23. 私の振るう剣(3)
仕事用の派手すぎないドレスを身にまとい、
私は皆の待つ広場へ足を踏み入れる。
私を見たリュカやアルトや他の騎士達も
なぜか目をぱちくりさせて私を見ていた。
珍獣でも見るような目はやめて欲しい。
こっ恥ずかしいのはこっちなんだから。
「女装が似合うと思っていたが..
本格的にやるとすごいな、ルイ。
社交界の華になれそうだ。
まだ少し幼いが、
これならセレネに擬態できるかもな」
アーサーが愉快げに笑いながら褒めてくれるが、「かも」で大丈夫なのだろうか..。
私が不安になっているとリュカと目が合う。
「私は立場上この屋敷から出られないけど、
君達を信じているからね。」
「それと..」
リュカは私を凝視するとにこりと微笑む。
「ドレス姿とても綺麗だ
今度一曲誘っても?」
私はリュカの皮肉に無理やり笑みを作り
「喜んで」と伝えておいた。
げっそりしながら馬車に乗り込むと
すでにアルトが座っている。
アルトの向かいの席に座ると、
暫く沈黙が続いた。
気まずげにアルトを見ると目が合う。
「容姿の差異を
気にしているなら平気だぞ、ルイ。
姉上は表にはあまり出ないんだ。
それに向こうはこの交渉を絶対に飲むと踏んで
油断してるからな。
交渉時に答えずらいことがあったら
俺に合図すれば良い、お前よりは少なくとも
この領について知っているつもりだ」
「え、今ルイって..」
何気なく放ったアルトの言葉にポカリと
目を丸くするとアルトは所在無げに目をそらす。
「瞳を見れば分かるだろ、普通。
ルイの事だから訳ありなんだろうと思って
黙ってやってたんだよ」
「アルト...」
私は感動してうるうると瞳を瞬かせると
眉を釣り上げて頬を摘まれた。
「顔がうるせー!
緊張感持てよ!ルイ。
お前は危険な役目を頼まれてるんだからな」
アルトの真剣な眼差しに私は顔を引き締めると
傍に差した剣を握る。
「うん、分かっている」
大丈夫、今なら私、剣を抜ける。
私はそう自分に言い聞かせて、
車窓の景色を眺めていた。
*********
「よく来たな、領主気取りのお嬢ちゃん」
「えぇ、約束通り伺いましたわ。
私はスレイグ領の領主補佐をしている、
セレネ・レインコード。
貴方がこの海賊団の責任者かしら?」
私は気丈に微笑み、目の前の大きな椅子に
無作法に座る男を見つめる。
男は色黒で白髪の中年で、
口には葉巻をくわえ、シックな服を身にまとい、マフィアのボスみたいな印象だ。
男の両サイドには体格の良い男が立っている。
これが噂の雇い人かな。
私達は大きな船の中に案内され、
船長室と思われる部屋の椅子に座っている。
目の前のテーブルには紙と羽ペンが置かれ、
壁には広い室内を埋め尽くすほどの仲間の
船員が鋭い目つきで様子を見ている。
「俺はこの船の船長のジェイコフだ。
..約束ねぇ?お嬢ちゃん1人で来るはずだろ?
隣のガキは何だ」
男は鋭い眼差しで私達を見る。
私はにこりと微笑んでアルトを手で指した。
「この子は私の義弟で、2領の総括主、
アーサー・レイコードの実子よ。
私達の交わした契約を見届ける
第三者として連れてたの。」
「成る程、お目付役ということか。
ガキならいてもいなくても関係ねえか。
俺は優しいからな、特別に許可してやる」
「ありがとう」
ジェイコフは太い葉巻を
ぷかぷか吸いながらニタリと微笑む。
「さあ、ここに来てやるこたぁ
決まってるだろう?さっさと書類にサインしな。
お前の家の印章をきっちりと押せよ」
「まだよ、私はサインを書きに来たんじゃなくて
話し合いをしに来たの」
私は冷静な眼差しでジェイコフを見ると男は
その拳をドンッと思い切り机に叩きつける。
「うるせぇ!黙って書きやがれ!
