったってのはあるからな..。
でもルイの一件は神官が関わっているとはじめから
噂されていたから団長の処罰は案外軽くすんだんだ。
エンフィード殿下の暗殺も一枚噛んでいたし
色々複雑なんだよ」
「そうか..なら良かった」
私がほっと胸を撫で下ろすとアレックスが私をまじまじと見てくる。
「な、なに?」
「あのさ、お前ジュールと会ったか?」
アレックスは神妙な面持ちで見てくるので
私は微笑んで頷いた後首を傾ける。
「あぁ、会ったよ
ジュールがどうしたんだ?」
「いや〜あのさ..」
アレックスは周りをキョロキョロ確認した後
私の耳に顔を近づける。
「ジュールとお前ってそういう仲なのか?」
「は?」
アレックスを見るとふい〜と視線を逸らす。
「そういう仲ってどういう?」
「だから、恋人なのか?」
小さな声で呟かれた言葉に赤面する。
「は!?そんなわけないだろ!?
おおお男同士だぞ?」
私は身を仰け反らせてアレックスを見ると
アレックスは憐れむような顔で私を見る。
「じゃああいつの片思いって訳か」
「いや!ありえないだろ!!
どうしてそう思ったんだ!?」
ジュールが私を?
まさか..
「ジュールは私を家族のように好きだと言っていた。アレックスの勘違いだよ」
なんか言葉にすると悲しくなるな..。
「..そうかねー、お前の事話すあいつの顔は
友人に向ける顔じゃないと思ったけど..」
ボソリとアレックスが何か言ったが
上手く聞き取れない。
「?」
「いや、勘違いなら良いんだけどさ。
そうだ!」
アレックスが閃いたというように
ポンと手を打つ。
「お前、どうせ暫く暇だろ?」
「あ、あぁ」
私はポカリと口を開けて首を傾げると
アレックスはニシッと口角をあげる。
「イイトコロ、連れてってやるよ」
「何..?それ..」
「警戒すんなって騎士の嗜みってやつだよ」
「いいけど..いつ?」
「じゃあ今日の夜、王都の中央街集合な、
ちゃんと顔は隠してこいよ。
お前は目立つから」
「夜?あまり夜は出歩かない方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だよ、王都は富裕層が多いから治安はいいんだ。あの辺は特にな。
じゃ、決まりだな!」
そういうとアレックスは手をひらひら振りながら行ってしまう。
まぁいっか、どうせ今日は王城で色々書類を書かなきゃいけないし..。
「ルイ!!っ」
ふと後ろからくる声に振り向くとアンドレが走って来るなりぎゅーっと私の足が浮かぶほどきつく抱きしめる。
「父上!?」
「ルイ..っよく戻って来てくれた..っ
すまなかった..すまなかった..っ」
アンドレの頼りなげな声は僅かに震え、
安堵と悲哀の入り混じったように響く。
私がアンドレの服を軽く引くと
アンドレはハッとして身体を離した。
「父上、ご心配をおかけしました」
私がぎこちない笑みをつくるとアンドレは
切なげに微笑んで頭を撫でてくれる。
「いいんだ、早く帰ろう。
家族もお前を心配している」
「今日は王都に泊まって明日帰りましょう。
溜まった書類も片付けなければいけませんし」
私が言うとアンドレは首を振る。
「いや、書類は家に持ち帰りなさい。
エリーゼがお前の顔を見たがっているから」
「母上が?....どうしましょう」
「何かあるのか?」
私は苦々しい面持ちでアンドレを見る。
「アレックスと夜から会う約束をしていて」
「何?どんな用だ?」
「騎士の嗜みがなんとかって」
私が言うとアンドレは顔をしかめて
目を釣り上げる。
「コンラッドのとこの小僧だな、
一体ルイをどこへ連れて
行こうとしているんだ..」
「アレックスは妙な場所に
連れて行ったりしませんよきっと。
それにアレックスにも心配させてしまったから何かで礼をしたいのです、お願いします」
私がそう言うとアンドレは葛藤するように瞳を伏せる。
「クロフォード公爵、ルイ、
....何かあったのですか?」
「ジュール」
声の方へ振り向くとジュールが
不思議そうな顔で駆け寄って来た。
「そうだ、ジュール、
お前もルイについていってやれるか?」
「父上、ジュールは忙しい身なのですよ」
私がアンドレを睨むとジュールは
訝しむように私を見る。
「いや、コンラッドの息子だけでは
信用できん」
「アレックスのことですか?」
「あぁ、なんでも今日ルイと夜会う約束をしているらしい。騎士の嗜みとかなんとか言っていたようだ」
アンドレの言葉にジュールは眉を寄せると私を見る。
「それは本当か?」
「あ、あぁ。
嗜みって、食事とか演劇とかそういうのだろう?
