25. 取引と約束
規則的に響く車輪の音が耳の端を掠める。
ぼんやりと意識が戻ってくると
ひやりと背筋が凍るような気配がして目が覚めた。
気づけば馬車の中にいて、
車窓を覗くと真っ黒な瓦礫が畝るように広がっている。
「ここ..どこ?」
私、セレネの屋敷にいたはず..だったよね?
「由来、僕と取引をしよう」
車窓の景色に目を奪われていると低い声が耳に入る。
「ルイ..」
ガバリと振り返ると
誰もいなかった向かいの席に
紛れも無い青年の姿のルイが座っていた。
白金髪の間から見える瞳は
ガラス玉のように無機質で
ただ私の姿を映しているだけのように見える。
「..神様なの?」
私がそういうと、ルイは僅かに瞳を細める。
神様の表情は凍るように冷たくていつもの戯けた
雰囲気は微塵も感じない。
「また私の夢に入り込んだの?
取引って何?」
「僕の願いを叶えて欲しい。
そのかわり、僕は君の願いを叶えてあげる」
私は神様の言葉に瞠目し、眉を歪ませる。
「願いって..?
私はもう十分神様には助けられているけれど」
「手助け程度の願いならいつでも叶えてあげるけど
僕の言っていることはそんな小さな事じゃない」
神様の瞳の奥の光彩がギラリと光る。
「由来を縛る全てから解放してあげる。
男として生きねばならない運命からも、
この世界に居たくなければ魂を戻す事だって出来る」
私は神様の言葉にドクリと心臓が音を立てる。
「元の世界に戻れるって事?」
神様は釣り針にかかった獲物を見るように
口角を吊り上げる。
「そうだと言ったら?」
「そんなこと..」
由来として戻れば、
父や母と再び会える。
今まで両親のことはあまり考えないようにしてきた。
なんとなくエリーゼやアンドレに申し訳無く思っていたのもあるけれど、
一人娘の私が死んだ両親の悲嘆に暮れた姿を想像すると辛くなる。
でもそれ以上に思い起こしてしまえば
寂しさで溢れてしまう。
会うことなどこの世界が現実だと分かってからは
諦めていた。
父の託した剣術の後継ももう居ない。
何百年の時を血と汗と努力で手に豆を
いくつもつくりながら紡いできたというのに。
「でも私はもう由来じゃない..」
私は剣術の練習で厚くなった手の甲を握りしめて
神様を見る。
例え両親に会えたとしても私は由来として会えない。身体だけじゃない。
もう心もこの世界に染まりつつある。
この世界でどう生きればいいのか
正直まだはっきりとは分からない。
だけど前世の両親のように大切な人が
この世界にできてしまったから..。
「今戻っても私は結局今と同じ事を思う..
もう誰かに悲しい思いをさせるのは嫌だ」
神様は悲痛に歪める私の顔を一瞥すると窓に
腕をかけて灰色の景色を真っ直ぐに見る。
「由来を見ていると不思議な気分になるよ。
由来はいつも人の事ばかり考えて苦しんで、
でもそれを失う事を怖がっているみたいだ」
神様は独り言のようにそうぼやいて私を見る。
「由来には同情していた。
その優しい心を押し殺して人の命を奪い、
男としての運命を押し付けられ恋すら
自由に出来ない、由来に差し向けた運命は残酷だ」
「神様..」
神様は色を取り戻したように切なげに瞳を揺らす。
「でも違うんだね。
由来は苦しまなければ救われないんだ。
由来の心はどこまでも泥臭くて優しい。
だから僕は願いを言おうと思ったんだ」
神様はそういうと、
私の懐に差した剣をゆっくりと抜いていく。
白銀の刃には対のように男女のルイの姿が映り込む。
神様の行動に瞠目すると神様はにこりと微笑む。
「僕がルイになってあげると以前言ったよね。
あれは冗談ではないよ。
僕は由来がルイに戻らないつもりだったら
その身体を本当に奪ってしまうつもりだった」
細めた神様の瞳はその言葉が真実だというように
ギラついている。
「だけど由来はルイに戻った。
血に染まった両手で、
自分の運命を受け入れた。
だから僕は由来を信じようと思ったんだ。
由来、もう一度言う。
取引をしよう」
神様は鞘から剣を取り出して
私の前に差し出すように掲げた。
「リリアを殺して欲しい。
ゲームの始まる16歳の神官の儀までに」
「どうしてリリアを..?」
私は困惑して神様の突き出した剣から
身を仰け反らせる。
「この世界の呪縛の根本はリリアだからだ。
リリアを消す事は由来にしか出来ない」
「急に言われても意味が分からないよ..