手が滑ってうっかり
殺しちまうかもしれねぇぞ。」
ジェイコフは懐からナイフを取り出すと
ナイフの平で私の頬をペチペチと叩く。
「..この間の海戦、見事だったわ。
私の騎士団を破るほどの凄腕がいたとか
聞いたけれど誰かしら?」
頬にナイフを摩られたまま私がジェイコフを
睨むとジェイコフは嬉しそうに瞳を細める。
「嬢ちゃん、随分肝が座ってるな、
その凄腕は俺の両側にいる男どもさ。
3人いたが、一人はお前の親父にやられちまった」
もしかしてモルトの酒場の大剣使いだろうか。
確かにあの男は他より強かった。
不意にドンッと上から鈍い音が外から聞こえる。
「何だ?今の音は」
ジェイコフが聞くと海賊の一人が反応する。
「さっき仲間が持ってきた木箱を積んだんでさぁ。武器が入ってるらしいですけど
お頭何に使うつもりなんでい?」
「何?武器なら昨日積み終わったはずだ。
おい、お前ら木箱を確認しろ!」
部屋内の海賊達が半数ほど外に出て行く。
沈黙を守っていた船員達がざわざわと
ざわつき始めた。
私はアルトに目配せして剣を抜く。
ゆらゆらと光沢を放つ白銀の剣を真っ直ぐに構え
る。カタカタと震える右手をもう片方の手で押さえ込んだ。
「嬢ちゃん、ちとは頭が効くと思っていたんだが
残念だ、お前達ガキを片付けろ!」
「大変だ!!大量の敵襲がやって来やがった!!
甲板の奴らは皆やられちまった!
早く来てくれ!!」
ジェイコフの合図を遮るように船員の一人が
狼狽えた様子で報告しにくる。
「まさか!!奴らにはそんな兵力あるはずねぇ」
ジェイコフが私を睨むので
私は余裕の笑みを見せる。
「こんなところで油を売ってていいのかしら?」
「......ッチィ、おいお前ら全員行け!!
ガキどもはコイツらに殺らせる!」
ジェイコフの言葉に雇い人以外の
船員が外に出て行く。
私は全員が外へ出たところを
見計らって内鍵をかけた。
「自ら蜂の巣にするなんて、
肝が座ってるどころか
脳みそが溶けちまってるんじゃねえか」
「アルト、私は右を倒す」
「俺は左だな」
「ふん、俺たちも舐められたもんだぜ」
ジェイコフの傍にいた男が両手に
大きな鎌のようなナイフを構えると
私の方へ駆けてくる。
大きな刃が交互に降ってくる。
紙一重で避けながら相手の懐に入る。
刹那の間に抜刀し、手首に向かって
剣を振り上げる。
キンという金属音とともに
大きなナイフを右手から吹き飛ばす。
「...........ッ!?」
次の一振りがくる前にそのまま
剣を男の傍に剣を突き刺した。
グチャッと肉を断つ感触がする。
「お前.....何者........」
震える唇を奥歯を噛み締めてつぐむ。
どくりと血潮が責め立てて、
鼻に刺す血の匂いが腑をかき乱す。
身体中に目眩のような恐怖が押し寄せるが、
それでも歯を食いしばり震える足を踏みしめる。
私はそのままぐちょりと剣を押し込めた。
柄に血が滴って手が赤黒く染まっていく。
男は血を吐いてぐらりとこちらに倒れこむ。
そのまま剣を抜いて長く息を吐いた。
男の腹から血がどくどくと流れ出る。
斬った..斬れてしまった..
私が服越しにペンダントを握りしめると、
真横に男が吹き飛んでくる。
「うわっ!?」
突風のような衝撃とともにボゴっと男が
壁に叩きつけられると壁にヒビが入って
頭から血を流して白目を向いている。
真っ青な顔でアルトを見ると
今まさに蹴り上げたように足を上げていた。
すごい力..さすが破壊魔...
まだ12歳なのに恐ろしい..。
「さ、あとは一人だけだぜ、姉上?」
アルトの言葉に頷いてジェイコフを睨む。
ジェイコフは険しい顔で睨み返すと
内鍵のついたドアがドタドタと叩かれる。
「ジェイコフ様!!
敵襲などどこにもおりません!!
そればかりか敵襲一人さえ見つかりません!」
「な.....どういう事だ...?
まさか...」
「どうなっているんですか!?開けてください!開けてくださいジェイコフ様!!」
私はジェイコフに向かって微笑む。
どうやらリュカの作戦は成功したようだ。
「先ほど報告に来たものはお前の仲間か..
