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22. 私の振るう剣(2)

※アンドレ視点のお話になります。


眼が覚めると、眩しい朝日が

カーテンの隙間から降り注いでいる。


「エリーゼ、泣いているのか?」


傍で穏やかに寝息を立てるエリーゼを見ると

目尻に溜まった雫が溢れた。


窓の外を見ると、

黄色いガーベラが庭に咲きほこっている。


日光に照らされ柔らかな風で揺れる花々を

見るとルイのことが思い出される。


あの子は野花のような子だった。

私が手をかけずとも

ルイはいつもこの家のために動いていた。


レオナルドを育てて分かったが、

あの子は赤子の頃から普通の子とは違っていた。


今もはっきり覚えている。

私がこの家のために男になれと言ったとき

ルイははっきりと頷いた。


あの子が姿を消して3年の月日が経つ。

歳というのは経てば経つほど短く感じるが

この3年間は今までのどの時よりも長く感じた。


「旦那様、おはようございます」


「早いな、アリシア」


ふとルイの部屋の扉を開けると

アリシアがいて、困ったように眉をひそめて

テラスに飾られる鉢を持っている。


「坊っちゃまの部屋のガーベラの花が

枯れてしまいまして」


「アリシアが花を枯らすなど珍しいな」


私が言うとアリシアは切なげに微笑む。


「おそらく水の与え過ぎが原因でしょう。

私以外に、きっと使用人の誰かが

坊っちゃまの為にと与えたのかもしれません。


坊っちゃまは花を見るのが好きでしたから。

この屋敷の従者は皆、

あの方を慕っておりますので」


「そうか」


鉢を見ると花弁の枯れてしなびた花が

項垂れている。


「茎を折るのは可哀想だと

いつも鉢で置くよう言われておりました」


「あの子は優しい子だからな」


私はアリシアの持つ鉢を受け取った。

花の根を確認すると根腐れを起こしている。


「坊っちゃまも

そうだったのかもしれません」


アリシアが新緑のようなライトグリーンの瞳を

揺らがせてその根を見る。


「どういう意味だ?」


「坊っちゃまは急いで

大人になろうとしているようでした。」


アリシアはその細く繊細な指で朽ちた花を根から

茎へとゆっくりとなぞっていく。


「まるで何かにつき動かされるように足早に」


やがて枯れた花びらまで行き着くと、

茶色く乾いた一欠片が悲しげに足元へ落ちた。


「私を責めているのか?」


アリシアを睨みつけるとアリシアは

悲哀の灯る瞳を細め、首を横に振った。


「私自身を責めているのです。

なぜ坊っちゃまが

無理をしていると気づかなかったのか。

私は坊っちゃまの一番お側にいたはずなのに」


テラスから顔を上げると

真っ青な晴天が広がっている。


「たまらなくなったんだろう」


白い鳩の群れが青空に飛び立つ。


「お前のせいではない。アリシア。

この家に縛り付けていた私達が

ルイを大人にしてしまっていたんだ。


ルイはあの頃まだ10歳だったのに、

あの子は時折恐ろしいほどに

私達の理想の光の騎士だった」


アリシアは瞳を閉じると

無念な面持ちで肩を震わせる。


この広い空の下に逃げ出して

元気に笑ってくれているならそれで良いが、

貴族の子供が3年もの間

一人きりで生きられるだろうか。

現実的に考えてそれは不可能だろう。


だが、


「私はあの子が

必ず戻ってくると思えてならないんだ。

ルイは賢く逞しい子だ。

時折娘だと忘れるほどに」


強い瞳で微笑んでアリシアを見ると

アリシアは涙で潤んだ瞳を細める。


不意に誰かがコンコンと部屋の扉を叩く。


「旦那様、レインコード侯爵から

お手紙を預かっております」


扉を開けると従者が声をかけてくる。


「アーサーか。

あれは今スレイグへ

行っていると聞いていたが」


従者の用意したペーパーナイフで手紙を切り

内容を確認する。


[スレイグにてルイを見つけた。]


最初の一文で鼓動が高まる。

安堵と歓喜で身が沸き立つ。


「まさか.....っ」


「旦那様?」


アリシアが背後で声をかける。


[ルイは無事だ。

3日後おち合って話を聞く。

まだ国王には連絡しないでくれ。

詳細は追って報告する。

この件は俺に任せろ。]