殺せと言われて殺せるわけがない」
動揺と困惑に血潮が沸き立つと
馬車がぐらりと揺れ、
景色が霞みがかっていく。
神様は困ったように眉を下げる。
「直ぐに答えを出さなくていい、
由来の願いが決まるその時まで僕は待つよ。
取引の事も僕の事も誰にも言ってはいけないよ、
これは世界のためなんだ。由来には分かるよね?」
「分からない..分からないよ..」
リリアはこの世界を救う聖女なのに
どうして殺さなくちゃいけないの?
呪縛の根本ってどう言う事?
この世界は既にゲーム通りの
世界なんかじゃないはずなのに。
景色が端からゆっくりとホワイトアウトしていく。
狼狽する私に神様は諭すように
穏やかな笑みをつくる。
「いずれ分かるさ。
由来は特別なんだ。
だって由来は本当は..」
霧のようにあたりが眩い光に包まれると
意識が浮上していく。
ハッと目を覚ますと私は広いベッドの上に
横になっていた。
景色は既に暗くなりベッドの横に置かれたガラスの
ランプの灯りが仄かに私を照らしている。
ランプを持って辺りを見回すと
セレネの屋敷のようだ。
はぁと小さく息を吐くと私は窓を開けて
バルコニーに出る。
新月の夜の闇は深く、
粒々とまたたく星々が
いっそうはっきりと見える。
不意に気配を感じて横を見ると
金と銀の二点が真っ直ぐに
私を見つめている。
「パール?」
私が声をかけるとその二点は何も言わず
柵の上からひょいと跳びのいた。
「待って!」
“由来の願いが決まる
その時まで僕は待つよ”
夢で見た神様の声が頭によぎる。
嫌な動機がドクドクと身体の中で音を立てる。
「夢..だよね..?」
「ルイ..起きていたのか..」
後ろから声をかけられハッと振り返るとランプを持ったジュールが立っていた。
「疲労が溜まっていたんだろう
屋敷に着くなり眠ってしまったんだ。
ベッドにいなくて少し焦った..
またどこかへ消えてしまったかと」
ジュールはそういうと、安堵するように息を吐く。
「ジュール..ごめん..」
零れ落ちるようにそう呟くと
ジュールは瞠目し暫く硬直すると
複雑げに微笑んで近づいてくる。
「その謝罪は何に対しての謝罪なんだ..?
何も言わずに消えた事?
俺に突き放すような言葉を言った事?
..それともルイが何かを隠している事か?」
ジュールはいつになく強い口調で
私の目の前に立ちはだかる。
ランプの灯りの灯る瞳は頼りなげに揺れ、
行き場のない怒りを押し込めているようだ。
「俺はルイが分からない。
あの日のルイも今のルイも..。
君は俺を家族の様に思っていると言ったけど
俺はルイに会うたびに遠ざかって行くように感じる」
そう言うとジュールは悲しげに視線を逸らす。
「あの日って..いつの事?
私、ジュールに突き放すようなことを言った?」
私の言葉にジュールは苦々しく微笑むと
また私の方を見る。
「ルイが消えたあの日、
ルイは俺に言っただろう。
アンタは“知らない側の人間”だからって
ルイは何を知っている?