貴様ら、ハッタリをかましおったな?」
「ご名答、お前は姉上の敵だ。
悪いがここで死んでもらう。」
背後で扉を殴る音が聞こえる。
壊される前に片付けなければいけない。
「分かった、俺の負けだ」
ジェイコフは苦々しく眉をひそめると
観念したように手を上げて
こちらに向かってくる。
アルトが男を捉える為にジェイコフに近づくと
ジェイコフは諮ったように
横の壁の凹凸を殴りつける。
「アルト!!!罠だ!!」
天井から矢がアルトに向かって放たれる。
私は反射的にアルトをかばうと
右腕に矢が刺さった。
「うぐぁっ......くっ」
「ルイ!!!?」
右腕に激痛が走るがすぐに矢を腕から抜く。
「うっ......ぐぅ.....」
痛い、尋常じゃなく痛い...っ
「大丈夫か.....?」
矢を抜いた腕の穴から埋めるように
血がコポコポと溢れ出すのを
アルトが心配げに見つめる。
ドシャアッと音がして海賊達が扉を壊す。
まずい..
「クソッ俺が抑えにいく!」
アルトは直ぐに中に入ろうとする
海賊達の方へ向かった。
「由来、僕が助けてあげる」
神様の声が剣のホルダーポーチからすると
一瞬意識が消えて傷があっという間に癒えた。
「お前....なんなんだ...一体誰なんだ...」
「ただの雇われ人だよ..」
私は剣を杖にして立ち上がり、
ジェイコフを睨むととジェイコフは
熱を帯びた眼差しで私を見た。
「素晴らしい....いくらだ!?
いくらで契約した?
私はその2倍、いや5倍出す!!
どうだ、私のものにならないか?」
「ふざけないで..」
「ルイ、立って大丈夫か?」
背後で船員を引き止めるアルトが
私に気づき声をかける。
だが私は目の前の男の瞳を
睨んだまま言葉を続ける。
「貴方は私の守るに値しない、
人々の不幸で稼いだお金のために剣は振らない」
血のついた剣を払うとまた純白の刃が顔を出す。この剣が恐ろしい、何度も斬ってきたのに
何も無かったように
こうしてギラリと光る刃を見せる。
「人の命を奪うことは恐ろしい。
苦痛だ。こんなに辛いことはない。
どんなに酷い事をした奴でも、
命を奪えば辛いんだ。
胸がぐちゃぐちゃに掻き回されるんだ」
「ルイ?」
アルトが困惑げに私を見る。
私はゆっくりとジェイコフに
近づいて歩いていく。
「お前達、さっさと殺せ!!」
ジェイコフが叫び散らすが、
武器を持って入ろうとする船員は
アルトに食い止められる。
「貴方は知っているか
麻薬に飢えた人達が私を殺そうとしたんだ。
私を殺そうとしてでも欲してしまったんだ。
私には分かる、人を傷つける事は傷つけられるよりずっと苦痛だって。」
「お前は何を言っている。
傷つける方が苦痛だって?
そんな人間いるわけがない!!
お前は知らんだけさ、
人間は簡単に殺しあう生き物だ。
愚かな奴らなのさ。
麻薬は理性の仮面を取っただけだ。
私欲の為に他者を傷つけ奪い合う。
それこそが人の性だ」
私は男を真っ直ぐに見据える。
この男には見えていないんだ。
麻薬に侵され私を襲った人々の
あの苦しそうな瞳を。
「違う、貴方は可哀想な人だ。
奪う為の剣しか振るえないなんて。
私欲の為に振るう剣ほど虚しいものはない。
その先で得られるものなんて空疎なものだ。
それが分からないから、
貴方はあんなものを売れるんだ..っ」
ジェイコフの構えたナイフを一振りで薙ぎ払う。そして腰の引けたジェイコフの胸の上に剣を突き立てた。
腰が引けたままおずおずと後退する
ジェイコフを剣を向けたまま睨む。
「お、お前達、何をしているんだ!!
早くコイツらを殺せ!