「......すぐにエリーゼを呼べ。

私とアリシア、エリーゼ以外のものは

立ち入らせるな」


[PS.ルイはお前の所有物じゃないんだぞ]


「分かっている..。

アーサーに叱咤される日が来るなんてな」


この様子だとルイの秘密に

気づいたかも知れないが

アーサーはあぁ見えて口が硬い男だ。


だが今はそんなことを気に留める余裕はない。


「あぁ、.........よかった....っ

......よかった.....」


従者が外へ出たのを確認し、

深く息を吐いて崩れ落ちるように項垂れると

アリシアが心配した様子で駆け寄ってくる。


ここ数年分の張り詰めた息が

吐き出されたような気がした。


「旦那様?どうかなさいました?」


アリシアが困惑げに身を屈めて問いかける。

私は顔を引き締めるとアリシアを見上げた。


「ルイが無事スレイグで見つかった。

迎えに行ってくれるか?

..アリシア、お前ならあの土地に詳しいだろう」


私はアリシアを真っ直ぐに見つめる。

アリシアは私の言葉に瞳をいっぱいに瞬かせ

るが、やがて顔を曇らせ、珍しく私を睨んだ。


「旦那様はどこまでも残酷なお方ですね。

ですが私も早く坊っちゃまを

迎えて差し上げたい。

....行きましょう。兄の愛したあの土地へ」


アリシアは真っ直ぐな瞳を私に向ける。

新緑のようなペリドットの瞳は

一片の淀みもなく澄んでいる。


「頼んだぞ」


私の言葉にアリシアは深々と礼をして

その場を去った。


「あの子がお前の領だった場所で

見つかるなど何の因果だろうな、ロベルト..」


私の吐き出した声に反応するように、

エリーゼがルイの部屋の戸を開けた。



********************



「メモに書かれてた場所はここだけど..」


太陽が真上に登るころ、

私はスレイグの高台の階段を登っていた。

パールには目立たない所で

身を隠して貰っている。


眼下を見下ろすとスレイグの街並みが一望でき、

遠くには蒼穹のように広がる美しい海が広がり、

多くの船が着船している。

吹き抜ける潮風が心地よく髪を揺らした。


「ずいぶん変わっただろう?」


頂上に着くと大きな旗台の影から

アーサーが顔を出す。


「兄が任を取っていた頃は

この街も荒んでいたからな。

俺も目に余っていたが何分兄は王宮に顔が

効いたから俺も下手に出れなかった。」


「アルトの姉上や現領主が

この領を変えたんだね」


「ルイ、お前のおかげもあるさ

お前がこの領の問題をつきとめてくれたから、

今のスレイグがあるんだ」


アーサーは私の方を向いて微笑んでくれるが

私はそれを受け入れる事が出来なかった。


「そうだろうか..」


「ルイ?」


なんだか眩しいんだ。

セレネや今の領主と私では

天と地ほどの違いがある。

私は人を傷つけ、彼女達は人を助ける。

そんな彼女達と並び立つ事は憚れる。


アーサーは私を切なげに見つめると

再び街並みを眺める。


「ルイは騎士が嫌いか?

騎士は愚かで人殺しの集団だと思うか?」


アーサーの言葉にハッとして首を横に振る。


「そんなこと思った事は一度もない!