ユラとは誰だ?」
私の消えた日..
多分それを言ったのは神様だ。
知らない側の人間..。
神様は何を言おうとしていたの?
この世界がゲームの中だってこと?
それともあの夢のこと..?
「私にも分からない..
私が何の事を言っていたのか..」
私がそう呟くとジュールは
また一歩私に近づきランプで私の顔を照らす。
「似ているんだ..不自然なほどに。
君とユラは..」
「ジュール..」
ジュールの真っ直ぐな瞳が私を捉える。
「君の消えたあの日、
君は別人のようだった。
まるで誰かにその身を奪われているように。
君の斬った騎士が全員生きていたのも異様だ。
俺は騎士達の死体を確かに見た。
俺はあれから何度もあの日の事を考えたけど
腑に落ちない答えしか出なかった。
ルイは二人いるのではないかと。
教えてくれ、あの日の君が本当のルイで
今の君はユラなのか?
あの森で助けた使用人は君なのか?」
ジュールは有無を言わさぬ瞳で私を見る。
私は言葉が見つからないまま立ち竦む。
今私が思っている全てをジュールに
伝えられたらどれだけいいだろう。
ジュールほど心強い味方はいないのに。
でもあの夢が本当だったら?
神様の事を言わずどうジュールに説明したらいい?
使用人の姿から女だとバレてしまったら..?
ジュールはきっと私の事を黙ってくれるだろうけど私の為にジュールにまでクロフォードの罪を背負わすなんて出来ない。
私は喉まで出かかった言葉を吐き出せず
ただジュールを見ることしか出来なかった。
ジュールは私の言葉を待つようにただじっと私を見つめる。やがて寂しげに瞳を伏せ、
震える息を吐き出してもう一度私を見た。
「ルイが居なくなって気づいた事があるんだ。
今まで俺の話ばかりで
ルイの話を聞いて来なかったと。
それが少し寂しかった..
すまない、
君を苦しめるつもりは無かったんだ」
ジュールはそう言うとぎこちなく微笑む。
「ジュール..」
「夕飯を食べていないから
お腹が空いただろ?
侍女に軽食を持ってくるよう言っておく」
ジュールはなんでも無かったように
落ち着いた声色に戻り立ち去ろうとする。
「待って..」
本当にこのままでいいの?
ジュールに寂しげな顔をさせてまた傷つけて..
私..もしかして自分に言い訳しているの?
本当は私の事が知られるのが怖いだけなんじゃないの..?
今までずっと嘘をつき続けていた事も、
親友と言いながら本当は恋心を抱いている事も..。
私は男の仮面の裏に閉じ込めていた思いが露呈するのが怖いんだ。
ジュールはいつだって私の味方でいてくれた、言いずらい自分の話も打ち明けてくれたのに。
私はその好意を受けてばかりで
何も返していない。
「あの日ベッドを貸してくれてありがとう」
意を決して放った言葉にジュールは瞠目する。
「ユラなのか..?」
「由来は私の前世の名前だ。
私はルイだよ。
だけどあの日の私は私じゃない。
私の友人なんだ。
その人の正体はその人が言っていいと言うまで
言う事は出来ない」
「前世..?
友人なら双子ではないのか?」
ジュールは飲み込めない様子で眉を寄せる。
当たり前だ。友達に前世の話なんてされたら
私だって疑ってしまう。
「由来は友人の呼ぶ愛称だと
思ってくれればいい。
それとあの人は双子じゃない。
なんて言えばいいか分からないけど
不思議な存在なんだ」
「聖女や魔女の伝説があるくらいだ。
その友人はそういった部類の人間なんだろう..。
ルイが消えた理由もその人が関係しているのか?」
私は無言で頷いた。
「そうか..」
ジュールはそう言うと考え混むように
顎に手をあてる。
「まだ何かあるの..?」
「ルイがユラならどうしてあの時その人は
君を女神だと言ったんだろう。
いくら女性のように扮せたとしてもルイは男だろ?」
「えっ」
女神..?