何がいけないんだ?
父上の言うことは気にしなくていいよ。
相手はアレックスだし」
「俺も行く」
「うん、だから大丈夫って..え」
「俺も行くと
アレックスには俺から言っておく」
「え..うん..」
ジュールは私が頷くのを確認すると
すたすたと行ってしまった。
「ま、ジュールがいれば安心だろう。
後で宿を取りに行こう。
王城にルイを置いておくのは心配だ」
「はい」
私はひとまずアンドレの機嫌が取り戻せた事に
安堵するとアンドレと共に王城を出た。
*****
「はい、ルイの分のマスク」
待ち合わせの夜、
私は突然アレックスから
銀のマスクを渡される。
白塗りの豪奢なお城のような屋敷の前には
灯りが並べられ、それは中へ促すように怪しく揺れている。
ジュールは黒いマスク、アレックスは金のマスクをもつと、屋敷の中へと足を踏み入れた。
屋敷の中は大理石の柱がいくつも立ち、
高い天井からシャンデリアが多く吊るされている。
すぐにタキシードにマスクをつけた怪しげな男性が出迎えてくれた。
アレックスがコンラッド家の印章を見せると
男性はうやうやしく頭を下げて、
屋敷の奥へと案内してくれる。
「一体ここはなんだ?」
怪訝げに聞くジュールにアレックスはニヤリと嬉しそうに微笑むとジュールの肩を抱く。
「安心しろって、ちゃんとした家柄のものしか入れないパーティさ。
王都で最近流行っているの知らないか?
例えるなら社交界の
カジュアル版みたいな感じ。
さ、会場に着くまでにマスクをつけて」
「でも、私たちの確認はしなかったけど..」
「ルイの容姿は有名だからな、
それにジュールは
胸につけている勲章でわかる。
身元がバレたくないなら
身元を証明するものはしまってマスクをつければいい、ま、気楽に楽しめばいいよ」
私はアレックスに渡されたマスクをつけて会場へ入る。
中はホールのようになっていて、
豪奢なシャンデリアの下には色とりどりの
食事が置かれ、端に設置された舞台ではピアノやバイオリンが演奏されている。
会場にいる人々は上品だけどカジュアルなドレスや服を着ていてアレックスが言った通りの印象だ。
「ルイ、こっちだ」
会場に入るとすぐにアレックスに柱の影へと呼ばれる。
「アレックス?どうしたんだ?」
「あ、いや、まあ様子見っていうか..
それは置いてといて、このパーティ
マスクをつければ身元もわからないし、
家柄とか堅苦しい事なしに踊ったり、
話をしたりできるんだ。
悪くないだろ?」
アレックスが私を見て微笑む。
もしかしたら王城で私が緊張していたのが分かったのかもしれない。
「アレックス..ありが」
「っていうのは建前で」
私の言葉を分断するようにアレックスは
気まずげに頬をかいて耳打ちする。
「実はジュールのためにルイには来てもらったんだ、悪いな」
「え?」
私は瞠目してジュールを見る。
ジュールは溜息をつきながらあたりを見回して私達を探しているようだ。
「ジュールのためって
どういう事だ?」
ひそひそとアレックスに耳うちするとアレックスはジュールを指差す。
気づけばジュールの周りに女性が集まってきているがジュールは気にも留めていない。
「お前が来ればジュールは絶対付いてくるだろうと思ってさ。
俺達はもう社交界に出ているんだけどジュールのやつ女っ気がなさ過ぎるんだ。
体裁上、上手く話してはいるみたいだけど
いつも無表情だし、
必要な挨拶済ませたらさっさと帰るし、
なんか心配になってきて..」
「でもそれってここに来ても
変わらないんじゃ..」
私がいうとアレックスは溜息を零す。
「そうなんだよ..