騎士は国を守るために剣を振るう存在だ」


「国を守る、か..。

ルイ、確かに俺たちは国を豊かにするために

他国や領敵と戦をする。

弱い国はあっという間に属国に成り下がり、

国を侵されないためには武力がいる。


だが一度戦に出れば分かるが実際は

そんな綺麗なもんじゃない。


知略を尽くし、武術を磨き、

戦で俺達がやる事は人殺しだ。


ルイのように己の業に悩む人間を何人も見た。

だがこればかりは慣れろとしか言えないんだ。

悲しい事だがそれが現実だ」


射抜くように真剣なアーサーの眼差しに

私は無言で頷いた。

沈黙が流れ、

重い何かがずしりと胸を締め付けていく。


「だがな」


アーサーの言葉に呼応するように

潮風が私の髪をふわりと舞い上げる。

アーサーの表情はまた快活な微笑みに戻った。


「だがな、ルイ。

この景色をよく見ろ、

この景色はお前がその剣で守った証だ。


己の業を贖いたければ好きにすればいい、

だが、お前の業で救われた人間が

確かにいるんだ。その事を忘れたらだめだ。


お前が後悔すれば救われた人々の命まで

後悔することになる。分かったな」


私は眼下に広がる街並みを見る。


「私は誰かのためになったのかな」


この街を変えたのは私じゃない。

だけどそのきっかけをつくることが

少しでも私に出来たのかな。


「私の剣は、守る事ができたのかな」


アーサーは私の背をポンと叩く。


「それは自分で確認するんだ。

誰かを守ろうと振るった剣ならば

自分が守れたと思うまで振るえばいい。

お前の振るった剣はそういう剣だ」


「な?」と雄美に微笑むアーサーに

私はしっかりと頷いた。


私は傷つけてきた人達ばかり見ていた。

だからきっと見失いそうになっていたんだ。

何のために剣を振るのか。


怖くても、傷ついても、

誰かに恨まれたとしても

私は後悔しない。

守りたい人達のために

自分の業を受け入れるんだ。


「ありがとう、

アーサー先輩(・・)


私が穏やかに微笑んでアーサーを見ると

アーサーはポカンとした顔をして、

にしっといたずらげに微笑んだ。


「ルイ、昨日から思っていたがお前、

女装が似合うなぁ」


アーサーの言葉に目が点になる。


「あ」


そ、そう言えば私、女の格好してた!!

どどど、どうしよう!!!???


「由来、本当に忘れてたの..?」


呆れきったような神様の囁きがローブから

聞こえた気がしたが聞かなかった事にする。


だって、昨日アーサーに

何もつっこまれ無かったし、

別の事で頭がいっぱいだったから..。


「そ、そうだろう?」


ははは、とから笑いをしながら誤魔化すと

アーサーが閃いたとばかりに指を鳴らした。


「よし、それで行くか!」


「へ?」


呆けた顔で聞き返すとアーサーは破顔する。


「ここで事情を説明するより合流が先だろ?」


言っている意味が理解できず首をかしげると

アーサーはその笑みを深くした。



******



「今日から俺たちの協力者として

力を貸してくれるルイゼだ」


アーサーが私を手で指してそう告げる。


は?ルイ“ゼ”ってまさか私の名前?