そう言えば神様出会った時にそんな事言ってたかもしれない..
まままさかジュールにも言ってたなんて聞いてないよ!!
「....まさか本当なのか?」
「いや!そんなわけないだろう!
私は男だ!光の騎士だし!?
クロフォード家の長男だろう!!?」
お、おおお落ち着け私..。
大丈夫..今までいくつものピンチを乗り越えて来たじゃないか..。
ジュールは意外と鈍感だし、
エンフィみたいに女好きじゃないから誤魔化せる。
私はにこにこと微笑みながら
ジュールを部屋の中に促す。
ジュールは訝しむように私を見るとふっと茶化すように微笑んだ。
「分かっている。
だが女装も大概にしておけ。
顔さえ良ければいいという男も
中にはいるんだ。
ルイは強いが隙があるからな」
「あ、あぁ!」
「それと..」
ジュールは不意に真剣な眼差しに戻る。
「何かに巻き込まれているなら
相談してくれ。
俺にできる事なら力になる」
「ありがとう..」
私呟くように礼を言うと
ジュールは軽く首を振る。
「礼を言うのはこちらだ。
話してくれてありがとう。
ルイは自分の話をしたがらないのに..。
今日はゆっくり休むといい。
前世の話もよければまた聞かせてくれ」
ジュールはそう言うと安堵したように微笑んだ。
私、何をごちゃごちゃ考えていたんだろう。
ジュールのこの笑顔が答えだったのに。
「ジュール!」
立ち去ろうとするジュールをもう一度引き止める。
「私自身、
今何が起きているのか正直分からないんだ。
でも約束する、何かわかったら
一番にジュールに相談するって」
私はジュールに小指を差し出す。
「?」
訝しむジュールに微笑みかける。
「ジュールの小指をこの指にかけて、
指切りって言うんだ。
約束を守ることを誓う儀式みたいなものだよ」
私がそう言うとジュールは納得するように頷き、
私の小指に小指をかけた。
私の小指にジュールが骨ばった小指を絡ませると
急に恥ずかしくなる。
「もしかしてこれは前世の習わしか?
そういえばあの日もモクトウがなんとかと言っていたが..
...どうかしたか?」
「うっううん、いくよ」
私もジュール小指に応えるようにしっかりと絡ませて軽く振る。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます!
指切った!」
私がそういって歌うとジュールは青い顔をして私を見る。
「針を千本飲むなんて罰にしては重すぎないか?
君の前世の法はこの国より厳しいんだな..」
真顔でそう呟くとジュールにふっと笑いが込み上げる。
「ふっはははっ、ううん、ここよりもずっと平和だったんだ。剣も持つことを禁じられているし、山賊も海賊もいない」
私は眩しいほどに広がる星々を見る。
「この世界を逆さまにしたみたいに
上から街を見下ろすと
建物の灯りが眩しくて、
星なんて少しだけしか見えないんだ。
飛行機っていう空を飛ぶ乗り物があってね、
遠くから見ると流れ星みたいで」
「空を飛べるなんて..本当なのか?
ルイの前世は文明が進んでいたんだな。
剣のない世界か..