だからルイに頼みがあるんだ」
アレックスの言葉に首を傾ける。
「私?」
「そ、お前が他の女性と仲良く話していれば諦めもついて目を向けるようになるかもだろ?」
「アレックス、まだ勘違いしているのか?」
私がそう問いかけるとアレックスは複雑そうに
眉を寄せて微笑む。
「悪い..気を悪くするよな..。
あ〜まどろっこしい事はやめだ!
本当のことを話すよ..」
アレックスはくしゃりと髪をかくと、
童顔な顔をキッとしかめて私を見る。
「実は俺の妹とジュールが
婚約するかもしれないんだ..
杞憂かも知れないけどやっぱり
妹にもジュールにも
幸せになって欲しくてさ」
「え..」
アレックスの妹とジュールが婚約..?
「そ、そうなんだ..」
ゲームにはジュールの婚約者はいなかったけど
この世界では出来たっておかしくない。
そうだ、そうだったのに。
「何を話しているんだ?」
私たちの間にジュールは立つとアレックスを睨む。
アレックスは私を横目で見ると合図するように頷いた。
「わ、私も折角だから話して来るよ」
「ルイ?」
私はそういうと逃げるように二人から離れる。
アレックスが合図してくれて助かった。
あの場にいたら泣きそうになっていたかもしれない。
さっきから胸の奥がチクチク痛む。
喉の奥がきゅうきゅう締まって食事する気も起きない。
ジュールに婚約者が出来るなんて..。
ジュールのあの時言ってた大切な子って
アレックスの妹の事なのかな。
だったらアレックスの杞憂だよ。
私の事をジュールが好きになるはずないんだから。
「良かった..
私と同じくらいの年代の子もいるのね」
唐突に後ろから誰かに話しかけられる。
振り返ると私より少し小さい背丈の藍色の髪の少女が立っていた。
「もしかして..沙耶?」
私が言うと少女は驚いた様子で私を凝視する。
「まさか由来?どうしてこんな所に」
「友人に連れられて..沙耶は?」
「お母様が行くっていうから興味があって着いて来ちゃった。こんな面白そうなイベント見逃せないわよ」
「そっか、沙耶らしいね」
ふふっとオリヴィアは楽しげに笑うが私を見て眉を寄せる。
「由来、もしかして元気ない?
何かあったの?」
「いや、なんでもないよ」
「そんな風には見えないけど..」
オリヴィアは私をじっと見た後辺りを見回す。
「さっきから私達を見てる二人組、
あれ由来の友人?
由来をいじめたのはどっち?
それともグル?」
オリヴィアはムッとした表情で
ジュール達を見ると私の肩を持って問い質す。
「違う違う!
私が勝手に落ち込んでるだけで..」
「なにそれ由来が落ち込むなんて..
もしかしてまた振られた?」
「うっ..沙耶は鋭いね..」
「あら、図星なの?
...で、どっちに振られたの?
て言うか男のまま告ったの?流石由来..」
「ううん、ただ相手に好きな人がいて、
婚約者が出来るかもしれないっていうだけで」
「それは絶望的ね..」
「元々分かっていた事なんだ。
ただ、気持ちの整理がつかなくて」
オリヴィアは心配げに私を見た後
無理矢理微笑むと私に顔を近づける。
「当ててあげよっか?
あそこにいる黒髪の人ジュールでしょ?
由来の好きな人」
「なっ」
私はびっくりして沙耶を見ると沙耶はふふっと愉快げに笑う。
「だって先輩とジュールって
雰囲気似てるし、
由来って物静かな人がタイプなんだわ」
「そんな事..」
「はー、なんか先輩のこととか思い出して腹が立って来た..なんで由来の好きになる人ってこうも分かってない人ばかりなのよ」
オリヴィアは不愉快げにそう吐き捨てると勢いよく私の手を掴む。
「沙耶!?」
「いいからついて来て。
うじうじしたまま終わるなんて由来らしくないよ!」
私はオリヴィアに無理矢理手を引かれると控え室にようなところへ通される。
そしてクローゼットから女物の服を一式突きつけた。
「また女装するの?」
呆然と渡された服を見る私に
オリヴィアは真剣な眼差しで
ゆっくりと近づく。
「女装じゃないでしょう!