目の前にはアルトとリュカ、

それに多くの騎士達が私達を見ている。


この状況でひとまずこれだけは分かる。

私、アーサーに“嵌められた”んだって。


そう、悪い予感はしていたのだ。

アーサーの笑みにいつもより圧を

感じた気がしたから。


思い返せば数時間前、

私はアーサーに連れられ

アーサーの屋敷に来た。


最初はもちろん拒んだけど、

動きやすい服を提供してくれることと、

詳しい話を聞かせてくれる事を理由に

結局ついて行く事にした。


動きやすいズボンと服を着てオリヴィアの

ローブをまとい青紫のウィッグをつけた髪はポニーテールにまとめた。


「じゃ、行くか」


その言葉を皮切りにアーサーに連れられた

先にあったのが今のこの状況だ。

アーサーを鋭く睨むと、

アーサーは動じる事なく微笑む。


「ルイゼ、殿下の御前だ、

フードを脱ぎなさい」


有無を言わせぬ瞳に観念してフードを脱ぎ、

リュカの前に膝まづく。


「恐れ多くも、リュカ殿下。

私は本日よりアーサー様に

雇って頂いたルイゼと申します。

お見知り置きを」


「許す、顔を上げよ」


厳かに放ったリュカの声が降ってくる。


私は深い溜息を飲み込んで、リュカを見る。

リュカは私と目が合うとその深い紫の瞳が

零れ落ちそうなほど目を見開いた。


「ルイ....君....」


消え入りそうな声でそう零すと、

リュカの瞳からきらりと雫が伝った。


リュカは腰が抜けたようにその場に片膝を折り、ただ瞳だけは私を捉えて離さなかった。


「殿下..?」


周りもリュカの様子に動揺する。


「いったいどうしたんです、殿下?」


アルトがリュカに駆け寄ってくる。

アルトと目が合うと、アルトも瞠目する。


「その瞳..」


アルトは私の目を食い入るように見ると

ポツリと呟いた。


「クロフォード家以外でそんな瞳初めて見た。

王族の血筋なのか?」


アルトの言葉に私もリュカも目が点になる。


ア、アルトって..。


「いいえ、私はこの地で生まれた

ただの庶民で御座います。

無知故、クロフォード家は存じ上げませんが

それらとは無関係かと」


私がそう告げると、

アルトは「そうか」と

拍子抜けしたように嘆息する。


私は膝をつきながら礼をして再びローブを

被ろうとすると、リュカは私の手を掴み上げ、

部屋の外へと駆け出した。


「殿下!!?」


周りが騒然とする中、

背後でアーサーが騎士達を諌める声が

聞こえてくる。


「リュカ殿下?..宜しいのですか?」


未だ私の手をしっかりと握るリュカは

無言で駆けている。

ただその背は重い空気を放っていた。


近くに来るとより身長差を感じる。

少女のようだったリュカが

立派な男性になりつつある。


時間の流れをこんなところで感じてしまい

複雑な心地がする。


私だけ取り残されてしまったような

気持ちになるのは身勝手だろうか。


静かな屋敷の庭までくると

リュカは握った手を離した。


「リュカ殿下、どうし」


私が言い終わる前にリュカは私の両肩を持ち

屋敷の壁に追いやる。

トンと背中が壁についた時、

リュカの瞳に捉えられる。


侵しがたいほど澄んだ真っ直ぐな瞳が私を映す。


「ルイ君なんでしょ?」


リュカの声変わりしたてのハスキーな声が

有無を言わさぬように私に迫る。


「頼むから嘘はつかないでくれ」


リュカの瞳が悲哀に揺れると、

私は観念して頷いた。


「は.....っ........そう....そうか」


リュカは私の肩に頭を預け、

深く息を吐くとしばらくの間、

何も言わなかった。


「心配かけてごめん....殿下」


私がリュカの背中を優しく摩ると

リュカは頼りなげに私の頭を抱いた。


柔らかな静寂がさわさわと揺れる

木漏れ日の下で私達を包んだ。




「交渉?」


部屋へ戻るとアルトが

アーサーを睨みつけている。


周りの騎士達は赤髪の親子を

困惑した眼差しで見ていた。


「ロアン海賊団との交渉にはセレネを向かわせる。それが奴らの要求だからな」


「そんなの罠に決まってるだろ!!