それはきっと平和で
穏やかな治世をする国なのだろう。
俺も見てみたい..ルイの見ていた景色を」
ジュールは瞬く星々を
見上げながらそう呟く。
不意にジュールの存在がひどく儚く感じて腕を掴む。
「どうした?」
「いや..」
訳もなく狼狽する私をジュールは
安心させるように微笑む。
「大丈夫、信じてるよ。
そればかりか納得した。
君に今まで感じていた違和感の正体は
それだったんだな」
「違和感?」
「ルイに初めて会った時、
俺よりいくつも年下なのに年上と話しているようだった。それにその剣術、どの文献を調べてもルイの剣術は載っていない」
私がギクリと肩を震わせると
ジュールはニヤリと口角を上げた。
「ルイ、さっきの約束にもう一つ加えてくれないか?」
「何を?」
ジュールは小指を差し出す。
私がわけもわからないまま小指をかけると
ジュールはしたりと言うように瞳を細めた。
新月の闇にジュールの黒い髪が溶け込んで
灯りを映した黄金の瞳がより映える。
「もう二度と俺の側から
いなくならないでくれ、
もし約束を違えれば今度は俺が針を飲もう」
絡めた指は離さまいとするように
きつく私の小指を捉えている。
ジュールの迫るような瞳は
切実にその光彩を揺らめかせ、
ジュールの縋るような声色は
私の心を締め付け、甘やかな高揚がジワリと
身体を侵していく。
私は紅潮した頬を隠すように顔を逸らす。
「約束するけど、針は飲まないでくれ。
ジュールは本当に飲みそうだ」
私がぎこちなく微笑むとジュールも微笑む。
「あぁ、今日は新月だから姿が見えないが
代わりにルイに捧げたセレンに誓うよ」
「セレンって..セレン騎士?」
「古い言葉で月の別称だ。
この世界を作った女神の名前。
栄光と勝利をもたらす祝福の女神。
聖女を表す言葉でもある。
セレン騎士は聖女を守る若い光の騎士達から
由来している」
「そうなんだ..」
「文献が古くて今は意味よりも
その価値だけが一人歩きしているから
知らなくてもおかしくない。
ルイに送ったペンダントは持ってるか?」
ジュールの言葉に私は服の中から
ペンダントを取り出す。
カチャッと上の突起を押すと
ペンダントがパカリと開く。
するとペンダントが朧朧と光り、
美しく繊細な月の模様が浮かび上がる。
「わぁ..綺麗..」
「闇に反応して明るくなる鉱石が釉薬の隙間に入っているんだ。
昼は女神の姿だが夜はこうして月になる。
その様子だと気づいていなかったみたいだな」
「ごめん..あまりパカパカ開けて壊してしまうのが嫌だったから..
月がセレンなら太陽は?」
「ソレイン、同じくこの世界をつくった
光を表す再生と繁栄の神だよ。
聖剣を持った光の騎士がそう呼ばれることもある」
再生..光..
まるで神様みたいだ..。
神様は私を女神と呼ぶけど..
まさか関係ないよね?
神様の事、信じたいのにあの夢が頭をかすめて離れない。
ゾクリと背筋に悪寒がするとジュールはバルコニーの戸を開けてくれる。
「夜風で身体を冷やしたか?
長話させてすまない。
もう中に入った方がいい。
今日はありがとう。
ルイのことが知れて良かった」
「こっちこそ..ありがとう聞いてくれて
あ、軽食は必要ないよ。
空腹なんだけどなんでか
食べる気が起きなくて」
私がそう言うとジュールは軽く頷いてその場を去った。
ジュールの去った扉をぼんやりと見つめる。
ジュールは私を男だと思っているはずなのに
性別を気付かれていると錯覚しそうなほどに
優しく振舞ってくれる。
それがむず痒くて嬉しいけれど、
男の私にあぁならば女性にはもっと優しいんだろうな..。
そう思うと意味もない焦燥にかられる。
ジュールと会うたびに好きになってしまう。
女の私は閉じ込めなきゃいけないのに..。
このままじゃ辛くなるばかりだ。
近い未来にジュールの傍にいるのは私じゃないんだから。
「オリヴィアの魔女化を防いで
リリアを光の騎士として守り、
エンディングまで見守る..
それが私の使命なんだ」
「それでは世界は救われない。
呪縛から解放されずまた同じ時を繰り返すだけだ」
手に持ったペンダントから声がしてランプの灯りに灯すと女神が私を真っ直ぐに見つめている。
「神様..?」
私は目を見開いて女神を見つめる。
「由来、僕が怖い?