由来は女の子なんだから!
由来が本当に諦めたいなら
今日だけは女の子として
ジュールに向き合いなよ。
このまま男とか女とか中途半端にするより
ずっといい。
たとえ気持ちは伝えられなくても
それで少しは踏ん切りも
つくかもしれないわ」
オリヴィアはそう言って私に白くて可愛らしいハイヒールを差し出した。
私はそれをしっかりと受け取って
長く息を吐く。
「分かった。
今日だけは女の私でジュールに向き合う。
明日からはルイとしてジュールと向き合えるように」
私はマスクをとって
オリヴィアを真っ直ぐに見ると
オリヴィアもマスクをとって頷いた。
オリヴィアの用意した服は
真っ白な上品なドレスで
クリスタルが花のように散りばめらた綺麗な髪飾りを編み込んだ髪につけてくれる。
「沙耶、ありがとう」
私の思いはきっと誰のためにもならない。
私はルイだ。
公爵家の長男で光の騎士なんだから。
ジュールを好きでいるの今日までにしよう。
だから今日だけは
ジュールを好きでいさせて欲しい。
ガチャリと扉を開けるとジュールとアレックスがポカリと私を見つめている。
「ルイ?」
アレックスが裏返った声で私を呼ぶ。
私は目を大きく見開いたジュールと目が合った。
え、どうしてここに..
まだマスクをしていないのに..っ
私が慌ててマスクをしようとすると
ジュールが無言で近づいて私の手をとり
駆け出した。
「ジュール!?」
ジュールに手を引かれたまま屋敷の中を駆け出していく。慣れないヒールが走りづらくてカツカツと地面が不規則な音を立てる。
ただジュールの握る手が熱くて自分の熱なのかジュールの熱なのかさえ分からなかった。
そして誰もいない屋上庭園まで連れて来られた。
丹念に育てられた植物が
ぼんやりとした灯りに照らされて
幻想的な美しさを醸している。
「いつからいたの..」
オリヴィアとの会話..聞かれていないよね。
「彼女..ブルーローゼ家のご令嬢とルイはどういう関係なんだ?
彼女も君をユラと呼ぶ」
冷たい風がそよぐ夜空の下でジュールの
満月のような瞳が真っ直ぐに私を捉える。
「オリヴィアは前世で親友だったの..。
だから今も仲良くしてくれている」
「そうか..」
ジュールはそういうと言葉を探すように庭園の花々を見る。
「ねぇ、ジュール。
さっきの話、聞いてたんでしょう?」
ジュールは私の言葉に何も言わない。
その沈黙が私の問いを肯定した。
なんて呆気ないんだろう。
この瞬間を今まで恐れていたはずなのに..。
なのにどうしてか身体が軽い。
もう隠さなくていい、
嘘をつかなくていい。
それが今はただ悲しい。
「これで良かったのかもしれない..。
私の気持ちに踏ん切りをつけるにはきっとこれが一番の方法だったんだ」
「ルイ、俺の話を聞いてくれ」
「いいや、ジュールの話は聞かない」
私は強い瞳でジュールの瞳を見つめ返す。
「私はもう、ジュールに嘘はつかない。
私は本当は女なの。
ジュールの事、友人だとか言ったけどそれも全部嘘、私、気づいたらジュールの事が好きになってた」
あぁ、今この瞬間だけは男じゃなくて女でいさせて。
「ジュール、何も言わずに聞いてほしい」
屋上にふわりと風が吹くと
生垣の花弁や私の白いドレスを舞い上げる。
瞬く星空から降る流星のように私の前に
花弁が落ちると私は精一杯の微笑みで笑いかける。
「貴方の事が好き..大好き」
これで最後、
「好きでごめんね..」
突然胸のペンダントがチカリと熱く感じると意識が遠のいていく。
ホワイトアウトしていく世界の中で
ジュールが私に手を伸ばすのが
微かに見えた。