殺ったやつには特別なやつを売ってやる。
早くしろ!!」
ジェイコフの怒声を聞くと心が冷えてくる。
私は長く息を吐き、同じ分だけ息を吸う。
「私はずっと逃げていた。
人を殺してしまった自分を受け入れられなくて、
だけどそれが騎士としての自分の運命だと悲観して、
剣を振るう意味を見失っていた。
だけど違うんだ。
私のやってきた事は
運命の課した試練でも
誰かを守るための代償でもない。
全て私の意思だ。
私は人殺しの自分を受け入れる」
そして視線を構えた剣の鋭い切っ先から移し
男の瞳を真っ直ぐに捉えた。
「私はこの領の人々を苦しめる貴方が許せない。
私は私の為に、私の守りたいものを
守る為に貴方をここで斬る」
「やめろ、助けてくれ..っ
金なら出す!!港の交渉も検討しよう..っ」
私は狼狽する男の瞳を見ながら
そのまま剣を振り上げた。
「カハァ.....ッ」
ぐちゃりと臓器が裂けてプチプチと
音を立てている。足元に血の海が広がると
船員達の動きが静まった。
胃の内容物が喉まで這い上がってくる。
私は目を閉じ息を止めてペンダントを強く握る。
そしてアルトの方へと向き直った。
アルトの瞳に映った私の顔があまりに
憔悴していて何故だか、から笑いしそうになる。
「死んだのか.....?」
アルトの前でもがく船員達が
ポツリと言葉を零す。
私がこくりと頷くと船員達は武器を下ろし、
呆然とその場に立ち竦んだ。
「戦わないのか?」
アルトが言うと男達は顔を見合わせると
力なくこうべを垂れる。
「船員どもは分からねぇが
俺たちは麻薬の為に仲間になったんだ。
報酬もねぇのに戦う意味がねえ」
項垂れる男達を呆然と見ていると
ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。
「アルト様、ルイゼ大変だ!!
敵の船がきやがった!!!」
男達の間を掻き分けて仲間の騎士がやってくる。
「もうデマは流さなくても」
「デマじゃねえ!!!!
同業の奴らが船を奪いに来やがった!!
俺たちが上げた狼煙に
つられて来やがったんだ!
クソッもう少しで救援が来るってのに..っ」
船員の言葉に急いで甲板に上がると
船員達が大勢集まっている。
海を見ると大きな船が三隻ほどやってくる。
「まずいな..どうする..ルイ?」
アルトが動揺した様子でこちらを見てくる。
この船の船員はやる気を失っている。
アルトと私と数人の騎士だけでどうにか
できる数ではとてもない。
「私が行く..」
「え?」
アルトが訝しげに首を傾ける。
私はクスリとほほえんで深緑の髪のウィッグを
外すとふわりと白金髪の長髪が潮風に舞った。
「ルイ...?」
アルトがポカリと間抜けに口を開いて私を見る。
「船員の人、ズボンあるかな、
あまってるの」
私が言うと船員が余った
ズボンを持って来てくれる。
私はそれを履くと、剣でドレスを半分に斬って
トップスのようにする。
ズボンの裾の長い部分も剣で切り裂いた。
「ドレスを血で汚してビリビリにしちゃって
セレネ様に謝らなきゃいけないな..」
「何するつもりなんだ...?ルイ....」
アルトが困惑げに私を見るので
私は苦笑してアルトの背を軽く叩く。
「あの数を私達だけで壊滅させるなんて無理だ。
だからいい方法を思いついた」
「いい方法って..」
「大丈夫だよ、
誰も死なない、いい方法だから」
敵の船の一隻が私たちの乗る船に着くと、
敵の海賊達がわらわらと私たちの船に
乗り込んでくる。
私は微笑んで長い髪を握るとその髪を剣で
切り裂いていく。パラパラと落ちる白金髪が
光に照らされて甲板の上に舞い落ちる。
敵の海賊も船員達も
その光景を呆然と見守っていた。
「交渉しよう、
私のことは君達も知っているはずだ!」
私は海賊達に向かって声を張り上げる。
「白金髪、薄紫の瞳...まさか..っ
ルイ・クロフォードか..