そんなに怯えられると傷つくよ。
これでも勇気を出して言ったんだ。
由来は大切な人を守る為に剣を振るうんでしょう?」
「あの夢で言った事は本当なの?
だからと言ってどうしてリリアを..
リリアは聖女だよ!?」
私がペンダントに問いかけると
後ろから物音がして振り向く。
ベッドの片隅でクマの人形がこちらを見ている。
「由来は人形に心を与えた。
それは僕だけじゃない。
この世界の住人全てに。
だけどそれはゲームが
始まっていないからだ。
由来がこの世界を変えたように彼女はこの世界を戻してしまう。
きっと由来よりリリアの方がその力は強いだろう。彼女はこの世界の支配者で
由来は異分子に過ぎないのだから」
「でも殺さなくてもいい方法があるはずだよ!まだ本当にそうなるか分からない」
「由来が否と答えるならば
沙耶に頼んでもいいんだよ?
だけど沙耶に彼女を殺せるかな..
彼女を守る騎士に殺されて終わりかもね」
「私を脅す気なの..?」
神様は傷ついたような顔をして私を見る。
「酷いよ..由来。
僕は由来の為にも言っているんだよ?
由来の大事な人もこのままだとゲーム通りの傀儡に変わる。
設定通りの言葉を話し、
設定通りの行動をとる。
約束された彼女が主役の戯曲がはじまれば
由来は無力な観衆に成り下がる。
それでもいいの?
由来の使命は
グッドエンディングなんだろう?
それは彼女のためのグッドエンディング?
由来のためのグッドエンディングを目指すなら彼女を殺すんだ。
今の由来にはその剣術も覚悟も僕の加護だってある」
仄かに照らされた人形はそう言うとことりと無機質に倒れてしまう。
「この世界の女神になるのは君だ。
そうだよね?」
手の中の女神がそう言うとその気配はあたりから静かに霧散した。
私は何故か自分の手足が誰かに縛られているように錯覚する。
今までの自分の行動全てが神様の手の上で舞っていたような気がして背筋が凍るように冷えていく。
オリヴィアに沙耶を入れたのも、
ルイを私に入れたのもきっと気まぐれなんかじゃない。
「神様..最後にひとつだけ聞いていい?
あの夢の最後..何を言っていたの?」
項垂れた人形に話しかけても無反応だ。
私はため息をこぼすと人形が起き上がる。
「由来が取引を受け入れたら教えてあげる」
神様はそう言って薄らに微笑むと
またことりと気配を消してしまった。
「無理だよ..そんなの..。」
私は部屋の暗がりにそう零すとベッドに潜り込む。
布団の中でペンダントを開くと月はいっそうはっきりと浮かび上がる。
幻想的で儚げな月光は今はひどく悲しげにうつる。
神様の言葉が真実ならば数年後にはこの世界は
元どおりになってしまう。
ジュールと話した今日の思い出も
全て消えてしまうのだろうか。
私に向ける穏やかな瞳も
私の話を楽しげに聞いてくれる微笑みさえ
今だけの幻になってしまったら?
朝を迎えたら消えてしまうこの月のように
ジュールがジュールでなくなってしまったら..
ジュールだけじゃない。
家族も友人も全てがゲームの
キャラクターになってしまったら..。
怖い..
でも..かと言ってリリアを殺せる?
彼女はすでにゲーム通りの行動を取っていない。
彼女も心を取り戻していたら?
まだ判断はつけられない。
もしかしたら神様の言っていることが
起こらないかもしれないし。
彼女に会うことが出来ればいいけど..
ジュールや沙耶にこの事、どう話そう..。
神様がどこで見ているか分からないし..。
私は悶々と巡る思考を止められず
外が明るくなるまで寝付けずにいた。