どうしてそんな要求をのむんだ!?」


「アルト、落ち着いて。

アーサー、私達にも状況を教えてくれる?」


「私達は、数週間前からロアン海賊団と接触していたのです」


アーサーが言う前に、

落ち着いた淑やかな声が部屋に響く。

開け放たれたままのドアから入って来たのは

深い湖のような緑髪に若葉色の瞳の女性だった。


コツコツとかかとを鳴らしながら部屋に入ると

後ろから優しげなおじいさんも入ってくる。


二人はリュカの前に立つと膝をつき礼をする。

先に話し出したのはおじいさんの方だった。


「お初にお目にかかります。リュカ殿下。

畏くも王子殿下の来訪されました日にこのような」


「緊急なんだろう。

前置きは省いて構わない、名は?」


リュカはおじいさんの言葉を遮ると淡々と問いかける。


「私は領主のカロルドでございます。

こちらは補佐のセレネ」


「お初にお目にかかります。

ご紹介預かりました補佐のセレネでございます。」


「許す、顔を上げて、本題に入ろう。」


リュカの言葉に二人は立ち上がり頷いた。


集まった人達は机を囲み椅子に座る。

私は騎士達に混ざって後ろに立ち、

その状況を見守った。


「つまり港を襲う計画は前からあって

ずっと脅されてたってわけだな。

奴らの狙いは貿易の検閲を弱めることで、

とうとう強行突破に出ようとしていると」


アルトの言葉にセレネが頷く。


「えぇ、私達は彼らの脅しには屈せず、

先日、本格的に港を襲う計画が立ったことを知り騎士を討伐に向かわせたのです。

しかし、それは大敗に終わりました」


「兵力を見誤ったの?」


リュカが問いかけるとカロルドは

顔を曇らせ頷いた。


「はい、彼らに組する人員は麻薬依存に苦しむ人々を引き入れて増大していました。

麻薬を餌にすればスレイグの闇から晴れない人々は欲望に負けてしまうのです。

それに彼らは腕のいい者を雇っているようで騎士達を犬死させてしまいました。


それで生き残った騎士達が言伝を預かっており、一週間後セレネと交渉をしたい、断れば港を襲うと」


「この領統治は私主体で行われていることを彼らは知っていて、尚且つ一人で来いと言いました。彼らは本気で港の主導権を奪おうとしている、それは分かっています。

ですが先日の大敗で兵力は足りません。

罠だと分かっていても行くしか選択肢はないのです」


セレネは苦々しく瞳を瞑り顔を伏せた。


「要するに、兵力が足りないから

彼らの意に従うしかないんだね。

だったら、少ない兵で勝てばいい」


リュカが不敵な笑みを浮かべて続ける。


「ロアンは麻薬依存者まで引き入れるほど安易な人材確保をしている。

そして先日のこちらの大敗で向こうは油断しきっているはずだ。そこに付け入る隙がある。それに、」


リュカが私の方を見て満面の笑みを浮かべた。


「目には目を、歯には歯を。

私達にはスペシャルゲストがいるからね。

ルイ「ゼ」くん?」


皆の視線が私に集まる。

私は直感した。

この男、絶対に私に無茶振りをするつもりだ。


私は急速に引いて行く血の気を感じならが

注がれる好奇の視線に気づかないフリをした。




「ごめんなさいね、

私の代わりにあなたを

危険な場所に向かわせてしまうなんて、

あなたはまだ私より年下の女の子なのに」


セレネが私に被された緑髪を掬って解き、

器用に髪をまとめてくれる。


あれから数日後の交渉日当日、

私はセレネの身代わりとなって

交渉を受けることとなった。


「仕事ですから、

それよりセレネ様が直々に髪を

結ってくださることの方が申し訳ないです」


鏡を見ると、ゆるくまとめた髪に上品な髪飾りを

つけてくれ、大人らしく見せるために軽く化粧も

してもらった。


私が礼を言うと、

セレネはふわりと柔らかに微笑んで首を振った。

細めたライトグリーンの瞳が

どこか誰かに似ている気がした。


「いいえ、そんな身構えないで。

私の父は貴方と同じ庶民の生まれだったのよ。

母は生まれてすぐに亡くなってしまったけど、

父は私を可愛がってくれたし

父の妹の叔母は私を母のように育ててくれた」


セレネは私の髪を軽く撫でて

懐かしげに微笑む。


「叔母も時々、こうやって髪を結ったり

化粧をしてくれたの。とても上手だったのよ?

私、二人が大好きだったの。

父は海賊に殺され、叔母は人質になったまま

帰ってこなかったけどね」


セレネはそう言ってクスリと微笑む。

しかしその瞳は切なげに揺らいでいた。


私はなんと答えていいかわからず

セレネを見つめる。


「だから私、海賊に屈したくないの。

父を殺し、領民にふたたび麻薬を振りまこうと

する海賊達が許せないの。


そして二人の守ったこの土地を良くしていきたい。親孝行が出来なかった分ね。

ふふっ急にこんな話してごめんなさい」


セレネが申し訳なさそうに笑うので私は首を横に振って微笑んだ。


「私、セレネ様に感謝しているんです。

私がお役に立てるならなんでも言ってください」


「私に?どうして?」


セレネがきょとんと首を傾ける。


私は自分の生き方について悩んでいた。

前世も今も、剣は私の全てだったけど

剣は人を傷つけるものだと実感してから

剣を振るのが怖くなった。


だけど、


「私が守りたいものを実感させてくれたから。

だから、ありがとうございます」


セレネは理解できないと言った面持ちだったが

私は深く深呼吸して立ち上がり、

セレネの手を握った。


「行きましょう、セレネ様。

私は領民のための統治をする貴方や領主様、

この港町を守りたい。守ってみせます」


私が雄美に微笑むとセレネは惚けたように私を見て微笑みを返してくれる。


「えぇ、信じているわルイゼ」


私達は頷きあって部屋を出る。

屋敷の広間にはすでに人が集まっていて、

私達が来るのを待ってくれていた。

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