張り紙の...っ」
海賊達も船員達もどよめいている。
「この船を諦めてくれたら
私が君達について行く。
国王へ献上すれば金が貰える。
金額はこの船よりずっと上だ。
..私はこの船の船長を殺した。用心棒もね。
船も私も欲しいと言うなら私は抵抗し、
自害するかもしれない。
どうする?」
私が鋭く睨んで海賊達を見ると
海賊達は顔を見合わせ頷いた。
「分かった。
だが逃げ出さないように縛らせてもらう」
私は海賊達に頷くとアルトに
自分の剣を差し出した。
「ルイ....」
アルトが眉を寄せて
悔しげに瞳を揺らめかせ私を見る。
「持っていてくれ、
王都でどうせ会うだろう?」
アルトは頑なに剣を受け取ろうとしない。
「ルイ...お前はいつもそうだ。
いつも一人で決めて、
弱い部分はちっとも見せやしない」
アルトは顔を伏せて静かに言葉をこぼす。
ただ拳を力一杯握りしめて
何かに耐えているようだった。
「なぁお前、今何考えているんだ..?」
アルトの悲憤に揺れる瞳が私を映す。
「分からない。
疲れてぼーっとしているのかも」
私はふふっと笑ってみせる。
「寂しいやつ、守りたいとか言ってるくせに
俺たちは守らせてはくれないんだから」
「そんなことは無いよ、十分頼ってる。
後は頼んだよ、アルト」
「あぁ、任せておけ」
アルトは観念したように
その剣を受け取った。
「ホルダーも置いていけ」
海賊の男が私の腰の剣のホルダーを睨む。
私はホルダーを外すとボソリと囁いた。
「神様も、アルトを頼んだよ」
「それが由来の願いなら..」
神様が嫌々声で小さく承諾するのを聞いてから
アルトにホルダーも預けた。
私は口も手足も縛られて海賊達の船に乗り、
船の中に入ると簡素なベットの置いてある
暗い部屋へ入れられる。
手足が縛られて思うように動けず、
口には布がしっかりと巻かれ、
私はベットで仰向けになったまま目を瞑る。
今寝たらきっと悪夢を見る。
でも私、剣を抜けた。
人を斬れた..。
闇に包まれると不安になる。
暗い渦の中に閉じ込められたように
孤独で寂しい。
瞳の裏に未だにこびりつく。
真っ赤な血溜まり、
死に際の瞳。
死にたくないと懇願する瞳が..。
怖い..。
ガタガタと全身が震える。
“ルイ...お前はいつもそうだ。
いつも一人で決めて、
弱い部分はちっとも見せやしない”
私は震える両手を見ながら自嘲げに微笑む。
こんな私を見たら、
みんな幻滅してしまうかもしれない..。
身体の震えがおさまらない。
こんな時、ペンダントを握れば
少しだけ落ち着くのに..。
手首はしっかりと縛られて持つことが出来ない。
不意に天井から物音が聞こえ
ドタドタと騒がしく揺れ始めた。
甲板で何かあったのかな?
人の叫び声がする..。
足音も....迫ってくる....。
誰...?誰...!?
不安で胸がざわついていく。
ドゴッ!!
誰かが扉を蹴破って入ってくる。
「ルイ!!!!」
低く落ち着いた声が耳に届き目を見開いた。
「うーぅ...」
「縛られているのか..今外す...っ」
ジュールが縛られた縄と布を剣で斬ってくれる。そしてそのまま横抱きにされた。
「ちょっ、まって、一人で歩けるから...っ」
「いいから、静かにしているんだ」
ジュールの胸に抱え込まれると全身が熱くなる。ドコドコと胸が跳ね上がるように音を立て、
腕や足に触れられるのが恥ずかしくて
居た堪れない気持ちに包まれる。
「ルイなんだな..本当に..」
声につられて顔を見ると瞳がぶつかる。
黄金の瞳が頼りなげに揺れると
私を抱く力が強まった。
ジュールのトクトクと鳴る胸の鼓動が
聞こえてくると妙に心地よくて、
気持ちが落ち着いてくる。
先ほどの不安が
嘘のように蟠った心が和らいでいく。
私はしばらくジュールの顔を呆然眺める。
どうしてこんな所にいるんだろう。
もしかしたら夢を見ているのかもしれない。
だったら少しは甘えてもいいのかな..。
私は手を伸ばし、
ジュールの首に手を回した。
「ジュール、ありがとう。
....大好き」
耳元で礼を言うとまた力なく
瞼を閉じて胸に身体を預けた。
トクトクと鳴る心音を聞くと
落ち着いて睡魔がやってくる。
そしてそのまま私はゆっくりと意識を手放した。




